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    せり@グノ専

    @selisu_0911

    グノーシア/レム主展開用アカウントです
    ⚠️オリ主・夢

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    せり@グノ専

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    水そLOOP6開催ありがとうございます!

    ⚠️オリ主、レム主♀小説展示です。
    ノーマルエンド後、宇宙多様性のあるグリーゼ国内と革命の幻想とオリ主設定にご興味のある方向け※モブ視点につき注意

    オリジナル主人公(女)の設定を含みます。
    主人公:スズ(すずな)
    出身惑星タラ、男装主人公になります。
    帽子と大きな上着がトレードマークです。
    ※ノーマルエンド後、グリーゼへと渡っている世界線

    ##レム主
    ##グノーシア

    グリーゼメカニクル:権限クラスA業務日誌  グリーゼ革命軍。言ってしまえば反政府地下組織。そのテロリスト達のアジトは隠れた場所に――では、なく。平凡な会社を偽装してグリーゼの市街地に建設されていた。
     会社は宇宙船のメカニックを集め、船のシステムや外装の修理全般を請け負っている。時には宇宙船に乗り込み出張を……と、長くなる説明は割愛したい。
     組織は真っ当な表の会社の運営によって必要な費用を貯めている最中。
     そんな会社の所謂、中間管理職。自分の役職はそれだった。上へ下へと板挟みだ。

     管理職にもなると気になることは山ほどある。――特に最近は組織内でも異質なほどに控えめに見える「リーダー」と、外注先の彼について。
     しがない中間管理職の気になる事項をここに、書き残しておきたい。





     組織が結成されてから、参謀長の提言で瞬きの間に自分達は会社員の立場を与えられた。参謀長が「代表取締役」を務めるグリーゼメカニクル――メカニック技能社員の一人――それが、革命軍のリーダー、レムナンさんだ。

    (レムナンが、社長に? ハッ、よく考えて物を言いなよ。会社のトップをわざわざ軍のトップにさせるなんて、社長が暇だとでも思ってンの? ちゃんと運営ができてなきゃ資金面の話も表の地位の話も台無しなンだから。大体君達は――)

     ……とにかく、自分達のリーダーは表側では代表取締役の下につくちょっとしたリーダー職を持つ社員。
     なんとも腰が低く、自信なさげにしているがメカニックとしての腕は良い。プレゼン技能は……他の社員がカバーできるのだから、別に良いのだ。
     リーダーは軍を組織したなんて思えないほどの人物だが、どうやら参謀長とは長い付き合いらしく、なかなか辛辣な言葉を返しているのをよく見かける。
     組織結成の初期からここにいる自分でも、二人の正反対な性格からどこでどう馬が合って革命を起こそうなんて気になったか分からない。

     そんな二人とも長い付き合いであるらしい彼は、うちの会社のお得意様だ。
     フリーランス、というのだろうか? グリーゼでは珍しい働き方だ。会社に所属せず依頼を請け負う技術者。メカニックに分類されるであろう彼は主に「通信技術」の技能に長けていた。
     星と星を繋ぐ音声通信、国内でより速く遠くまで繋がる概念伝達。そして何より――盗聴器と、その盗聴を妨害する、機器の技術。
     表は気の良い通信技術メカニックの兄ちゃん。裏は――大切な情報を奪い保護する、技術者。

     それが、「スズ君」という人だった。





    「え〜っ⁉︎ フードプリンター、壊れちゃったの?」
    「す、すいません……昨日までは、問題なかったんですけど」
    「なんで俺が来た時に限って壊れるかなぁ……せっかく鮮魚モードが設定できるって聞いてたのに」
    「あの……来週までには、修理、入ると思うので、その……すいません」

     備え付けの社員食堂でリーダーがぺこぺことスズ君に謝っている。別に自分の落ち度でもないだろうに、うちのリーダーときたらなんであんなに低姿勢なのか。
     ちなみにここは来客も自由に使える食堂だ。

    「……これ、自分達で直せたりしない?」
    「スズさん、だめですよ! 宇宙船の計器とは、違うんですから」
    「でもほら、これも工作みたいなもんでしょ」

     あと数分も会話を続ければリーダーが折れて、プリンターをこじ開ける作業が始まるのだろう。食堂を利用している面々が皆考えるほどには、スズ君に対してリーダーは弱かった。



    「あ、○○さん」
    「え?」
    「あれ、お名前違いました? 名前覚えるのは自信あるんだけどな」
    「い、いや合ってる……合ってますよ?」
     お得意様なのだから、この社内の人間も皆挨拶くらいはしたことがある。とは言え直接やり取りをしたことのない自分の名前を彼は覚えているのだ。
    「あはは、そんなわざとらしい喋り方しなくてもいいのに! 俺に対しては好きなように話してくれたら良いんで」
     こっちも少々無礼かもですけど、そこはほら……お互い様で多めに見てもらえれば、ね?
     悪戯な笑顔でそう言った。
     とても、あの二人と長い付き合いがあるとは思えない。いや、むしろ……こんな人だから上手く付き合っていけるのだろうか?
     リーダーと参謀長のことを思い浮かべる。二人が殺伐とした会話を繰り広げる中に、スズ君は何の気負いもなく入っていけるのだろう。

    「スズ君……リーダーと社長がいつもお世話になってます」
    「え、何? そんな改まって」
    「いやほら、うちは上二人があぁでしょう? 俺はスズ君みたいな人が間に入ってくれると助かるんだよ」
    「あー……」
     彼にも思い当たるところがあるようだ。
    「一方的じゃ、ないので。俺も二人にはいつもその……本当にお世話に、なってます……」
     彼はさっきまでのハキハキとした喋り方が嘘のように、いかにもこんなのは照れる……といった態度になる。二人の知り合いだけあって不器用なところもありそうだよな、と勝手に思った。

    「スズさん! あのプリンターの部品なん、です……けど……」
    「あ、レムナン」
    「お疲れ様です、リーダー」
     工具を片手に意気揚々とやってきたリーダーは、話中だった俺達を見て言葉を止めた。
    「お疲れ様、です。……あの、何を、話していたんですか……?」
     耳を疑う。リーダーが後からやってきて誰かの話に加わる、会話に興味を持つこと自体が珍しい。
    「えっ! いや……」
     さっきまで「二人にはお世話になってる」ともごもご言っていたスズ君は慌て出して、微笑ましい。気さくな彼へ、少しの助け舟を出す。
    「いや、ただの挨拶みたいなものですよ。うちのリーダーがいつもお世話になってます、って」
    「僕、ですか……?」
    「? そうですよ」
     ただの雑談に何をそこまで引っ掛かることがあるのかは分からない。ただ思案顔のリーダーは一瞬スズ君の方を見て――。

    「そう、ですか。僕も、スズさんにはいつも……お世話に、なってます」
    「……いちいちいいから、そういうの」
     じとりとした目でスズ君がリーダーを見上げるから、自然と口角が上がる。
    「あっ○○さんまで! 何ですか⁉︎」
     目敏くコチラを見た彼に怒られてしまった。
    「いや、二人は本当に何ていうか……仲の良い兄弟みたいだよね」
    「きょうだい……? ねぇ、レムナン聞いた? 兄弟だって!」
    「き、聞いてますよ! もう、揺らさないで、ください……!」
     スズ君はリーダーの肩を掴んで揺らしながら嬉しそうだがリーダーは不服そうだ。
    「ちょっとヤンチャな弟とそれを見守る兄って感じで」
    「……レムナン、上司なのにヤンチャだと思われてて大丈夫なの?」
    「スズさん……多分、弟は、スズさんの方、ですよ」
    「俺の方が歳上なのに⁉︎」
    「えっ」
     どよめく俺にスズ君が異議申し立てを始めたものだから、この日は大変だった。

     リーダーより歳上の、ヤンチャな弟分。
     気さくで、話しやすい。
     自由奔放で少しわがまま。だけどそこまで無礼ってわけでもない。自分が許される範囲を見極めるのが上手だと思う。

     俺だけでなく多くの社員が彼に名前を認識されていて、来社のたびに気軽な雑談を楽しんでいるようだった。





    「――で、仕組みはこんな感じ。思いつく限り色んな星系の通信妨害を仕込んでる。一覧はこれだよ。他にも入れ込む必要があるんなら要調整かな」
     スズ君と表の会社の取引がもう数えきれないほどになった頃から、彼は裏の仕事にも協力してくれるようになった。彼曰く、報酬料は桁違いなんで……ということらしいが、俺は軍のツートップに技術力を見込まれ口説き落とされたのではないか、と思ってる。

     裏の仕事に関する取引はいつもの応接室でやるわけにいかない。完全な防音、さらに盗聴までシャットアウトする機構を張り巡らせた室内で、リーダーと参謀長の二名とスズ君。何かトラブルがあった時のために俺が部屋に控える形をとっている。
     軍のトップ二人を相手にいつもと何ら変わらぬ態度を取れるのは流石だ。しかも内容はグリーゼの空の下で発することができるものじゃない。だがここでは法に引っ掛かるかよりも組織に有益かが判断基準だ。

    「流行は……おさえられて、いると思います。ただ……文化の発達した、星系のモデルばかり、ですね」
    「そりゃ仮想敵はある程度技術を持った連中って事で作ってるからね」
    「僕達が依頼してるのは『どこにいても他人に盗聴されない』通信機なンだけど?」
    「はぁ……一応言っておくけど絶対なんてものはないよ、他の星もどんどん新しい技術を開発するんだから」
    「それでも……対抗して、もらわなければ……困り、ます」
    「出たよ、レムナンの無茶振り」
     仕事の交渉でリーダーがこんな強気に出るのはスズ君相手くらいのものだ。仕事ではない雑談の時は腰の低いリーダーだが、スズ君と仕事の話をする時は……比較的はっきり意見を述べる。

    「日々更新される技術に追いついてメンテナンスを続ければいいってことさ。……スズ、もう観念して社内常駐した方がいいンじゃない?」
    「えっ俺は嫌だよ、ラキオの部下とか」
    「ハッ! この僕が誘ってやってるのに君って本当に愚かだよね」
    「よく言うよ、『一般社員』なんか求めてないクセしてさ」
     こんな会話展開も珍しくない。この国はいくら技術は高度であっても、皆同じ水準のものを作るだけ。個性だの、ピーキーな性能だの、そんなものを求めるのならレベルは低くなるくらいだ。
     だからスズ君の技能に勝てる柔軟さや斬新さを兼ね備える技師は、グリーゼ国内でちょっと思い付かない。この国と他の星の人間では圧倒的に見てきたものが違うから。ヘッドハンティングもおかしな話ではないだろう。
     ただ、彼はこの革命軍に籍を置く気はない、らしい。

    「ところで、スズさん」
    「ん、なに?」
    「ここの計算、ズレてます」
    「え⁉︎ ……あーそれか。起動に問題ないし再計算も時間かかるし」
    「間違っても起動する? そういう問題じゃ、ないです。そもそも、この間だって――」
    「ああもう、分かったって! 直します直します、手は抜きませんってば!」
     やはりスズ君に容赦のないリーダーが見られるのは組織の仕事の時くらいだ。この強気さが普段の会話でも見られるのなら、少しは外野からとやかく言われることもないと思うのだが、ままならない。





    「リーダー、スズ君ってリーダーには結構わがままですし……仲良いとはいえ大変じゃないですか?」
     他の軍団員にはある程度のさじ加減を調整しているらしいスズ君は、リーダーには容赦がない。
     リーダーを言い負かすスズ君、なんて様子はこの社内じゃ見慣れたものだ。リーダーは基本的にスズ君に怒らない。それどころかイラついているところも見ない。と、いうことは問題ないのだろうけれど。
     一応彼は組織の表も裏も知っている数少ない人物だ。彼が軍を害する心配がないのは分かるが、俺は無防備に見てばかりいられない。

    「大変……ですか? そんなこと、ないですよ……」
    「リーダーはそう言うと思いましたけどね! 一応、外部の人間にあまりにも低姿勢だって新入り達が訝しむもんで。あんな生意気なガキにしてやられるなんて〜! って、俺は板挟みで困るんですよ」
    「心配、するような、ことはないです。――可愛いところも、あるので」

     可愛い、か。

     まぁ確かに彼は愛すべき弟分という感じだ。外注とは言え秘密の多いこの会社相手に長く取引を続けている相手。
     リーダーがどうしても来客対応をできない時にスズ君とやり取りをするのはほとんど俺で、そうでなければ参謀長だった。だから社内ではリーダーと参謀長の次くらいに彼に関わっている人間は俺になる。
     長く関わり合いになるとどうしても情が湧くものだ。こんな組織にいるといかにもカタギ、みたいな一般市民に癒されるというか。
    「はぁ……まぁ確かにスズ君は可愛いもんですけどね。リーダーがそんな全面的に好意的だと社内の皆が嫉妬するので?」
    「か……可愛い……って、」
     おや、と思う。
     こんな時ばかり直感なんて働かなくたって良いだろ、俺は自分に言い聞かせている。やめろ、これ以上考えるな。
    「○○さんは、スズさんのこと…………好き、なんですか?」
    「好き?」

     待て何だこの話の流れは。
     いやいや大体リーダーだって可愛いって言ったでしょう。

    「あのですねぇ……俺はただ『可愛い弟分』だって言ってるんですよ!」
     とにかくここで否定しないと明日の自分の平穏はない、自分の直感が告げている。
    「そう、なんですか……?」
     リーダー、目が笑ってない。
     相変わらず自身の直感は深掘りするな、よしておけと言っている。だというのにほんの僅かな好奇心で、自ら深い穴に飛び込んでいく。
    「リーダーって、スズ君のこと」
    「………………好き、です」
     それは紛う事なき肯定、だった。

    「貴方がスズさんのこと、想っている、それ以上にずっと……僕の方が」
    「勝手に恋敵にしないでもらえます⁉︎ 違いますってば!」
     リーダーときたら思い込んだらすぐこれだ。厄介すぎて敵に回したくない。
      
     考えてみればリーダーの好意が明確に分かれば納得できることは多い。やたらと彼のわがままを許してしまうのも、惚れた弱みというやつか。それともいっそわがままなくらいが可愛い、とか。
     いや、よそう。自分の上司の恋愛事情なんて俺は深く考えたくもない。
    「とにかく俺はリーダーが誰を好きでも構いませんよ。政府のご令嬢と駆け落ちして組織が解散! とかでなければ」
    「そんな、こと……あるわけ、ないです」
     当然の回答。
     そういえばリーダーは時折仕事で女性と関わらなければならない時、心底嫌そうにしていたっけ、と過去の取引先の様子を思い出す。
    「あの、聞かないんですね……詳細」
    「え、リーダー意外に惚気たいタイプですか? いやぁ、そりゃ聞いても構いませんけど」
    「いえっ、あの……違います!」
     例えば相手が「少年」であること。
     仮にも革命軍に所属しない「一般人」であること。
     どちらも俺には些細なことだ。……それに。

    「俺は結構お似合いだと思いますけどね、ふたり」
     実はスズ君の方に、まったく百パーセント脈がないとは思えない。まぁ普段のスズ君が恋愛感情をリーダーに寄せてる素振りは一切ないが。
     だからこれはただ、何となく。
     俺の勘でしかない。

     それにしてもまさか、あのリーダーとテーマが「恋愛」で三分以上も話が続くなんて。カップラーメンもビックリの話である。





    「とにかくリーダーにはもう少し威厳を持ってもらわないと困るんですよ! オレ達にだってプライドがあるんですから」
    「やれやれ、そンな話するためにわざわざ来たの?」
     中間管理職の嫌な面。
     物申したい部下と受け取る気のない上司の間に挟まれてただ会話を聞かされる時だ。
     これが本当に面倒で、構成員となって一月と経ってない部下の勢いを止めきれなかった自分にも後からお咎めがありそうだな、と静かにため息をつく。
    「あんなよく分からない外注先にヘラヘラしてるリーダーもリーダーですけど! それ以上にあのガキ、裏で何考えてるか分かったもんじゃ……」
    「ふうん? つまり外注先を選抜した僕達の目が節穴って事?」
    「あ、いやそれは……」
    「いいンだよ別に? 今全部吐きなよ。リーダーに威厳を感じられない組織っていうのも大問題だし」
     組織も人数が増えてくるとこういうことが起こる。この国を変えようという大事に乗っかる特異な人間だ、何かしらの癖がある。国の規定に収まらないはみ出しものが増えるのは当然のことだ。
     物静かで控えめに見えるリーダーは時々、「この国で何かでかいことをしたい」新入りの構成員に……端的に言えばナメられる。彼が、どのような人かも知らないで。

     参謀長の部屋に控えめなノック音が響く。
    「遅いじゃないか、レムナン」
    「……すいません」
     謝りながら部屋に入ってくる彼の様子だけ見れば、とても何か問題が起こるとは思わない。右も左も分からない新入りでは仕方ないだろう。ただ、この組織で一年も過ごせば――。

    「すでに、緊急概念伝達通信回線で、お話は……聞いてます」

     この人を「大人しい」なんて目では見られなくなるのだから。

    「リ、リーダー……」
    「僕の、ことは構いません。ただ……スズさんの、ことは……訂正、してもらわないと」
    「なんであんなやつを!」
    「っ……! あんな、やつ?」

     あぁまずいなコレは。今日は残業になりそうだ。

    「○○さん」
    「はい、リーダー」
    「今日スズさんが、機器のメンテナンスに来る、日なので。来客対応……お願い、します」
    「承知いたしました」
     後の俺は後ろを振り返らずに応接室に辿り着くだけだ。

     後ろから聞こえる鈍い悲鳴。
     「謝れ」「訂正しろ」の罵声。
     ついでに長い溜め息の末リーダーを止めない参謀長。
     そんなもの見て見ぬふりして明日には二人と楽しく雑談もできる。まぁそんなだから俺はここでそこそこ長く暮らせているのだろう、そう思っている。



    「……え、レムナンは緊急会議?」
    「うん、ごめんね。いつもはリーダーなのに俺で」
    「嫌だな○○さん! 俺は『弟じゃなきゃダメ!』みたいなわがまま言わないよ?」
     彼はいつだったかの兄弟扱いネタを持ち出して、俺は兄ちゃんだからね、と訂正している。スズ君は気がついているのだろうか?

     リーダー、スズ君が思っているよりずっと、ずっとわがままでヤンチャな弟分かもしれないよ。
     ……いやホントに。

     リーダーは割とあらゆることに興味がない、みたいな態度をして、一度自分の懐に入れたものを絶対手放さない。
     目標を達成するまで執拗に粘着する彼の気質はただ恐ろしい。

     ……この国は生まれ持った階級で世界の前提が決まってしまうから。能力があっても上には上がれないのに、無能はすぐ堕ちる。それが当たり前だから。
    「そんなのはおかしい」と手を伸ばす彼は時々、ここで育った俺達には眩しく見える。長く付き合えば付き合うほどそう思う。もしかして参謀長もそんな彼に何かを見出して組織に籍を置いているのだろうか?
     会議で意見を全然通せない、はっきり思想を述べるのも滅多にしない彼が手を伸ばす時の目と、手段を選ばぬ貪欲さ。 
     そういう「生き汚なさ」に、俺達は魅入られてるのかもしれない。最近はそう思う。

     何でもかんでも欲しがるんじゃないから厄介だ。……これ、と決めたら一直線。リーダーが欲しい、と言ったらどんなに不可能でも最後には手の中に収めて、一生離さないのだろうなぁ。
     目の前でメンテナンス器具を机に広げているスズ君を眺める。

    「本当に、ごめんね」
    「え、何……俺って本当にレムナンじゃないとダメだって思われてるの?」
     心外だな、と唇を尖らせる彼はどうもこの手の勘は鈍い方に思える。

     ごめんね、うちのリーダーが。
     君がリーダーをどう思ってるかちょっと分からないけど。リーダーはずっと君の事を離してくれないと思うんだ。
     そして君の事を如何に可愛い弟分だと思っていても多分、俺達は全員――。

     いざとなれば災厄に触れることなかれ、とリーダーに味方をするんだろうなぁ。





    「スズ君、今日はご飯食べていく?」
    「ん、そうだなぁ……今日は軽いメンテだけだし作業が終わったらささっと食堂のプリンター出力でも、」
    「それよりも、ね。市街にできたレストラン、分かる? 私行ってみたくて」
    「私もそこ気になってたんだよね、いいんじゃない?」
    「どう? スズ君。海鮮パスタもあると思うよ」
    「あ、それ! マーケットの隣のやつでしょ? いつも近く通ると良い匂いするんだよなぁ」
     組織の女性達に囲まれるようにして話しているスズ君を見かけた。ああしていると一般人にしか見えない彼女達だが、潜入や情報収集に長けたエキスパート達だ。
     ――彼女達の今日のターゲットはスズ君だろう。

     グリーゼ移動船団の生活は特殊だ。
     権力階級「白質市民」の大半とある程度の階級の者が巨大な船の中で暮らす一方、下級の市民と移住者……それ以下に当てはまる者はベースとなる宇宙港付近に住まいを持つ。グリーゼ、と言えば常に移動し宇宙を巡回する巨大船と、船が補給のために寄る僅かな宇宙港を示す。

     宇宙船がグリーゼを目指すのなら行き先は宇宙港の方になるだろう。お偉方は基本的に船に住居を持つが……政府の本部は宇宙港の方にある。グリーゼはあらゆる分野で世界を牽引するほどの力を持つのに保守的で、未だ擬知体の導入よりも人の手による運営を好む。
     
     他星系のように巨大な陸地ではないが、文化の発展が目覚ましい宇宙港のある市街。人工的な技能で作られた、どこにでもある一般的な惑星風景。人の手で運営される、旧時代的な場所。――だが市街を離れれば未開拓で資材の獲得も望めぬ不毛の大地……テラフォーミングを待つ僅かな区画があるばかり。

     船を維持するための莫大なコストに悩み続け、生活の全ては国外からの輸入がなければ成立しない。果ては不要な「資材」を全て売り物と燃料に変える――ここはそんなところだった。

     ひとまず今、食堂で話題に上がっているマーケットやレストランは他星系となんら変わらない……むしろ無能は排除される国なのだから、名物になるくらいの腕前がなければレストランが新しく建つことはない。擬知体ではなく人間が腕を振るうレストランなど、今となってはどこの星系でもなかなか見られないものだが……味には期待できる。

    「ね、どうかな? 営業時間に間に合うと思うよ」
     スズ君は度々社内の人間と社内食堂でご飯を食べたり、外食したり、付き合いが良いようだ。ただ彼がそこまで付き合い良くしているのは女性に限るのだが。
     それでも遊び人だの女好きだの女性社員の間で噂が立たないあたり、本当に愛すべきクリーンな弟分だなと思う。
    「うーん……やっぱり今日はパス!」
    「え〜⁉︎」
    「ごめんね、今日の夜は先約があってさ、あまりのんびりできないんだ。また今度、皆で行こうよ」
     連れ出しに失敗した彼女達が口々に不満を漏らす。
    「ほら、やっぱり俺はせっかく皆で行くなら長時間だらだら話せる時がいいし。予定が合う時また誘って?」
     こんな事言うから、スマートだよなぁスズ君。

     渋々女性社員が解散するのを見計らって彼に声をかける。
    「や、お疲れ様。相変わらずモテるねスズ君」
    「あ、⚪︎⚪︎さん。お疲れ様です! あれはモテるとか、そういうのじゃないよ」
    「じゃあどういうのなの?」
    「皆俺からレムナンの話が聞きたいんだよ、実際の所は」
     こっそり、声を落として彼は言った。

     リーダーは社内で密かに注目されている。
     あの儚げなところがいいとかなんとかで(俺としてはさっぱり意味が分からないが)、特に所属してから日が経っていない者ほどリーダーを熱心に見つめていたりするものだ。
     だが立場もあり気安く話しかけられる人間は限られているし、本人は目立つことを避けたがっている。お近づきになろうという人間を避けるのも得意だ。
     だからこそ組織で長く過ごせば過ごすほど、直接リーダーと関わり合いになろう……なんてタフな気持ちを持つことは難しくなっていくのだ。いやもちろん、原因は他にも色々あるが俺としては言及を避けたい。 

     なるほどターゲットはスズ君ではなくリーダーだったのか。

    「俺はみんなの話聞くのは好きだけどさ、あんまり何度も行くとちょっと……ね」
    「なるほど」
     彼女達は立場を弁えられるメンバーだから、そうあからさまな探りは入れてこない。それでも革命軍リーダーの個人情報はできる限り広まらない方がいい。
    「まぁ俺は問題のあることは言ってないつもりだけど。それに皆、本気じゃないし。ほら、顔の良い上司のささやかなエピソードを聞いてちょっとほっこりしたいだけっていうか。それにそもそも恋愛以外にも楽しい話題なんてたくさんあるし?」
     裏で色々気を遣ってくれているんだなぁ。ひとまずスズ君を通してリーダーに何らかの被害がいくことは無さそうだ。

     リーダーが望む形かは分からないが、スズ君の方からも確かにリーダーを思いやる気持ちがある。
     リーダーに勝ち筋があるとしたらそこだろうか。

    「スズ君っていつも付き合い良いけどさ、あんまりフラフラして恋人に、怒られたりしないの?」
     リーダーの恋の行く末を想像しながら、スズ君にちょっと吹っ掛けてみる。
    「ふふ……恋人って! ⚪︎⚪︎さん、俺に相手がいるって思ってないでしょ!」
    「いやいや、少なくともリーダーよりは可能性あると思ってるよ俺は」
    「レムナン比較で話されてもなぁ」
     いや、ホントに。
     スズ君に恋人がいる可能性はなくもないだろう。

    「残念ながら恋人なんていないよ。仕事も忙しいし、恋人がいたら自由時間も減るし」
    「意外とシビアだよなぁスズ君は」
    「片手間に誰かの相手をするつもりはないからね、恋人は別に欲しくないかな」
     今は恋愛とか必要ないんだよね、みたいな彼の態度はまるで「作ろうと思えば作れる」みたいなゆとりがあってがっついてなくて、理性的だ。幼く見えて可愛らしいのに達観してる。そんなアンバランスさは目を惹く個性だ。
     だから、モテるんだよな……ホント勉強になります。俺にはとても真似はできないけど。

     そしてリーダー。
     スズ君に惹かれる、リーダーよりもアピールの上手なたくさんの人間達をライバルにして戦わなきゃならないわけだが、勝ち目はあるんだろうか?
     もう少し頑張らないと、いつか誰かに掻っ攫われちゃいますよ。





    「失礼します。あれ、珍しいですね……社長とスズ君二人なんて」
     いつもはリーダーが来客対応に入るのに、来社したスズ君は参謀長と一緒に会議室にいいた。
    「そうでもないよ? 概念伝達器の調整テストをするならラキオが一番良い判断できるからね」
    「あぁ、なるほど」
     彼の手元にメンテナンス中の概念伝達用ポートがある。グリーゼでは一般的な手段だが、参謀長ほど愛用している人もいないだろう。
     勿論それは間違っていないが……。

    「リーダーと、喧嘩でもした?」
    「っ……⁉︎」
     この反応、やっぱり何かあったようだ。
    「スズ、君ってレムナンが関わると演技力が底辺まで落ちる機能でもついてるンじゃないの?」
    「ちが、この会社の人達が勘良すぎるだけ!」
    「まぁその辺の人選にはレムナンが関わってるンだけど……それにしても勘、ねぇ。曖昧なものに頼るなんてナンセンスな話だよ」

     俺はサッと自分の血の気が引くのを感じた。仲の良い二人が喧嘩なんて微笑ましい、で済まない。
     場合によってはこの軍瓦解の危機だ!

    「スズ君、うちのリーダーが何かやった? 謝らせるから。連れてこようか?」
    「えっいや……」
    「それともスズ君が何かした……? 俺がついていってあげるから今すぐ謝ろう、すぐだよすぐ。時間を空けるとあの人面倒なんだから」
    「な、何でそんな必死になるかな」
    「ハッ、分かってないねスズ。レムナンを怒らせた上でこんなところで油売ってるンなら今すぐ土下座の一つでもやるべきだよ。まぁ許されるかなんて僕の知ったことじゃないけどね!」
    「喧嘩なんてしてないってば……」
     気まずそうにそっぽを向く彼は微笑ましいとしか言いようがないが、黙って見守れるレベルの状況か分からない。
     勘弁してほしい。

    「本当に、喧嘩じゃないから」
     喧嘩じゃない、以外の情報は一向に明かされない。
    「喧嘩じゃなくてもスズ君がリーダーとはもう関わらないっていうなら、俺は困るんだよね」
    「困る? どうして?」
    「……いざって時リーダーを抑えられる人が減るから」
     本質はそこじゃない。でもそれ以外にどう説明したら良いんだ。
     リーダーは君に執着していて、君を離すつもりがないから。大事なものを失ったリーダーが一体何をするのか、なんて恐ろしい想像したくもないんだ。
    「だからね、喧嘩じゃないにしてもどうにか和解できない? ほら、俺に何かできることがあるなら手伝うよ」
    「……」
     俺はもうなりふりなんて構ってる場合じゃない。

     とにかく、早急に!
     彼らの仲を取り持つ必要がある!
     頼むから、俺に平和な革命軍生活を保障してくれ!

    「じゃ、一つ質問いいかな」
    「何⁉︎ ほらスズ君遠慮しないで、何でも言って!」
    「――この社内にレムナンが絶対立ち寄らない場所、ある?」
    「ス、スズ君……」
     取り持ちどころか決定的な決別を言い渡されたかのようだ。リーダーに会いたくないとシンプルな回答。いやこれ、和解する気はないってことか。本当にどうしよう。
     どうか俺のことを殺さないでくれ、リーダー。命乞いの一つもしたくなる。

    「この社内にレムナンが立ち寄らない場所なンてあるわけないだろう?」
     絶望している俺に代わって参謀長が答えた。
    「そンなこと考えたら分かるだろう? 少しは落ち着きなよ」
    「う……だって、」
    「さっきから『だって』と『でも』しか言ってない。僕が聞いてやってンのに知能を下げないでくれる?」
     いつものらりくらりとしているスズ君だが、相当参っているらしい。今はリーダーに会いたくない、その一点しか考えていないのではないかと思うほど。
     参謀長はそんなスズ君を邪険にせず、何だかんだ言って世話を焼いている。きっと俺が来る直前まで、スズ君は参謀長に何かしらの相談事をしていたのだろうな、とあたりをつける。
    「――何があったって仕事に穴は開けない。俺のポリシーだからね、やるよ。けど……できるなら今日のメンテ作業はレムナンに付き添われたくない。少し時間が欲しい」

     何をやったんだ、リーダー?

     人当たりのいい彼がこんな明け透けな「拒絶」をするなんて。
     それと同時に何だか、初めて彼の本当の人となりを見たような気もする。この人、リーダー達には懐いてるけどいつもの人懐っこいのより、多分こっちが素に近いんだろうな。

     俺はもちろん、どちらかと言えば自分の保身のためにリーダーの味方をしたいのだが……。
     今、リーダーとスズ君を二人にしてしまったらさらに事態は悪化しそうだ。であるならば、長い目で見て俺が取るべき行動は。

    「じゃあ俺はこれから応接室に来るリーダーと少し、話をするから」
    「え……」
    「一時間はかかるかな、保証はできないけど。スズ君ならそのくらいの時間で今日のメンテナンスは終わらせられるんじゃない? 機材も運んできて、このままここで作業してもらっていいから」
    「ありがとうございます……」
     少し顔色の悪いまま、彼はぺこりと頭を下げた。
    「まったく、この軍のやつらはスズに甘すぎるンだよね」
     外部のやつに絆されすぎじゃないの? と参謀長は皮肉ったが、俺が応接室に向かうのを止めもしない。
     俺としては参謀長も兄貴分としてスズ君を可愛がっているのではないかと思う。いや、実際のところ参謀長はスズ君より歳下なのだけど。
     この人もこの人で、なんだかんだ言って二人を見守っているんだろうか。……そんなこと、本人に言えば即、気持ち悪いと罵倒されるのだろうけど。

    「はぁ、本当に中間管理職って……」
     ネクタイを締め直す。どんな尋問や潜入より恐ろしい出来事が自分の社内で起こる。自ら、飛び込む火の中。
     スズ君の元に行きたがってるだろうリーダーを一時間も止めるなんて、我ながら無茶な選択をしたものだと思う。



    「○○さん……?」
    「リーダー、ちょっとお話いいですか?」
    「す、すいません……今日は、スズさんの……来客対応予定が」
     応接室で見た目に分かるほどの重い空気を背負って、リーダーは応接室のセッティングをしているようだった。
     今日は表の仕事だ。うちの会社で扱っている携帯の小型通信端末に関する資料が机の上に積まれている。
     スズ君の今日の仕事は社内に置いている機器のメンテナンスと併せて、新しく欲しい機器についても機能改善や調整の内容を細かく相談するとか、そんなところだったのだろう。

     ふと資料の横を見ると、スズ君がこの間食べてみたいと話していた魚の形をしたクッキーが菓子盆に並べられている。小魚で一日分のカルシウム配合、云々。グリーゼのマーケットには並ばない輸入品。
     あ、ご機嫌取りの材料だこれ。
     何かやらかしたのはリーダーの線が濃厚ときた。

    「それなんですけど。――俺に、一時間だけ割いてもらえます?」
    「え……」
     もう割れそうなくらいの動悸の音で、吐き出しそうだ。裏工作でもここまで緊張するかどうか。でもこんなことで日和っていたらこの組織に所属なんかしていられない。
    「俺もこれでも、歳上なのでね。ちょっとした兄貴分の、お節介だとでも思ってもらえれば」
    「…………スズさんに、何か聞きました、か?」
    「何かあったんだろうな、ってくらいで大したことは聞けてませんよ。ほら、スズ君って意外と自分の事話しませんし?」
     俺がリーダーとの対話で選択したのは「できるだけ偽らない」ことだった。この人は勘がいいのでごまかしたところで一時間も稼げない。 
     何より騙しきれると侮って後でバレたりしたら……俺が明日も出社できるか分かりゃしない。

    「リーダー、俺は最終的にはリーダーの味方であるつもりですよ? でもほら、俺は状況を知らないから判断材料がないんです。今すぐスズ君のところに行きたいっていうなら、掻い摘んで話してもらえません?」
     じと、とこちらの真意を探るような眼差しに一歩引きたくなる。だがここで引くような相手の交渉をリーダーは受け付けないだろう。
    「ほら、プレゼンの練習みたいなもんですって。さ、やらかしたのはリーダーですか? それとも、スズ君?」
     俺は今にも引きつりそうな顔面に、穏やかな表情を貼り付けている。
     リーダーは俺に引く気がないのを見て警戒を解き、あからさまに目を逸らし始める。
     これは……俺が勝ったな。

    「なに、ちょっとした……無料恋愛相談会みたいなものですよ、気軽なね」
     小粋なトーク、残り最低一時間。
     メンテナンスには胃薬と、後にリーダーから「ご迷惑おかけしました」のちょっといい食事の奢り付き。

     あぁまったく、割に合わない仕事だと思いませんか?



    「嘘でしょ…………」
    「嘘じゃ、ないです……嘘ついて、どう、するんですか……こんな、事で」
     小一時間と言ったが、要領を得ないリーダーの話を聞いているうちに一時間なんてとっくに過ぎていた。
    「喧嘩じゃない、とは聞きましたよ確かにね……でも、はぁ……」
     怒りたくもなる。
    「いい大人がそんなことくらいで気まずくならないでもらえます⁉︎」
    「ひぃ……すっ、すいません……」
    「はぁ、もう……何なんですか? 何が軍瓦解の危機だよ……」
     二人して些細なことでこんな、人生の危機みたいな顔して人を巻き込むな。

     さて、ここでリーダーの話を振り返ってみよう。
     問題が起きたのは数日前の話らしい。
     本棚の一番上へスズ君が限界まで手を伸ばし、勢いよく資料を抜き取ろうとしたところ周りの資料もまとめて落下してきた。百科事典ばりに重い、鈍器のような本が棚から滑り出るのを見て……リーダーは咄嗟に身体が動いてしまった、と。
     リーダーはスズ君を庇おうと彼の腕を引っ張り、腕の中に閉じ込め、容赦なく降り注ぐハードカバーの本の雨を浴びた。ついでに本の角で少し、顔に引っかき傷をつけた。
     お互い謝罪の応酬を終えた後、それはそれは気まずくなり。

     ――それから、一切連絡すら取らず今日に至る。

    「大体リーダー、もう謝った後じゃないですか、それを何でこんな引きずってるんです? 世界が終わるみたいな顔しちゃって」
    「それは、その。スズさんは…………人に触られるの、嫌がる人、ですから……」
     普段の振る舞いからスズ君はあまり潔癖そうには見えない。ただ気さくな割にはベタベタしないというか、パーソナルスペースが広い感じはする。態度とは裏腹に、そこには微かな警戒すら感じるほどに。

    「はぁ、だからって、良かれと思ってやったことの結果で、スズ君も怒ってないでしょう?」
    「怒って、いないのは……分かります、けど……その、」
     何をそんなに懸念することがあるんだろうか。
    「怒っていなくても。もしかしたら、スズさんは……勝手に触れた僕のことを……軽蔑、しているかもしれません」
    「軽蔑? スズ君がリーダーをですか?」
     本の雨から庇ったリーダーをスズ君が軽蔑する? 俺はリーダーほど彼に詳しいわけではないが、並んで話す二人を見るに考えづらかった。

    「僕は、スズさんに負担をかけたくない! ……嫌われたく、ないんです。今以上は……望みません。友人として、嫌われずにそばにいられるなら、それでいいんです」
    「そんなこと言って、スズ君に恋人ができたり……そうでなくても異星に引っ越したりして離れることだってあるでしょう」
    「え……?」
     想像だにしてなかったという風なリーダーに、俺は少し恐ろしさを感じる。

     この人、恋が成就しなくて良いとか言っといてスズ君と自分が離れることになるかもなんて微塵も考えてやしない!
     もう……どうしたものやら。

    「今のままでいいなんて言ってないで、ケリをつけたらどうです?」
    「⚪︎⚪︎さんまで、ラキオさんみたいなことを……」
     やっぱり参謀長に相談とかするんだ、リーダー。
     こんなことが起こるたびに参謀長はリーダーとスズ君に相談を受けて板挟みにされているのかな、と思うと正直ちょっと同情する。それから恋愛相談を受ける参謀長、と全然似合わないワードが少し笑える。

    「はぁ、とにかくこんなんじゃ成就するものもしませんって。謝ったんだから堂々としてればいいんですよ」
    「そんな……簡単な、ことじゃ――」
     言い合いの最中、遠慮なしにドアをノックする音が響いた。カンカンと高音で響くこの容赦ない叩き方、参謀長だ。
    「はい、どうぞ? どうしました社長……」
     参謀長の少し後ろに、そろりとこちらの様子を窺うスズ君の姿があった。
    「! スズ、さん……」
    「いつまで後ろにいるつもり? 面倒事をさっさと終わらせなよ」
     参謀長がスズ君を前に押し出してようやく、リーダーとスズ君は数日ぶりに向かい合って話を始めた。

    「レムナン…………あのね、」
     途端に重くなる室内の空気に、じゃあ後は若いお二人で……と逃亡したくなる。けれど部屋の出口は参謀長が塞いでいて、まるで逃げるなと釘を刺されているようだった。この空間、俺がいる必要ないと思うんですけどね。
     しかし、二人を放置していつの間にかもっと拗れられても困る、そんな気持ちも拭えない。
    「あの、この間は迷惑かけてごめんね」
    「え、いや……あのっ、僕の方こそ、勝手に……!」
     数日前にも同じ様なやり取りをしたんだろうなぁ。そして何も解決しなかったと。見守っていて進展はあるんだろうか。
     参謀長に視線をやる。何となく戻ってくる視線は「黙って見てなよ」と言っている気がする。

    「レムナンは、何も悪いことしてないよ。……俺の不注意で、怪我までさせた」
    「怪我……?」
    「だから、ほんとに、申し訳なくて……合わせる顔がなくて」
     怪我。もしかして本が落ちてきた時にリーダーが顔に引っ掻き傷を作ったことだろうか。
     スズ君は青ざめた顔で、俯いている。とても相手を軽蔑しているなんて顔つきではない。……ちょっとしたかすり傷を気にしているレベルでもないが。
    「気にしないで、ください。……すぐに、治りましたし」
    「そんな問題じゃない! 俺は、もう、俺のせいでレムナンに、怪我なんて少しもさせたくないんだよ……」
    「スズさん……」
     かすり傷程度にそこまで怯える必要があるんだろうか。酷く狼狽えている彼の様子に、事情もよく知らない俺はついていけない。
     ただ、スズ君はリーダーが傷つくことに酷く怯えている。それだけは事実だった。

    「……心配、ありません」
     リーダーはスズ君の手を取った。
     これでもかと固く握りしめられ微かに震える彼の手を、まるでしまい込むように上から両手で包み込む。
     いつもの控えめな態度が嘘の様に、真っ直ぐスズ君に目線を合わせて、リーダーは言った。

    「スズさんのせいじゃないです。……そうだとしても、僕は怒っていません」
    「でも――」
    「――申し訳ないと思うなら、借りはこれから返す、で構いません」
    「レムナン……」
    「例えば、ですけど。またしげみちさん達とのオンライン対戦に付き合ってもらったり。そ、その! ……帰り道にあるあのレストランに行ってみたり…………とか」
     相手の言葉を遮る様に、畳み掛ける様にリーダーが話すのは珍しかった。
     同時にこうも思う。

     ――俺は一体、何を見せられているのか?

     この空気から逃れたくて参謀長の方にちらと視線を送る。うんざりした顔つきで知ったことかと視線が返ってくる。ほんの少しの連帯感。

     ところでリーダー、こんなのでスズ君に気持ちを隠す気でいるんですか?
     もう直感ゼロの生き物だって勘付くレベルなんですけど。……何が「お友達でいい」んだか、疑わしい話だ。





    (あ、リーダーとスズ君……)
     ひと騒動から平凡な日常が戻ったある日、最近評価の高いレストランの窓際に二人の姿を見つけた。
     あんな風にデートに誘えるのならさっさと告白くらいしてしまえ、と俺は思うが二人はあれで相変わらず良い友人、あるいはお得意様の立場を変えていないようだった。
     とにかく、二人が穏やかに仲良く過ごしているのなら俺の組織生活も平和が続くので助かるところだ。
     安心したところで、少しの悪戯心が芽生える。

     あの二人……果たして社外でどんな会話をするんだろうか?

     言い訳がてら同じ店でテイクアウトのパニーニでも注文しようか。
     いやいや、偶然ですよ? 本当に。
     注文を待ちながら彼らに視線は送らず、耳をそば立てる。


    「その……スズさん、慌てなくても大丈夫、です。ゆっくり選んで、ください……」
    「そうは言ってもなぁ……決まんないんだよ、あっちもこっちも美味しそうで。とくにこのアクアパッツァとささみチーズの揚げ物セット……俺はどっちにするべきなのか」
    「それじゃあ、二つとも……頼みましょう」
    「え、さすがにそんなに入らないよ」
    「僕と、半分ずつ……分けましょう。取り皿、もらうので」
    「……いいの?」
    「はい」
     はぁ、何とも。こちらがむず痒くなるようなやり取りなんかしちゃって。

    「――ねぇ、結局水の選択肢は一種類しか無いンだ? 注文しなくても水は出るンだろう?」
    「そうだよラキオ。サービスで出てくるのは氷入れて冷やした精製水で、ミネラルウォーターが飲みたければ別注文」
    「でも、あの……ほら、グリーゼ山麓名水って、書いてありますよ」
    「そう、美味しい水だよ」
    「そもそもだ。僕は水に『サプリメントを流し込む』以外の用途は求めてないンだけど。大体この国には山麓なんてものは――」

     …………おい!
     何であの二人、参謀長を連れて出かけるんだよ!
     いい加減にしろ、訳が分からない、信じられない。二人きりだろそこは……あんな風に誘っておいて。どう考えてもチャンスだったのに!

     リーダー、いつになったらスズ君と二人で出かけることができるようになるんだろう。まだまだ先は長そうだ。





    「――ので、私と付き合ってください!」
     市街地の片隅で、女の子が声を張り上げていた。
    (あ、結構可愛い……)
     さっと視界に入れて、まぁグリーゼでも市街となればこういうことのひとつやふたつ起こるよな、と立ち去ろうとした、が。
     女の子の目の前に立っている人にあまりに見覚えがあって立ち止まってしまった。

    (スズ、君……⁉︎)
     俺は確かにだいぶ前、リーダーに言ったことがある。
     ――スズ君にも恋人ができて、リーダーからいつか離れることになることもあるかもしれないと。
     だからと言ってこんなこと、実際に起こらなくてもいいじゃないか。

     返事はどうするんだろう。
     恋人は別にほしくないかな、とだいぶ前に彼は言っていたものの……実際に告白を受ければ付き合う選択肢はゼロではない、はず。相手が熱心で、お試しでも構わないとか引き下がってきたらもしかすると……。付き合ってみて考える選択を取るかもしれない。
     そうなると、リーダーは。

     他人の恋路に口出しなんて、滅多な真似はしない。
     けれど、ほら。やっぱり好きでもない人とお付き合いするのはちょっと不誠実かもしれないよ? そんな意識で市街の片隅を覗いてしまう。
     何と答えるんだろう、スズ君。

    「――ごめんね。気持ちには応えられない」
     いつも明るい彼の声は真面目なトーンで、冷静で容赦がなかった。
    「どうしても、ダメですか……? チャンスが欲しいんです」
    「チャンス」
     きょとんとした顔のスズ君に、俺はもう気が気でない。
     どうする、「じゃあ、少しだけ二人で出かけてみようか?」なんて言い出したら。

     俺達の組織は今、吹けば消える蝋燭の炎みたいなもの。
     そんな過剰な想像で嫌な汗が出る。

    「そう、だな……」
     あ、肯定的だ。まずいかもこれ。
    「そういう、形だけで不誠実なやり取りは俺の趣味じゃないんだ」
     ほ、と胸を撫で下ろす。見知らぬ彼女には悪いけど、とりあえず最悪の事態は免れたようだ。
     しかし、陽気で朗らかなスズ君は「じゃ、試しに付き合ってみる?」くらい言ってもおかしくなさそうなのに、実際は結構堅実だ。
    「で、でも私……!」
     おお、相手もなかなか粘るなぁ。悪いとは思っているけれど、何となく安全圏から流れでやり取りを見守る。
    「私のこと、まだ好きじゃなくてもいいんです。付き合ってみてから考えてください!」
    「それは良くないな、あんまり」
    「お願いです」
     いよいよスズ君は困っているようだった。

    「……そもそも好きな人がいるから。君の事を選べない」
     スズ君の冷静な言葉の端に確かな熱さがある。
    「二番目でもいいんです!」
    「俺は一番しかいらない」
    「そんな、」
    「一番じゃなくていいなんて嘘だよ。長く一緒にいれば絶対、二番でいいなんて妥協できなくなる」
    「そんなことありません……!」
    「たとえそんな関係を構築しても、俺の一番に君は勝てないよ……頑張っても、時間をかけても、ズルい手を使ったとしてもね」
    「………………」
    「きっと、俺の人生は。――その人のことだけ想って終わる。君のことを考えるスペースが少しもない。二番にすらもなれないよ」
    「っ…………!」
     取り付く島もなく宣言された彼女は走り去っていった。
     眺めながら思う。

     ――スズ君、好きな人がいるんだ。

     その内側に隠し込んだ情熱が、今は恋とか必要ない風な態度をとっていた彼とは全然違う。
     前に聞いた時とは比較にならないほどの熱さを持った恋愛への姿勢。多分こちらが彼の本音だろう。そう考えると普段の振る舞いは見事な取り繕いの技能。
     彼には変え難い「一番」がいる。他には興味がない。

     これは。軽い気持ちで首を突っ込めば、想像以上の危機的状況が明らかになった。
     ここまで宣言した彼の「一番」と戦う必要があるのか、うちのリーダーは。

    「……覗き見はあんまり感心しないな」
    「あ」
     あまりの衝撃に固まっていたら、じとりとした目つきのスズ君と目が合った。



    「ま、俺も知り合いがいたらちょっと様子は見るかもしれないけどね」
    「本当にごめんね、勝手に」
    「そんなに怒ってないよ。奢ってもらっちゃったし。……それにあれじゃ元々、目立ってたから」
     スズ君はお詫び、と称して俺が手渡した屋台のクレープに齧り付いた。
     ベンチに並んで腰掛けて、だらだらと話し込んでいる。

    「俺はさ、慣れてるから何となく分かるんだよね。好きだって思ったら……欲しいって思ったら、どんな手段でも使う人間」
    「どんな、手段でも……」
    「ちょっと周囲の人を探って友達の友達として接触しようとしたりする可愛い手段からまぁ、他にも色々」
     ただの雑談にしては随分物騒な話題だな、と話を聞きながら思う。

    「あの子は、厄介な手段を使いそうだと思った。断絶したつもりだけど諦めないかもね。…悪いんだけど警戒、しておいて。俺も気をつけるつもりだけど」
     彼が何を言ってるのか分かる。
     万が一スズ君に近づくために組織内の人間に探りを入れられたら。世の中に出てはいけない情報を掴まれたら脅しの材料にされかねない。
    「うちも簡単に負けるほど軟弱ではないつもりだけどね……」
     情報漏洩は絶対許してはならない。機器を通しても、人を通しても。
    「お願い。迷惑はかけたくないんだ。ああいう子は割と、なんでもやるよ」
     確信がある様子に、モテるのも良いことばかりではないよな……と俺は思う。
    「だから望みがないって分かってもらうために、手酷く断ることにしてる。それでも気休めみたいなものだけどさ。……好きになってはいけないと思うことはできても、好きじゃなくなることは難しいから」

    「……スズ君の好きな人ってさ。どんな、感じなの?」

     手に汗を握ってる。こんな風にプライベートに踏み込んだら嫌がるかもな……と少し気後れするけれどダメ元で聞いてみたかった。
     彼が「好きじゃなくなることは難しい」相手。一生物の想いの先。
    「嫌だな、もしかしてお断りのための話、実話だと思ってる?」
     断るための体の良い決まり文句なのに。
     彼はいつものようになんてことない顔で言った。
     その言葉自体は本心かどうか、俺の持ちうる勘でピンと来るものはないけれど。嘘かどうか以外にだって相手を知りうる術はある。

    「俺は君が告白のお断りをするのは初めて見たけど……演技であの熱量は出ないね」
    「………………」
    「スズ君てさ、誰かを特別扱いしたりしないでしょう。自分に敵意を向けてくる相手にも、自分を好きと思ってくれる相手にも、対応の差が見えない」
     外部の気に入らないやつ、と態度を尖らせる新入りに気軽な挨拶をして、ついには最新号の雑誌に載っていた最新モデル機器の話にまで持っていって盛り上がってしまう。
     スズ君にお菓子をあげたがる女性社員達に、「そんなに食べたら太るから」なんて笑いながら食堂でご飯を食べて、彼女達のメイクやネイルを褒めている。
     ――どちらも同じ温度で。
     あんなにも朗らかなのに、その振れ幅の無さはむしろひどく無機質にも思える。

     俺には普段のらりくらりとする彼の本心は知り得ない。
     でも「一番」について話す彼の視線と言葉に宿る感情には確かに空想じゃない相手がいるのを感じとった。いつも平坦だからこそ、少しでも突出すれば引っ掛かりができるのだ。

    「だから単純に、少し気になったんだよ。スズ君が特別扱いする相手がさ」
     ここはリーダーとは別件で、仲良くなった個人への単純な興味関心だった。

    「…………ほんとグリーゼメカニクルの人達って、」

     不機嫌そうに眉を寄せる彼は何だか、いつもより一層歳下めいて見えた。



    「そう、だね。……特定の個人が、いないでもない」
     いないでもない、とは。
     いつもハキハキと喋る彼が急にはぐらかして曖昧にしようとするのはおかしくて、少し笑ってしまった。
    「……もしかして俺、分かりやすい? 困るんだけどな」
    「むしろ分かりにくいと思うよ……そんな相手がいるとは思わなかった」
    「当然だよ。思われたら困る、面倒だし」
     一番について語る時は情熱的だったのに、今は面倒だなんて冷ややかだ。
    「相手は恋人――では、ないよね」
    「そんなのいないよ」
    「なるほどね。長いの? 好きになってから」
    「……一般的にどのくらいが長いか、分からないけど。俺にとっては長い。というか、あの……そんなの、知って楽しい?」
     なんか尋問みたいなんだけど。彼は居心地悪そうに言った。
     いやぁ、これは職業病みたいなもので、申し訳ない。

     申し訳ないついでに、そろそろ本題に入らせてもらおうか。

    「ところで、スズ君」
    「うん?」
    「俺だってそれなりに働いて長いからね。協力できると思うよ?」
    「え、なに……恋愛指南?」

    「――リーダーのこと」

    「は……⁉︎ なん、で? レムナン……?」
    「スズ君が俺に知られたら『面倒』で『困る』相手。完全にメカニクル社内の人間だね」
    「え、」
    「長く関わってる人間。――社長か、リーダー。ま、次点で俺」
    「あ、」
    「まぁ、でも俺にこんな話する時点でね。――二択。社長とリーダー」
    「…………」
    「後は、そうだな。この二人の中にいるって言うなら」
     前提条件があればすんなりと答えに辿り着くものだ。今まではハナから『仲の良い兄弟』だと先入観を持っていたから気が付かなかっただけ。
     スズ君には好きな人がいる。
     平坦で無機質に、平等に人と関わる彼が見せる……決定的な人への「態度のブレ」。

    「スズ君とはどちらも仲がいいけど。スズ君はリーダーには、甘えてる」
    「っ……! 甘えて、なんか!」
    「じゃあ言い換えようか。――わがまま言ってる」
    「………………」
     沈黙。答えは暴かれたも同然。

    「さて、どうかな?」
    「……普通、さ。どっちも男だったらそんなふうには考えないよね」
    「そう? そんなの今時大した珍しい話でもない」
    「はぁ…………ほんとに……」
    「一応、守秘義務は守るよ?」
    「…………なん、で?」
    「まぁ、勘もあるかな? 当てられたのは」

     そりゃまぁ、俺は転んでもタダでは起きないテロリストですから。いつだって希望的観測を捨てない。
     スズ君の一番がリーダーなら、俺達部下の生活はそれだけで穏やかになるのだ。リーダーって言ってくれたら嬉しいな、そんな前提で話を振っている。
     八割くらいの確信と、二割のカマかけ。情報を得たいのならヤマを張って度胸を見せるくらいする。
     ……もしこの二択で社長だと言われたらそれはもう、世にも恐ろしい状況になるところだった。
     本当に良かった、宇宙崩壊しなくて。

    「あの! レムナンにはこのこと……」
    「心配しなくても言わないよ」
     むしろ言ったほうが良いとは思うけれど、変に突くとこの二人は拗れそうだ。
    「良かった」
    「……知られても、問題ないとは思うけどね」
    「大問題だよ。レムナンは一生知らなくて良い。俺はレムナンに、恋人の立場は求めてない」
     さっき、『一番じゃなくてもいいなんて思えなくなる』と女の子を諭した彼は、自分のことになると矛盾にも似た意見を叩き出した。
     これはまた。スズ君の方からも、妙なこんがらがり方をしている、らしい。一生知らなくて良いなんて、リーダーが知ったら絶望しそうだ。

    「俺じゃなくて、もっと。……もっと、可愛い女の子が、レムナンには似合うよ」
    「似合う、ねぇ。リーダー、うちの女性社員とだってまともに長時間会話できないのに」
    「それでも。いつかは隣に並んで楽しい話ができる人が現れるかもしれない」

     そもそもリーダーは君しか見えていないんだけど。
     スズ君もリーダーのことを想ってるんだけど。

     ……あぁこの二人、全体的に面倒だなぁ。

    「ちなみに、リーダーのどこが好きとか、聞いても?」
    「…………知らない」

     残念、これ以上の情報はクレープ一個では引き出せないようだ。
     無理に聞き出したらリーダーに怒られるだろうし、ここまでにしておこう。





    「スズさん、この間借りたPBの特殊工具、使いやすかったです!」
    「やっぱり? メーカーものじゃないけどあれは痒いところに手が届く逸品なんだよね」
    「僕も取り寄せてみようかと、思います」
    「紹介文書こうか? 個人営業で結構癖の強い人だし注文とかも割と面倒なんだよ」
    「そうなんですか? それじゃあ――」

     たまにリーダーとスズ君はマニアックなメカ関連の話で盛り上がっている。メカニックを集めた会社だ、もちろん社内でその会話についていける人間も少なくない。
     ただ、こんな話をしている時のリーダーは異様に早口で流暢に喋るので……普段の様子を知っている俺達としては逆にやりづらい。こんなにすらすら元気に喋るリーダーなんて尋問してる時でもなかなか見られないのだ。
     正直に言って――怖い。
     会話の内容はメカニック達も気になっているが、とてもあの二人の会話に割って入ろうとはならない。だからそれとなく二人が会話するのをちょっと遠くから眺める社員達、なんて構図はよく発生する。
     俺も一員に加わっているが、今日は少し事情が違った。

    「……!」
     スズ君と目が合った。
     ほんの一瞬でさりげなく逸らされた視線と、傍から見れば変化もほとんどない表情は見事としか言えない。顔色だって何も変わらない。
     これだけ取り繕うのが上手いから、通りでリーダーとのことも噂にならないわけだ。少なくともこの社内の人間は、まさかスズ君がリーダーに熱烈なまでの恋心を秘めているなんて思いもしていない。
     ……そりゃまぁ、スズ君としては俺にリーダーが好きだとバレてしまった後で二人で話すところなんか見られたら気まずいだろうな。事実を知った上で見る二人は、以前よりも距離感が近く見える。本当は前とそう変わらないのだろうが、こればかりは知ることで前提が変わってしまったのだから仕方ない。

     この空間でただ一人、スズ君の想い人を知っているのが何だか恐ろしいことに感じる。……嫌な予感がするのだ。

    「――スズさん。社内で何か、トラブルでも……ありましたか」
    「え? 別に何もないけど」
    「……そう、ですか」
     ひゅ、と喉が鳴りそうだった。
     トラブルの有無をスズ君に訊ねている、はずのリーダーの視線は今、俺とかち合っている。

     あ、これダメかも。

     露骨に目を細めるリーダーの姿ときたら、もう。
     いつだかリーダーはスズ君と「今以上の関係は望まない」ようなことを言っていたが、やっぱりあれは嘘に違いない。今にも俺を視線だけで縊り殺しそうだ。……人をトラブルの元凶扱いしないでもらいたい。

     あの一瞬。
     スズ君がそれとなく、しかし即座に俺から目を逸らしたほんの僅かな時間。直感か、はたまた想い人の態度の変化は分かるのか、そんな少しの出来事をリーダーは見逃さなかった。

     けれどリーダーはスズ君がリーダーを想っている事実には気がついていない。
     スズ君はリーダーに気持ちを悟られたくないらしい。

     この果てしなく絶望的なまでの面倒事に今、自分が巻き込まれようとしているのは痛いほど理解していた。とにかくリーダーはとても俺への追及をせず逃してくれる空気じゃない。

    「すいません、スズさん……業務連絡があるのを、忘れていました」
     ほらきた、人生はこんな予測ばかりよく当たる。
     少し待っていてください、とスズ君を置いて席を立ったリーダーが一直線に自分の方に向かってくる。この人の多い時間の社員食堂で、俺はそれなりの立場を守るためにどうにか取り繕い、普段通りを装っている。

    「少し、お時間……いいですか」
    「よ、よろこんで……」
     良いも悪いもなにも、ダメだなんて言える雰囲気ではない。
     威勢の良い宇宙大衆居酒屋のようなセリフを弱々しく吐きながら連行される俺を助けるような社員は、当然一人もいない。リーダーの不穏な空気を察知するのに長けた社員達から一斉に目を背けられ、足取り重くリーダーの後に続く。
     この空間、リーダーの不穏な雰囲気に気がついていない人間がいるとすれば、今ささみのフライを夢中でつついているスズ君くらいのものだろう。



    「⚪︎⚪︎さんは……スズさんのこと、弟みたいに思っているって、言っていましたよね?」
    「もちろん。今も変わらずそうですよ」
    「…………」
     出た。思い込んだらいつまでも疑ってかかるリーダーの癖。
    「でも、さっきは――」
    「まさかリーダー、俺がスズ君のこと意識してるんじゃないか、果ては告白でもしたんじゃないか、とか思ってますか? 勘弁してくださいって! 俺が嘘ついてるように見えます?」
    「……見えない、ですけど。そんなの分からないじゃ、ないですか……」
     そう疑ったところで俺から出せる情報などない。

    「はぁ……リーダー、なんでも牽制してかかるとスズ君に嫌われちゃいますよ」
    「っ……! スズさんは、気付いていない、ですから……」
    「そういう問題じゃないんですけどね」
     リーダー側の要求としてはとにかくスズ君が俺に向けたあの態度の原因を話せと、そういうことだろう。
    「別に何もないですって」
     そう、リーダーに話せるような内容のカードは一枚もない。
    「リーダーが心配しているような俺とスズ君がどうこう……なんて天地がひっくり返ってもないですね」
    「それこそ……分からないじゃ、ないですか! スズさんは誰とでもすぐ仲良くなりますし……喋るのも上手くて、気遣いもできますし、か、可愛くて、それで、だから……! とにかく、誰がいつ好きになっても、おかしくないんです!」
     いや、俺に熱弁されても。

    「リーダー、『今以上は望まない』って言葉、撤回する気になりましたか?」
    「!」
     こんなに嫉妬を撒き散らして、噛み砕いていえば要するに内訳は『手を出すな』ときた。  
     リーダーが今のままスズ君とお友達でいいなんて思うのなら恋愛に口出しするのもおかしな話だ。そもそもツッコミどころはそれ以外にもあるのだが……。
    「あと、リーダー? 全然考えていないようなので言っておきますけどね。周りの人間がスズ君を好きになるんじゃなくて――スズ君がリーダー以外の誰かを、好きになることだって考えられますよね」
    「! ……それ、は……」
     話の流れとしては「スズ君が俺のことを好きで意識してるのかもしれないですよね」、と言っているみたいでなかなか自惚れもいいところ、恥ずかしい場面だ。

     だがこの面倒な二人に巻き込まれた俺としては、ほんの少しふっかけてみたくもなる。もちろん、守秘義務に反さない範囲で。

    「お友達でいいのなら、首を突っ込まないことをお勧めしますよ俺は。あ、それともあれですか? 俺みたいなのはやめておけって、あくまでスズ君に『お友達』としてアドバイスしたいっていうなら別ですけどね」
    「………………」
     葛藤するような深い深いため息と、先程までとは毛色の違った不機嫌そうなリーダーの態度。
     動悸と手汗をごまかしながら、とりあえず無事ここから帰ることはできそうだな、と呑気に考えている。

    「ぼ、僕は……スズさんが、幸せなら……」
     リーダーは視線をぶれさせながら、自分に言い聞かせるようにこぼした。
    「――良い、わけでは……ないです」

     ……流れが変わったな、急に。

    「誰が、相手だとしても……きっと認めることは、できません。スズさんが、幸せになれるのだとしても……僕は……」
     この視線が突き刺さるだけで、あぁさすがに『リーダー』なんてものを担う人はどこか凡人とは違うよな、と思う。必死に現実逃避する脳内。この部屋に来る前からアラートは鳴り放題。

    「この国では、欲しいものは……すべて頭脳で勝ち取るのだと、ラキオさんが言っていました。でも……」
     半歩。こちらに踏み出されたリーダーの足元にしか視線を送れない。目が合ったら次の瞬間首が飛びそうで。
    「僕はそれより、もっと分かりやすい方が……得意みたい、なので……」
     業務委託でスズ君に指摘をする時よりもずっと、遥かに冷たい空気。

    「誰が相手だとしても――引くつもりはありません」
    「…………嫌だなぁ、可愛い部下を脅迫しないでくださいよ。そもそもですよ、」

    「さっきのはただの例え話です。スズ君が俺に恋愛感情なんて、どうあっても絶対有り得ない話ですって」
    「そんなの……分からないじゃないですか」
    「おっと、何です? リーダー、思ったよりも俺のことを買ってくれてるみたいで嬉しいですね」
    「はぐらかさないでくださいよ……」
     俺はわずかに緩んだ空気に、今、勝機を見出している。

    「はぁ、とりあえず可愛い部下から進言できることといえば一つくらいです」
    「な、なんですか……」
    「無害な俺の心配なんかしてないで、さっきのまとめて……スズ君本人に伝えた方がいいですよ?」
    「そ、そんな、こと……するわけないじゃないですか!」

     リーダーの妙な時だけ大きな声が、部屋中に響く。俺の提案に、リーダーは最早スズ君のことしか考えていないのだろう。
     先程までの氷のような雰囲気などどこへやら、あちらこちらへ視線を揺らし、襟元を落ち着かない様子で握りしめている。
     ――ここまで来ればもう、俺をここに呼び出した事実などうやむやにして消し去れたも同然。

     ……それにしても、いいから二人には早く収まるべきところに収まって欲しいのだが、どうしてこうもややこしい話になるんだか。
     今度参謀長にでも聞いてみるべきだろうか?





    「そういえば通信機器のメンテしてないですね。大丈夫ですか?」
    「え、あ……そう、ですね…………」
     最近のリーダーはどことなく元気がない。
    「スズ君が予定を合わせられなさそうなら他の人に頼みましょうか?」
    「いや! ……大丈夫、です。後で僕が、やるので」
    「専門じゃないでしょうリーダーは。いくら何でも無茶ですよ」
     
     スズ君が顔を見せなくなってから、二週間が経過していた。
     彼は他の会社との取引もしていて、何だかんだ忙しい身だ。だから、タイミングが悪ければ少し来社の間隔が空くこともある。
     だがこんな時に限って、胸の奥にざわざわと説明のできない違和感がある。
    「……すいません。少し、話して、おきたいことが……あるんです」
     やっぱり、勘なんてちょっと鈍いくらいでいいんだよな。俺はそう思う。


    「もう、来られなくなるかもしれない……?」
    「はい……」
     事態は思っていたより厄介そうだ。
     スズ君はグリーゼを離れなければならなくなったらしい。彼の望んでいることではないが、もうすでに彼はこの国にはいない。
     出入国の管理が厳格なこの国で瞬きの間に出ていくということは、不正な手段を使ったかあるいは政府に関わる権力介入があったとしか俺には思えない。
     緊急で、避けようのない状況で、どうか代わりのメカニックを探してほしい……とスズ君に懇願されている。ただ、それをトップの二人は受理せず保留にしているらしい。

     いつだか仮定で話した、リーダーが想像だにしていない「別れ」。
     それは急に目の前にやってきた。

    「リーダー……いずれにしろこのままでは困りますよ」
     スズ君の抜けた穴は大きい。どうにか問題解決するなり説得するにしたって、もうグリーゼを離れてしまっている。
     今すぐ代わりを探そうとしてもなかなか見つからないだろう。技術的にも、それ以外にも。

     俺以外にも最早、スズ君と雑談をしたことのない社員なんてここにはいない。ある程度のやっかみを受けてはいたが、強い憎悪を向けられてはいない。
     外部の人間だと彼を侮っていた者達は今、時折スズ君と食堂でフードプリンターの出力をしながら雑談している。とても、楽しそうに。
     誰にでもできることじゃない。疑いを消し、好意的に思わせる、信頼を勝ち取る。まるで長年修行でも積んだかのように。
     得難い能力だと思う。

    「分かって、ます……なので、貴方に……話して、おきたかったんです」
    「話って……」

    「僕は、少しグリーゼを離れる、ので……その間、ラキオさんのことを頼みます」

    「…………え? いや、えっ?」
    「思ったより、ラキオさんの説得に……時間が、かかってしまい、ました。準備を整えるまでにも、もたつきましたし……急いで支度して、明日の朝には出ます」
    「リ、リーダー、ちょっと! もう少し説明」

    「きっと待っていても、帰ってこないです。でも……あの場所は、スズさんにとって……息苦しい、場所だと思う、ので。――スズさんのこと、迎えに行きます」

     あらゆる説明を省いてただ、それだけ。
     詳しい話は帰ってから、とばかりにリーダーは一週間の休暇を取得した。
     後でやるといった通信機器のメンテナンスも、下への説明も、全てを放り投げて。
     あぁもう、うちのリーダーって本当に……。

    「欲しいものにはなりふり、構わないんだよなぁ……」
     彼が欲するなら、諦めるなんて選択肢はない。
     論理的で感情論なんか叩き落としそうな参謀長の鋭い指摘も、下っぱ達への体裁も、ついでに言うと可愛い直属部下の俺の苦労なんかも、何もかも、「すいません、でも……」とゴリ押す。
     大体説明が下手すぎるんだ……だが、それでどうにかしてしまうから恐ろしい。

     スズ君、君の兄弟は本当にわがままでヤンチャで、時折融通も効かないし……きっと君を困らせると思うけど。
     でもいざという時、君の幸せのために何でもする男だと思うよ。いや、まぁ……ホント何でもし過ぎてほどほどにしろと思ってるけど。

     俺はできるなら二人一緒にまた、このグリーゼの地面を踏みしめてほしい。それで気軽な雑談でもしたいと思ってるんだ。
     それにやっぱり、リーダーの隣にスズ君がいないと何だか……しっくり来ないと、そう思ってる。
     多分俺だけでなく、この社内の多くの人間が。





     リーダーは結局予定を延ばしに延ばし、二週間休みを取った。
     休暇の延長を告げる一方的な通信と謝罪がグリーゼに届いた時、当然参謀長を宥める役が俺に回ってきた。……リーダーは俺に借りを作りすぎている。こんなもの、良い食事のひとつやふたつで返せる借りとは思わないでほしい。

    「やぁ、レムナン。二週間ぶりの再会じゃないか! クリーンな労働者の権利を使い果たしてまで出て行って、欲しい物は手に入ったの?」
    「す……すいません、ご迷惑……おかけ、しました……」
     早口で参謀長が捲し立てるのを、リーダーが小さくなりながら聞いている。少し前には日常的に見られた光景に、あぁ本当に帰ってきたみたいだなぁと思う。
    「フン、形式的な謝罪なンて要らないよ。君はさっさと労働で借りを返せば?」
    「……はい」
     参謀長の真意は知らないが、訳すと、「気にするな、知らない仲じゃないだろ」、みたいな感じなのかもしれない。
     いずれにせよ二人の間には何か、長年培ってきた気安さがあるなと思う。

     リーダーは帰ってくるなり、たまっている仕事を片付けるために休みもなく出社した。容赦ないなとは思うが、瞬きの間に出て行ったリーダーの穴埋めに奔走した俺達の疲労具合を考えれば、同情はし難い。
     そんなリーダーは相変わらず腰が低いし、会議では意見を通せないことも多い。それは二週間前と違わない。
     ただ変わったことがあるとしたら……。

    「リーダー、まだ帰しませんよ。ここに積んでる山の半分くらいは終わらせないといけませんから」
    「この量は……さすがに、その……」
    「何甘えたこと言ってるんですか? 逃げ帰っても無駄ですからね。ここにいる全員でスズ君にリーダーを会社に送り返すよう連絡するんで」
    「……スズさんは、関係……ない、です。というか、どうして……連絡先、」
    「この社内でスズ君の連絡先知らない人間なんていないですよ。何を今更……」
    「それは……そんな、こと……僕は、聞いてないです!」
    「いつものスズ君を見てれば分かりそうなもんですけどね……」
     そもそも連絡先の交換くらい、リーダーに一々伝える必要はないだろう。

     二週間経って、リーダーは社内でスズ君への好意を意図的に隠すことをやめた。……今までも態度に出ていたとは思うが。

     相変わらず社内の俺達は細かい事情を知らないが、スズ君はグリーゼへと舞い戻ってきた。出て行く時に部屋を引き払ってしまったため住むところがなく――リーダーの所に身を寄せている。
     あくまでスズ君の住居が決まるまでの一時的なもので、決して強引な手段をとったわけではなく、合意の上で、リーダーの住まいの中にある一室を貸していて、プライバシーの保障がある、とのことだ。

     そんなに言い訳を重ねるように無罪を主張しなくたって、俺としては二人が同居していたくらいで今更特に訝しむようなことはない。

     この宇宙の誰でも知ってる定番のアパレルショップで無地の上下スウェットを大量に買い、やれ歯ブラシだタオルだ何だと買い物に奔走していたリーダーを俺達は目撃している。(もちろん、女性社員達から「スズ君に着せるならもっとオシャレな服にしてください」と指摘を受けたことも)
     そんなに気合を入れて生活に必要なものを用意してしまうあたり、リーダーはもう自分の家からスズ君を出す気がないのかもしれない。あれは逃げられないように囲っているようなものではないか。
     それがここ最近、社内で定番の予測だ。

     そんなスズ君は今、体調を崩して休んでいるとリーダーから聞いた。医療ポッドを使うほどの大事ではないらしい。
     ただ単に蓄積した疲労と、気が緩んだことで一気に反動が来たのだと簡易の健康管理擬知体は診断を下したようだ。
     何にせよ、のっぴきならないトラブルに見舞われていたところから、『気が緩む』までになったのなら、リーダーが彼を迎えに行ったことはきっと良かったのだろう。
     俺達はリーダーに大量の見舞い品を託し、彼の復帰を待っている。
     相変わらず彼の詳しい事情は聞いていないが、そう深掘りしなくとも必要があるなら後から聞けるはずだ。

     ただ、人の噂というのは尾ひれが付くもの。詳細を知らなければ知らないほど、想像で補われるもの。

    「結局、スズ君って何者なんだろうな」
    「もしかしてどこかの星系の金持ち息子なんじゃない? 家出してきて、それを追ってきた親とかSPに連れ戻されてさ」
    「いやそれよりオレは所属してたマフィアグループの追手が裏切り者に――」
     まぁ想像は自由なんですけど。
     ……こんなんで大丈夫だろうかこの組織は。心配だ。
    「リーダー、よく連れ戻しに行ったよな」
    「そりゃまぁ、リーダーだし」
    「最近すごいあからさまになったよな。いや、前からこんなもんだっけ?」
    「駆け落ちか逃避行か……何にしてもスズ君のために一つの惑星を滅ぼすくらいのことしてそう」
    「さすがにいくらリーダーでも…………って言えないんだよな」
    「………………」
    「もし、さ。スズ君がリーダーから逃げたらこの会社ってさ……」
    「…………」
    「さ、仕事に戻るか……」
     俺達は皆、危機管理に長けている。だから想像を膨らませると容易に、殺伐とした未来を描いてしまう。
     どうか、と願ってる。

     何にせよリーダーとは今後も何卒よろしくお願いいたします。
     俺達の安寧がかかっているので。誇張でも何でもなく。



    (あ、リーダーいた)
     最近の仕事は多方面に忙しい。リーダーが二週間も仕事を放り投げていたことも影響しているが、それでなくとも今は慌ただしかった。
     なかなか捕まらないリーダーをようやく目に捉えて接近する。
     目立たない廊下の突き当たりで、リーダーは。

    「スズさん……具合、どうですか? 何か欲しいもの、ありませんか?」

     通信機器を起動していた。
    (邪魔したら悪いな……)
     俺はこの場からそっと離れようとリーダーに背中を向けながら、まだ僅かに意識をリーダーの方に向けている。少しばかりの好奇心で。

    「そんなこと、ないです……本当に欲しいもの、ないんですか?」
    「分かり、ました。……他には? 必要、ですよ。フードプリンターをこじ開けろ、と言ってるんじゃ、ないんですから……」
    「……はい。今は、休憩中です。違いますよ、サボりじゃ……」
    「分かりました、リンゴですね? ……はい、ちゃんと戻ります。……温かくして、冷やさないで……ください」
    「はい。疲れたら、先に寝ていて、構わないので……」
    「……早く、帰ります」

     だんだん遠ざかるリーダーの声を耳に入れながら、思う。
     あれは尋問をやっている時のリーダーと比較してどれくらい、優しい声だろうか。数倍、数十倍……それでは足りないだろうな。
     散々スズ君を甘やかしているらしいのは、ここを飛び出していくまでと何ら変わりがない。
     けれど社内で彼への気持ちを包み隠さなくなったのだから、当然本人に対する態度にも変化が出ているのだろう。二人きりの時にどんなか、それは俺には知りようのないことだが。

     背中に突き刺さる空気は、とにかく勝手に見てはならないものを見た、そんな気分にさせられる。





    「本当に、ご迷惑をおかけしました……!」
    「いや気にしないで。事情は……まぁあんまり知らないけど。無事に戻ってきたんだから」
    「ありがとうございます。……必ず仕事でお返しするんで」
    「また今日からメンテナンスよろしくね」
    「はい!」

     スズ君が帰ってきた。
     彼が帰って来るまで、社内機器の半分くらいは他にメンテナンスを任せられる技師がおらず、放置されている。スズ君の不在で改めて感じたが、うちはあまりに彼に頼りすぎている。
     ずっとうちと取引してもらうにしろ、これではスズ君は長期休暇のひとつも取れない。外部の技師に頼むのは問題が多いし、いっそ社内で教育をしてスズ君の仕事を助けられるメカニックを育てるべきかもしれない。
     そのあたりは参謀長がとっくに懸念事項として挙げて調整しているので、近々スズ君は外部の立ち位置を保ったまま社内に「弟子」を作る事になるだろう。

     スズ君の方は相変わらずだ。
     しばらくの間は抱え込んだ機器のメンテナンスで忙しくしていたが、ようやく状況が落ち着いた頃には社内食堂でご飯を食べながら社員達に囲まれていた。
     今日もお気に入りの海鮮丼セットを出力して席についている。

    「あの、さ……ちょっと聞きたいんだけど」
     雑談の切れ目にひっそりと、スズ君は切り出した。
    「俺はここに戻ってきてから、きっと皆に色々聞かれると思ってたんだ……散々仕事も滞らせちゃったし」
     一体何があったのか。
     どうしてグリーゼを離れる必要があったのか、戻ってくることができたのか。
     勿論気にならないわけではない。だがいくら待てどもリーダーからは一切スズ君に関する説明がないのだ。それどころか……。

    (必要以上の、詮索は……不要、です。何か知ったとしても、全ての内容に、緘口令を……敷きます。どうしても……と、言うなら――)

     俺達は威嚇してくるリーダー相手に根掘り葉掘り聞けるほど命知らずじゃないんだよ。
     何にせよスズ君の知らないところでリーダーが行っている「配慮」は、もう長いこと新入社員を迎えていないこの会社では効果覿面だ。

     触れるべからず、暴いたとて無かったことにすべし。
     ――このグリーゼで生き残りたいのならば。

    「まぁ、気にならないわけではないけど。無理に聞くつもりはないよ」
    「……ここの人達、ちょっと俺に甘いよね。俺はありがたいけどさ……一応ここの人達に事情を話すのがスジだと思うくらいの信用と、愛着はあるつもりなんだけど」
    「いやホントに。無理しなくていいから!」
     俺達はリーダーに怯えてる。
     スズ君が話してくれたとしても、無理に聞き出したと判断されたらどうするんだ?
     明日の朝日を無事拝みたい俺達は、それはもう生き残ろうと必死だ。
    「頼むから話してくれるならリーダーに相談してからにして! 何話すつもりか一言一句相談して!」
    「レムナンと俺って…………何だと、思われてるの?」

     食堂にいた社員達が一斉に静まり返る。
    「な、何この空気……なんで皆黙るかな続けて雑談してよ」

     二人を何だと思ってるのかって。
     こちらは相変わらず特に説明も受けずにいるから事情は全然知らないのだ。だからただ、想像を働かせた結果だけで言うなら。

    「お目付役の執事と後継ぎの坊ちゃん」
    「いや、誘拐犯と被害者でしょ」
    「……卒業しても構いにくるOBと在校生」
    「やっぱり猛犬と飼い主じゃない?」
    「わ……言いたい放題だなぁ、皆」
     組織一同の想像力の結果にスズ君は苦笑した。
     うちの想像力逞しい奴らがごめんね。

     だけどここはリーダーのいない自由空間。それにもうそれなりに長い付き合いだから、遠慮はいらないと思ってる。そしてこの回答は、きっと緘口令の範囲外。
     さて、ここは当てに行かせてもらおうか。

    「――恋人」

     俺の一言にまた静まり返る食堂。
     軍の視線はただ一箇所、疑惑の中心『スズ君』に集まっていく。
     スズ君はというと……。
     食堂の誰とも目を合わせず、集中する視線に居心地悪そうにしていた。
     みるみる変わる顔色に、今までひた隠しにして見せなかった彼の本心が透けて見える。

    「さて、当てた人には金一封?」
    「……レムナンに何か聞いたでしょ。カンニングは不正、なんですけど……?」
     それは紛う事なき肯定、だった。

     食堂は一転、パーティー会場に早変わり。
     喧しい喋り声と好き勝手な乾杯の嵐。
     フードプリンターから出力されるありふれた定食も、心情的にはパーティービュッフェに早変わり。

     さぁ今夜は無礼講と洒落込もうか。滞った分の仕事はリーダーにでも責任をとってもらえばいい。

     乾杯は今目の前で真っ赤になって俯く彼と、今も執務に苦しむ愛すべき我らがリーダーの大勝利にでも捧げよう。

     リーダーもあれで結構、ここぞという時に抜け目のない男だ。ちゃっかりしている。
     ――それにしたってリーダーの気持ちを知っていた俺には、先に成就の報告くらいあったっていいんじゃないですかね……? とは少しだけ思う。





     業務連絡ではスズ君が調整してくれた通信機器よく使う。
     即時伝達ができるのが強みだが、その日のリーダーからの返答は思ったよりも遅かった。
    『すぐには戻れないかもしれません。今休憩に入ったところで……』
    『今外ですか?』
    『外には出ていません、けど……データなら今日中には見るので、また後で』
    『分かりました。……ちゃんと休みとってくださいね』
     うちの会社では基本的には毎日同じ時間に休憩を取るようになっていて、時間がずれ込むのは珍しい。会議は予定していなかったはずだが、緊急の案件でもあっただろうか。

     リーダーは時々食堂じゃなくてよく分からない空間で食事を摂る。ボイラー室、サーバールーム……機器に囲まれながら一人静かに過ごすのが好きらしい。
     彼は疲労を抱えると食事を「食べられればいい」くらいで判断して重視しない。食べずにとにかくぼんやり機器が動くのを眺めているだけ、なんてこともある。

    (少し差し入れにでも寄って行くか……)
     適当にプロテインバーを数本掴んで心当たりのある部屋の方面へと足を運んだ。可愛い部下だと思うなら、次のボーナスには少し色をつけてほしいものだ。



    「あっ! リー…………」
    「…………!」
     リーダー、と声をかけようとして慌てて声量を絞った。口頭から概念伝達へのコミュニケーション方法を切り替える。

    『本当にごめんなさい悪気はありませんでした俺は何も見てません』
    『いえ……』
     もう平謝りだ。自分が持てる全てのイメージを乗せて平伏の意を表す。
     僅かでもイメージを間違えば明日の食卓に上るのは自分、みたいな感覚が拭えない。冷や汗で身体が芯まで冷える。

     計器室の片隅、段差に腰掛けながら二人が並んでいる。
     ――リーダーの肩に寄りかかるようにして、スズ君が寝息を立てていた。

    『……データ、急ぎでしたか? 見ておきます』
    『いや本当に気にしないでください、休憩中に大変申し訳ございません』
     こんな状況なのに会話を続けるなんて、リーダーは変なところで肝が据わっている。さっさと退散しないと自分の身の安全を保障できない。
    『差し入れ置いていきます。とりあえず食事だけは摂ってください』
    『ありがとうございます』
     リーダーとスズ君の周囲に食器や食品の包装のゴミは見当たらない。ひとまず簡易的でも何か腹に入れておいた方が良いだろう。
     用事だけ済んだらあとはこの空間から無事に離脱するだけだ。

    『それじゃ、俺はこれで』
    『――○○さん』
     即刻退室をきめようとして、呼び止めを受けた俺は全身の血が凍りつくようだった。
     何を言われる、不手際があったか? 
     俺の明日の朝日は?
     リーダーはちらりとスズ君の方に視線をやって、それから。
    『……他言無用で、お願いします』
    『当たり前じゃないですか……』

     リーダーの口止めの範囲。
     休憩時間に二人で一緒にいた事、スズ君がリーダーに寄りかかり寝入っていた事……リーダーが俺と話している間もスズ君の手を握ったまま離さなかった事。

     それから、途中で起きてしまったスズ君が寝たフリでこの場を乗り切ると決めただろう事。

     明言はされなかったがどれも墓まで持っていけなければここに籍を置いていられない、そんな気がした。
     概念伝達で伝わった、そこはかとなく滲む『約束を守らなかった自分の末路』のイメージ。
     リーダー、もう少し伝えるべき情報を整頓してくれないと俺は生きた心地がしません。

     二人を置き去りにしたあの、計器室で果たしてその後何が起きてるか、なんて。
     下っぱの俺の脳機能ではもう想像なんか、微塵もつかないですとも。





    「じゃあ、このメンテナンスが最後かな」
     表の会社としての活動で潤沢な資金が得られた俺達は、徐々にその活動を本筋へと移していった。 
     今となってはスズ君がスパルタで鍛え上げた数名のメカニックが後釜として機器のメンテナンスを担当できるまでになっている。

     だから軍に所属するつもりのないスズ君が事業から手を引くのは当然の流れだった。

     グリーゼはもうすぐ、一般市民が表を歩けない状況へと変化する。すでに情勢に詳しい市民は中心街から避難する準備をしているようだ。
     組織の正式な構成員ではないスズ君も当然、避難すべき一般市民の一人だ。

    「いやぁ、寂しくなるね……リーダーが」
    「別に、レムナンは寂しいとか……言わないし……」
     ――ダウト。
    「はいはい、ご馳走様」
    「っ……! そういうのじゃなくて!」
     あまりこうしてからかうと後でリーダーに何をされるか分からない。度を越さないうちに止める。
    「ま、ほとぼりが冷めたら遊びに来てよ。なんなら取引再開ってことで。いつになるかは分からないけどね」
    「……はい。あの、俺皆にも挨拶してきます」
    「行ってらっしゃい」
    「はい。……レムナンのこと、よろしくお願いします。もちろんラキオのことも」
    「うん」

     もしここで離れてもリーダーと仲良くね、と余計なことを付け加えたらきっと真っ赤になって「そういうのいいから……」と彼は照れるんだろうなぁ。

     これから明日帰る保障もなくなる俺達と、一般人であるスズ君の人生は大きく違う。
     リーダーとスズ君はこの荒れる市街で共に過ごすことはない。一時的でも、抗争中は離れることになる。

     だけどリーダーのことをどうか、見捨てないでほしい。
     きっと槍が降ろうと核爆弾が爆発しようと、スズ君が望むのなら。 
     あの人は何があったって無茶を通して彼の元に帰るだろうから。





    「リーダー、交代の時間ですよ」
    「……分かり、ました」
    「あれ、もしかしてスズ君に連絡取ってました? 邪魔したんならもう三十分くらいは譲りますけど……」
    「いえ! 連絡は、取らないことに……決めてますから」
     市内の拠点で休憩中、 通信機を見つめているリーダーに声をかけた。
     表の活動で社内にいた時だけでもあり得ないほどスズ君への執着ぶりを見せたリーダーだ。当然、休憩のたびに通信を飛ばしているものだとばかり思っていた。

    「連絡しないって……そりゃ数時間おきには困るでしょうけど……スズ君だって、待ってるんじゃないですか? せっかく盗聴妨害の機能もついてますし」
    「そう、でしょうか……?」
     もちろんだ。リーダーと比較すると表面的な態度には出ないが……スズ君は確かにリーダーを好いているのだから。
    「スズさんは、全て片付くまで……連絡は要らないって、言ってました」
    「えっ?」
    「中途半端にしないで……綺麗に方をつけてから、連絡しろって……」
    「そりゃまた、随分男前でさっぱりした……」
    「……その。声を聞けても……すぐ会える、わけじゃないから、って……」
    「………………」
    「連絡は――取りません。僕も……今すぐ帰りたい、なんて言うほど無責任には、なれない、ので。でも……この通信機は、出る前にスズさんに……メンテナンスして、もらったので。お守りみたいな、物なんです……」

     リーダーはスズ君のことに関しては意識してるんだか、してないんだか分からないような惚気話をこぼすようになったなと思う。
     そうしてこぼされる彼の恋人の話ときたら……リーダーの脚色のせいか真実だか分からないが、社内で見ていた二人からは想像だにしない温度を保っていた。

     それは今離れて、声も姿も捉えることができない相手とは思えないほど、鮮明で確かな熱量だった。
     まるで目の前で燃えているような。

     いつ暴動が起こるかも分からない市街の片隅でひっそりと誰かのことを想っているのに、明日は爆心地で非情にライフルを構える。
     家族、友人、恋人。置いてきたものを取り戻すまで、あと少しだけ、俺達は手を伸ばす。





     ついに俺達は反政府のテロリストではなく、革命を成した者達として一般市民にも認識されるようになった。
     言語による交渉、果ては武力。ありとあらゆる手段の上にもぎ取った「自由」でグリーゼは新しい時代に一歩踏み出す。

     この慌ただしい日々で俺達はちょっとした負傷も日常となっていたが、大きな怪我は珍しかった。それでも犠牲ゼロなんて綺麗事が叶うわけもなく、失われたものはある。

     最後の最後、攻め落とせば終わるという戦いの最中――リーダーが、負傷した。

     ……リーダーの腹を貫いた弾丸は、敵側が乱射したもののひとつだった。
     けれどリーダーはここぞという時の悪運が強いらしい。弾丸は臓器や大きな血管を損傷することなく、リーダーの状態はそこまで深刻なものではなかった。

     とはいえ黙っていて治るものではない。リーダーは勝利に湧く市街の中心に出ることもなく、ひっそりと病院のベッドで療養していた。
     その間、市民の誘導やアナウンスを担当したのは参謀長だ。……もしかすると自由を讃えあう市民達は参謀長のことを軍のリーダーだと勘違いするかもしれないな。
     ともかくリーダーの状況は当然、俺達からスズ君に瞬きの間に通達された。
     概念伝達、通信機を介して溢れるありとあらゆる軍のお節介。

     あまりの人数から即座に送られる「恋人が撃たれた」という事実。

     今考えれば軍総出で負傷の連絡を送ってよこすなんて、まるで昔の戦争ドラマでよく使ってる訃報の電報みたいだよな、と思う。申し訳ないことをした。





    「――レムナン!」

     リーダーの病室にまるで弾丸のような速度で小柄な影が飛び込んでくる。リーダーを囲んでいた俺達など視界にも入れてないその人は、真っ直ぐ、リーダーだけを見つめている。

    「スズ、君…………?」
     一瞬、俺達の誰もが飛び込んできた人に声をかけるのを躊躇った。
     ギラリと、細められた瞳孔。見たことのない「怒っている」顔のせいだけじゃない。
     トレードマークの帽子も上着もなしに、まるで部屋着で飛び出してきたような格好で。
     肩まで下ろした髪と、彼、の頭部にある……明らかに耳と思われるパーツに、圧倒されて。

    「どういう、こと?」
     外野の動揺などつゆ知らず、その人は圧をかけるようにリーダーに一歩、一歩、歩み寄る。圧に怯んだ部下達が無言で道を空ける。
    「本当に、レムナンは……無傷で帰るなんて、保証もないこと言っちゃって……」

     怪我しないって言ったくせに、嘘つき。
     かすり傷どころか撃たれてるじゃん。

     ポツンと溢した声色が、今まで聞いてきた彼の声とは別物のように思えて。

    「それは……その、ちゃんと帰って、きましたから……あの、そんなことより」
    「――そんなこと⁉︎」
     リーダーに今にも掴みかからんとその人は手を伸ばす。

    「あ、ちょっと! 一応リーダー、病み上がりだから……!」
     咄嗟に声をかけてしまったが、心配するようなことはなかった。
     勢いよくリーダーに伸ばされたはずの手が勢いを失い、きつく巻かれた包帯の上に覚束ない様子で着地する。

    「生きてる、なんてただの及第点だよ。こんなっ……! こんな、」
     彼の頬を伝って水滴がぱたぱたと、リネンの上に落ちて、弾かれ、床へと消える。

     さっきまで散々言い訳に忙しかったリーダーは、それが見えた瞬間には彼の腕を引いていた。
     病み上がりにどこから来るんだか分からない力で、遠慮もなく、盛大に。動くなと医者から注意を受けたことなんか、覚えていやしない。
     逃がさないとばかりに彼を抱きしめる。

    「わ、ちょっとレムナン! いきなり何す――」
    「――すずなさん」
     体勢を崩され、リーダーの腕の中で異議申し立てしていた彼が、はたと喋るのをやめた。

    「撃たれたのは……すいません。でもちゃんと、帰って……きました。約束、なので『お願い』……聞いて、もらえます、か。今、すぐ」

     もちろん聞いてもらえますよね。
     俺達にはそう聞こえた。

    「……馬鹿だな。怪我治してから出直して」
     それと……おかえり。
     不機嫌そうにスズ君は言った。
     
     涙は止まったようだった。





    「……え、今更良いよ、しっくり来ないし。ずっとスズ君だったんだから、皆もその方が親しみあるでしょ」

     彼……いや、彼女の呼び方を変えるべきなのではないか、と言い出したのは誰だったか。
     スズ、さん……ちゃん? それともすずなさんとか? 呼び方の候補は様々あったが、結局本人が今まで通りで良いと言うので、そうする事にした。

     革命の終わりと共に、思いがけずリーダーが緘口令を敷いていた、その背景が明らかになった。
     惑星タラ出身、猫人のハーフ。通常の猫人よりも見た目が随分人間に近い彼女は、長年自分を少年と偽って生活していたらしい。
     暴かれた経緯は大体リーダーのせいだが、グリーゼはスズ君にとって「油断して出かけても問題ない」国だと認識されているのだろうか。
     そう考えるとテロリストなんて呼ばれた数年が、何か善行を成したかのように思えてくる。

     リーダーも含めて俺達は自分の生き方を選択するために行動したに過ぎない。そのオマケで自分にも良い影響があったのだと、彼女には軽めに捉えておいてほしい。

    「また今日からよろしくね」
    「こちらこそ」
    「あとリーダーには、会社の人達はただの同僚でまったく、微塵も、毛ほども、恋愛対象にはなりませんってしつこく伝えてね」
    「うん、レムナンが皆からどう思われてるのか嫌と言うほど分かるよね。…………別にそんなの少しも、心配することないのに」

     まぁ背景が明らかになったところで、今更俺達のスズ君に対する印象がそう変わることはないだろう。彼が彼女に変わったところで、本質は何も変わっていない。

     表は気の良い通信技術メカニック。裏は――大切な情報を奪い保護する、技術者。まだまだ不安定なこの国が良い方向に向かうための縁の下の力持ち。未だにフリーランスで働きながらも、最早この社内で知らぬ人などいない、その人。
     この数年で得た特記事項をついでに加えれば……どうやら俺達が想像していたよりもずっと――リーダーのことを想っているらしい。

     それが、「スズ君」という人だった。





    「俺はいいってば! ほら、替えのネックレスを選ぶんじゃないの?」
    「今日はスズ君の買い物だよ?」
    「う……裏切り者! ちょっと、誰か!」
     他星系からも一目置かれるアパレルショップで、スズ君が女性社員の軍団に囲まれている。
     ――今日こそ、間違いなく彼女達のターゲットはスズ君だ。

     スズ君はマネキンのように鏡の前でひたすら服をかざされて「似合う」「可愛い」「試着して」ともみくちゃにされている。

     俺達革命軍の男性陣は、というと。
     店の前のベンチでそのやり取りを眺めていた。



     革命が成った祝いの祭典が市民総出で行われた。
     だが、組織の者だけでささやかな祝いの場が欲しいと、自然に話が上がったのだ。そんなパーティーはマーケット付近のレストランを貸切で、ひっそりと行われることになった。
     せっかくのパーティー。ドレスやスーツを着てワイングラスを持つような、それでもマナーなど気にせず気楽に体勢を崩して雑談するような会だ。

     もうすっかり組織の正式メンバーのように扱われていたスズ君は、当然パーティーに招待された。

     パーティー当日、まだ開始には少し早い時間。
     スズ君は、それはそれは大層似合うスーツを身にまとい髪を一本にまとめて、参謀長とタメを張れるくらいの華麗さでやってきた。

    「スズ君……フォーマルも似合うね」
    「そう? ありがとう」
     うん、本当によく似合う。
    「……でも実はさ、スズ君はドレスで来るのかと思ってたんだよね。そういうのも似合いそうだなと思って」
    「え……」
    「あ、そういう格好はあんまり好きじゃない? ごめんね」
    「いや、その……」

     嫌いじゃないけど、でも俺には似合うドレスがなくて。そんなの着た事ないし、当然なんだけど。
     ほら、皆とは長い付き合いだからね。そういうのたまには着たっていいかな、とかも思ったけどさ。
     何か遠い目で、寂しそうだった。けれどなんて事ない風にスズ君は言った。

     さて、レストラン内にはパーティーより早めに来た組織のメンバーが十人程度。
     室内で目線を合わせる、即座の概念伝達。抗争戦で手慣れたもの。
     ――対象コード、このレストランのスズ君以外の全員。

     リーダーはまだいない。
     隣のマーケットにいくつかのアパレル専門店、アクセサリー店、靴屋、鞄屋、コスメにネイルサロン。
     潜入のためグリーゼと世界の流行に長けた選りすぐりのエキスパート達。
     パーティーまで後、三十分?
     なに、全然行ける。行けなくても構いやしない。

     主役は、遅れてくるものだから。

     あぁ俺達ってやつは本当に反政府テロリスト――厄介者の集いだよ、まったく。
     どいつもこいつも悪巧みなら人一倍、長けている。



    「ここに来る途中でネックレスを落としちゃって、パーティー開始までにアクセサリーを見繕いたい」
     社員の誰かがそんなことをしれっと言った。
    「俺も、ついて行こうか? まだ時間あるし、似合う物があるか見るけど」
     そう、君なら言ってくれるってこの会場の誰もが信じていたよ。
    「まだ会場のセッティングに時間がかかるみたい。皆でマーケットに行っちゃう? 暇つぶしがてら」
    「うーん……そうだね。ちょっと早く来すぎたし」
     それも想定内。
     ミッション、第一段階通過。

     後はもう、流れるようにスズ君がアパレルショップに吸い込まれていくのを見守るだけだった。

     弟分でも妹分でも俺には大して違いがないのだが、彼女達にかかればそうもいかないらしい。今までにも増して、スズ君は彼女達にモテている。
     俺達男性陣ができるのはただ時々意見を求められたらその服似合うねとスズ君の肯定感を上げる声かけをすることくらいだ。だから待つしかやることはない。
     
    「いや……やっぱりやめようよ、ほら似合わないし!」
    「こっちがいいんじゃない? 白。リーダー好きそう」
    「バランス良いしピンクじゃない? リーダーはそっちの方が落ちそう」
    「な、なに……レムナン基準で考えるのやめなよ皆」
    「他人が白着せたら怒るんじゃない? こだわり強そ〜」
    「分かるそれ」
    「俺の話、聞いて!」

     スズ君、大変だなぁ。
     他人事の俺達は非情で冷静なもんで、さっきからスズ君のSOSを見ぬフリして、皆で最新作ゲームのことなんかを話して盛り上がっている。
     スズ君に負けず劣らず話術とセンスに長けた彼女達に任せておけば心配ない。

    「こんな、レースとかフリルとか持ってこられても……」
    「なんで? 大丈夫可愛いよ。ほらこの靴も履いて?」
    「そういうのいいから……」
    「あーあ、見てみたいなぁ、リーダーの驚いた顔。目とかもう少年みたいに輝かせちゃって?」
    「………………」
    「――すごく……似合いますね、すずなさん。……とても、可愛いです」
    「っ! モノマネやめて、そんなこと、絶対言わないし!」
    「はいはい。……あ、コスメとコテの準備できた?」
    「もう大体揃ってる」
    「なに、その……拷問器具みたいなやつ。どこから持ってきたの」
    「ちょっとペース上げるね〜」
     怖いな、もうやりたい放題だ。
     パーティー開始まで後十分ばかり。

     リーダー、俺達は少し遅れてパーティーに参加することになりそうです。
     もう絶対に、確実に、必然的にご満足いただけると思います。だから遅刻は無礼講で、多めにみてもらえませんかね。





    「遅くなりました!」
    「皆さん……もう、だめですよ、こんなに遅れて。店の人に迷惑、が…………」
     俺達をやんわり咎めるリーダーの、台詞が途切れる。その理由は、もちろん。

     鮮やかな紫のふわふわとしたパーティードレス。
     渾身のトータルコーディネート。
     決してリーダーと視線を合わせようともせず。
     頭上の耳を倒したまま、今にもここから逃げ出そうとしているその人。

    「へぇ……新作のショールだ。組み合わせも悪くないンじゃない?」
     ブランドやファッションに人一倍詳しい社長がスズ君を眺めて言った。
     こんな時、恋人が一番に褒めた方がいいんじゃないかな……なんて俺は思う。だが辛口な社長のお墨付きが出たことで、スズ君は少し肩の力を抜いたようだった。
     肝心のリーダーは、と言うと。

    「――――――」
     真っ赤になったままフリーズしていた。

    「――――いっっっ……⁉︎」
     社長が高そうなヒール靴の底で、「僕の長い脚が滑ったンだ」みたいな挙動をしてリーダーの革靴を踏み抜く。躊躇がない。挙動のバグった機械を全て再起動したら直ると思ってる人間の動きみたいだな。
    「ラ、ラキオさん……! 何、するんですか!」
    「まどろっこしい事してる方が悪いンだよ」
     社長は何事もなかったかのようにファーストドリンクを注文し始めて、もうリーダーを気にもかけていない。
     フリーズから戻ったリーダーが改めてスズ君を視界に入れる。

    「あ! ええと…………その。スズ、さん……」
    「………………」
     スズ君は頑なにリーダーと目を合わせない。頭上の耳だけがリーダーの言葉に返すように、僅かに動いた。
    「その。……とても………………」
     俺達は口を出してはいけないと分かっていても、やたら躊躇った上に途中で言葉を止められると言いたくなる。
     いいかげんさっさと言って楽になってしまえばいいのに。
     リーダーは一旦言葉を止めてから、ちらと周囲の俺達に視線をやって、その後。

    「――――――」
     スズ君の耳元で、彼女以外の誰にも聞き取れない声量で、そっと何かの言葉を吹き込んだ。

    「…………大げさすぎない、それ」
     ツンと澄ました顔で言うスズ君の耳はピン、と前向きに立ち上がった。

     さて、一体どんなセリフが飛び出したのか。
     乾杯の後でちょっと揺さぶってみようと思う。
     もちろんスズ君にやるとリーダーの報復が怖いので、リーダーの方にでも。





     やがて平和なグリーゼの象徴として広場に建設されるはずだった「時代を代表する革命家」の像は本人の強い希望の上、モデルが参謀長にすり替えられた。自分がモデルになった像がある広場の前を毎日通りたくない、とかなんとか。……彼らしいなと思う。

     リーダーはきっと、これからも一般人みたいな風貌でこの街で穏やかに暮らしていくのだろう。
     その隣にはきっと、いつも寄り添う影がひとつ。
     やっと自由を手に入れたのだから、そうこなくては。時折食堂で楽しそうに話す二人を見て、そう思っている。

     ……ところで、リーダー? 貴方はいつも全然スズ君との事を報告してくれないので先に釘を打っておきますけど。

     ――いつの日か式を上げるんなら、ちゃんと俺達全員を招待してくださいよね。
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    🇱🇴🇻🇪🙏😭💖❤💞💗🍌💕💖💞❤💕
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    せり@グノ専

    DONE⚠️オリ主 レム主♀です。

    ノマエン後のグリーゼ前提、付き合ってる時空
    祝ホワイトデー

    ↓こちらはバレンタインデー
    https://poipiku.com/8785235/9892665.html
    一輪のデルフィニウム「ホワイトデーはどうだった? 二人でホテル最上階の展望ラウンジでご飯? それとも自家用ジェットクルーズ?」
    「…………一応、聞くけど。それってレムナンの話?」

     ――もちろん。当たり前でしょ。リーダーはスズ君のためならなんでもするから。
     彼女達が口々に肯定の意を示す。ため息のひとつもつきたくなる。
     元革命軍の人達から見た私達は……時々、映像作品の主人公達か何かと勘違いされているんじゃないか、そう思うことがある。レムナンは一体この数年のグリーゼ生活でカリスマ性をどれだけ培ったのか、ホワイトデーのお返しにしては過剰なほどの期待されぶりだ。

     バレンタインデーから一ヶ月。
     先月は「食べたら……なくなる、ので……」と渋るレムナンに日持ちしない箱の中身をどうにか消費させるのに忙しかった。いつまでも冷蔵庫に保管しようとするから、日が経つと味が落ちるとか、食べるためにあるんだからとか、何ならこれが最後じゃあるまいしまた作れるからとか、説得するのが大変だった。
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