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    たわごと

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    【狂聡】青春18切符2

    【狂聡】青春18切符2「んー……聡実くん、その言葉の意味、本当にわかってんの?」
     星々の輝きが届かない真っ暗闇のような双眸に射抜かれ、聡実はごくりと喉を鳴らす。逃げ場がない助手席でおずおずと頷くと、狂児は徐に聡実の頬をなでる。元々、不健康そうな青白い顔をしているが、かさついた指先は真夏だというのにひんやりしていた。緊張しているのか頬が熱くて、余計に狂児の指先が冷たく感じられる。
     狂児は聡実の輪郭をなぞり、ほっそりとした首の真ん中辺りをつつく。最近気になり始めた喉仏を優しく押し込まれ、思わず息をとめてしまう。無防備にさらされた急所にじっとりとした視線が絡みつき、冷たい汗が背中を伝う。狂児はいつもヘラヘラとしているが、ふとした瞬間に見せる気配はやはりその筋の人のものだ。聡実なんか狂児の手にかかれば赤子の手をひねるより簡単に殺せるはずで、まさぐるように喉仏を撫でられ、引きつった悲鳴がもれる。
     でも、後悔はしていない。だって、こんなチャンスはきっともう二度とめぐってこないだろうから。明日の夜まで両親はそろって家をあける。外泊をしてもバレることはない。
     聡実ぃ、入ってええ? という母親の声にええよと答えながら聡実はワイシャツのボタンを丁寧にとめていく。今日も猛暑日の予報が出ており、古びたクーラーをつけていてもじっとりと汗が噴き出しそうな暑さだ。ガチャとドアが開く音に振り返ると母親は大きなボストンバッグを持っていた。
    「あんた、本当にひとりで大丈夫なん?」
    「しつこいなぁ…もう、子どもやないんやから」
    「何かあったらすぐ連絡して。テーブルにお金おいとくから、ちゃんとご飯食べなさいよ。あ! あと、最近、背の高い不審者とか黒い不審車両見かけたって回覧板に書いてあったから気ぃつけて」
     わかっとると言いながらも、聡内心ドキリとしていた。背の高い不審者に黒の不審車両には心当たりしかない。絶対に狂児のことだ。団地にはほとんどプライバシーなんてあってないようなものだ。壁も薄く、両隣りの家の生活音は筒抜けだし、近所の人の目がある。狂児の車を降りるときは最新の注意を払っておりているが、どこで誰が見ているかわからない。母親の耳に、不審車両から聡実が下りてきたなんて話がはいる可能性は大きい。
     だから、家の近所まで送ってもらいたくなかったのだ。ヤクザの車に乗ったら家を知られたも同然。数多くある同じ形の建物のどこかに聡実が済んでいることは狂児には知られているし、聡実の名前さえあれば住所を特定するなんて容易いことだろう。もっと団地の手前で降ろしてもらえばよかったと後悔しても遅い。
    「ほな、行ってくるわ。戸締りと火の元には気ぃつけてな」
    「いってらっしゃい。おばあちゃんにごめんって言っといて」
     ドアの隙間から父親がパタパタと手を振っていて、聡実は小さく手をあげる。静かにドアが閉められてはぁとため息をついた。
     母方の祖母が階段から足を滑らせて骨折したと連絡を受けたのは昨日のことだ。大腿骨骨折で、しばらく入院する必要があるそうだ。今は聡実の伯母、母親の姉にあたる人が付き添っている、両親は祖母の様子を見に兵庫県にある病院に出かけていった。祖父はすでに鬼籍にはいっており、昨晩、両親が施設について話していたので、祖母は施設に入所することになるかもしれない。父は仕事があるんで日曜日には帰ってくるようだが、母親はしばらく手続き関係で家をあけるといっていた。
     この土日、両親は出かけていて聡実は家にひとりだ。父も明日の夜にならないと帰ってこない。
    本当は祖母のお見舞いに行った方がいいことはわかっている。しかし、ありもしない部活があると言っていかないと断った。祖母には幼いころから可愛がってもらったが、聡実は先約を優先した。親不孝を散々しているのに、祖母不孝もはたらくなんて、きっと、将来は地獄に落ちるんだろうなと薄ら笑いを浮かべた。
     狂児と約束の時間は一六時だ。それまで近所の図書館で勉強していようと参考書をリュックにつめて家を出る。まだ朝の九時過ぎだというのに、突き刺さるような日差しが熱すぎて敵わない。なるべく日陰を通って図書館まで行ったというのに、到着する頃には汗だくになっていた。
     夏休みの図書館は混んでいる。日当たりのよいカウンターしかあいていなかったが、大人しくそこに腰掛けた。新聞を大きく広げているおじさんと本を読みながらうたた寝をしているおじさんに挟まれ居心地は悪かったが、とりあえず、英語の単語帳とノートを広げ嘆息した。
     一応、志望校は決まっているものの、あまり受験勉強に身が入っていない。先日の合唱コンクールに向けて、定期テスト前の部活動禁止期間以外はほとんど毎日部活に打ち込んでいたのに、不甲斐ない結果に終わってしまった。モモちゃん先生はみんなが一等賞と言っていたが、結果でしか報われないこともある。愛が足りなかったなんて嘘だ。先生や講師は誰のせいだったなんて言わないが、金賞を受賞できなかったのは、各日に自分のせいだとしか考えられない。
     最初はちょっとした違和感だった。喉がなんだか変な感じがして、冷房のあたりすぎか風邪のひき始めかと思っていた。たくさんうがいもしたし、のど飴も舐めるようにしていた。しかし、一向によくならないし、それどころか、少しずつ声が出しにくくなっていく。ふと鏡を見れば喉の真ん中辺りが少し出っ張っていて、さっと血の気が引いていった感覚を今でもよく覚えている。
     四月一日生まれの聡実は、同じ四月生まれの同級生よりも一年分発育が遅れている。そのため、背の順ではいつも一番前だったし、運動ももちろん苦手だった。小学校高学年になってようやく発育が追い付き始めたけれど、中学校に入学すれば、目に見えて第二次性徴を迎え始めた同級生も多くなる。夏休みをあけると、随分背が伸びて体中が痛くて眠れなかったという話もきいた。
     保健の授業程度の知識しかないけれど、女性であれば生理が始まったり、体が丸みを帯びたり、男性であれば声変りが始まって精通を迎える。もちろん、早生まれの聡実にその気配はまだない。合唱部に入部当時は聡実の他にソプラノが歌える男子生徒は三人くらいいたが、テナーやバスにパートが変わってしまった。その他の男子のソプラノは後輩の和田くらいなものだったが、学年は違えど、生まれた年が同じなのだから聡実と和田は同級生のようなもので、きっと、和田も近い将来聡実と同じ経験をすることになる。
     ソプラノは合唱の花形だ。ソロのパートもある曲も多く、合唱コンクールや合唱祭では聡実も女子のソプラノと一緒にソロパートを歌った。あまり目立つことは得意ではないが、大きなホールで自分の声を響かせることはとても気持ちよかった。その結果、栄えある賞を合唱部で受賞できたことも嬉しかった。それなのに。
     上手く声が出せなかった。だましだまし歌っていたけれど、高い声が綺麗に出なくて、何度も声を詰まらせてしまった。和田は部長のソプラノは完璧ですよと絶賛していたけれど、盲目すぎる後輩の言葉が遅効性の毒のように全身を傷つけた。結局、合唱コンクール以降、聡実はほとんど部活に顔を出していない。真面目に歌ってくださいと怒鳴った和田の声がふとした瞬間によみがえる。
     真面目に歌っていた、はずだ。声はどんどん出しづらくなっていて、高い声を出そうとすると喉が悲鳴をあげた。負担がかからない音だけを出そうとすると、そう、和田がいうような真面目に歌ってくだささいという歌い方になる。副部長の中川や他の同級生の女子は聡実の変化に気づいてくれていいたようで、無理せんといてねと声をかけてくれた。
     パートを変えてほしいとモモちゃん先生に言えばいいだけの話なのに、どうしてこんなにもソプラノに執着してるのか自分でもわからない。自分が合唱部を支えているとか、部長だからとか、そんなみっともないプライドが頭をもたげているからだろうか。それとも、ただの責任感か。部活に顔を出さない部長なんて無責任以外の何物でもないのに、そんなの笑えない冗談でしかない。
     だから、必死になってカラオケを練習する狂児が輝いて見えた。大雨にうたれ、ずぶ濡れになって聡実の前に姿を現した狂児の背中には立派な刺青が彫ってあった。一目見てヤバい人だとわかったのに、恐怖で立ちすくみ、言われるがままにカラオケ店に連行されたが、そもそも、中学生に向かってカラオケ行こなんて言って車に連れ込むなんて犯罪ではなかろうか。ヤクザに犯罪だと訴えてもなんの効力もないのだけれど。
     成田狂児と名乗った男は、本気でカラオケを教えてほしいと頼み込んできた。断る聡実に一曲だけといってきかせた歌はあまり聞き馴染みのない曲だった。平成初期にリリースされたそんな局を聡実が知っているわけもない。
    思えば、あの長い間奏の間に逃げてしまえば、こんなにも悩まなかったに違いない。狂児に出会ってから、聡実の人生は変わってしまった。
     合唱は楽しい。しかし、今は自分の歌声をきくことが怖い。声変りは誰もがいつかは通る道だとわかっているのに、どうして今なんだと自分を責めてしまう。
     そのような時に出会ったヤクザの男は、動機はどうあれ、とても楽しそうに歌っていた。自称の十八番を歌う時だけはジャケットをきて背筋を伸ばし、リズムにあわせて頭をふった。あれはヘドバンという動作らしく、ビジュアル系バンドのライブでファンが髪を振り乱しながらリズムにのるパフォーマンスの一種のようだ。里美はビジュアル系バンドというものに縁遠いが、ライブ中に下を向いて頭を振ったら舞台上のアーティストのことを見れないのではないだろうか。
     狂児は音痴ではない。ただ、自分の音域にあっていない歌を裏声で歌っているから気持ち悪いだけで、歌自体はそれなりのレベルだと思う。聡実が狂児の音域にあっている歌をいくつかチョイスし、歌ってもらったときも、採点機能で幸徳園をたたき出していた。しかし、狂児は持ち歌で勝負したいようだ。人には向き不向きがあって、素人の刺青を彫られたくないのであれば自分の音域にあった歌を歌えばいいものの。
     何度も熱を入れて歌うものだから、聡実も覚えてしまった。無意識のうちに瞬間に口ずさんでしまうくらいには。ぼんやりと英単語調を眺めていると、とある単語が目に入る。あの歌でも使われている単語だ。大切な人がどこかに行ってしまって、その人の幻覚を見てしまい、大切な人が忘れられいというような心情を歌った歌。狂児がその歌詞を絶唱するものだから、動画サイトにアップロードされていた音源を改めて聞くと、謎の感動があった。やはり、本家には勝てないので狂児が歌うとスンと真顔になってしまう。こだわる理由にカズコの思い出とかわけのわからないことを言っていたが、狂児が魂をこめて歌う姿は嫌いではない。
     聡実自身も、あんな風に合唱に打ち込んでいた時期はあった。今だって歌いたいと思っている。しかし、気持ちと裏腹に体はそれを拒絶している。
     ヤクザに脅され、致し方なくカラオケの練習に付き合っていたのに、いつの間にかそれを楽しんでいる自分がいる。狂児は聞き分けはいい生徒だが、この歌を歌った方がいいのではないかというアドバイスには耳を貸さなかった。変なプライドが邪魔して、彫られたくもない刺青が彫られるか否かの瀬戸際にたたされているというのに、やはり、中学生だからと舐められているのだろうか。
     聡実くんも何か歌ってとマイクを渡されることもあったが、ずっとそれを拒んでいる。あの合唱コンクールの日を境に、どんどん声が出しづらくなっていて、狂児が絶賛した天使の歌声を出すことは難しい。狂児が褒めてくれた声が出せないと知ったら、狂児はもう聡実をカラオケに誘ってくれないかもしれない。ヤクザとかかわらない方がいいとわかっていても、狂児とは離れがたかった。
     どうしてそんな風に感じるのかはわからない。きっと、歌えないことのフラストレーションがたまっていて、それを解消する面白いことがなくなってしまうことが嫌なのだと思うことにしている。けれど、自分でもそれが違う感情だということはわかっている。自分の気持ちからも、目をそらしていた。
     マナーモードにしていたスマホがブブっと震える。勉強に身が入らないまま時間になってしまったらしい。聡実はテーブルの上を片付けると、図書館を出ていつものカラオケ店に向かった。
     ジージーと夏を謳歌する蝉の声が煩わしい。声高に求愛する声は、たった数週間の寿命を子孫を残すために費やす悲鳴だ。この鬱屈した気持ちを吐き出したいのは聡実だって同じなのに、泣き叫んだところで受け入れるしか術はない。以前出すことのできた高温は徐々にでなくなり、低温が出るようになってきた。狂児が評した天使の歌声の寿命は、もうほとんどない。道路の片隅で短い命を終えた蝉の亡骸のようだ。
     図書館近くのバス停からバスに乗り、カラオケ店の最寄りで下車する。今日は母親から食事代としてもらったお金があるので躊躇なくバスに乗れた。帰りは狂児に送ってもらっているとはいえ、毎日バスを使っていては小遣いが足りない。
     カラオケ店の前にはすでに狂児の愛車が停まっている。小林の兄貴は歌のレッスンを週四で受けているときいているが、ヤクザは習い事をしたり、毎日カラオケに出入りできる暇な職業なのだろうか。店に入ると狂児は受付の待合スペースで電話をかけていた。聡実の姿を見つけるとごめんとポーズをとって背を向ける。十中八九、仕事の話なのだろう。ヤクザがどんな仕事をしているか知りたくもないが、聡実は聞いてはいけない話に違いない。
    「聡実くん、待たせてごめんなぁ」
    「…いえ、お仕事、大丈夫なんですか?」
    「んー、めっちゃ暇やで? 聡実センセにお歌のレッスンしてもらうより優先せなアカンことなんてあらへんよ」
    「…絶対にあるやろ」
    「ないない。ほな、行こか」
     背中をポンポンと叩かれ、聡実は狂児に続いて階段を登る。通された部屋はいつもの少人数用の小さな部屋だ。部屋につく頃には店員がオレンジジュースとホットコーヒー、チャーハンとチョコバナナパフェが運ばれてきた。
     昨日のあれはなぁ、とか、聡実くんが選んでくれたあれはなぁとブツブツ独り言をもらしながらデンモクをいじる。ホットコーヒー片手にブツブツ独り言をぼやいていてもなんだかサマになって見えた。
     狂児は別に歌が下手くそなわけではない。何回もいうが、自分の声質にあった歌を歌っていないだけで、音程もそこそことれているし、声の伸びも悪くない。組のヤクザたちが集まったあの日は思い出したくもない。色々な意味で目眩がする。
     一曲歌っては紅を歌い、また歌っては紅。狂児が馬鹿の一つ覚えのように歌うものだから、いい加減覚えてしまっていた。紅を歌うときは、緩めていたネクタイをしっかりと締め直し、ジャケットを羽織る。汗だくになってヘドバンをする姿は、ヤクザではなくただのあのバンドのファンの姿だ。
     聡実はいつもチャーハンを食べたり、飲み物を飲んで狂児の歌う姿を眺めているだけだ。歌の先生と狂児は言っているが、先生らしいことは何一つしていない。強いていうならば、昨日よりよくなりました、くらいだろうか。狂児はそう言うだけでホンマ!? ととても嬉しそうにする。
     今日もそんなやりとりをして、二時間半のレッスンが終了した。いい汗かいたわぁなんてタオルで汗を拭っているが、歌を歌って大汗をかいた経験なんて聡実にはない。紅がかかるとちょいちょい強制終了していたが、あの歌は動き回っていればかなりの運動量がある。カラオケ店にスポーツタオルを持ち込む客なんてほとんどいないだろう。
     会計を済ませ、当たり前のように狂児の愛車の助手席に乗る。もう両手で数えきれない程乗り込み、シートも背中に馴染んでいるような気がする。車内はいつも少しタバコ臭いが、初めて乗った時は咽せ返るような強烈なヤニくささに思わず咳き込んでしまった程だ。きっと、車内でもタバコを吸わないように気をつけているのだろう。
    「…そういえば、回覧板で背の高い不審者と黒い不審車両が目撃されたので注意してくださいって書いてありましたよ」
    「えっ!? めっちゃ危ないやん! 聡実くん、今日もお家ついたらラインしてなぁ。心配やわぁ」
    「…絶対狂児さんのことやと思いますけど」
    「え、オレ?」
    「絶対にそうでしょ」
     ホンマにぃ? とハンドルを握りながらおちゃらける狂児にジブンのことやろと聡実はため息をつく。そう、狂児はヤクザだ。不審者と言われても動じるはずがない。でも、気をつけないとご近所さんの目がある。
    「…次の信号、左に曲がってください?」
    「なんでぇ? ここは真っ直ぐやないの?」
    「人の話きいてました?」
    「背の高い不審者に黒い不審車両のことやろ?」
    「だからですよ。いいから、曲がってください」
     なんでぇと渋る狂児にいいから曲がってくださいと語気を強めると、狂児は渋々ウインカーを出して左折する。
    「とりあえず、そこの公園の前で停まってください」
     この公園は家から五分程離れたところにある。住宅街の真ん中にあるので、七時を前にするとあまり人気がなくなる。団地の近くに停まっているよりはマシだろう。
    「ホンマにここでええの?」
    「…不審車両に乗ってるところ、近所の人に見られると困るんで」
    「まぁ、そうやけど、もう今更やと思うけどなぁ。ほな家ついたらラ…」
    「あの!」
     狂児の言葉を遮るように大声を出すと、狂児はギョッとしたように目を見開き、聡実を見やる。
    「うわっ!? なにぃ、急に大きな声だして…」
     心臓とまってまうやろと胸に手をおく狂児を横目に、聡実は膝の上で丸めた手に力をこめ、ふぅと深く息を吐き出した。
    「…帰りたくないんです」
    「んー、反抗期かぁ? オトンかオカンとなんかあったん?」
    「今日、お父さんとお母さん、おばあちゃんのお見舞いに行ってて。おばあちゃん、転んで入院したんです」
    「えぇ、ばあちゃん、大丈夫なん?」
    「僕はよぉ知らんけど、お母さんは施設探す言うてました。せやから明日の夕方まで親、いなくて」
     喉がカラカラに乾いて言葉がでない。自分でもおかしなことを言っていることはわかっている。狂児はヤクザで、関わってはいけない人間だ。でも。
    「んー……聡実くん、その言葉の意味、ホンマにわかってんの?」
     星々の輝きが届かない真っ暗闇のような双眸に射抜かれ、聡実はごくりと喉を鳴らす。逃げ場がない助手席でおずおずと頷くと、狂児は徐に聡実の頬をなでる。元々、不健康そうな青白い顔をしているが、かさついた指先は真夏だというのにひんやりしていた。緊張しているのか頬が熱くて、余計に狂児の指先が冷たく感じられる。
     狂児は聡実の輪郭をなぞり、ほっそりとした首の真ん中辺りをつつく。最近気になり始めた喉仏を優しく押し込まれ、思わず息をとめてしまう。無防備にさらされた急所にじっとりとした視線が絡みつき、冷たい汗が背中を伝う。狂児はいつもヘラヘラとしているが、ふとした瞬間に見せる気配はやはりその筋の人のものだ。聡実なんか狂児の手にかかれば赤子の手をひねるより簡単に殺せるはずで、まさぐるように喉仏を撫でられ、引きつった悲鳴がもれる。
    「わ、かってます」
    「ホンマに?」
    「…ヤクザとカラオケしとるのに、ヤクザに〝誘拐〟されても同じやろ?」
    「ククク…聡実くん、おもろいこと言うなぁ」
     クマの濃い目を細めてニチャァと嗤う狂児は聡実の胸倉を掴み、グッと顔を近づけた。
    「ええよ。悪い遊び教えたるから、お家で着替えて、荷物持ってきなさい」
     低く囁くような睦言に、熱いため息がもれた。
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