無題1980年代の日本では、同性愛という言葉はまだ公には語られず、自衛隊という男社会の中ではなおさらタブーだった。神田も栗原も、そんな時代の中で生きる男として、自分の心に芽生えた感情を押し殺そうとした。だが、心はそう簡単に従わなかった。
ある晩、訓練後の格納庫で二人きりになったとき、事態は動き出した。神田が機体の整備記録を確認していると、栗原が静かに近づいてきた。
「神田。……お前、最近変だぞ」
「は? 何だよ、急に」
神田が顔を上げると、栗原の目が真剣だった。
「俺のこと、避けてるだろ。……何か、まずいことでもしたか?」
その言葉に、神田の胸が締め付けられた。避けていたのは事実だった。栗原の笑顔や、ふとした瞬間の優しさが、神田の心を乱すからだ。
「……別に、なんでもねえよ」
神田が目を逸らすと、栗原は一歩踏み込み、彼の肩をつかんだ。
「嘘つくな。俺には分かる。お前、俺と同じこと考えてるだろ」
その瞬間、時間が止まった。神田は栗原の目を見つめ、言葉を探したが、何も出てこなかった。代わりに、栗原がゆっくりと手を伸ばし、神田の頬に触れた。
「……栗」
神田が呟くと、栗原は小さく笑った。
「やっと、本気で呼んでくれたな」
二人は言葉を交わさず、ただ互いの存在を感じ合った。格納庫の薄暗い光の下で、彼らの唇が触れ合った瞬間、神田は初めて「愛」という言葉の重さを知った。