無題夕暮れの百里基地。滑走路の向こうで茜色に染まる空が、F-4の機影を柔らかく浮かび上がらせていた。神田鉄雄はヘルメットを小脇に抱え、整備士と談笑しながら格納庫へ向かう。汗とオイルの匂いが混じる基地の喧騒の中で、彼の笑い声はひときわ大きく響いた。
「よお、栗! 今日のフライト、完璧だったろ?」
神田の声が格納庫の奥に届くと、栗原宏美は計器盤の点検を終え、振り返った。冷静な目が神田を捉え、わずかに口元が緩む。
「神田、お前の操縦はいつも通り派手すぎる。もう少し繊細さってもんを覚えろよ。」
「はっ、繊細さならお前に任せとくよ。ナビゲーターの仕事は完璧だったぜ、さすが栗!」
二人は笑い合い、肩を叩き合う。だが、その手が触れる瞬間、互いの視線が一瞬だけ絡み合い、基地の喧騒から切り離されたような静寂が生まれた。
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