おたんじょうび蘭武灰谷蘭の誕生日。
あらかたネタは出尽くして、機嫌を損ねるくらいなら何が欲しい、当日どうしたいと聞くようになったのはここ2~3年。
兄はとんでもねぇプレゼントを要求してきた。
花垣武道がほしい、と。
「で?
元天竺の灰谷兄弟が何の用スか」
集会後、不機嫌を隠しもしない猫目の少年に、気安い態度でわりぃわりぃ、と謝って見せる。居丈高に出るより馴れ馴れしい方が情報を引き出しやすいと判断したからだ。
人気のないところだと警戒心を解いてもらえないと思い、適当なファミレスに誘導した。
好きなもん頼めよ、とメニューを渡しても胡散臭そうに腕組みしている。人選ミスったか?
「総長代理の情報が欲しくってさ」
すると警戒心全開、しっぽがあればめいっぱい膨らませているだろうほどに一気に敵意むき出しにされた。
「ちげーって! お近づきになりたいの!!」
「はぁ!? 信じられるか!!
タケミっちにハニトラでも仕掛けて弱み握る気か? それとも呼び出してボコる気か!?」
「だからうちの兄貴がさぁ」
事情を話すと、吊り上がった双眸がキラキラと輝いていった。まるで恋バナ好きなティーンだ。いやティーンだなこいつ。男も恋バナ好きなのか。
「総長代理にゃまず1個上の保護者ズがいんだろ?
そのへんに感づかれたらそもそも近づけねーし、情報くれるとも思えねぇ。
んで相棒名乗ってる稀咲だ。あいつは絶対邪魔してくる。
どんな感情であれ代理に近づかせまいとするだろ?
その点松野、お前は代理のことダチ扱いだしガチガチに過保護にしたりしねぇ。
代理が何が好きとか休みの日は何してるとか、ちゃんと把握してるだろうしな」
稀咲の名前が出た瞬間、苦虫をかみつぶしたような顔をしたが休みの日や下校など行動を共にしていることでマウントを取れると機嫌を直した。やっぱ中坊だなぁ。
「まっ、オレに聞いて正解ってことだなー!」
チョロすぎる松野はすっかり警戒心を解いて、チョコパフェを注文していた。
「パンをくわえてあの子にぶつかる!
王道少女漫画展開作戦!!」
日曜の午前9時。くわっ!と拳を振り上げる松野と低いテンションでそれを眺めるオレと兄貴。長時間睡眠の兄貴と今朝の3時までバカ騒ぎをしていたオレはこの時間帯は元気でいられるはずもない。
人選を…失敗した。
「タケミっちは単純っス!
きっと少女漫画的演出でコロッと恋するにちげーねぇ!!」
はいどーぞ、とイチゴジャムを塗った食パンを渡され、兄貴はそれを人差し指と親指でばっちぃものを触るかのようにつまんだ。松野を警棒で殴りつけるまで数秒、と頭によぎった次の瞬間、
「いいっスか?
少女漫画演出に流されてくれなきゃ灰谷さんに勝ち目はねーっスよ。
そもそもタケミっちは女の子が好きなんスから」
松野がずばり警告する。びたっと動きが止まる兄貴。
「今日はタケミっちとゲーセンに行く約束をしました。
今どこかってメールしたら家を出たばかりって返ってきました。
もうそろそろあの家の角を曲がってくると思われます。
いいですか? チャンスは1度っスからね!」
空気が、変わった。
けだるげだった灰谷蘭から殺気じみたものが立ち上る。アキレス腱を伸ばし、軽い準備運動すら始めた。
そして、時は来た。
黄色いピヨピヨ頭が曲がり角に見えた。と同時に兄貴は目にもとまらぬ速さで突っ込んで行く。
松野は計算していなかったのだろう。
少女漫画的展開、それはパンをくわえているのが少女であるという前提に成り立っていることを。つまり上背も体重もある相手に全力でぶつかられる花垣武道がどうなってしまうかという話である。
みつあみを揺らしながら走るさまは女学生に見えなくもない。視力0・02くらいの人間が裸眼で見れば。
予想通り、哀れな中学生はみつあみの大男に跳ね飛ばされずさーっとアスファルトを十数メートル転がっていった。
パンをくわえた兄貴は無言で花垣の真横に立っている。
ついていたイチゴジャムが勢いのせいなのか顔につき、まるで返り血のように見えた。
あっこれ失敗。
「ってぇー!!
誰だコラー!! って…え? あれ? 灰谷兄弟!?」
東卍の起き上がり小坊師こと花垣武道、リカバリーの早い男である。
「襲撃っすか!?
ケンカなら買いますけどマイキー君に知らせてからじゃないと…」
東卍の中では穏健派ではあるものの、一応は不良。タイマンは買うスタイルである。
そこに割って入ったのは松野だった。
「タケミっち、さっきこの人たちと会ってさぁ。
一緒にゲーセンいこーぜってなったの」
おい待て。その誘い方ならぶつかる必要なくね?
こいつさては馬鹿か。馬鹿だな?
「え、そーなの?
なぁんだびっくりした~」
こっちも馬鹿だった。顔面を多少すりむいているもののケロッとしている。
兄貴はいつの間にか花垣に手を差し出していた。
ん、と向けられた手のひらに、あざっす、とにかりと笑う花垣。
食パンはいつの間にか地面に落ちていたが、目ざとい鳩が集まってきていた。
何が悲しくて野郎だけでゲーセンに来なければならないのか。
そもそもゲーセンは小学生で卒業した。現在の遊び場はもっぱらクラブが自宅だ。
ゲーセンなどケンカしたいならうってつけの場所ではあるが、憂さ晴らしになっても得るものはない。兄貴とてそれは同じはずだが、恋とは恐ろしいものである。じーっと。ひたすらじーっと花垣を目で追っている。怖い。恋する男の目というよりは、奇妙な生物を観察している研究者の目にしか見えない。その異様さゆえか、遠巻きにしている少女たちが空気を読んで声をかけられずにいる。賢明な判断だろう。今声をかけたら確実に殺られる。
花垣は最初の方こそ「灰谷兄弟ってゲーセンで何すんの…」と怖がっていたが、慣れるのも早く兄貴を誘ってレーシングゲームをやっていた。
松野は二人のことをほったらかしにしてUFOキャッチャーに夢中である。黒猫のぬいぐるみ欲しさに三千円ほどつぎ込み、やっとゲットしていた。買った方が安上がりだろうに、とは言わないでおこう。
「おっペケそっくりじゃん!」
ゲームが終わった二人が戻ってきた。花垣が黒猫に目を止め、松野が「だろだろ~!」と自慢している。
本日ずっと黙っている兄貴、UFOキャッチャーの方を凝視していた。
山積みのぬいぐるみの中に、何のキャラクターなのかわからないが金髪で目が青いフェルトの人形があった。もしかしてあれが欲しいとか言わないよな?
見なかったことにしようとしたら、花垣はその視線に気づき「あれなら取れそうっスね!」とにかりと笑って手持ちのコインを投入した。
どん臭そうな奴なのに、意外にも1発ゲットした。
「蘭君、ぬいぐるみ好きなんスか?」
どーぞ、と何の下心もなく差し出されるぬいぐるみ。
「んー、オレ誕生日だし」
アリガトね、とぬいぐるみにキスしてみせる兄貴。呆気にとられる花垣だったが、すぐさまおめでとうございます!!と破顔した。意外にもいいムード。
失敗を見越してご機嫌取りプランをいくつか用意していたが無駄になりそうだ。
「っぶねぇな!!」
急に背後から腕を引っ張られた。今しがた自分がいた場所には死角から鉄パイプが通り過ぎる。
敵対チームとの乱戦中だった。背後にいたはずの竜胆といつのまにか離れ、雑魚に囲まれていたが物の数ではない。
その蘭を助けたのは、キラキラ光る青い瞳。
視力の悪い自分は大体他人に興味がない。雑魚が群れても見分ける必要がない。
弟、イザナ、鶴蝶…自分に必要な人間さえわかっていればいいのだ。
「目ェ悪いんでしたっけ?
弟さんが来るまで代わりに後ろ護りますから!!」
「お前、誰」
そこに突然降ってきた、いかづちのような男。
えーっひでーな!! と大げさに騒ぐ少年は名乗りを上げる。
「花垣武道!!
東卍総長代理の花垣武道っス!!」
もうひとり、特別が追加された瞬間だった。
おわり