Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    yoshida0144

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 19

    yoshida0144

    ☆quiet follow

    忘バワンドロライ
    お題「卒業」書かせていただきました
    地元商店街から応援される中3こくとくん

    お題「卒業」 見える景色はいつも同じだった。
     駅前の古い商店街の通りに入ってすぐ右手にあるのが私の店、「やおすえ」。果物を中心に生鮮食品とほんの少しの生活雑貨を揃える、私の母の時代から続く古いこの店には今日も近所のじーさんばーさんがちょろちょろ彷徨いている。彼らは買い物に…まあ来てはいるのでしょうけど、一番の目的は「顔を見せること」である。じいさんばあさんにスマホといったハイテク機器はない。三日来なければ病気を噂され、一週間も顔を見なければ孤独死を疑う。この店は、いやこの寂れた商店街はいわば町の生存確認の場でもあるのだ。
     そんな店の入り口から少し入った場所に置いてあるパイプ椅子が私の定位置だ。ここから見える景色は一年中同じ。じじいとばばあと店の前の乾物屋で、乾物屋のじじいもあっちから私をじっと見ていた。じじい、歳をとったな。ウン十年前は同じ小学校に通い「てっちん」と呼んでいたけど、彼を最後ににそう呼んだのはいつだろう。最近はもっぱらじじいよばわりしてる。あっちもばばあよばわりだし別にいいだろう。
     ……いや、よくない。やっぱりたまには名前で呼ばれたいし、かわいく「おばちゃま」でもいい。味気ない生活音と枯れた景色にほんの少し色がつくだけでいいのに。そう思いながら今日も定位置から外を眺めていた日のこと。

    「こんにちは」
    「あら!あらあらららら、いちろくん!いらっしゃい!」
     セピア色だった視界に突然、情熱の赤いバラが咲いた。しゃがれた喉から2オクターブはあげた声を店内に響かせる。
    「タラの芽はありますか。母がここのお店のものが一番だというので」
    「ある!あるわよ!そのへんのジャスコには置いてないとびきりおいしいやつ用意してるわよ!」
     よかった、と目尻を下げて笑う彼はこの先の住宅地に住む国都英一郎くん。小さい頃からお母さんとよくお買い物にきてくれていて、大きくなった今もこうしてたまにおつかいにやってくる。
    「いちろくん、野球はどう?」
    「楽しくやらせてもらってます。今度、帝徳高校に進学することになりました」
    「帝徳!すごいじゃない!強豪校よね!」
     きれいな春色のタラの芽を袋につめながらチラリといちろくんのほうを見た。出会ったころは私の腰ほどの背だったのに、今は見上げないときれいなお顔を目にすることができない。
     優しくてハンサムでしかも野球がとびきりうまい。そんな息子が野球の強豪校に進むのだ。ご家族も鼻高々だろう。と、そこまで考えてふと気づいた。帝徳高校は同じ都内だけど、ここから通うには少し遠い。通えなくもないが…どうなんだろう。そのまま疑問を口にすれば、いちろくんは形のいい眉を少し下げて、今月には家を出て寮に入ることを教えてくれた。
    「今日は近くの親戚を集めて家族で壮行会を開いてくれるんです」
    「そう、さみ…」
    「…?なんですか」
    「あ、いや、なんでもないのよ!」
     寂しくなる
     つい口に出そうになって慌てて口を噤む。寂しいのは本当。きっと彼がこうしてこの店におつかいにくることもなくなる。三日や一週間なんてものじゃない。一年以上会えないかもしれないしこれが私にとって今生の別れになるかもしれない。
     この定位置から今までも何人もの学生さんを見てきた。入学してブカブカの制服を着た子が、しばらくすると腕が少し足りなくなった制服に胸に花飾りをつけて歩いていく。次に見かけたときには私服になって、その次には子供をつれてやってくる。五年十年の間に私たちは何もかわらないのに、子どもたちはどんどん鮮やかに色濃く育っていく。
     それなのに寂しいだなんて、似合わないでしょ。
    「これ!持ってって!」
     寂れた店先を彩るイチゴのパックを手に取る。先週から並び出した大きくて真っ赤なイチゴ。一パック、いや四パックね。お客さんくるみたいだし!天井に釣られたビニール袋をもう一枚とって潰れないように丁寧に包み、いちろくんに差し出した。
    「すごい、こんな大きなイチゴ!でも悪いです。ちゃんとお金払います」
    「いいのいいの!おばさんからもお祝いさせて!ほらこれ真っ赤!いちろくんに食べてもらいたいのよ!」
    「ええ…ありがとう、ございます!おいしくいただきます」
     笑った。出会ったころのぷくぷくのほっぺを真っ赤にしていた彼はもう立派な青年だった。大きくなった今も彼には沸る血のような赤がよく似合う。
     よくよく見てみるといちろくんの背負う大きめのトートバッグにはこの商店街で売られる商品でパンパンだった。この先の和菓子屋の紅白まんじゅうに二つ隣の駄菓子屋の麩菓子(ビッグサイズ)、そして目の前の乾物屋の利尻昆布。こんなに持たせて重いだろうに、どこのじじいもばばあも同じね。花束がわりのつもりかしら。私もだけど。
    「ありがとうございました、おばさんもお元気で」
    「だーいじょうぶよ!あと五十年は生きるから。それより、いってらっしゃい!」
     広い背中に手をふる。店を出て見えなくなるまでずっと、いちろくんは手をふってくれた。
     定位置から見える景色は明日もきっと同じだろう。店にくるじじいとばばあは何もかわらなくて、あるとしたらそれは消えるときだけ。
     日常のセピアは日々色を濃くしていく。それでもこの老年の瞼の裏には鮮やかな少年たちの色がこびりつき、目を閉じるたび、目を閉じるその日まで何度も思い出すのだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works