神子に消された村 解決編神社につく頃には、ビーマの気分は幾分か落ち着いてきた。
全てが終わったらまだ落とし前をつけてない岡田刑事と一緒にドゥリーヨダナに報復すればいい。それまでは我慢する。そう決意したからだ。
ドゥリーヨダナはビーマの方をみてブツブツと言っている。
「トラッドなわし様のスタイルもおまえが着ると何か、こう違うんだよな。格好いい奴はどんな服でも格好いいってか?気に食わん…」
「おい!ここから入ればいいんだな」
「ん、ああ。多分その本殿の格子を外せば道があるはずだ」
夜から散々な目に遭ってるんだ。遠慮なく行こう。
ビーマは指を引っ掛けるとそのままブッ開いた。バラバラと木の屑が落ち、大きな穴が開いた。
「怪力自慢、うっざーい」
「うるせえ、とっとと進むぞ」
本殿の奥に踏み込むと、岩壁を塞ぐ扉があった。扉を手前に引くと、短いトンネルが続いていた。向こう側には陽の光が差している。
作りの雑な、岩のトンネルを通った。
抜けた先は、一面の白い花畑だった。
薄い花びらが黄色い花芯を包んで揺れている。規則正しく並んだ背の高い花たち。
ケシの花畑だ。
「これが、万物の消失などとチャチな奇跡をうたう『やましろの会』が大金集めてるからくりよ」
ドゥリーヨダナは薄く笑っていた。
ケシは、アヘン・モルヒネ・ヘロインなどの薬物の原材料となる花だ。これらの薬物は鎮痛作用や強い陶酔感を与える一方で、強い中毒性を持つことから、薬物の所持はもちろん、ケシの栽培・販売は日本ではかたく禁じられている。
「裏社会との繋がりがあるわけだな」
「金の種を守るためには力が必要だからな。よほど昔から栽培しておったのだろう。志良亀村にあった、瓶や薬師如来の意匠。あれはアヘンを秘薬か何かとして扱っとった証拠だろう。それにあの小猿の石像。あれは多分これらを栽培し、使用しておったせいで死んだ女子供への慰霊だぞ。何個あったか、覚えとるか?」
ビーマは答えなかった。
神子の虚な目、霊能力を使っていた際に感じた気味の悪さ。全てアヘンの煙だったと思えば、納得はできる。が、最低の気分だ。
静かに二人で花畑の間を歩く。
「この畑の隠れ蓑として、神子を祀りあげて宗教法人を立ち上げ、薬物で奇跡に見せかけて金を巻き上げる。雑な仕事よ」
チクチクとしたケシの棘が肌に刺さる。
しかし、ビーマはその痛みに虚しくなるだけだった。
神の子と崇められたところで、所詮は誰かの人形なのだ。欲望に消費される子供が、偽りの奇跡がビーマには気に食わなかった。
一番奥まで行きつけば、またトンネルがあった。
「隣村に繋がっとるのだろう。突然現れた神子も『やましろの会』もここから出入りしていたのだろうな」
気づけば全て単純なこと。
しかし、気づかなければ、不思議で超常現象のようにも見えうる。
ビーマの脳裏にいやな光景が浮かぶ。
兄ちゃん、と細い声を絞りだして涙を流す弟。鳴り止まぬ音楽、暗闇、炎、興奮した大人たち、感情が抜け落ちた無表情の弟。認めない。ああ、一生認めないとも。
ふと気づくと、ドゥリーヨダナは泥のついた手をこちらで擦り落としていた。
「何やってんだ、おまえは」
「手布としてしか役に立たないだろうから、手布として使ってやってるだけだが?」
「これおまえの服だぞ」
「あっ、しまった!」
「馬鹿は羨ましいな」
「わし様が馬鹿なら、おまえはもっと馬鹿、なんなら馬鹿なカバ」
ガキみたいなやり取りで髪を掴み合っていれば、ゾロゾロと花畑に人が入ってきた。
ガッツリ武装している。
おおよそ、『やましろの会』の残党だろう。
一人の男が歩み出てきた。
「はじめまして、ドゥリーヨダナ教授。『やましろの会』の代表をしています、白井権蔵です」
「随分と遅いご挨拶ですね。ずっと私たちを見ていたのでしょう?今更、私たちの案内でも申し出ますか?」
ドゥリーヨダナは冷笑を吐きつけた。
ビーマも目を細め、指に力を入れた。
17人。少ないが、アサルトライフルに散弾を装備。気をつけねば服に穴が開く。
戦闘員を注視しながら、白井に視線を戻す。
白井は、こういった輩特有のと吐き気を催す程の悪どい臭いがする。悪意害意欲望をよくよく混ぜたクソ野郎だということがよくわかる。
白井はなお、胡散臭い笑みから臭え息を吐き続ける。
「せっかくここまで来たのですから、お二人とも『やましろの会』に入会しませんか。それで、不法侵入も、神子さまへの不敬も手打ちとしましょう」
「不敬か。薬漬けにして都合の良いように扱ってるおまえこそ、誰よりも不敬であろうよ」
白井はいかにも心外だと、目を開き、哀れみを誘うようにケシの花を見た。
「神子さまは可哀想なお方なんです。生まれながら、色を失い、神憑きだった。母親からしてそうでしたから。これまでの慣習から、村でもひとりで生きていく定めだった。しかし、私が神子さまのお力を発揮できる場を整えて差し上げました。神子さまは、今は信者たちに囲まれてお幸せそうだ」
「そう言うなら、神子のために小細工はやめて二人で慎ましく暮らせば良い。天に上ったつもりの貴様には難しかろうがな…」
ドゥリーヨダナはケシの花を摘んで嘲った。
「ま、これ以上の問答に意味はない。ケシの栽培と販売は10年以下の懲役だそうだ。組織的犯罪となれば、情状酌量の余地もあるまい。これは大事になるぞー」
「ご安心を。元々、お二人の口を永遠に閉じるために、こうして伺ったのですから」
一斉に銃がビーマたちに突きつけられた。
「お隣の助手の方には随分と手勢をやられましたが、この場で貴方がたを殺す程度のことはできるでしょう」
「昨日は殺せなかった人間を今日は殺せると」
「昨日は助手さん一人ですが、ドゥリーヨダナ教授、あなたがいますから」
「ふーん、そうか。なあ、わし様は物理学教授なのだが、多才でな。こんなこともできる」
ドンッ!!!!
爆音とともに区画の一つが吹き飛んだ。土と花が宙を舞い、土埃が立った。
ドゥリーヨダナが仕込んだ爆弾が爆発した。
白井たち『やましろの会』が呆然としていると、ドゥリーヨダナは艶然と微笑んだ。
「わし様、恥をかくのが大嫌いだが、弱き者に侮られるのも嫌いだ。だから、ここ全部吹っ飛ばすぞ♡」
その言葉を合図に、ビーマは戦闘員たちに突っ込んだ。
191cmの男が身を低くして突進するだけで、簡単に人は吹っ飛ぶ。ダダダと無意味に弾丸が天を打つ。
既に陣形は崩れた。
戦闘員の一人を殴り、銃を取り上げる。取り上げた銃をバットのように持って殴打し、起き上がってくる奴を踏みつける。
遠くからうまく遠射してくる戦闘員に銃をぶん投げて気絶させる。
狙ってくる弾丸を避け、花畑の中に身を隠して強襲する。
背後、左右、関係ない。
その巨体をネズミのように潜め、狼のように絶え間なく襲う。
ほんの数分、ほんの数秒の出来事だ。
こうして、ひとり又ひとりとビーマは地面に沈めていく。
次々に消えていく味方と終わらぬ暴力に、白井は身を小さくしていた。
「ハハハ、怖いだろ」
ドゥリーヨダナは白井に呼びかけた。
美しく泰然と戦場に立つ男に、白井は畏怖した。
「己の城でふんぞり返っておれば、もう少し穏やかに過ごせたろうに。狼の尻尾をオモチャだと思って踏むから、全部食べられてしまうのだ」
ま、わし様は美味しいとこだけ先に食べるつもりだがな。ドゥリーヨダナのこの呟きは、ビーマには聞こえなかった。
そうして、弾丸の雨は止んだ。
「もっとうまく沈めた方がよかったか」
爆弾で死なないよう、ビーマは意識を失った戦闘員たちを運ぶ。
その間にも奥から花畑がテンポよく爆破されていく。
「無計画バカゴリラ!やはり戦いにも計画性が必要よな。見ろ、わし様のスマートな破壊工作を」
「話す暇があったら、コイツら運べ」
「やだね!自分でやったことの責任は自分で負うのだな、アッハッハ」
ドカン!!ドカン!!ドカン!!
突然、火薬が連鎖的に爆発した。
ドゥリーヨダナは、叱られた猫のように背後を見た。
「今のも計画通りか?」
「んー、ちょっと爆薬の量ミスったかもしれん」
このままだと想定よりも早く大爆発するかも、と呑気にいう無計画ドブカス野郎を殴り、慌てて気絶した戦闘員たちを引き上げた。
「白井以外もう置いて行っても良くない…?」
「ダメに決まってんだろ」
全員を神社の方に運び終わると、
ドッカーン!!!
背後で一際大きな爆発音がした。白い花弁が土と混じり、大火の中に花畑が燃え落ちていく。
炎が爆風を纏い、迫ってきた。
「閉めろ!」
炎が追いつく前に扉を閉めた。
地形を変えるような断続的の爆発音が扉の向こうから響く。轟々と風が鳴いている。
これでこの畑は当分使えまい。花畑に向かう道すら、これで閉ざされた。
ビーマたちが本殿から出ると、ニコニコとして出迎える高杉とシワい顔の岡田刑事がいた。
「やあやあ!先日は勝手に消えて申し訳なかったね!」
「その、高杉さん、ふたりとも驚いちゅうから」
警官たちの音頭をとって村人たちを連行している高杉。こいつは『やましろの会』もしくは村の人間じゃないのか。
高杉は思い出したように、手帳を取り出した。
「そういえば、ちゃんと名乗ってなかった!僕は公安部所属の高杉晋作!警視だから岡田くんより偉いよ!」
「堪忍してくんさい…」
「いやぁ、ドゥリーヨダナ教授、今回は助かったよ!僕潜入捜査してたんだけど、君たちが引っかき回してくれたおかげで、資料は全部確保できたし、武器ルートまで見つけられた!!これは快挙だね!だから、今回は暴行と爆発物の違法所持利用は無かったことにしてあげるよ!」
ビーマが戦闘員のほとんどを引き付けていたから、『やましろの会』本部の方がガラ空きだったようだ。
ドゥリーヨダナは指を唇に当てた。
「ではこちらは今回の事件と関係なかったことしておきましょう。杉本警視殿、白井を連行する前に、彼と少し時間をいただいても?」
「話すだけならいいよ!」
警察の了承をもらい、ドゥリーヨダナは白井の前にしゃがんだ。
「さて、白井権蔵よ。金の種は全て焼いた。武装した者どもは無力化した。教団もまもなく解体されるだろう。もうおまえには何もない。これからは下り道だろうが、わし様は寛大でな。おまえには特別に良い弁護人を紹介してやろう。おまえが土地の利権を渡してくれるなら、な」
恫喝だ。
そもそもドゥリーヨダナ自ら『やましろの会』を相手取ったのは、早急に土地を手に入れるためだ。下手に抗争して禍根を残すことなく、下手に警察に逮捕されて交渉が長引くことなく、必要な土地を確実に奪う。ただその為である。
「登記、全ておまえが握っているのだろう?」
全てを失おうとしている男相手でも、ドゥリーヨダナは搾りつくす気だった。
「わし様の貴重な時間を奪ったのだ。言を弄したり、より良い条件を引き出そうとすることは禁ずる。おまえが言っていいのは、土地を渡すか惨めに死にたいのどちらかだ」
反論を許さぬ厳しさが声に込められていた。
情け容赦のないドゥリーヨダナに普段は反発するビーマも、白井に関しては、あれだけ好き勝手したのだから、と庇うことはない。
白井は死人のように青褪めて、喉から音を絞り出した。
「土地をお渡します」
「懸命な判断だ。口約束と思うなよ。安心しろ、土地は買ってやる。弁護士を派遣するからそこと調整しろ」
ドゥリーヨダナは満足そうに笑って立ち上がった。
「さて、高杉警視、お待たせしました。後はお好きに」
「善良な市民のご協力に感謝します!」
『やましろの会』の代表白井権蔵は逮捕され、連行されていく。
これで全てが終わったと、ビーマは思った。
「待って!」
しかし、神子が白井の腰に抱きついた。
「白井は『かみしろの会』の代表なのよ。俗世とは関係ないの。神子として命じます。連れて行っては駄目」
「うーん、それは無理だよ神子さま」
「どうして?白井は私と一緒に人を救ってきたのよ。どうして連れて行こうというの」
蒼い虚な目が高杉警視を不思議そうに見る。
そして、パッと納得したように神子は笑みを浮かべた。
「分かったわ!まだ私があなたの不満を消してないから、白井をつれて行こうとしてるのね。でも、ダメ。順番があるのだから、特別扱いはできない。後で必ず消してあげるから、言うことを聞いて頂戴」
警察がいる場でもまだ力を振りかざそうとする神子は、たぶんそれ以外の方法を知らなかった。知らされていなかった。
高杉警視は苦笑いして、部下に白井を連れてくよう合図した。
「あっ、止めて!私は神子なのよ!人とは違うの!特別なの!従いなさい!!」
ついに見ていたドゥリーヨダナが、表情を落とした。
そして視線を合わせるように神子の両肩を掴む。
「いやっ、何をするの、離して!無礼者、離しなさい、私は神子なのよ!!」
「離さぬ。聞け、おまえが信じてきた霊能力は、全て周囲の阿保どもが体よくおまえを利用するための虚構だ。おまえに物を消す霊能力などないし、おまえは神子などではない」
冷徹で真っ直ぐな視線と言葉が神子を刺す。神子は戦慄き、必死に逃がれようとした。
「嘘!嘘よ!」
「ならば、わし様を今すぐ消してみればよい。今までそうやって来たのだろう?ならば簡単ではないか」
ドゥリーヨダナは大きなスカーフに右手を包んで、押し付けた。
神子はスカーフの上に手を乗せ、勝手に痙攣する喉から細い声を出した。
「消えて、消えて、消えて頂戴」
スカーフの下の質量は変わらない。
「消えて、消えて、消えて、消えてよ!」
最後は絶叫に近いほどだった。
しかし、何度唱えたところで現実は歪まなかった。
喉が枯れるほど願っても、何も変わらない。
神子の瞳は水気が張って溢れそうだった。
「なんで、なんで消えてくれないの」
細い金髪を掴んで、神子はへたり込んだ。
スカーフを外して、ドゥリーヨダナは言い募った。
「言っただろう、おまえは騙されておったのだ。おまえに物を消す霊能力などないし、おまえは神子などではない」
「ちがう」
「わし様の手も消せないのに、何が違う。おまえは、神子などではない、普通の人間だ」
「私は特別だもの…特別な神子だから、私は…うっ、うぇえん」
顔を押さえて、『やましろの会』の神子はうずくまった。震える背中は酷く小さかった。
「あの子は、どうなるんだろうな」
あの迷子のような顔が弟のようで、ビーマは眉間に皺がより、表情が硬くなった。
ドゥリーヨダナはつまらなさそうに呟く。
「そうだな、薬物中毒の治療プログラムを受けて、あとは見知らぬ土地で静かに生きて行くんじゃないか。ここ程は酷い扱いを受けぬだろうよ」
静かに暮らす。彼女がそうあれば良い。
ただ、ビーマは疑問があった。橋を消す、人を消すといったことは村人たちによる欺瞞であったとしても、はじめに石を消したときも、また何かのトリックがあったのだろうか。誰の助けも借りることなく、彼女は嘘のない心で石を消して見せた。ならば彼女ももしかしたら、俺が関与しなければ、
「自惚れるなよ」
ドゥリーヨダナは心のうちを見透かしたように言い放った。
「確かにおまえは、人の心を見抜くような、卓越した能力を持っている。しかし、おまえは神でもそれに類するものでも何でもない。勘違いも甚だしいぞ」
「…別にそんなこと思ってねえよ」
「ふん、なら良いが。全くおまえら兄弟はこれだから困る」
そっぽ向いたドゥリーヨダナ。それから何を思ったのか、ビーマの方を目だけで伺い、ソワソワと落ち着かない様子だった。
その世間的に整った顔を精一杯顰めて、ガリガリと頭を掻いたかと思うと、口を開いた。
「わし様、疲れたし腹が減った。今日は特別に食べに連れてってやる。何が食べたい」
「焼肉食べ放題」
「店を破産させる気か。もう好きに頼んでいいから、高くとも旨いとこ行くぞ」
「たらふく食べれんなら、どっちでもいい」
ドゥリーヨダナとビーマは、村を出るため歩き出した。