MR & MRS K「すごく、悪い子だったのね?」
パシンと鋭く鞭が鳴った。
高級ホテルの上層階。
そこには、ひと組の男女がいた。
一人は目隠しして床に膝立ちになった男。もう一人は、蓮色の瞳ときついポニーテールが美しい、黒いボンテージ姿の女だった。誘うような垂れ目とそれに反した冷たい笑みは、凡ゆるマゾヒスト共の垂涎の的だろう。
出張タイプのS嬢と客のSMプレイ。いかにもそういった様だった。
「はい、僕はとても悪い子でした」
「そうなの、」
鞭で肌を撫で、時折思いついたように鞭で叩けば、男はオモチャのように反応した。
「とっても悪い子だったのね」
女が一歩足を踏み出すごとに、細いピンヒールが床を叩く。このピンヒールで踏まれるのか、それとも激しく鞭で叩かれるのか。絶世の美女にお仕置きされる自分を想像しては、男は期待に震えた。
「悪い子には、お仕置きしなきゃね」
ふっ、と耳に息を吹きかけられて、男は絶頂しそうになる。
「こら、ダメよ。まだダメ」
が、鋭く膝を蹴られて男はギリギリで耐える。焦らされている。
「お仕置きはね、しっかりしてあげるから」
女は男を手錠で後ろ手に拘束し、加えて足まで縄で縛った。
これで逃げられない。自分はどんな酷いプレイをされてしまうのか。
視界が遮られてか、肌が敏感になり、血潮の音がドクドクとうるさくなった。
女が後ろから男に絡みつく。
「安心して、最高にイカせてあげる」
囁かれれば、男の期待が最高潮になる。
「ほら、イけ」
その言葉のまま、女は男の首をへし折った。
倒れ込んだ死体を一瞥して、女は電話をかける。
「もしもし、おっドゥフシャラーか。仕事が終わった。荷物の回収を頼む」
電話を切ると、先ほどまでの艶やかな雰囲気を消して、女、ドゥリーヨダナは伸びをする。ラテックス製のボンテージは体が凝るから、いけない。
死体を確認して、顔を歪めた。
「うえ、マジでイキおったのかコイツ」
哀れ、ドゥリーヨダナの本日の標的は淫猥な期待の末に成就せぬ命を漏らして死んでいた。
「はー、いくらわし様が美しいとはいえ、ハイレグにピンヒールはキツイわ。ってもうこんな時間か!ビーマが帰ってくる前に帰らねば」
急いで着替えたドゥリーヨダナは非常階段を駆け降りた。
一方。
ドゥリーヨダナがいたホテルの地下では、不成者による賭博が行われていた。
電灯一つともした暗い部屋で、煙草をモクモクと燻らせて、下品な罵声と笑い声が這う。
卓の上では小汚い金たちがカードの間をやり取りされていた。
ガタンとドアが開いて、男が転がり込んでくる。みな懐の銃に手をかけた。
「スマンスマン、酔っ払って迷子になっちまってな。おっ賭け事か、俺もいいか」
ヘラ、と気のいい顔で男は聞いてきた。随分とお綺麗な顔で、ガタイはいいが、千鳥足の酔っ払いだ。
男たちは舌打ちした。
「新人はお呼びじゃない。とっとと失せな」
「そう寂しいこと言うなよ。席がまだ一つ空いてるだろ。金ならあるんだ」
ポンと汚らしい金の束を酔っ払いは中央に置いた。まとまった金だ。
男たちは目配せした。カモが来たぞ。
「そこまで言われちゃ仕方ねぇな、座りな」
「悪いな」
そのまま寝てしまいそうなほど身を曲げて男、ビーマは座った。
「ポーカーでいいな」
「おう、好きにしてくれ」
・・・
「あー、また負けちまった」
「負けが続いて残念だったな」
3対1で勝てるはずもなく、ビーマは敗北を重ねている。とんだ儲けものだと、破落戸たちはせせら笑っていた。
そこに仲間の一人が戻ってきた。
「おい、オレの席に座ってるのは誰だ」
顔を近づけてビーマを睨みつけるのを、男たちは宥めた。
「コイツはおまえの代理だよ、おかげで随分と儲かった。さて、交代だな。楽しませてもらったが、とっとと帰んな、お嬢ちゃん」
ビーマはうっそりと笑い、
「おう、よかった。実は俺も待ってたんだ」
と男の頭を台に叩きつけた。
頭蓋骨が割れる音とともに、男は即死した。
「おまえっ」
男たちは慌てて銃を引き抜こうとしたが、一人は腕が折れ、一人は胸骨が砕けた。
残った一人がなんとか発泡したが、ビーマは軽く避けた。
「ひっ」
怯えた男が逃走を図った。瞬時に接近して襟首を捕まえ、そのまま片手で頸椎を折った。
胸骨が砕けた男が出口へと這いずるのを見て、頭を踏み砕く。
ものの数分で、賭場にはビーマ以外に、3つの死体と静かに卓の下で泣く男が残った。
「うっうっ」
一人残った不成者は銃を握ってガタガタと震えていた。カモが怪物に変わって仲間を皆殺しにした。その恐怖たるや。
必死に息をひそめる男を殺すため、ビーマは卓の下を覗き込んだ。
「待たせたな、残りはおまえだけだ。続きをしようぜ」
逆光に照らされた綺麗な顔に、獣の威嚇のような眼光に、男は絶望し、己のこめかみに銃をあてて発砲した。
ビーマはキョトンとして、自殺した死体をみた。
「そんな怯えなくてもいいのにな」
ポリポリと頬を掻いて、ビーマは椅子に座った。スマホで仕事完了のメッセージを送る。
いつものつまらない仕事だったが、時間がかかってしまった。
「あんまり時間がないな」
ビーマは急いで賭場を出て、エレベーターに乗った。
ドゥリーヨダナは表口から、ビーマは裏口からホテルを出て行く。壁一つ隔ててすれ違ったことにも気づかないまま、同じ目的地を目指して、二人は急いで車を走らせた。
まず家に飛び込んだのはドゥリーヨダナだった。
銃をしまい、乱れた髪を整えて、なんでもない顔してキッチンにて水を飲んだ。
次に飛び込んだのはビーマだ。少し息を弾ませて家に入ってくる。
「悪い、遅れた」
「おかえり」
「ただいま」
「安心しろ。わし様も帰ってきたばかりだ。だからその、ご飯とか何もつくれて無いんだが」
「大丈夫だ。作ってある」
ビーマが料理を取り出しテーブルに並べる間に、ドゥリーヨダナはワインセラーからワインを出した。
テーブルでたまたま目線があった。
「「………」」
二人はぎこちなく笑い合いながら、席に座った。
「結婚3年を祝して」
「俺たちの未来に」
「「乾杯」」
ワインガラスが鳴る。
二人は夫婦であった。