夢の主と盲目の一等星気が付くと俺は青い花畑の中にいた。
久々に何かを視界に映したからか眩しくて暫し目を瞬かせる。
漸く周囲の明るさに目が慣れてきたのでゆっくり目を開いて辺りを見渡した。
空は薄桃色と黄緑の淡いグラデーションがかかっており周囲の青い花からは柔らかな甘い香りが漂っている。
まるで夢の中の様な幻想的な光景が広がっていた。
そう、恐らくここは夢の中なのだろう。
覚えている限りだと俺は意識を失う直前……
"頼む、俺は君に…ポラリスに死んで欲しくない!!"
…アステルアスルと口論をしたのだったか。
彼は俺の事を大切に思ってくれていた。
だが俺は人ならざる者となってまで生き長らえるよりも人間として生きて人間として生を終えたかった。
だがこんな別れ方では互いに納得いかない筈だ、早く目覚めなくては──────
「それは難しいかな」
「誰だ!?」
突如背後から少年のような、青年のような、穏やかな声が聞こえて思わず振り返る。
今までよりも遥かに軽く動く身体に驚く間もなく背後からの声の主の姿に更に驚く。
柄のついたアイマスクに身体と比べると少し大きめな服に靴下、頭上の輪と旗、黄緑と薄桃色が混ざった長くモヤの様な不思議な髪…何より彼は宙に浮いていた。
「僕は…皆からは"夢の主"って呼ばれてるけどどう呼んでくれたっていいよ。なんなら名付けてくれてもいいし」
「…夢の、主。つまりここは夢の中なのか?」
「うん、そうだよ…所で名前付けてくれないの?」
「え?名前か?…ううむ」
少し悩んだ後に彼を見ていて浮かんだ単語を並べた名前を答えた。
「セウンフルム、でどうだ?」
「わぁ、ありがとう!セウンフルムだね、いい響き」
「気に入ってくれて良かった」
嬉しそうにくるくる回っている彼に少し微笑ましい気持ちになるが彼には聞かねばいけないことがある。
「セウンフルム、俺は…訳あってすぐにでも起きたいんだ、どうすれば目覚められる?」
「うーん…さっきも言った通りそれは難しいかな」
「何故だ?」
「君はね、ただ寝てるんじゃなくて人ならざる者の力に当てられて昏睡状態になってるんだ。僕の力で現実の身体が飲まず食わずでも大丈夫には出来るけれど目覚めさせるのはちょっと難しいな」
「夢の主と呼ばれる君でもか?」
「何故か"館の主"に妨害されててね…こればっかりは僕でもどうしようもないなぁ」
館の主…アステルアスルから聞いた事のある呼び名だ。
目が見えなかったから姿は見えなかったが実際に会った事もあるしセウンフルムと同じ様に名前を付けた筈だ。
"イリスリトス"と。
アステルアスルはイリスリトスに頼んで俺の病気を治してもらおうとしたらしい、というのは知っている。
何故彼が妨害をしているのだろうか…?意味の無い事をする様には見えないから何か考えがあるのかもしれない。
しかし早く目覚めなくてはアステルアスルは自分のせいで俺が倒れたと自分を責めるかもしれないし兄さんが心配するかもしれない。
「ねぇ、君は君が大切に思っていた友人のせいでこうなっちゃった訳だけど…恨んだりしないの?」
「恨む?何故?彼はただ俺に生きていて欲しかっただけだ。恨む事なんて出来る筈ないだろう?」
「そっか〜…まぁ時間は沢山あるし、少しなら現実の状況を教えてあげられるし、考えてみるといいよ」
「俺と彼は友人だ。…それだけは揺らがない事実。もし彼が人道に反する事をしたなら叱りはするが…それで反省すればいい話だからな」
「ふーん、そっか」
夢の中からでは出来る事は少ないかもしれないが幸いにも夢と現実を行き来できるセウンフルムが居る。
俺には俺に出来る事をしよう、そう決めて現実の世界に思いを馳せた。