真理の主とヴェルデ=ドルチェ自分の空間、縁側に座ってゆったりお茶を飲んでいた時の事。
不意に目の前に何者かが現れた。
その何者かは白い髪と睫毛、赤い瞳、狐の様な耳に白い翼、大きな尾、宙に浮いた身体…何より俺と同じく和服を着ているのが印象的な存在だった。
俺に何の用があるのか、何者なのか。
そう考え口に出そうとした所で相手が先に口を開いた。
「我はヴェリタクラルテ。君はヴェルデ=ドルチェだな?それとも"マグワート"と呼ぶべきか?…いや、どうやら良い気分にはならない様だな、止めておこう」
仲良くもない見ず知らずの存在に"マグワート"と呼ばれるのは気分が悪い。
その事をすぐさま見抜いたのか止めておこう、と言葉を付け足した"ヴェリタクラルテ"……と名乗った存在は宙に浮いたまま俺を見下ろしている。
それにしても何をしに来たというのか。
「なんて事は無い。ただの雑談をしに来ただけだ。我と同じ民族衣装に身を包む君はどのような思考回路をしているのか興味がある」
心の中で語った言葉に返事をする様にして聞こえてきた言葉に違和感を感じる。
人ならざる者の多くは何かしら人間では持ちえない人知を超えた力を持っている事が多い。
彼は心を読む力でも持っているのだろうか、だとしたら余り会話はしたくないのだが。
雑談…余り会話が得意ではなく好きでも無い俺を選んだのは人選ミスだとしか思えないが。
「まぁそのような事を言うな、まだ出会って5分も経っていない。君の推測通り我は君の思考が見えている。何、我が勝手に興味を抱いて接触しているだけだから気にせず思考を続けてくれて構わない…どうやら所謂平和主義である君がこれから語る話題についてどの様に考えるのかに興味がある」
彼が行っているのは会話ではなく一方的な演説ではないだろうか。
思考その物と口に出す言葉は別物だ。
後ろめたい事を心の中で思ってはいても決して口には出さず行動にも起こさないならそれは誰の目から見ても善人だろう。
勝手に覗いた心がその人の本質かどうかなんて……
「我が見えるのは表面の思考だけではない。どの言葉を選んで口に出そうとしているのかまで見えている。何、思考は意志とは関係なく発生する物だ。気にせず我の話を聞いていればいい」
…成程。
俺はヴェリタクラルテと名乗る存在とは相容れないかもしれない。
という思考も見えているのだろう。
わざわざ反応する必要は無い、早く雑談とやらを終わらせて欲しい。
「では前置きは必要ないな、本題といこう。…"神様"とはどういった定義で決まると思うか?」
…先程までの話は前置きですら無かったとは。
それにしても随分と大雑把な質問だ。
心が読めるというのであればわざわざ口に出す必要は無いだろう。
神様か…かつて過ごした事のある地にも無数の神様の話があった筈だ。
先程俺の服について触れていた。
確かに見た所俺と彼の服は限りなく近い民族衣装と言えるだろう。
確か…とある世界に存在している"地球"という星のとある民族衣装の筈だ。
その民族に伝わる神様についての考えで良いだろうか。
…そういえば俺がこの服を着ているのは昔……いや、考えない様にしなくては。
「ふむ、その民族衣装を着ているのには何か理由があるようだな」
その通りだ。
当然ながらお前に教える理由等無い。
そういう彼は何か理由があって同じ民族衣装を着ているのだろうか。
民族衣装を差し引いても耳や羽、尾…気になる点は多い。
「我がこの姿をしている理由か、成程。丁度神様の話にも繋がるから答えよう。我は元々この様な外見だった訳では無い。…それは君も同じ事だろう?我の本来の姿はどうも他者が見ると心を壊してしまうらしく、仮の姿が必要だったのだ。そこで偶然降り立った地が先程君が触れた"地球"のとある場所だった」
確かに俺も元は人間の外見をしていた訳では無い。
だが人間が見ても驚いたり恐れたりする事はあれど発狂する程では無かった。
彼には"館の主"の様に人間の精神を削る何かがあるのかもしれない。
「…一旦そのまま話を続けよう。我は降り立った地に"神様"という概念がある事を知った。ならば人間達の信じる"神様"を象った姿になれば彼等と接触しやすいと考えた。…そして周囲の人間の思う"神様"を見た結果総合的にこの様な外見になった訳だ。そして人間達の思う"神様"として振舞った。君の思った通り我に見られ続けると精神を摩耗するらしく心を壊す者が多かったがそれも神様の思し召しだと受け入れる盲目ばかりでな。そこで彼等が盲目になってまで崇める"神様"とはなんだろうと考えた。折角だ、同じ地を知る君に聞いてみようと思ってな。…これで自分が選ばれた理由が理解出来たか?」
会ったばかりでこう評するのはおかしいかもしれないが相変わらず話が長く一方的だ。
だがある程度は理解出来た。
…俺がお前と相容れなさそうだという事も。
「ふむ、何故だ?」
話の内容を信じるならば自分を信仰して心を壊していく信者をそのまま放っておいたのだろう。
一体どれだけの人間が彼の騙る信仰の元に死んでしまったのか。
「殆どは死んでいない。身体は無事だからその多くは"館の主"に引き渡している。さしずめ館の召使いか"記録媒体"になっているんじゃないか?」
心が死んだのならそれはもう死も同然だ。
寧ろ心こそが人間の本質だというのに…
答えろ。
どれだけの人間を殺した?
鋭く平たいナイフのような飴を素早く横薙ぎにしてから、強く握りしめる。
くい込み過ぎたのか、掌に傷が出来て体液が滲んでいるがそんな事に構っている場合では無い。
「生物学とやらに則るならば彼らは生きているというのに……そんなに敵意を向けなくともいいだろう。首が落ちた所で問題ないなんて事は分かっていたんじゃないか?」
頭を切り落とされた事を気にした様子もなく頭を両手で持ったまま話し続けていて気味が悪い。
答えてくれ。
その答え次第で次の行動が決まる。
「全く…急かさなくとも良いだろう。人数だったな?確か…██████…いや、████████人だったか?直接私の影響で心を壊した訳では無く勝手に生贄等と捧げてきた人間もいたが…記憶力は人間以上ではあるが"記録媒体"程ではないから──────」
刹那。
人間を模しているであろう赤い体液を浴びる。
俺が鋭い飴で胴体を切り裂いたからに他ならない。
先程まで手で持っていた頭と共に上半身が地面に転がった。
宙に浮いたままだった下半身の断面からボコボコと血と肉の様な物が出てきて気味の悪い触手のような何かを形成する。
その触手の至る所に目が付いている。
異様な寒気を感じてとっさにその目全てをチョコレートで覆い隠した。
「…正しい判断だ。数秒遅れていたら君の心は壊れていただろう」
一体何処から声を発しているのか。
目の前の胴体の方から声が聞こえる。
やはり人の形を模しているだけなので声帯は別にあるらしい。
いや、声帯という概念すらあるのか怪しい。
「平和主義ではあるが相容れないと感じた物は排除するか。成程、君は人間に対して何か思う所がある様だな。尚更気になるというものだ、そんな君が"神様"をどう捉えているのか。食物を無限に生み出せる君ならば人間に限らずとも食事が必要な生物をいとも簡単に懐柔し、信仰を得る事も出来るだろう。何、そんなに警戒しなくとも答えを聞いたら姿を消す」
……反吐が出る。
神様、か…なりたくなんてない。
そう呼ばれる限り人間と対等に接する事など出来ない。
どれだけ親しく接してくれたとしても人ならざる者だと知った途端に恐れ、怯え、…あるいは神様だと崇め始める。
そうして盲信の果てに精神を壊してしまう。
人ならざる者は"人ならざる者"なのだから人間と関わるべきでは無い。
神様なんて実在しない方がいい。
ましてや俺がそう呼ばれる事はあってはいけない。
そう呼ばれなければ彼が──────
…いや、もういい。
兎に角出て行ってくれ、不愉快だ。
「ふむ…成程。興味深い事を知る事が出来た。今回はこれ位にしておこう。ではまた会おう」
二度と会いたくなんてない。
だが人間に害を及ぼしている…恐らく進行形で。
何か手を打つべきだろうか。
こういったことは弟の方が得意かもしれない。
余り気が進まないが相談してみるか。
…最後の最後、余計な事を思い出してしまった。
体液1滴残さず消え去った"奴"はそれを見たのだろうか。
自身の服に着いていた体液さえも消え去っていたが気味が悪いので新たに作り出して着替え、弟に会いに行こうとした所でふと酷い疲労に襲われた。
奴の影響だろうか、酷く身体が重たい。
仕方ないので少し仮眠を取る事にして空間を夜に変え、布団に寝転がり目を閉じた。