神父と淫魔 №5 教会の入口からほとんど足音を立てずに奥へと進む。
中央の通路の真っ正面。祭壇の前に佇む司祭平服を来た男の背が見えた。
教会に入ってきた男は歩みを止めることなく神父へ近寄っていく。
二人の距離が二メールを切ろうかというところで、神父は振り返った。
神父とは思えないほど体格のよい男だ。服の上からでも鍛えられているのが分かる。
髪は頭の上の位置で黄色いリボンで結われたシニヨン一つ。
おまけに左耳には金色のピアスに左目にはモノクル。
司祭平服を着ていなければ神父とは分からないだろう。
そして教会を覆い、慕情を圧してくる力を目の前の神父から強く感じる。
「どうかされましたか?」
神父は見た目に不似合いなぐらいな温和な笑みで男に問うた。
その笑顔に男は『らしくない』という印象を受けた。
そしてはたと、初めて会った相手にそんな事を思うとは、どうやら自分はこの神父をひどく警戒しているらしいと男は内心唸った。
「神父様がお帰りになったときいてご挨拶に」
「挨拶ですか?」
「こちらの南風神父に私の弟が随分親しくさせていただいているので」
「ああ、貴方が扶揺くんのお兄さんですか。お名前を伺っても?」
「これは名乗らず失礼しました」
男は申し訳なさそうな顔をしてから手を差し出した。
「初めまして神父様。私の名は慕情です」
神父は刹那、目を細め眉間に皺を寄せたが、何もなかったように再び笑顔になって慕情の手を握る。
「……初めまして慕情さん。私は風信といいます」
力強く握り返してくる手は大きくて硬い。その手だけでただ祈りを捧げているだけの人物でないことがうかがえる。
慕情の手を離してから風信神父は後ろ手に腕を組んだ。
「彼は神父ではありません」
突然何を言われたのか分からなくて慕情は戸惑った。
「南風の事です。彼は自分を『見習い』といいますが、立場は助祭です」
「そうなのですか」
「ええ、ですから彼のことは南風『神父』ではなく南風と」
「分かりました。今後はそのように」
心底どうでも良いと思いながら、慕情はそんな事をおくびにも出さないで愛想笑いをした。
「この街に来たばかりで相談させていただくことがあるかもしれません。弟共々もよろしくお願いします」
「いつでもどうぞ。私たちはできる限りお手伝いさせていただきます」
それではと頭を下げてから慕情は踵を返し中央の通路を扉へ向かって歩いて行く。
その背を見送って、慕情が通り抜けた扉が閉じたのを確認してから、風信は礼拝用の椅子の一つにどかりと座り、だらしなく背もたれに腕をかけて足を組んだ。
さっきまでの笑顔が見間違いのように不機嫌な顔で目を細める。
――何が『はじめまして』だ――
風信は苛立ち紛れの息を吐く。
――恍けているのか、気付いていないのか……。それとも俺のことを忘れているのか――
右手で口を覆って足下を睨み付ける。
しばらく慕情の様子を思い返し、とりあえずこの街をすぐに出て行く気はなさそうだと判断した。
――俺と南風の精気を狙ってるのか――
自分たちの精気が普通の人間より濃く、悪魔たちにとっては馳走であることを風信は自覚してる。
慕情達の狙いがそうだとしたら、自分から動かなくてもあちらから近づいてくるだろう。
――下手に動かない方がいいな――
風信は目を細めてから立ち上がり、居住スペースへと続く扉へと向かった。