神父と淫魔 番外編 風信と扶揺 足取りも軽く鼻歌を歌いながら、上機嫌の扶揺がアップルパイを持ってやってくる。
教会の裏手にある神父達の住居の扉を躊躇なく開け、そのまま玄関の近くにある台所へ行くと、お目当てだった南風ではなく風信が居た。
「こんにちは」
あからさまにがっかりしながら、礼儀として挨拶をする。
「ああ、扶揺か。何しに来た」
風信がぶっきらぼうに言うと扶揺はその言い方が気に入らないとはっきり顔にだした。
「南風に会いに来たんだ」
「南風は今買い物に行っている」
「あー。夕飯の買い物か」
――時間は十五時過ぎ
何やら考えているなと思ったら、急に楽しげに笑う。
「迎えに行こうかな」
「もうそろそろ帰ってくる、下手に出ると入れ違いになるぞ」
風信の言葉に少し悩んでから
「仕方ない、ここで待つか」
と口を尖らせた。
「座って待っていろ。茶ぐらいは入れてやる」
風信は扶揺が座るのを見届けてから、丁度沸いたお湯で紅茶を入れた。
「アップルパイか」
扶揺が机の上に置いた箱をみて風信は小さく笑う。
「南風が帰ってくるまでだめだ」
扶揺の言葉に一瞬きょとんとしてから、風信は笑い出した。
「はは、そういう意味じゃない。南風が喜ぶだろうなと思っただけだ」
「喜んでくれるかな」
「ああ。南風は本当にお前が作ったアップルパイが好きらしい。よく話題にする」
「そうなのか」
素っ気ない言い方の割には顔はニコニコと明らかに上機嫌だ。
お茶を飲みながら待っていると、すぐに帰ってくるかと思っていた南風がなかなか帰ってこない。
風信と特別話す事がない扶揺はひどく退屈になった。
空になったカップを覗いていると
「もう一杯飲むか?」
と、風信がティーポットを持ち上げたので、カップを差し出した。
滔々と注がれる紅茶をみながら、手持ち無沙汰に首からかけて服の中に隠れていたネックレスを引き出して手遊びをはじめた。
何気なくそれを見た風信の顔から表情が消える。
そのまま、乗り出して扶揺の手を掴んだ。
「なっ」
「扶揺、それを見せてくれ」
「それ?」
「今お前が手に持っているやつだ」
慕情から渡された『神気を中和する』闇色の石がはまったペンダントトップ。
風信がいるのにペンダントを外すのに抵抗はあったが、今日の扶揺は南風の精気で満ちているから大丈夫だろうと、怖いほど真顔の風信に渋々渡した。
風信はそれを受け取ると、しばらくじっと石を見ていたかと思うと、
「慕情。お前はまだ持っていたのか」
と言って微笑んだ。
「はぁ?」
懐かしげに石を見る風信に扶揺は怪訝な顔をする。
このペンダントは自分たちの関係が丸く収まる前に慕情から渡されたものだ。
風信は時々『昔』を匂わせるが、風信も慕情もそのことについては南風と扶揺には何も教えてくれなかった。
「ねぇ風信神父」
「なんだ」
「あんたと兄さんはどういう関係なんだ」
「今更それを聞くのか」
「いや、二人が付き合ってるとかそいうのじゃなくて」
どう言えば良いのか眉間に皺を寄せている。
もちろん風信は恍けているのだが、扶揺は気付いていない。
「ただいま」
不意に扉が開く音と元気な南風の声が聞こえてきた。
「南風」
扶揺は顔をぱっと明るくして、台所を飛び出した。
「扶揺! 遊びにきたの?」
「なんだ、来ちゃ駄目だったのか」
「そんなことあるわけないじゃないか」
「まぁいい。アップルパイ持ってきたぞ」
「ありがとう。丁度食べたかったんだ」
すっかり南風に興味が移った扶揺と南風の会話を聞きながら、風信はペンダントトップの石を人差し指と親指で持って揺らす。
闇色の石が光を反射して輝く。
その石についての出来事を思いだし、風信は心底嬉しそうに笑った。