神父と淫魔 №14「また来ます」
今日も扶揺と会うことを断られ南風は頭を下げて慕情に背を向けた。
扶揺が庭園から走り去ったあの日から一週間が経っている。
その間南風は毎日扶揺に会いに来ていたが一度も会わせてもらえていなかった。
――慕情さんが会わせてくれないのじゃない、扶揺が俺と会いたくないんだ――
そう思うと南風の気持ちは沈む。
どうして扶揺がかたくなに会おうとしないのか南風には分からない。
最初は突然のキスに恥ずかしがっているのかと思ったけれど、あの時の状況はそういうのとは違う。もっと深刻な理由があったのだと南風は思っていた。
――あの時の扶揺は本当に辛そうだった。そのまま消えてしまいそうなぐらい――
諦めて帰ろうと数歩進んでから、南風は足を止めて振り返る。
木の枝で半分隠れている、カーテンが閉まった二階の窓。
扶揺の部屋の窓だ。
一瞬視線を感じた気がした。
しばらく窓を見つめる。
このまま扶揺と会えない日々がいつまで続くのか、もう二度と会えないのか。会えないとしたら、扶揺が消えてしまうのと何が違う?
南風はもう一度扶揺の家へ向かって歩き出した。
南風の視線に気付いて扶揺は思わず窓に背を向けて、後ろ手でカーテンを引き寄せた。
カーテンレールをフックが滑る音が聞こえるのでは無いかと思ったが、そんなわけはない。
大きな音に聞こえたのは自分がコソコソと逃げている事への後ろめたさだ。
違う、逃げているより質が悪い。自分に会いに来てくれている事で南風が自分を思ってくれているのを確かめている。
もう会えないと言いながら、未練たらしく南風の様子を窺ってしまうのだと扶揺は泣きたい気持ちになった。
南風はいつまでこうして会いに来てくれるだろう。
会いに来てくれなくなったら自分は諦めて淫魔らしく他の人間を食えるようになるのだろうか。
「無理だ……」
呟くと同時にぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
どこかで受け入れてもらえるのではないかと期待している。
諦められずこのまま焦がれて命が尽きるのを待つぐらいなら、南風に真実を告げていっそ嫌われる方が楽かもしれない。
――コンコンコン
硝子を叩く音がして扶揺は思わず振り返りカーテンを開けた。
窓の側に生えている木の枝の上に南風がいた。
思わず両手の平を硝子について顔を近づける。
「扶揺、話がしたい。窓を開けて欲しい」
南風の言葉に俯いて首を横に振る。
「お願いだ。これで最後にするから」
『最後』の言葉に扶揺は顔を上げて顔を歪める。
南風はもう会いに来てはくれない。
自分が散々拒んだくせにそれはひどくショックだった。なんて勝手なと扶揺自身が一番分かっている。
「扶揺」
様子を窺う南風の声に、扶揺は堪らず再び俯いた。
「扶……っわぁ」
南風の慌てた声と一緒に枝が折れた音とガサガサと葉が鳴る。
刹那、南風が落ちた音だと気付いた扶揺が慌てて窓を開けて下を覗き込むと、南風はさっきまで足を置いていた枝のすぐ下の枝に居た。
地面に叩きつけられていたらどうしようと思って居たから扶揺は盛大に安堵のため息をついた。
「やぁ」
「『やぁ』じゃない! 危ないことをするな!」
「こうでもしないと会えないと思って」
ばつが悪そうにそれでもへにゃりと笑う南風に扶揺はなんとも言えない気持ちになる。
変わらぬ笑顔を向けられての安堵と嬉しさと愛おしさと。
こんな気持ちになるくせに二度と会わないなんて馬鹿も良いところだ。
「部屋に入れてくれる?」
眉じりを下げて見上げてくる南風の可愛さに扶揺は拒むことを諦めた。
「好きにしろ」
そう言って扶揺は窓から離れた。
「うん」
南風は扶揺の後を追うように木から窓枠に飛び移り、器用に窓から扶揺の部屋に入った。