御伽話のような再会を「パーバソという動詞があるだろう?」
「ねぇよ」
純喫茶風の喫茶店。
がたいが良い男性二人が奥のテーブル席に座っている。
そのうちの一人、整った顔をし洒落た服を着こなす伊達男が問いかけた言葉を、二メートルは超えていそうな黒髭の男が即座に否定する。
黒髭男の否定を受け、伊達男が「ならば教えてやろう」と、紙の上にボールペンを置く。
それに対して黒髭男は手帳から顔も上げずに拒否した。
「謹んでお断りしまーす」
「そう遠慮するな。“空と海とあと事件”シリーズのダブル主人公、パーシヴァルとバーソロミューのカップリングがしけこむ事を、」
「断るって言ってんだろうが。それに原作者が二次把握とか、地雷とする読者もいるんだから控えてくれや。売上に影響したら困るのはお前さんもだろ? なぁ“バーソロミュー”先生?」
バーソロミューと呼ばれた男は目を細めて薄く笑うと、肩をすくめてみせた。
空と海とあと事件。
ドラマ化や映画化もされたミステリーだ。
シリーズもので、警察官のパーシヴァルと小説家のバーソロミューがコンビを組んで時間を解決していく話。その事件の規模は様々で、政治がらみだったり、殺人事件だったり、迷い猫探しだったり。それが様々な客層に受け、幅広い年代に読者を獲得していた。
作者のペンネームはバーソロミュー・ロバーツ。
主人公の一人と同じ名であり、作中でパーシヴァルと解決した事件を本にして売っているという描写があり、リアルと作品がシンクロしている風にみせている。
「まぁ聞け黒髭。言葉は生き物。変化し、生まれていくものだ。私達世代がおかしいと思う使い方も若い世代はそちらの方が浸透しているし、思いつかない使い方もされているものだ。正直、この商売をしながらついていけないと思う時もあるけれど、その変歴は面白い。例えば『百歩譲って』だな。私が幼少の時にはみない表現だった。それがいつしか『一歩譲って』の誇張表現として使われ始めた。私は貴方に一歩以上に譲ります、普通は一歩なのにそれが百歩。それだけ我慢をしてますという表現としてね。それが使われすぎて、今では百歩譲っての方がよく見るぐらいだ。一歩譲ってならばそんなに譲ってないのかととらえる読者もいるぐらいだからな。もう誤用でもなく、辞書にも載っているぐらいだ。後は『性癖』か。元は生活スタイルや心理や行動において、表面に現れる癖。収集癖、虚言癖、緊張すると爪を噛むなど無意識にやってしまう行動もそうだな。だが今では『性的嗜好』を指す言葉として使われている。というか、むしろそっちになっているな。後は近年では『蛙化現象』か。元は心理学用語で惚れた相手が自分を好きになると一気に冷める、嫌悪感すら持つという現象をさしたが、今では交際相手や惚れた相手の些細な言動を見て冷める現象を指す言葉となっているな。まぁつまりだ」
「なげぇよ」
辟易と吐き捨てる黒髭を気にせず、バーソロミューは拳を握り力説する。
「生まれたての『パーバソ』という動詞を積極的に使い、浸透させるべきでは?」
「させるべきなわけねぇだろ。というか、空と海とあと事件はあくまでバディでかけるじゃねぇーんだよ」
「方向性を変えればいいだろう!」
「いいわけあるか! 微妙なバランスが広い読者に受けてんだ! 担当編集として阻止するわ! ただでさえ最近の二巻ぐらい、パーシヴァルとバーソロミューの距離が近いし、パーシヴァルの描写がねちっこい、ついにそっちに舵きりしたかと読者から言われてんだよ!」
「あれでも抑えているだろう!!」
「校正さんから返えってきた時にな! 初稿で拙者が指摘してもいっさい直さないどころか増やすだろうがお前!」
「お前がパーシヴァルの言動を修正するからだ! 貴様にパーシヴァルの何が分かる!!」
「騎士様の事はわからねぇが本の売り方はわかんだよ! こっちは担当編集!! 一部の読者には受けるが一部は離れるぞ! 売上の観点から二人の関係は現状維持!!」
ドンドンと二人ともテーブルを叩いて声を荒げる。
大の男が殺気すら込めて睨み合い、ゴホンというマスターの咳払いで、ふんっと顔を逸らす。
ずずっと二人して水を飲み、落ち着いたタイミングで黒髭が「お前よぉ」と口を開く。
「あんま校正さんに迷惑かけんなよ? お前が賞もとらず本を出すっていう時に手を挙げてくれて、それ以来、ずっと校正してくれてんだからよ」
「…………」
痛い所をつかれ、バーソロミューは気まずげに顔を顰めた。
出版社から本を出す場合、その出版社の賞をとるか、有名な投稿サイトでランキング上位に食い込み続けるのが近道だろう。
だがバーソロミューはそのどちらでもなかった。
書いた小説が黒髭に見つかり、その時には出版社で働いていた黒髭が同僚に配って力説し、ねじ込んでくれたのだ。
賞をとっておらず、ランキングにも載っていない、全くの無名だというのに。
出版社は慈善事業ではなく、本を売って社員に賃金を払わなければならない。
だからギャンブル性の高い本には金と人員をさけない。
だから少数でもねじ込め、物流にのせられた事ですでに僥倖なのだが、二週間後には入稿しなければならないというハードスケジュール。
表紙はどうする、校正は。
表紙は聞きつけた話題の新人が手を挙げ、校正には大御所作家までもが信頼する校正者が手を挙げた。
『はーい、姫やりまーす』
『よこせ』と。
「……なんとか入稿でき、口コミで広がり、作家として食べていけているまでになった……感謝をしている」
バーソロミューは机の上に広げたゲラを見る。
赤ペンで丁寧に修正されており、校正の丁寧な仕事が感じられた。
「…………ところで黒髭、『かわいいパーシヴァル』というのは、二重表現だと書かれてあったのだが、どう思う?」
「……なんて?」
「パーシヴァル単語自体がすでにかわいいを内包しているから頭痛が痛いみたいなものだと。だから描写を削れと。『かっこいいパーシヴァル』というのも二重表現だと」
「うわー、お前の描写がうざすぎて、指摘方法変えてきてんじゃねぇか。あの施しの英雄が」
「流石パーシヴァル。パーシヴァルという名詞だけでかっこよさとかわいさを表現できるとは。ハッ、パーシヴァルとだけ書いてある本があれば売れるのでは?」
「お前しか買わねぇよ」
黒髭はこいつ頭大丈夫か? という視線を向けてから、「そんで」と話を変えた。
「お前よ、パーシヴァルと再会できたでいいでつよね? で、ラブラブと」
「………………………………なんの話かな?」
「誤魔化し方下手か。“パーシヴァル”と“バーソロミュー”なんて前世の名前使った小説書いて、ドラマ化も映画化ものっかって、握手会も積極的にひらいて、目立って見つけて欲しかったんだろう?」
「……」
「会えたのは二巻前で、一巻前にいい感じになって、で、最近ラブラブと」
机の上の紙、最終ページを開けると、赤いペンで大きく書かれた文字をトントンと指で叩いて黒髭は笑う。
そこには、
『呼べ。花を撒こう』
と書いてあり、周囲には表紙担当の綺麗な花のイラストが描かれていた。
バーソロミューは平然とした顔をしながらも耳の端だけ赤くする。
黒髭は残った水を飲み切ると、髭を触りながら提案した。
「ジャンル絵本にかえるか?」
「……何を言っている?」
「前世恋人だった騎士様と再会してまた恋人には、それはもう、おとぎばなしだろうが」
バーソロミューは反論しようと口を開く。
だがあの日、再会を果たしたキラキラのパーシヴァルを思いだし、口を閉ざした。