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    pemon_nek

    @pemon_nek

    創作を描いています。腐向けも描きますがメインは親子愛です
    こちらに絵をあげることはほぼありません。Xやタイッツーで更新している「神さまズちゃんねる」シリーズの前日譚を拙い文章にしてまとめておく墓場です

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    pemon_nek

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    Xに投稿中の「神さまズちゃんねる」シリーズの前日譚(?)のようなもの。クソ長いのでごくまれーに更新します、多分。
    ヘルセムやミストたちが戦い、戦神が「箱庭」と呼ばれるこの世界を統治するまでの話。
    ほぼ恋愛要素はなし。ファンタジー重視。アダルトは後半にあるかないか程度。親子愛が中心です。

    #神さまズちゃんねる
    #親子愛
    #年上受け
    favorOfTheOlderGeneration
    #ファンタジー
    fantasy

    雷は空を昇る:日常軍事国家・コンバハットに本拠地を構える民間軍事機関、アーマーシェルド略してA.S.は数年前に終結した大陸全土を巻き込んだ大戦の残り火で今日も潤っている。全隊員、職員に衣食住を担保し、給料も大陸全土を見渡しても高水準で、それでいながら大抵の志望者を雇用する。兵役から生きて帰ってこられた者の大半は食や家を失っていたから実に良い就職先なのだ。それにコンバハット国は大陸の北に位置する1年の半分以上が冬、という極寒の地であり、暖を取る家がない、ということは死と同義だった。今回の戦争で元から大きかった貧富の差は更に広がり、持たざる者たちは死ぬかなりふり構わず生きるか、どちらかを迫られていた。それゆえ戦争で恩恵を受けていたという嫌味な側面があっても、衣食住の揃ったA.S.は国民たちにとって魅惑的であった。
    A.S.は戦争が直近にあったため現在は民間軍事機関と名乗っているが、やることは「何でも屋」に近く実際に戦場に立つ隊員は一部の部門に所属する人間だけだ。望まない者は別の部門例えば、医療部門や武器や機械などの整備部門、隊員たちの食事を作る調理部門、探偵紛いの浮気調査や失せ物探しなんかを担当する部門まで存在する本当に「何でも屋」と呼ばれるような煩雑な組織だった。そして依頼はほぼ受け付けてくれるし、迅速に対応してくれる。戦争屋たちや上級階級にクラス分けされるような国民は懐が潤っているから羽振りがいいし、戦争の被害を被った民間人は働き手として引き受けたり、安い依頼料で仕事を請け負う。A.S.の顧客を選ばないイメージ戦略は大成功で、戦争の終結で売り上げは失速するどころか加速している状態である。
    そんなA.S.の広告塔なのが「要人警護部門」だ。A.S.の花形部門であり、要人警護部門に所属する3名の隊員の存在がA.S.の存在感を圧倒的で不動のものにしており、広告費にほとんど予算を割かずにいられるのは3名の功績によるところが大きい。この3名のことはA.S.隊員はもちろんのこと民間人すら知っていて、エンターテイメントの死んだこの時勢の中にいるちっぽけな芸能人なんかよりよほど有名で、そんな3名の活躍を見聞きして要人警護部門に配属されることを夢見る隊員も多い。だがそれゆえに競争率は高く熾烈を極め、能力も非常に高い水準を要求され、運良く配属されても”本当の花形”になれるかは本人の生来の素養によるものが大きいのも事実だった。それでも、せめて要人警護部門に配属されたい、と志望する隊員は後を絶たない。給与も待遇も何もかもがほか部門に比べ、ワンランク以上に高く設定されているし、何よりも隊員たちの憧れの存在である3名の花形たちの傍で働きたいのだ。
    要人警護部門に所属する隊員数は大陸全土のA.S.支部まで含めると数百名ほどに上るが本部に常駐しているのは20名ほどである。基本的に5〜10名1組程度でチームを組み、要人つまり金持ちたちを依頼の通りに警護するのが要人警護の仕事である。
    その中で3名は特殊な存在である。依頼人(クライアント)に対して1人で警護を行い、任務を達成する。これはA.S.が大々的に謳っている宣伝文句で金持ちからはできるだけたくさん金を毟り取ろう、と言う打算的思考の賜物である。そのため要人警護、と言いつつ実際は戦火の残り火に苦しむ庶民たちを尻目に左うちわな金持ちのご機嫌取りが主な任務内容であり、”エスコート”することが目的なのだ。ゆえに”広告塔”なのである。もちろん実際は1人で警護なんてしておらず、クライアントに見えない形で必ず他の隊員も警護にあたっており、任務を遂行するため影ながら支えている。だがそれが評価されることはない。あくまで任務に参加しているのは1人だけなのだ。本当の花形、と呼ばれる3名だけが要人警護部門の光り輝けるエースであった。
    A.S.による花形3名についての紹介文の一部を抜粋する。

    アリシア(女) 年齢:秘密 肩書き:副部門長
    美貌と知力を備えた才色兼備。優雅な立ち振る舞いが印象的。ナイフや短剣などの扱いに長け、そのスラリと伸びた色白な脚を飾るナイフは幾多の任務を遂行してきた美しくも鋭利な彼女の実力の証。
    ゼイン(男) 年齢:25歳 肩書き:副部門長
    敵味方問わず絶対零度の視線を向け容赦のない毒舌が特徴。鞭の扱いに長け、毒のような言の葉と同時に叩き出される鞭の前に大勢の敵が息の根を止められてきた。
    ミスト(男) 年齢:17歳 肩書き:部門長
    見るものの視線を奪う美貌を持つ美少年で、10代でありながら部門長を務める。誰に対しても紳士的な態度をとる。銃の扱いに長け、どんな遠距離であっても百発百中の命中精度を持つ。

    上記3名は金持ちから金を毟り取るのが本当の任務である…が、彼らの実力はA.S.の中でも屈指であり、実際に1人でもクライアントを守りながら窮地を乗り越えられるだけの実力と経験を持っている。決してお飾りの存在ではないことが、隊員にとっては憧れになり、クライアントからすれば魅力的な存在へと昇華されるのである。彼らは上層部が金集めに夢中になり、一般的な要人警護からすれば常軌を逸したやり方にも応えるために血の滲む努力を重ねた卓越者たちで手抜きなど一切してきていない。

    そんな花形である彼らは非常に多忙であり休暇はないに等しい。任務が途切れることはほとんどなく、任務から帰って少しの食事と仮眠と装備を整えたらそのまま次の任務へ、なんてことが当たり前だ。連休は年に1、2回あれば良い。休みの日でさえ、彼らに憧れる隊員や民間人に声をかけられれば広告塔として営業活動を強いられる。彼らはもうほとんどそれに慣れてしまっていて文句を言うことはないが…一人を除いて。

    「少年、なんか痩せた?」
    「絞ったよ、今度の予定に入ってるクライアント、見た目にすごくうるさいから」
    「うへぇ……」

    緑の美しい髪を後ろの低い位置で一纏めにし、魅惑的な珍しい赤い瞳を持つ圧倒的な美貌を持ち合わせたミストは雑然とした食堂の中でも目を惹く。ほんの少しの食事時間の間に、たまたま遭遇した自身の銃の師匠─1.0、通称テンゼロ─と、常となっている愚痴大会を昼飯がてら開催していた。

    「少年、せめてよく噛んで食べろよ」
    「んなこと言ってたら食いっぱぐれるだろ。は〜〜〜さっきのクライアントも本当うざかったなぁ…それとなく離れても寄ってきて気持ちわる…」

    紳士的とは?と言いたくなるほど平坦な口調で愚痴を呟きながらミストはサンドイッチをばくばくと無表情に口に放り込んでいる。2、3度の咀嚼で飲み込んでおり、ほぼ固形のままのサンドイッチが喉の奥に押し込まれている、と表現する方が適切だ。テンゼロと話すために食べている時間が惜しいのだ。平時のミストはA.S.が宣伝するような紳士らしさのかけらなどなく、笑みもなければ抑揚すらない喋り方をする。過酷な訓練と、日々の金持ちたちへの接待と、幼い頃から日常だった戦争という現実でほとんど心は死んでいるからだった。ただ一点、テンゼロの前でだけは年相応な反応を見せ、こうしてテンゼロと喋る時間を作るために食事をいつも以上に急ぐのである。ミストにとってテンゼロは銃の扱いを教えてくれた師匠であり、幼い頃から心身を気にかけてくれる親のような存在でもあり、愚痴を言い合える友人でもある唯一の特別な存在だ。
    髪や肌、瞳に至るまで無色、白色をしたテンゼロは、愚痴を聞きながら少し痩せたという弟子の身体を観察して雑踏の中に消えてしまうほど小さなため息を吐いた。テンゼロの瞳にはミストの体調の悪さが見て取れていた。それも化粧で隠しているようだが、長い時間ミストと時間を過ごしてきたテンゼロには隠しきれない事実だった。しかしここでそれを指摘したところで一番の稼ぎ頭であるミストを上層部は休ませないし、ミストもそれを淡々と受け入れるだろうことは嫌という程経験している。心が正常に機能していないミストはA.S.の傀儡だった。

    テンゼロにとってもミストは特別だ。10年ほど前、訓練が苦痛で逃げ出してきた幼いミストを匿った折に銃の扱い方を教えてみたのが二人の出会いだった。ミストは最初こそ嫌々だったが、優しく丁寧に教えてやると、みるみる技術を吸収していってそれが教える側として非常に興味深く、あれもこれもと教えてやりたくなり、その過程で身の回りの世話も焼いてきた。齢としては10ほどしか違わないように思うが、テンゼロにとってミストは弟子でもあり実子のように可愛い子であった。実子どころか恋人すらおらず、A.S.で働く以前の記憶が曖昧で、自分自身が親の顔を覚えていないテンゼロには”自分の子ども”というものが想像できなかったが、それでもきっとミストのような子のことを”我が子”と呼ぶんじゃないだろうか、とすら思う。それくらいテンゼロにとって、ミストはかけがいのない存在だった。
    だからこそ、彼が身を削らされながら任務に飛ばされることに納得がいかなかった。彼には平穏に暮らして欲しい、それがテンゼロのひそやかな願いである。ミストに言ったところで「A.S.以外で働く場所も住む場所もないし、頼れる身内もいないから」と言われるだけなのを知っているからだ。
    ミストは戦争孤児だった。戦争で両親を失い、引き取られた孤児院は反政府組織のデモ活動の矛先となり焼き出され、路頭でゴミ漁りや窃盗、物乞いをしているところをA.S.に拾われた──それがテンゼロの知っているミストだ。今ではそんな過去話の方がよほど信じられないくらいの美少年へと成長したが、昔はドブネズミよりも汚く、骨と皮ばかりのやせ細った身体で、いつも先輩たちに殴られた傷を身体中に刻んでいた。

    A.S.はとても良い組織のように見える。見えるが、それは本当に見えるだけなのだ。先輩や上官からの陰湿な虐め、暴力暴言が野放しにされており、正式な隊員になる前の訓練兵のまま死んでいく人間も少なからず存在している。それを組織ぐるみで隠蔽しているのがA.S.の正体なのだ。駒ならいくらでも路頭をうろついているし駆け込んでくる時勢だからこそ可能なやり口だった。全ての隊員がその事実を知っているわけではないし経験してきたわけではないために隠蔽はうまく進んでいた。内部告発なんてしようものなら本人のみならず一家全て口封じをされる。A.S.は「何でも屋」ゆえに殺しや交渉に特化した人材も抱え込んでいるのだ。
    そして不幸にもミストはそのターゲットであった。拾われた当時、10歳にも満たない年齢でありながら毎日死にたい死にたいと泣いていたミストをテンゼロは放っておくことなどできずに保護したのだ。自分の名前はある程度、組織の中で幅を利かせられるからそれを利用してミストを守ってきた。せめて自分の両の手で抱えられるミストだけでもテンゼロは守ってやりたかったのだ。その結果かミストは少しずつ笑うようになり、不条理な世の中を生き抜く術を身につけた。

    「─ところでテンゼロ、あんたの次の任務はいつ?」
    「俺の心配より自分の体の心配してくれよ、隈出てるぞ」
    「え?それは困る、顔は商売道具だからやばい…じゃなくて話をそらすな」
    「はぁ……1週間前に帰還したばかりだし、3ヶ月出てたからもうしばらくは休みになるんじゃないかな」
    「そっか。じゃあ今度射撃訓練付き合ってくれよ。久しぶりにちゃんと見てもらいたいから」
    「…本当は休んでほしいんだけど、いいぞ。時間取れたら連絡くれ」
    「もちろん!近いうちに必ず」

    抑揚のない声色のミストだったが、射撃訓練をする約束を取り付けるとほんの少しだけ上擦ったような声になり薄く微笑んだ。ミストのクライアント向けではない、素の笑顔だ。昔はよく笑ったのだけど、ある時を境にミストはテンゼロの前以外では営業用以外で笑わなくなった。その原因には自分が関わっているという罪悪感があり、テンゼロはミストが笑うことが嬉しくもあり、つらくもあった。

    PiPiPi---
    「…ちっ。もう任務の時間かよ」

    ミストは自身の左手の腕時計から流れるアラーム音で、我に帰り再び無表情に戻ると盛大に舌打ちをうった。コーヒーを一気に飲み干すとトレイを持ち席を立つ。

    「テンゼロ、約束したからな」
    「わかってるよ。お前こそ忘れんなよ」
    「当たり前だろ!行ってきます」
    「おー行ってらっしゃい〜」

    手をひらひら振ってテンゼロはミストの背中を見送る。ミストの背中は隊員達の中にすぐに消えてしまった。ミストの消えた人混みの中を見つめながら、最近はこちらが見送ることが増えたな、とテンゼロはそう思った。昔は特殊工作部門、有り体に言えば傭兵業をする自分をミストが送り出すことが大半だった。泣きながらテンゼロの出撃を見送る幼いミストに後ろ髪を引かれながらも、戦場へ部下を率いて出ていっていたテンゼロだったが、今ではミストが留守にすることの方が多い。こうして食堂で一緒に食事をしたのも久しぶりだ。ミストはすっかりA.S.上層部のお気に入りになってしまったようで、その背中は遠くなってしまった。しかし、その原因は自らにあるのだと、テンゼロはまた深い深いため息をついて残っていた冷めたコーヒーを飲み干した。


    ミストが上層部のお気に入りになったのはミストが笑うようになったことがきっかけだった。A.S.に拾われた当初のミストはろくに喋れず、文字も読めず笑いもしない薄汚い子どもだった。しかしテンゼロが世話をするようになってからミストは生来の才能だったのか、知識も技術も瞬く間に吸収していって同年代と一線を画す能力を発揮していた。そこまではテンゼロとしても誇らしかったのだが、ミストがスキルを身につけるたび、ミストが笑うことが増えるたび、周囲のミストを見る視線が変わっていった。何もできない愚図から、利用価値の高い人材へ、ミストの自然な笑顔は彼の天賦の美貌と合間ってA.S.にとって極上の価値となった。そして上層部にミストの利用価値に気づかれてからはテンゼロの名前が通用しないことが一気に増えた。ミストはさらに技術を身につけるべきとして、早々に訓練兵を卒業させられると正規の隊員として部門を転々としながら実戦経験を積んでいった。おかげで彼は大抵のことをこなせるが、彼にとってもテンゼロにとっても最悪の転機が数年前に起こった。
    ミストが配属された部門は暗部と呼ばれる部門であった。民間人向けの紹介では浮気調査などの情報収集を活動のメインとしている部門ではあるが、実際は諜報、殺しの専門家の集まりであり、任務内容は合法非合法(戦争の終結直後で法など大して機能していなかったが)問わず、未成年であっても技術を持つものは殺しも、身体を売っての諜報活動も平然と行わせていた。ミストから異動の話を聞いた時、テンゼロは暗部の部門長に殴り込む勢いで取り消しを求めたが、上層部の決定だ、という一言で追い出され出禁にされた。そして数日後、テンゼロの行動が上層部の耳に入ったらしくテンゼロはすぐに戦場に飛ばされた。はらわたが煮え繰り返るような思いで任務をこなし、部下の命を守りながら全員でなんとか帰還したテンゼロは装備もそのまま、身体中の汚れや怪我も放置したままミストの自室に向かった。そしてそこで、出会った時よりも無表情になり虚ろな瞳でベッドに腰掛けるミストを見つけた。少年、と単語を確かめるように噛み締めながら呼びかけるとミストはこちらに緩慢に首を向けた。テンゼロと目が合った瞬間、ようやく自室に人が入ってきたことを理解したようで。次の瞬間、ミストは大声をあげて逃げ出した。が、すぐに部屋の奥につっかえて、それでもミストは逃げようとしていてその間中、大粒の涙をボロボロこぼしながら言葉にならない悲鳴をあげていた。
    テンゼロはどうにかしなければと思って、とにかく”少年”とテンゼロだけが呼ぶミストの呼び方で声をかけ続けミストに近づいた。
    大丈夫、大丈夫だから、少年、落ち着いて。俺だよ、テンゼロだよ。

    そう幾度となく声をかけてやっとミストは混乱の中にテンゼロを見つけ、テンゼロはミストを抱きしめられた。テンゼロも大して身体は大きくないが(この頃のミストとほとんど同じくらいの背丈しかなかった)ミストの身体はいつもよりずっと小さく感じた。そして腕の中で止まらない震え、未だに繰り返される言葉にならない小さな悲鳴と、涙。テンゼロは自分が戦場にいる間、ミストに何があったのかを理解した。
    A.S.上層部は性行為への理解も関心もあまりないまだ未成熟なミストへ身体を売って情報を得てこいと命令したのだ。ミストは元々目鼻立ちの非常によく整った美少年と呼ぶにふさわしい容姿の持ち主ではあったが、その無表情さや整えられていない見た目のおかげで上層部から目隠しができていた。それがテンゼロと関わるようになってからミストは笑うようになった。笑うようになってしまった。年相応に笑えるようになったことに安堵したテンゼロが上層部に付け入る隙を与えてしまった。ミストの顔には価値がある、それも非常に高い価値。世の中には”純潔の美少年”に高い金を払うやつがいる。それに、ミストは利用されたのだ。テンゼロが暗部への配属を聞いたとき一番に恐れていたことが予想通りに行われた。ミストは身体もまだ成長の途中で精神も比較的落ち着いてきているとはいえ思春期も合わさって不安定な時期であるというのに、上層部は平然と命令を言い渡したのだ。ミストが懲罰を受けた様子がないところを見ると、彼は想像を絶する恐怖の中でも任務をこなしてきたのだとわかった。
    逃げてよかったのに。逃げて欲しかったのに。
    その言葉はあまりに無責任に思えて、言葉にできないまま、ミストが泣き疲れて眠ってしまうまでテンゼロはただただ抱きしめるしかできなかった。

    それからもミストはしばらく暗部で活動をしていたが(その間何度もテンゼロはミストの異動を依頼していたがすべて却下されていた)、その中でミストは営業スマイルというものを覚えたらしかった。上辺だけの笑顔でもクライアントは喜ぶし、任務は遂行できると賢い彼は気づいたようだった。以来、彼はほとんどの時間を作り笑顔を顔面に貼り付けて生活をしている。自分の感情をコントロールする術も身につけた。彼は哀れになる程、上層部の思い通りに技術を身につけた。そして少し前からA.S.の花形部門である要人警護部門に部門長として異動し、彼は立派な広告塔へと成長した。17歳というA.S.でも異例の若さでの部門長への抜擢、その上容姿端麗、頭脳明晰、実力もトップクラス、となれば暗部で稼がせるよりよほど効率が良かったようで、結果的にA.S.の売り上げは右肩上がりを続けている。ミストの擦り減り続ける命と心のおかげで。
    テンゼロは自室に戻りながらミストの心身を心配していた。食堂でははぐらかしていたがミストが無理をしているのは明らかだった。いつでも無理をする子だが、いつにも増して体調が悪そうだった。任務から戻ってきたら射撃訓練ではなくやはり休ませなければ…。

    「リーダー」
    「ん?どうした、キュー」
    「今、狙撃班全員でレンジで射撃訓練してるんですけど、リーダーもきてくださいよ」
    「珍しく自主練か、偉いな。行くよ」
    「自主的にすることもあるんです〜!早く早く!みんな待ってるんですよ」
    「わかってるって…」

    声をかけてきたのはテンゼロの率いる特殊工作部門狙撃班の一番の若手であるコードネーム、キューだ。どうやら狙撃班全員で射撃訓練をしているようで、テンゼロに指南を受けるべくやってきたのだ。こういう時、リーダーを呼びに走らされる新人(といってもキューは狙撃班の中で最後に配属されたというだけで中堅以上の実力者である)に若干の同情を感じつつ、自室へ戻るのは一旦中断しテンゼロはキューと共にレンジ(射撃訓練場)へ向かった。

    「あ、リーダー遅ぇぞー」
    「…早く見てくれ、俺飽きそう」
    「はあ?ジェイくぅん????お前さっき来たばっかだよねぇ〜〜〜?????」
    「うるせー、お前も黙って銃撃ってろよ」

    「ああ…自主練できて偉いなと思った俺が馬鹿だった、なんだこの統率の無さ…」
    「うちらしいといえばらしいですけどねー」

    レンジに到着すると他の使用者たちの邪魔になるように場所を占拠して部下たちが銃片手にベラベラと喋っている。銃の扱いに長けたプロだから許すが、銃を握っているのなら喋るなと言いたい。テンゼロは怒鳴りたい衝動を抑えて無駄口を叩いているキュー以外の3名の部下の背中を思い切り叩いた。その拍子に銃があらぬ方向を向いたために、全員が一斉に真剣な表情になり銃を正しく支える。…こういう切り替えの速さは流石に一流なんだけども…。

    「リーダー来ていきなりは驚くだろ!」
    「…だったら最初っからちゃんと訓練してるんだな」
    「うぐ……」

    テンゼロの冷ややかな目線にキュー以外のビー、ジェイ、エムは口を真一文字に結んだ。正論にぐうの音も出ない。

    「…まあいいや。ちょうどいいし、全員、見てやるから撃ち方始め」
    「「「「了解」」」」

    さっくりと自分自身の銃も準備したキューも含めて4人の部下の射撃の様子を観察する。テンゼロの部下は狙撃班と言われるだけあって狙撃銃を特に得意とする。対人か対物か、の違いはあるが。ジェイは恵まれた体格もあり対物への狙撃が得意な狙撃手であるし、ビーとエムは何週間でもターゲットの出現を待ち続ける忍耐力と、激戦地の中で狙撃を行える集中力を有した対人専門だし、キューは街中など障害物が多い場所でほど真価を発揮するタイプの狙撃手で、全員、テンゼロが直々に引き込んだメンバーである。
    だが、弟子であるミストには声をかけない、むしろ断っている。ミストがテンゼロの下で働きたいと願っていることをテンゼロは痛いほど理解している。しかし、ミストはテンゼロにしかわからないような微細な、とても真剣な表情で「テンゼロと同じ場所で死にたい、だから狙撃班に異動させてほしい」と言うのだ。心を閉ざした彼の行き着いた現状の打開策は幼い頃と同じ「死」であった。それだけはテンゼロは承服できなかった。あの日見たミストの怯える表情がどんなに胸を締め付けても、ミストから全てを奪った戦争に、ミストを飛び込ませたくなかった。そしてその先に死を求めているのなら尚更、テンゼロはミストの願いを聞き入れるわけにはいかなかった。これはもはやテンゼロの意固地なわがままでしかなかったのだけど、その代わり必ず戦場から生きて帰ってくることを約束してミストには要人警護部門に留まってもらっている。少なくともミストに広告塔としての価値があるなら身体を売る必要も不要な殺人も行わなくて済むのが要人警護部門の良さとも言えるからだ。…それにどうせ上層部はミストの異動願を受け付けはしない。

    「リーダー?ちゃんと見てる?」
    「え、ああ見てるよ。ビー、前みたいに重心が右足に乗りがちだから中央に戻して。エムは脇が甘くなってる、締めるの忘れるな。ジェイは最近、また筋肉量が増えただろ?全体のバランスが崩れてる、調整して。キューはもっとターゲットの動きを広い視野で捉えるように意識」
    「はい」
    「「了解」」
    「わかった」

    部下たちの指導をしているとレンジにいた他の隊員たちにも指導をしてほしいと声をかけられる。テンゼロはミストという懸念を一旦端に置くことにして、隊員たちの指導を始めた。それをきっかけにテンゼロの周囲にはテンゼロに指導してもらおうと新人から中堅以上の隊員まで集まってきて、気づけばレンジには人だかりができていた。これは時間かかりそうだなぁ、と思いつつテンゼロはこの場にいる全員が明日も変わらず生きていてほしいと心の中で願い、そのための技術を少しでも伝授しなければと決意を改めた。

    テンゼロの持つ銃の技術は銃を扱うものなら誰もが憧れるほどの超一級品である。それゆえに1.0というコードネームはA.S.内では有名で一定の幅を利かせられるし、特殊工作部門でも高い任務成功率を誇る狙撃班は一目置かれる存在だ。テンゼロのチームに引き抜かれる人材は紛れもない一流の隊員であり隊員たちにとっては誉れにも近い。そしてテンゼロは組織の中では珍しい”優しくて丁寧な上官”としても有名だった。ミストのことを助けたようにテンゼロは頼まれたり、困っている人を見ると手を貸さずにはいられないお人好しだ。そのおかげでテンゼロを慕う者は多いし、多くのものに信頼されていた。そのお節介のせいでミストに消えない心の傷を負わせたという罪の意識もあるが、テンゼロはそれも抱えることが自らの責任であると考えている。



    今は何時頃だろうか、と時計を確認しようとしたところでレンジを管理している受付がテンゼロのもとに駆け込んできた。

    「て、テンゼロさん大変です!ミストさんが…!」
    「!?少年が?どうしたんだ!?」


    本部の廊下を全速力で駆けてテンゼロが飛び込んだのは医務室の一室だった。そこは士官もしくは実力の高いものだけが使用できる高級なベッドなどで構成された病室で、窓際に設置されたベッドでミストは美しい赤い瞳を瞼で覆い眠っていた。すっかり夜となり、カーテンは閉じられ太陽光の代わりに電球で照らされたミストの顔面は昼間に食堂で見た時より青白くなっていて、左腕からは点滴が伸びていた。

    「テンゼロか。ミストは過労だ」
    「過労?くそ、だから休めって…」
    「言う通りにしたところで今の上層部は許さんよ」
    「…………」

    テンゼロの後から医療部門に所属する医師が入ってきた。テンゼロが聞くより先にミストの症状を一通り伝えると、他にも患者がいるからと出て行ってしまう。最近は怪我人や病人も多いのだ。たくさん人間を引き受けているのだから当然と言えば当然だが、ミストのような高い練度の隊員が倒れるなんて上層部はどうかしているとしかテンゼロには思えなかった。側から見たってミストは働きすぎている。広告塔であるはずなのに一切大事にされている様子がない。少なくとも同じ広告塔のアリシアやゼインは不定期とはいえ休みを入れていたはずだ。だが、ここ最近のミストは他の二人以上に任務から任務へと移動している状態に近かった。食堂で別れた後の任務はミストにとって相当過酷な任務であっただろうことは容易に想像できる。テンゼロは時間が許す限りミストを看病してやらなければ…と思ってそばにあった面会者用の椅子をベッドの近くまで引っ張ってくる。腰掛けようとしたところでふいにインカムから通信が入った。

    『各班長に次ぐ。至急、部門長の元へ出頭せよ。ブリーフィングを行う。以上』
    「は!?ブリーフィング?どうなってんだ?前の出撃から1週間しか休んでねぇのに!?」

    テンゼロはインカムから流れる出頭命令に思わず声を荒げた。ミストがそばで寝ている事を思い出して、ミストを確認するが彼は眠ったままだった。一安心してテンゼロは不信感を募らせた。
    班長の出頭命令、ブリーフィング、その後に来るのは戦場への出撃命令、である。
    戦場へ出撃する特殊工作部門は休日の割り振りが他の部門と異なっている。狙撃班を始めとする各班の班長が部門長に召集されると、ブリーフィングという作戦会議が行われ、その後各班長から班員へ作戦内容が伝達され出撃という流れで任務が始まる。作戦の期間は班ごとにまちまちで1ヶ月程度で任務を遂行し帰還することもあれば1年以上帰ってこられない班も存在する。作戦内容により任務期間が異なるためである。そして、期間後は出撃していた期間に比例した分の休暇が与えられる。戦場で戦うということは四六時中生と死が表裏一体の状態であり、1年も戦場に立っていると心身ともに相当磨耗する。その休養期間として、特殊工作部門は戦場から帰還すると月単位の長期休暇に入るのが常であった。だから、今回の召集は明らかにおかしい。今が戦争の真っ只中で稼ぎどきならいざ知らず、3ヶ月もの間、殺し殺されの命のやり取りをして1週間ほどしか休みを取れていないテンゼロの班は本来なら休養期間中でほかの狙撃班が出撃することになるはずなのだ。それなのにテンゼロの班に出頭命令が出るとはどういうことなのか。

    (ミストが倒れたって時に!!)

    爆発しそうになる怒りを病人の横で晒すまいと唇を噛んで抑えつけると、テンゼロは椅子には座らず医務室を後にした。少なくとも適切な処置を受けているミストと、自分が出頭しなければ作戦内容を知る術がない班員たちの命の天秤は後者の方が重かった。私情を挟んで班員たちを危険にさらしていてはミストに合わせる顔すらない。






    ブリーフィング後、装備を整えて出撃ゲートへ集合するよう伝達したテンゼロは集まってきた班員たちの点呼を取りながら表情を見ていた。こんな短いスパンでの出撃は前例がなく全員が戸惑っている。当然の反応だろう。戦場へ移動する移送車の中で、班員たちが文句を垂れている。

    「ったく、この前帰ってきたばっかだってのにお偉いさん方はな〜に考えてんだ!」
    「知らねーよ。はあ…この前も長いことターゲットが姿出さなくて肩凝ったのに、今回もかぁ」
    「何か事情があるんですかね…」
    「わからない…ただ任務なら、やるしかない」
    「そうなんですけど…でも…」

    キューが控えめに目配せをする。全員がそれに気づいて視線の先のテンゼロを見たが、彼は虚空を見つめていて、心ここに在らずといった様子だった。

    「…ミストが倒れたところに出撃が重なったんだ。いくらリーダーでも堪えるだろ」
    「あの状態で、大丈夫なのか?」
    「大丈夫じゃねーとこっちが困るだろうが」

    小声で話す班員たちの会話は耳に入らず、テンゼロは先ほどのブリーフィングの内容とミストのことを考えていた。
    今のこの状況は明らかにおかしい。もしかしたらこの”任務終了期間未定”の戦場に”何か”が待ち受けている、そんな予感がする。だから班員たちに任務終了期間が未定であることは伝えなかった。それぞれのターゲットを仕留めた時点でテンゼロが今後に支障がない程度に班員たちに怪我を負わせて無理矢理に戦線離脱させる。急ごしらえの考えではこの程度の強引なやり方しか思いつかないが、そうでもしなければ班員たちを生きて帰還させることが無理なように思えたのだ。そう思い立ったのはテンゼロ自身が作戦の内容を大まかにしか伝えられていなかったからだ。部門長からは「ターゲットを仕留めろ」と言われ写真とターゲットの情報が書かれたデータを渡されただけだった。不気味なほどにシンプルな内容に嫌な予感は戦場が近づくにつれ膨れ上がる。
    ミストにしたってそうだ。治療を受けているとはいえ、独りにしておきたくない。過労ということは相当無理をしていたことになる。おかしな話だが、並大抵の任務の連続で倒れるほど要人警護部門に配属される隊員の身体はやわではない。むしろ異様とさえ言えるほどに激務をこなせる精神力と身体能力を持ち合わせている。ミストも当然それに該当する部類の人間だった。そのミストが過労で倒れるということは通常任務以外の業務も常にないほどに増加していたことが想像できる。要人警護部門のことを詳しくは知らないテンゼロには全容は把握できないが、エンターテイメントが死んでいるこの世の状況を考えるとミストたちこそが最も身近なエンターテイメントでありストレスのはけ口になるのだ。きっと想像を絶する激務がミストに降りかかっていたのだろう、彼は部門長でもあるから。

    テンゼロは息を吐いて、思考の濁流を止めると班員たちに向き合った。振り向くとなぜか全員と目が合ったが、気にせず彼は極めて冷静を装いいつも通りに声をかけた。

    「…今回の作戦は気になる部分も多いが、俺たちのやることは一つ。ターゲットの射殺だ。さっき送ったデータを確認して、各々任務を遂行してくれ。完了したら俺に報告して、拠点にすぐに戻ること、できるだけ体力回復と温存に努めてくれ。いいな?」
    「「「「了解」」」」
    「それから、いつも言ってるけど…任務は失敗してもいい。必ず生きて帰る。そのためなら任務も恥も外聞も捨てろ。生きることが何よりも重要だ。肝に命じておいてくれ」

    テンゼロの言葉に淀みはなかった。変わらないリーダーの頼もしくも優しい声かけに班員たちは先程までの不安や不満は一切なくなった。皆一様に決意を固めそれぞれの武器を持って戦場への到着に備える。


    ガタン。

    車が止まる。ここで降りろということだ。

    「各員、必ず生きて戻れ。それだけ守ればほかはどうでもいい、どうとでもなる。…健闘を祈る」

    テンゼロが駆け出すと班員たちもそれぞれの任務のために飛び出していく。慎重にけれど迅速に。必ず拠点で再会する、と約束して彼らは戦場に身を投じた。












    ビスッ
    サプレッサーを通して弾丸が発射され空気が裂ける音がする。瞬く間に視界に捉えていたターゲットが崩れ落ちたのを確認して薬莢を拾うと慣れた手つきで銃を分解し、テンゼロは足跡を消しながら移動を始めた。
    空の明るさを少し感じられる森林の中を最小限の音だけでテンゼロは駆け抜けて行く。次のターゲットの位置予測までは数kmあり、今は自軍が展開しているこの森林を抜けるのが最も安全で最短距離だった。草木を掻き分けテンゼロはインカム越しに聞こえる他の隊員たちの進捗状況を収集し、その上で戦況も読んでいく。現状では概ね作戦通り自軍は展開できているが、想定外の場所での会敵も増えており、戦況は刻一刻と変化し続けている。その中でもテンゼロのやることは変わりない。ターゲットに狙いを定めて確実に仕留める。
    しかしもうすぐ森林を抜ける、というところでテンゼロは何者かの存在を感じてとっさに近くの茂みに身を隠した。会敵に備えて腰に携えていたハンドガンを抜き取りセーフティを静かに外す。いつでも引き金を引けるようにした状態でテンゼロは周囲の索敵をする。全神経をハンドガンの弾丸が届く範囲の索敵に集中させる。そうすると無色のはずの瞳が仄かに赤く光り、銃のスコープの標準のような十字がテンゼロの瞳に浮かび上がる。テンゼロの銃の技術が他の追随を許さないのは多大な努力とこの瞳の能力も貢献している。そしてミストの珍しい赤い瞳はテンゼロと同じ瞳であることの証左であり、ゆえにミストはテンゼロの技術を習得することが可能だったのだ。テンゼロとミストの瞳は狙撃銃におけるスコープと似た役割を持ち、狙撃銃の射撃範囲を優に超える十数km離れたターゲットさえはっきりと視認出来る。事実、テンゼロもミストも狙撃銃を得意な銃としているがスコープは一切使用しない。肉眼の方が素早く正確にターゲットを捕捉できるからだ。それからこの瞳は本当に”よく視える瞳”で、この場の索敵すらテンゼロには何人程度が草陰や木々の背後に隠れているか貫通してうっすらと視えていた。
    そこでテンゼロはこの空間の異常さに息を飲んだ。
    この場には自軍と敵軍の両軍の少なくない数の兵士が武装して潜んでいる。
    先ほどまで聞いていた戦況ではこの森林に展開している兵は自軍で、敵軍はいないはずだった。いたとしても索敵の尖兵程度だと想像していた。自軍すらそう考えていた。そのはずだった。それが実際はどうだ。視認できた兵士の中に明らかに尖兵ではない武装した敵兵がいる。侵攻され始めていると言ってもいい状態だ。なのに。それなのに。

    なぜ戦闘が行われていないのか?

    テンゼロにはそれが理解できなかった。自軍と敵軍が入り乱れている。それはいい。戦場なんてのはいつでも一瞬で戦況がひっくり返る。だが、これだけ兵が潜んでいながら、臨戦状態にすらなっていないのは一体どういうわけなのか。全員が武器を所持しているだけで動こうとしない。森林という遮蔽物の多い場所での戦闘を嫌っているのか、指示を待っているのか、すでに事態は動いていて膠着状態なのか、テンゼロにはわからなかった。ただただこの空間が不自然で歪で、テンゼロは迂闊に動けなくなってしまった。ハンドガンを握ったまま息を殺して座り込む。今のテンゼロはこの場にいる兵士の中で最も不利な立場だ。それは狙撃銃の入ったバッグを背負っているからだ。これでは自分は狙撃手ですと名乗っているようなものなのだ。遠距離から自軍の将の脳天を狙える狙撃手が自分の近くにいたら真っ先に狙うのは兵士として当然の判断だ。だからテンゼロは動けなかった。だが、いつ始まるか分からないが戦闘が始まれば混乱に乗じて突破できる自信があったし、夜まで待てば夜目の効くこの特殊な瞳のおかげで戦闘時よりスムーズに切り抜けられる。そして、何より木々の隙間から見える空には黒い雲が切れ切れに確認できる。

    (一番可能性が高いのはこれから降り出しそうな雨に紛れて突破することか…雲の流れからして2〜3時間以内には降り出すはず)

    テンゼロはこの場を切り抜ける算段をいくつか立て周囲を警戒し続ける。この状況では戦況確認のために通信することすら叶わず、テンゼロは戦局が早く変わることを祈るしかなかった。


    「よう、ヘルセムくぅん?元気してたぁ?」
    「!?」

    軽い声色の声が背後からした次の瞬間、重い鈍痛がテンゼロの後頭部を襲った。全く気配がしなかった。衝撃で倒れたテンゼロから急速に意識が奪われていく。霞む視界で捉えたのは短髪の黒髪で、敵軍の装束を身に纏った男だ。男は不敵な笑みを浮かべており、手にはテンゼロを殴ったであろうバッドのような太い棒が握られていた。薄れていく意識の中でテンゼロが最後に感じたのは潜んでいた自軍も敵軍も男の声に触発されたように一斉に動き出したということだった。意識が暗転した。




    (続く)
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    Replies from the creator

    pemon_nek

    DOODLEXに投稿中の「神さまズちゃんねる」シリーズの前日譚(?)のようなもの。クソ長いのでごくまれーに更新します、多分。
    ヘルセムやミストたちが戦い、戦神が「箱庭」と呼ばれるこの世界を統治するまでの話。
    ほぼ恋愛要素はなし。ファンタジー重視。アダルトは後半にあるかないか程度。親子愛が中心です。
    雷は空を昇る:日常軍事国家・コンバハットに本拠地を構える民間軍事機関、アーマーシェルド略してA.S.は数年前に終結した大陸全土を巻き込んだ大戦の残り火で今日も潤っている。全隊員、職員に衣食住を担保し、給料も大陸全土を見渡しても高水準で、それでいながら大抵の志望者を雇用する。兵役から生きて帰ってこられた者の大半は食や家を失っていたから実に良い就職先なのだ。それにコンバハット国は大陸の北に位置する1年の半分以上が冬、という極寒の地であり、暖を取る家がない、ということは死と同義だった。今回の戦争で元から大きかった貧富の差は更に広がり、持たざる者たちは死ぬかなりふり構わず生きるか、どちらかを迫られていた。それゆえ戦争で恩恵を受けていたという嫌味な側面があっても、衣食住の揃ったA.S.は国民たちにとって魅惑的であった。
    15488

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