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    pemon_nek

    @pemon_nek

    創作を描いています。腐向けも描きますがメインは親子愛です
    こちらに絵をあげることはほぼありません。Xやタイッツーで更新している「神さまズちゃんねる」シリーズの前日譚を拙い文章にしてまとめておく墓場です

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    pemon_nek

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    「神さまズちゃんねる」シリーズ以下略

    #親子愛
    #年上受け
    favorOfTheOlderGeneration
    #神さまズちゃんねる
    #ファンタジー
    fantasy

    雷は空を昇る:日常が非日常で、非日常が日常のジン生テンゼロが臨戦態勢を取ったことを男は無言でただ見つめていた。槍を構える素振りはない。テンゼロは目を凝らして男の表情、瞳、所作から感情や考えを読もうと試みたが全く読めてこない。脳裏に同じように無表情なミストの顔が浮かんだがわかりづらいだけで彼には機微が存在していた。だがこの男の無表情には得体の知れない不気味さがある。まるで本当に感情がないかのように空虚だ。

    「…そう構えるな、と言ったところでお前はその重心も朧げな構えを解かんのだろう」

    男はテンゼロの敵意も気にせず平坦にそう発言すると、磔にされていた兵士たちの方に向きを変え槍を構えた。

    「ひっ!!」
    「や、やめ…!」

    テンゼロが動くより先に槍が兵士たちを一閃する。ガレオンよりはるかに強力な一撃が兵士たちの身体を真っ二つに…

    バララ…
    「あ、あれ…」
    「ひも、とけて……?」

    磔にされていた兵士たちを縛っていた紐が全て切れ、兵士たちは重力に従って地面に落下し尻もちをついた。突然自由になった兵士たちは呆然としている。

    「これでお前たちは自由だ。早く自軍の本営に戻れ。そしてこれまでの出来事を全て見なかったものとして過ごせ、今後永遠に。そして本営に戻るまで決して互いを殺し合うな、俺の目の届く範囲で武器を抜いたら承知しない。いいな」

    男が、感情を感じさせない、けれど力強い言葉で兵士たちに命じる。兵士たちはそれを唖然とした表情で聞いていた。

    「理解したのなら今すぐ自軍へ戻れ。今すぐに、だ」

    男が目を細める。それを睨まれた、と理解したのか途端に兵士たちは弾かれたように洞窟の出口へ向かって走り出した。通路を塞いでいた何かはなくなっており、我先にと兵士たちが逃げていく。テンゼロはそれを見て、自分もこの混乱に乗じて逃げなくては、ということに気づいて男とは正反対に地面を蹴った。兵士たちに紛れて逃げようとして、しかしそれは叶わなかった。地面を蹴ったはずの足が空中に浮いている。跳ねた記憶もないのにテンゼロは宙空に漂っていた。

    「何をしているヘルセム。お前はこちらだ、話は済んでいない」

    声に振り返ると男の手には槍がなくなっていた。武装を解除して男はどこまでも凪いだ瞳でヘルセムを見ている。テンゼロに人間を宙に浮かせる原理は理解できなかったが、この男のせいで自分が浮いているのだということだけは理解できた。ガレオンより遥かに危険な男だ。テンゼロは自らの命の危機がまだ終わらないことへの恐怖で声が出せなかった。

    「…ここでは話せないな。移動するぞ」

    男は肉塊となってしまったかつて人間だったものを少し見つめた後、そう切り出した。そして男が目を伏せるとテンゼロと男は洞窟の外に出ていた。

    「………は!!??」

    そう、洞窟の外だ。しかも風景からしてテンゼロが最後にいた森林だ。今は激しい雷と大雨が降っている、が男を中心にテンゼロの上にも雨は降っていない。男が宙に浮いたままのテンゼロを連れて動き出すと雨もそれに合わせて男を避けていく。何度も言うがここは洞窟の外で、木々の葉で雨宿り出来るほど小振りな雨ではない。だと言うのに男の身体には一滴の雨水も降り掛からない。一瞬で洞窟の外へ出たことも男の周りだけ雨が降っていないことも意味がわからない。理屈がわからない。テンゼロにはもはや何が目の前で起こっているのかわからなかった。常識がこの数時間でどんどん崩れ去っていくのを感じる。

    「主!どうかされたのですか!?突然飛び出されて…戦闘の際はこのウリエルを連れ」
    「ウリエル、俺はしばらくヘルセムと話をする。その間ヒト払いをしておけ」
    「…え?ヘルセム様…ヘルセム様が戻られたのですか!?」

    男が誰かと会話をしている。男の真後ろにいたテンゼロには男が誰と話をしているのか顔までは見えなかった。ただ声からして男であることはかろうじてわかった。すると、男の脇から銀髪の男が顔を出した。そしてテンゼロを暫し眺めると目を見開く。

    「へ、ヘルセム様!本当にヘルセム様です!!なんと、なんと喜ばしいことでしょうか!すぐにヒト払いをいたします。このウリエルの名に誓って、誰一人としてこの場に近づけはしません」

    銀髪の男は頬を歓喜に赤く染め熱のこもった声を上げると、バサリッという音ともに白い翼を広げた。銀髪の男には翼が4枚、生えている。テンゼロは開いた口が塞がらない。これって天使、とか言うやつなのでは…?宗教には疎いテンゼロでも天使の容姿くらいは知識として知っていた。だが、まさか目の前に……。

    「そうしてくれ。今はまだヘルセムの居場所を知られていい時期ではない」
    「はっ!!」

    青髪の男に命じられるとウリエルと名乗った銀髪の天使?は翼を羽ばたかせ空へと消えていく。

    「て、天使…?」
    「ウリエルのことは覚えているのか」
    「い、いや俺だって天使くらい知ってる。実際にいるとは思ってないけど…」
    「実際にいただろう、今、目の前に。あれは熾天使ウリエルだ」
    「え、本気で言ってる…?」
    「…完全に記憶を失っているな」

    男は相変わらずテンゼロを浮かせたまま腕組みをした。鎖が男を避けて動く。その鎖の動きすらテンゼロには不気味に映っているというのに天使という架空生物がいよいよ登場してしまった。本当にこの状況には理解が追いつかない。

    「…まあいいだろう。お前を見てわかった。だが、記憶を失ってからのお前の足取りは俺にもわからない。過去を見せてもらうぞ」
    「え?」

    そう言いながら男は眼帯を外す。そして眼帯の下から現れた右の瞳には十字が浮かんでいた。まるで狙撃銃のスコープのようなそれは光り輝いている。

    「…千里眼だ。見たいものは大抵見られる」

    テンゼロの言いたいことを先回りして男は答えると、テンゼロの瞳をその千里眼とやらで数秒ほど見つめた。そして、見終わったのか再び眼帯で右目を隠す。

    「やはりお前から…ヘルセムとしての記憶は奪われているようだな。見た時から何かの術がかけられていることはわかっていたが、記憶を司る、それも根源の偽神に捕まるとは…お前は本当に面倒な相手を引き寄せる」
    「術?ギシン?な、なんだよ、それ。急に…」
    「お前にはアーマーシェルド…A.S.に与する以前の記憶がないのだろう?」
    「なんでそんなことまで…」
    「過去を見ると言った。…それは記憶の偽神にとって都合の悪い記憶、つまりヘルセムの記憶がA.S.に与する前に存在しているからだ。そして偽の記憶を入れられている。お前は”幼い頃からA.S.にいたから親の顔や本名を覚えていない”と思っているようだが、お前は生まれたときよりその姿だ。お前に赤子だった頃などないし、親も存在しない。あるのはヘルセムという真名のみだ」
    「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺に赤ん坊だった頃がない!?それ人間じゃねーだろ!」
    「今更何を言っている、お前は人間ではない。いや、正確に言えばヘルセム、お前は人間の心臓と戦神(いくさがみ)の…俺の血を使って錬成した神と人間の両の性質を持った半神だ」

    男から告げられた言葉はテンゼロの耳から耳へ抜けていきそうだった。呆然としたテンゼロには雨と雷の音がやけに大きく響きわたっていた。自分が、今の今まで人間だと思っていた自分が、実は半分は人間じゃなくて、半分は神様で????????そして自分は人工物で作ったのは目の前の戦神だと名乗るこの男??????????

    「………、記憶を封じられるのは隷属させるために必要な過程として理解できるが、信心深さまで奪い神の存在すら忘れさせたか。いや、だからこそ”只人”だと思い込ませることができたのか。通りで隷属の契約が切れていないにも関わらず俺の千里眼にも感覚共有にも反応がなかったわけだ。考えたものだな」

    戦神はすっかり固まってしまったテンゼロを空中に浮かせたまま、人差し指を軽く引くような仕草をした。するとテンゼロは戦神に引き寄せられる。戦神はそのまま人差し指をテンゼロの額に軽く当てた。

    「術を少し解く。お前がヘルセムである、ということを思い出さなければ話が先に進まないからな」

    戦神が人差し指に少し力を込めるとそこを中心に頭がほのかに温かくなる。そして痛むはずの後頭部の痛みがなくなっていき、頭の中で何か鎖の外れるような音がしたかと思った瞬間にテンゼロの脳内に映像と会話と情報が洪水のように流れた。

    「う、ぁあああ!!!???」
    「我慢しろ、思い出すべきはお前がお前であることを理解するのに必要な部分だけだ。それ以上は偽神に術を解いたことが察知される可能性があるからな」


    テンゼロに戦神の言葉は聞こえていなかった。ただひたすら脳内から溢れ出す濁流のような記憶の情報量に身悶えていた。ぐるぐると渦を巻いてテンゼロは嫌が応にも理解させられる。いや、思い出していく、過去の自分を。

    (全て、知っている。これは自分の記憶だ。A.S.に所属する前の俺の、ヘルセムの記憶…)


    ーー
    ーーー
    ーーーー
    ーーーーー
    ーーーーーー

    遥か昔、戦神を信奉し、死後は戦神の率いる軍で英霊として従軍するために日夜鍛え、人間たちを守るために戦う人間たちが住まう霊験あらたかな隠れ里に、その神は姿を現した。
    名を軍神ヘルセム
    この里で若くして病死した巫覡の心臓と、戦神の血を用いて戦神が人体錬成という秘術を用いて造った、神と人間の両方の性質を併せ持った神だった。ヘルセムは戦神と同等の力を有しながら、人間のような豊かな感情、感受性を持ち合わせた半神であった。
    戦神を信奉するものたちの里で造られたのは、詳しい事情を話さずとも戦神の敬虔な信徒である人間たちは理解をしてくれるし、造られたばかりの世間を知らぬヘルセムが経験を積むために身を隠すのに都合が良かったためである。里の人間たちの中に混じりヘルセムは人間としての暮らしと心を成長させ、同時に戦神と同じ力を使えるよう日々訓練に励んでいた。時には素性を隠し、人間たちの中心となって戦場を駆け回りヘルセムは心と能力の研鑽を積んでいた。
    ヘルセムにとっては穏やかで暖かい時間が流れていた時、それを覆す事件が起こった。
    知っているものしか通れるはずがない隠れ里に見たことのない装備を携えた大量の兵が雪崩れ込んできたのだ。ヘルセムは当然それに応戦すべく兵を率いたが、その軍隊の多くの兵はヘルセムの持つ神々の武器─神器─と似た形のものを所持していた。ヘルセムが暮らしていた隠れ里、さらに言えばこの世界ではまだ発明されていなかった人間たちの最先端の技術であった。ヘルセムはそれらを一般兵たちがほぼ全員装備していることに気づいて勝算がないことを悟った。自らが所有する神器と同じ性能なら、遠距離から弓矢よりもバリスタよりも速く、多くの人間を撃ち殺せる。そして人間の肉体では回避はほぼ不可能。もし、この場に主たる戦神がいたら、銃弾よりも広範囲で高速の一撃が放てただろう。しかし、今のヘルセムには無理だった。ヘルセムにはこの場にいる人間たちを生かす手段がなかった。そして、本来この世界には存在しないはずの”銃”を一般兵が所持しているということはどこか別の世界から持ち込まれたと考えるよりほかなかった。そんなことを一介の兵士たちができるわけがない。別の世界があることすら知らない人間たちがそんなことできるはずがなく、兵を率いているのは十中八九、世界を渡ることができるほどの強力な力を持った神でありそれが手引きして里に侵入してきたのだと想像できた。
    そこからのヘルセムの行動は速かった。真っ先に両軍のど真ん中に降り立ち、降伏と撤退要求をした。様々な声が上がる中、ヘルセムが考えついた多くの人間の命を守る手段がそれだった。そして、撤退要求を飲む代わりに…。


    「俺はこの世界に連れてこられた…」
    「そうだ。お前はこことは別の世界に存在するあの里の人間たちを一人でも多く守るために自身が人質になることを選んだ。俺が戦場に立っていたとき、俺がお前にたとえ喚ばれたとしてもすぐには来られないことを知った上での犯行だ、最初からお前の拉致が目的だったわけだ」

    テンゼロ─ヘルセムは自らの足で地面に立ち、地面に視線を落としていた。ヘルセムの主、青髪の男─戦神はヘルセムを見下ろしながら抑揚なく応えた。つい先ほどまで不気味に感じていた戦神の感情の無さは今では当たり前のものとしてヘルセムの心の中に落ちてくる。戦神の無表情は不機嫌なわけでも、機嫌がいいというわけでもなく、戦神自身に人間のような感受性や感情表現が備わっていない、というだけのことだった。神とは往々にして人間のような豊かな感受性を持ち合わせていない。戦神は特に感情表現が不得手な神であった。

    「俺は…」
    「これからお前のやることは一つだ、ヘルセム」
    「え?」
    「お前を縛り付ける神…悪の神を盲信する偽神を斃す。A.S.の上層部の何者かが偽神だろう。A.S.そのものがお前を隷属させるための装置だ。あの中にいる人間の全てがお前一柱を隷属させるために誂えられた人質だ。お前自身が一番理解しているだろう、お前にとって人間は最大の味方であると同時に最大の弱点であるということを」
    「A.S.そのものが…人質……!?なら、少年は!!」

    戦神に言われてヘルセムの脳裏に一番に浮かんだのは今も治療を受けているであろうミストの顔だった。

    「…お前が面倒をみていた人間か?お前が特に目をかけていた、ということであれば一番使い勝手のいい人質だろうな。お前の精神を最も的確に破壊できる。主従の契約、”隷属”は一柱の主と一柱の忠僕の一対一で行われる強力な契約だ。主の意思一つで忠僕の身体を完全に支配して強制的に従わせる効力を発揮するのが隷属契約だからな。お前の精神を折り、退路を断って隷属させられれば、記憶を戻したあと反抗されようが構わない。命ずればお前は意思を奪われるのだから」

    顔の青ざめているヘルセムを見て戦神は一旦話を区切った。そして人間の精神はやはり脆いなと考えていた。だが、それでも己のように感情を表現することを不得手とする神々からすれば実に興味深いものなのだ。脆弱でありながら、多くの命を守るために自身を人質に取らせる程の行動力にも繋がる。今日、再会するまでの十数年の間、記憶の偽神が里の襲撃、拉致及び記憶の封印、組織全体を人質とした大掛かりな仕掛けを作ってもヘルセムを隷属させられなかったのは、戦神がヘルセムに隷属契約という物理的な予防線を張っていたこともあるが、何よりヘルセム自身が記憶がなくとも周囲の人間を守ろうとして精神を折らずに立ち続けていたからだ。付け入る隙を与えなかった。それがヘルセムの持つ、神にはない強みだ。戦神は続けた。

    「忠僕は他の主を同時に持つことはできない。契約を変更するのなら主が契約を破棄するか忠僕が契約の変更を望まなければならない。主の件は置いておくとして、忠僕の場合は忠僕が新しい契約主を主として認めなければならない。…だが、平時のヘルセムにそう考えさせることは不可能に近い。当時のヘルセムは少なくとも俺に忠誠を誓っていた。そんな状態では決して首を縦に振らない。そのために偽神たちはお前の人間的弱さである精神を折る事にしたのだろう。肉体的苦痛では戦いの神には効果が薄い、が精神なら人間の側面を持つお前は脆い。現にお前は見知らぬ人間が人質に取られた程度であれだけ動揺してた。そうしてお前の心を折り、思考を停止させることでお前の中に隙を作る。そこに契約の上書きを混ぜればお前は簡単に口車に乗せられるだろう。今のところ上手くことは進んでいないようだがな」
    「じゃあ、どうすれば…」
    「だから偽神を斃すのだろう」

    項垂れていたヘルセムは前髪が不意に揺れたことで顔を上げた。両の目の前に二つの銃口が向いている。突きつけていたのは戦神だった。
    「い、戦神、さま…これは…!?」
    「俺の神器の一つ、神器・銃型の”白亜(はくあ)”と”黒界(こくかい)”だ。お前にもこれと似た神器に見覚えがあるだろう?お前の神器は全て俺の神器を模倣して生まれたものだからな。さあお前自身の神器を呼べ、神は神器以外では斃せないぞ」
    「俺の神器…」
    「神器を呼べなければ、お前はいつまでも囚われの身だ。そして人質はお前以上に苦しむことになる。助けたい、と思うのなら迷う暇などないはずだ」

    突きつけていた銃の照準をヘルセムから外し両肩に凭れさせながら戦神は言う。戦神が言うように、ヘルセムには、テンゼロには迷っている時間はない。脳裏には苦しむミストや部下たちの姿が浮かんだ。彼らを解放してやらなくてはならない。
    テンゼロは未だにこの状況に混乱していた。つい先程まで神など毛頭信じていなかったのに、自分自身が神だっただなんて、記憶があろうが信じられなかった。心が全く追いつかない。しかし、そんなテンゼロを許すほど現実に時間の猶予は残されていない。今は己の力を信じるしかないのだ。

    両腕に己の神器の存在をイメージする。まぶたを閉じ、集中する。

    「……来い、"白杯(はくはい)"、"黒蝕(こくしょく)"!」

    両手に何かの存在を感じる。懐かしいような初めて知るような感覚になる。ヘルセムはまぶたを開いた。
    そして、左手には白色の狙撃銃が握られており、しかしもう片方にあるはずの黒色の狙撃銃がないことに気づいた。

    「…黒蝕には認められなかったようだな。こればかりは仕方がない。使い手が神器を選ぶように神器もまた使い手を選ぶ。黒蝕は殺しに特化した神器ゆえに、今の腑抜けたお前は不釣り合いだと判断されたのだろう」
    「帰っては来ないのですか…?」
    「いや、お前が力を取り戻していけばいずれは姿を表す。黒蝕の持ち主がお前であるという事実は変わらないからな」

    戦神は二丁銃をマントの中にしまいながら(戦神のマントはどこへ繋がっているのか不明だが、数多の神器を扱う彼がその時々に合わせた神器を取り出すのに使用することが多い)、今後の話をするぞ、と言う。ヘルセムは神器を一旦霧散させて武装を解くと戦神の話を聞くため片膝をついて地面に座った。自然に取った所作であったことにテンゼロは内心驚いてしまった。

    「ヘルセム、まずはお前はこのままA.S.に何事もなかったように帰還しろ。ウリエルたちが動いているからじきに撤退命令が出るだろう」
    「はい、”テンゼロ”として帰還します」
    「そうしろ。そして、お前は普段通りに過ごせ。その裏で神器の扱い方と神としての戦い方を思い出せ。神器を出せただけでは根源の偽神は倒せない。根源の偽神は、ガレオンのような偽神より神格が上だ。力もガレオンたちを上回る」
    「はい…」

    ヘルセムは言葉に詰まった。根源の偽神を斃すためには力を取り戻す必要がある。しかし普段通りに過ごさなければならないのであれば訓練はどう行ったら良いのかわからなかったからだ。戦神は特に問題視した様子もなく答える。

    「A.S.の近くにクレシャディムの教会があるだろう。そこを使え。お前にしばらくそこを貸そう」
    「クレシャディム…?失礼ですが、記憶がなく。コンバハットの国教の主神で、軍神でしたか?」
    「……。…”クレシャディム”は俺がこの地で人間に名乗っている名だ」
    「え…」

    ヘルセムは狼狽えた。自分が拉致され現在進行形で暮らしている国の国教の主神が自らの主であったとは。
    本来、忠僕は本能的に主の神殿であることに気付けるはずだがヘルセムは一切気づいていなかったし言われるまで知らなかった。テンゼロが宗教にもう少し興味があれば事態はもう少し早くから動き出していたかもしれない事実にヘルセムは肩を落とした。

    「あの教会…俺からすれば神殿は、俺の拠点の一つでもある。人間たちが戦争をしていたのでしばらく近づいていなかったが…その間に偽神に侵食されていたとはな。…とにかくそこの信徒たちには俺から説明をしておく。お前が通っても怪しまれないようA.S.に正式に依頼を出すように手を回しておいてやる」

    言いながら戦神は自らの神殿の周辺に偽神が身を潜めていることに眉をひそめた。
    戦神は”神や悪魔による悪意により侵食され、再生することが不可能になった世界を破壊し世界の再生を促す”ということが役割であり存在意義である。そのため、”人間たちが起こした戦争”には関与しない、してはいけないと幾多に存在する世界たちの創造主より定められている。彼の周りを浮遊する鎖も彼の強大すぎる力を封じるためのものであり、世界を破壊するとき以外では外すことを固く禁じられている。それだけ大きな力を持つ戦神は能力を制限されることが多く、人間たちの起こした戦争についても戦神を信仰するものに加護を与えることは許されるが、自らが介入して、戦争の勝敗を決定づけることは罪に当たる。そのため、人間たちが戦争を行なっていると関与しないためにその世界には近づかなくなる。しかし偽神にはそのような法や秩序が通用しないため、その隙を突いて根城とされることは戦神にとっては、家の中に土足で上がりこまれたような状態で非常に不快なことだった。そしてその中に戦神の忠僕であるヘルセムを隠すという戦神を侮辱する行為。
    戦神は表情にはほとんど出さなかったが、はらわたが煮えくりかえるような思いをしていた。だが、焦るようなことでもない。怒り任せての行動が最も判断を鈍らせ間違えさせる。戦神は怒りに満ちてもいたが恐ろしいまでに冷静だった。これからのことに段取りをつけると次の行動に移った。

    「しかし普通に生活しろと言っても、記憶が戻ったばかりのお前だけでA.S.に戻るのは危険だ。…ミカエル」
    「はっ、ここに」

    戦神が呼ぶと瞬時に6枚の翼を携えた熾天使長・ミカエルが姿を表す。膝をつき、こうべを垂れる。

    「お前がヘルセムに付いて神としての振る舞い方を叩き込んでやれ」
    「承知しました。…ヘルセム様、再びお会いできたこと、誠に喜ばしく思います。主に代わり、私、ミカエルが補佐を務めさせていただきますので何なりとお申し付けください」
    「あ、ありがとう、ミカエル」

    見事な最敬礼をする戦神の側近であるミカエルにヘルセムは初めて会うような懐かしい顔を見たような複雑な気分になった。ヘルセムでもあるが、テンゼロでもある。神と人間が別々になっているようで気分が良くない。目眩を感じたヘルセムは顔を上げたミカエルと視線がぶつかった。ミカエルはヘルセムをじっと見つめてから戦神に進言した。

    「……主、ヘルセム様のお身体の調子が悪そうです。このまま自軍へ戻り、早急に帰還していただくべきと考えます」
    「そうか、あとの判断はミカエルに任せる。俺には俺のやるべきことがある、報告は逐一してくれ」
    「はい、お任せください」

    戦神はミカエルが頷くのを確認するとマントを翻し二人に背を向けてふわりと浮き上がる。浮遊しながら戦神は少しだけ振り返ってヘルセムに声をかけた。

    「ヘルセム、これからのためによく覚えておけ。A.S.に戻ってから、何を見ても思っても普段以上の行動に出るな。もし、怒りが湧いたのならその怒りの分、自らの力を取り戻すことに注力しろ。お前が早く力を取り戻せばそれだけ、お前の守りたい人間たちを助けることにつながる。そのためにお前がすべき行動と判断を決して見誤るな」
    「…はい」

    それだけ言うと戦神は空に飛び上がっていく。上空でウリエルと合流するとその場が一瞬強く光り、その後には姿がなくなる。すると雨は変わらず降っていたが雷は鳴り止んだ。そしてヘルセムとミカエルに大粒の雨が降りかかる。戦神という雷を司り、雷雲を引き連れ移動する偉大な神がいなくなったため雨が避ける必要がなくなったのだ。
    主の気配が完全になくなると雨に打たれるヘルセムをミカエルはすぐさま立たせて少しでも雨が当たらないよう木陰へ移動させ、その上で覆いかぶさるように翼を大きく広げた。自身が濡れることは厭わないが主の従者であり高位の神であるヘルセムを濡らすわけにはいかない。それでなくとも顔色が悪かったからだ。ミカエルは神託を人間へ授ける役目を負うことが多いため、人間の顔色の変化に敏感だった。

    「…ヘルセム様、いえ、ここでは人々に倣いテンゼロ様、とお呼びしましょう。今日だけでもたくさんのことが起こって混乱していることでしょう。時間的に猶予があるとは言えませんが、時間の許す限りゆっくりとご自身のことを思い出してください。そのために私がおります。私も主のお力で身分を偽り、A.S.に参ります。ヘルセム様の御身をお守りし、気持ちの整理のためお話をさせていただきますので、どうかこのミカエルをお使いください」
    「…ありがとうミカエル」
    「ヘルセム様らしい、優しいお言葉です」
    「礼を言うのは当たり前だろ。お前なんかびしょ濡れじゃん」
    「私はヘルセム様さえ濡れなければいくら濡れても構いません。それに、神が天使に礼を言うなど、普通はありえません。ですが、それが当たり前ということはヘルセム様が人間らしさをお持ちになられている何よりの証でございます」
    「…そういうもんなの…?変なの」
    「神とはそういうものでございます、それが当然なのです、ですから責めてはなりません。主は、少し変わった考え方をお持ちの方ではいらっしゃいますが…」
    「へー…?」

    PiPiPiPi…

    「ん?通信だ…こちらヘr…1.0。どうした?」
    『突然だが、帰還命令が出た。敵軍の戦車が暴発したようであちらさんが撤退を始めた。敵がいなけりゃこちらが戦う理由はない。なんだかわからんがとにかく作戦終了だ、すぐに本営まで戻れ』
    「了解、すぐ合流する」
    「…うまくウリエルたちが敵軍に仕掛けたようですね。…では、私は一旦ここで別行動とさせてください。テンゼロ様がA.S.に帰還された頃に準備をして戻って参ります」
    「わかった。それじゃあ、また…」
    「はい、…それからこの森を抜けると主の張っていた結界が解けます。私の姿を人間の皆さんに方々に見せるわけには参りませんので、本営までお送りすることはできませんが、どうか道中お気をつけてください」
    「…大丈夫、そのくらいは平気だ。ミカエルも気をつけて」
    「はい」

    ミカエルが綺麗にお辞儀をする。テンゼロはそれを見てから本営まで全速力で駆ける。跳ねる泥を気にもせずに一刻も早くA.S.へ戻るために走った。偽神ガレオンから受けた傷は戦神が簡素に治していたのもあったが覚悟を決めたらもう痛まなかった。




    「いきなり出撃命令から、突然の撤退命令、一体何が何やらって感じだよなー」
    「確かにな。出撃時間より移動時間のほうが長い気すらしてくるぜ」
    「でも休みほとんどなかったし、助かりましたよ」
    「喋ってないで休めよお前ら…今の上層部が何考えてんのかわからないんだから、またこういうことが起きるかもしれない。休めるときに身体休ませとけ」
    「「はーい」」

    突然の出撃からその日のうちに帰還命令が出たことに異常性を感じて、テンゼロの部下たちは口々に文句を垂れている。それを黙らせ、休むことに専念するよう命ずるとメンバーは素直に口を閉ざし、仮眠を取ったり、銃の手入れなどを銘々に始める。
    テンゼロは窓の外を瞳に映しながらこの出撃について考えていた。

    (…これはA.S.にいる偽神の作戦なんだろうな…恐らくは体良く"俺"から部下という人質の命を奪うため…だが、そこに想定外にガレオンという別の偽神が紛れ込んでいて、"俺"に接触してしまった。そして戦神様がガレオンの紛れた敵軍を撤退するよう仕向けたから、記憶を司る偽神としては手痛い失敗になってしまったはずだ…)

    問題はこのまま戻ったら何が起きるか想像ができないこと、テンゼロは警戒心を強める。いきなり大掛かりには動けないだろうが、何か手を打ってくるに違いない。その前にミカエルや戦神の言っていたクレシャディム教からの依頼、とやらが受理発行されなければテンゼロにはできることが少ない。テンゼロはもどかしく、すぐにでも上層部に殴り込みに行きたい気持ちを抑えながら、無事全員でA.S.への帰還を果たした。



    続く
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    Replies from the creator

    pemon_nek

    DOODLEXに投稿中の「神さまズちゃんねる」シリーズの前日譚(?)のようなもの。クソ長いのでごくまれーに更新します、多分。
    ヘルセムやミストたちが戦い、戦神が「箱庭」と呼ばれるこの世界を統治するまでの話。
    ほぼ恋愛要素はなし。ファンタジー重視。アダルトは後半にあるかないか程度。親子愛が中心です。
    雷は空を昇る:日常軍事国家・コンバハットに本拠地を構える民間軍事機関、アーマーシェルド略してA.S.は数年前に終結した大陸全土を巻き込んだ大戦の残り火で今日も潤っている。全隊員、職員に衣食住を担保し、給料も大陸全土を見渡しても高水準で、それでいながら大抵の志望者を雇用する。兵役から生きて帰ってこられた者の大半は食や家を失っていたから実に良い就職先なのだ。それにコンバハット国は大陸の北に位置する1年の半分以上が冬、という極寒の地であり、暖を取る家がない、ということは死と同義だった。今回の戦争で元から大きかった貧富の差は更に広がり、持たざる者たちは死ぬかなりふり構わず生きるか、どちらかを迫られていた。それゆえ戦争で恩恵を受けていたという嫌味な側面があっても、衣食住の揃ったA.S.は国民たちにとって魅惑的であった。
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    ヘルセムやミストたちが戦い、戦神が「箱庭」と呼ばれるこの世界を統治するまでの話。
    ほぼ恋愛要素はなし。ファンタジー重視。アダルトは後半にあるかないか程度。親子愛が中心です。
    雷は空を昇る:日常軍事国家・コンバハットに本拠地を構える民間軍事機関、アーマーシェルド略してA.S.は数年前に終結した大陸全土を巻き込んだ大戦の残り火で今日も潤っている。全隊員、職員に衣食住を担保し、給料も大陸全土を見渡しても高水準で、それでいながら大抵の志望者を雇用する。兵役から生きて帰ってこられた者の大半は食や家を失っていたから実に良い就職先なのだ。それにコンバハット国は大陸の北に位置する1年の半分以上が冬、という極寒の地であり、暖を取る家がない、ということは死と同義だった。今回の戦争で元から大きかった貧富の差は更に広がり、持たざる者たちは死ぬかなりふり構わず生きるか、どちらかを迫られていた。それゆえ戦争で恩恵を受けていたという嫌味な側面があっても、衣食住の揃ったA.S.は国民たちにとって魅惑的であった。
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