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    pemon_nek

    @pemon_nek

    創作を描いています。腐向けも描きますがメインは親子愛です
    こちらに絵をあげることはほぼありません。Xやタイッツーで更新している「神さまズちゃんねる」シリーズの前日譚を拙い文章にしてまとめておく墓場です

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    pemon_nek

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    「神さまズちゃんねる」シリーズ以下略

    #ファンタジー
    fantasy
    #神さまズちゃんねる
    #年上受け
    favorOfTheOlderGeneration
    #親子愛

    雷は空を昇る:解放戦線─任務開始─出撃から31時間ほど経過し、A.S.に帰還すると昼間も近い時間になっていた。テンゼロはすぐにミストの元に駆けつけたかったが部門長からの呼び出しがあり、応じぬわけにもいかず出頭する。

    「!」
    「本日付でお前の部隊に配属することが決定した」
    「ミカと申します。1.0班長、若輩者ですが何卒よろしくお願いいたします」

    きれいな最敬礼。十数時間ぶりに見た光景だ。ただし見た目はA.S.の隊員と遜色ない。6枚の熾天使の翼はどこにもなかった。

    「あ、ああよろしく」
    「要件はそれだけだ、もう行っていい」
    「はい。失礼します。…ミカ、案内する」
    「よろしくお願いします。部門長、失礼いたします」

    パタン、と部門長室の扉を閉めるとテンゼロは我慢していた言葉を吐いた。

    「すぐ来るとは言ってたけど早すぎだろ!?大丈夫なのか?」
    「はい、主に介入していただきましたので問題ありません」
    「か、介入って…」
    「A.S.内部の記憶とデータを少し…」
    「…それ本当に大丈夫なのか…?」
    「この程度の力であれば偽神には見抜けませんのでご安心ください」
    「そういうもの、だっけ…?」
    「そういうものになります。確かに主が能力、つまり神力を使えば主がいることは偽神に感知されてしまいます。しかし、ここには主の別名であるクレシャディム神の神殿があり、A.S.内には信徒もいますので、主の神力がこの場所に存在することはごく自然なことなのです。偽神も主の存在を認識していることに間違いありませんが、介入されていることには気づいていないでしょう。いまだに内紛などが起きている現状のコンバハット国に主は創造主様との盟約で、無条件に降臨することは許されません。ですが無断で侵入して猛威を振るっている偽神がいるとなれば、主は自身の守護下にあるこの地を穢した罰を与えるという名目で、この地に降臨する事ができます。主がすぐに駆けつけなかったのは沈黙しているということは”主が降臨する条件が揃っていない”ということです。偽神が主の介入に気づけば”戦い”は避けられなくなります。主は自らの土地を守るために、偽神は土地を奪うために…ですがそれが起きる条件が揃っていない、ということは偽神が気づいてない”非戦闘状態”なのです。ですからテンゼロ様はご自身とA.S.内で人質となっている人々のことにどうかご注力ください」

    赤い髪を揺らして会釈しながらミカエルは優しく微笑んだ。不安は拭いきれないが、テンゼロは一旦納得する。

    「…それならさ、こんな回りくどいやり方じゃなくて、戦神様…ああ呼びづらい!俺が問題行動の一つでも起こして偽神に気づかせれば戦神が降臨できるし、そうやって偽神を斃す方が早いんじゃないのか?」

    適材適所という言葉があるようにテンゼロはヘルセムとして力を取り戻すより戦い慣れしている戦神が決着を付けたほうがいいのでは?と疑問を口にする。

    「……確かに、それは効率が良いやり方です。ただそれで着いた決着は、偽神の支配から戦神様の支配に変わるだけですからそれでもよろしければ、ということになります。ヘルセム様が人々の自由ではなく、早急な解放を望むのであれば主に助けを求めてください。先ほどと条件は異なりますが、主は軍を率いる将(ロード)ですから自軍の兵士を奪われたとなれば、兵士を取り戻す行為は正当な行動として認められます。主がこの地に降臨なされば偽神や偽神に与する者たちを神も人間も関係なく一切の容赦無く、全て断罪するでしょう」
    「……それは…」
    「主は人々に自由を、とお考えです。そのため、人々に信頼されるヘルセム様にこの場を任せておられます。回りくどい、と感じられるかもしれませんが、主のお考えではこれが最善手なのです。…いかがされますか?」
    「…………努力するよ」
    「承知しました。それから、申し訳ございません」
    「なんでミカエルが謝るんだ」
    「主から、もしヘルセム様から主がなんとかすればいい、というような話が出たら厳しく言っておけ、と言われておりましたので…ご無礼をお許しください」

    ミカエルはテンゼロより少し前に出て振り返ると足を止め、頭を下げる。眉を鉢の字にして申し訳なさそうだ。それを言わせたのはテンゼロであって、謝るのならテンゼロの方で、ミカエルは戦神からの言伝を命令通り再生したに過ぎないのだが…。テンゼロは居た堪れなくなってミカエルに頭を上げさせて顔を背けた。今の自分に力がないのは事実だが、自分がやらないでどうする。テンゼロの中にあるヘルセムの自覚が自身を叱責した。

    「…俺がみんなのために戦う、そしてみんなを助ける、じゃなきゃ意味がない。戦神は俺のためにお膳立てしてくれてるんだ。果たすさ、必ず。だから力を貸してくれ、ミカエル、いや、ミカ」
    「…はい、もちろんでございます、テンゼロリーダー!」

    ミカエルを伴い、ヘルセムは床を強く蹴りだした。



    狙撃班の面々にミカの紹介を済ませると(戦神の介入はしっかりとしたもので、メンバー全員がミカエルを"中堅クラスの実力を持った在籍期間もそこそこ長く、レンジに頻繁に出入りするテンゼロに引き抜かれても不思議ではない隊員 "と認識していた。ヘルセムの記憶だとミカエルは銃ではなく片手剣を扱う天使のはずだが、平気なのだろうか、という疑問は忘れることにした)、テンゼロはミカエルを連れて医務室へ向かった。

    「少年、入るぞ」

    返事はない。まだ目を覚ましていないのかもしれなかった。テンゼロはなるべく音を立てないようにして医務室のミストのいる部屋の扉を開けた。
    窓際のベッドでミストはまだ眠っているようだった。ミスト以外いないと思ったが枕元に要人警護部門所属であり、広告塔の一人でもあるアリシアが座ってミストの腕を優しくさすっていた。テンゼロに気づいて会釈する。

    「アリシア、少年の様子は?」
    「少し体温が低いけれど安定しているみたい。さっき少し起きて、これからの話をしたらまた眠ったわ」
    「これから?…あ、えっとこっちはミカ。俺んところの新人だ」
    「あら、よろしくねミカ、私はアリシアよ。1.0の狙撃班に入れるって珍しいことだって聞くから…よかったわね」
    「はい、念願が叶いました」

    テンゼロは壁際に鎮座していたもう一脚椅子を持ってきてアリシアの近くに座る。ミカはテンゼロの背後を守るように立った。主である戦神に常に付き従い補佐を務めるミカエルらしい実に自然な動きだった。アリシアはその動きを見終わると、ミストの低い体温を温めるために撫でていた手を止めて話し始めた。

    「…ミストはあと2日もあれば復帰できるって。だから次の任務の話をしたの」
    「は?2日でもう任務に飛ばされるのか!?」
    「ええ、ミストもそれで平気って」
    「そんなわけないだろ!今だって点滴をしてるってのに!何考えてんだ!!」
    「それは…でも、ミストが部門統括と話したみたいだから…体調管理不足は自己責任よ」
    「自己責任にも程度はあるだろ。少年の件は明らかに過剰な任務のせいじゃないのか?ほとんど休んでいなかったんだぞ!?」
    「…リーダー、落ち着いてください。それはアリシアさんに訴えてもどうしようもありません」
    「っ!」
    「リーダー」
    「……悪い、アリシア。アリシアに非はない。病室で声を荒らげることでもない、悪かった」
    「…いいのよ、テンゼロが怒る気持ちわかるもの。最近はミストに特に任務が回ってきてるのは事実だし、誰も代わりになってあげられてないわ…」

    テンゼロはそのままアリシアに現在の要人警護部門の様子を聞く。ミストは個人的にも任務は増加しているが、部門全体としても任務も増えているため、部門長としての事務作業、クライアントや上層部とのやり取りもそれに伴って増えているらしい。それから当然ながらミストをエンターテイメントとして消費するクライアントたちへのサービスも行わなければならない。ミスト宛のクライアントへの対応はアリシアやゼインでは全ての代わりになれず、事務作業も権限に限界があり手伝える範囲を超えているようだった。そしてクライアントや上層部から細かく厄介な要望が急増しており、ミストは隊員たちの負荷になりすぎないよう、それらを出来る限り抑えさせるため頭を悩ませている様子だったという。任務でミスがあればミスをした隊員は重い懲罰を受ける可能性があり、ミストは部下たちがそんなことにならないようにするため、一人奔走しているらしかった。そして時には部下のミスは自分のミスだとしてミストが代わりに懲罰を受けることもあったようだ。それでいながらアリシアやゼイン以外には任務外の話をほとんど相談せず、他の隊員を不安にさせないよう要人警護部門の付帯業務が急増、煩雑化しても一人で捌いていた。
    アリシアから話を聞き終わる頃には、テンゼロは怒りで叫び出したい気持ちだった。しかし病人の前で怒りを吐き出すわけにはいかないから、知らず噛み締めていた唇から血が滴る。テンゼロの怒りはアリシアにも背後にいたミカにも伝わっているようで、アリシアからハンカチを渡される。無言で受け取ったテンゼロの代わりに、ミカがアリシアにハンカチの礼を述べるとテンゼロに声をかけて一旦部屋から連れ出した。

    「…ヘルセム様、ご承知かとは思いますが、絶対に行動には移さないでください」
    「……………わかってる」
    「先程、ウリエルからオラクルがありました。すぐにクレシャディム教の大司教から依頼が入ります。そこで改めて話をしましょう」
    「……ああ、そこでなら堂々と話せるんだろ?」
    「はい」

    PiPiPiPi…

    『各班長に出頭命令──至急、部門長室まで出頭せよ。以上』
    「…行ってくる」
    「はい、お待ちしております」
    「その前に…」

    テンゼロは今一度病室に戻るとミストの青を通り越して白くなっている顔色を見た。酷い顔をしている。こんな酷い状態で明後日からは通常任務だなんてどうかしている。

    (…心を折ってはいけない。俺がこの子を守る、必ず、偽神を斃して全員を解放する…!)
    「…テンゼロ、私が言うのはおかしいけれど…ミストのこと守ってあげて。彼はあなたのことを一番に信頼しているから。ミストが休んでいる間は私とゼインと…みんなで頑張るから…ミストには心配しないでねって伝えてほしいの」
    「…ああ、必ず伝えるよ。アリシアたちも無理はしないでくれ」
    「ええ、もちろん。私たちはミストに比べたらずっと楽なものよ」

    アリシアはそう言って、目を伏せると再びミストの腕をさすり始めた。少しでも彼が休めるように、アリシアの横顔からはそんな声が聞こえてくるようだった。
    それに胸が苦しくなるのを確かに感じながら、決意を新たにしてテンゼロは部門長の呼び出しに応じた。











    「…それでは皆様方、これらの備品の整備と手入れをよろしくお願いいたします」
    「了解しました」

    テンゼロ達はクレシャディム教の大司教からの依頼で教会を訪れていた。クレシャディム教は国教ということもあり、政府からの信頼が厚く繋がりも深い。政府関係者はほとんどが信徒であったし、そんな政府と強く結び付いている民間軍事機関のA.S.は教会からの依頼を拒否することなどありえなかった。前々から庭の手入れや大掃除、教会の修繕など大小様々な依頼は受けていたが、テンゼロたち特殊工作部門が依頼に関わったのは今回が初めてだった。
    テンゼロは初めて入った教会(しかも自分の主たる神の神殿である)に、ほあ…っと小声ながら間抜けな感嘆を漏らした。荘厳とは言えないが、厳格な雰囲気を感じる。勤める人々はみなきびきびとした動作で教会内を行き来している。さすが戦神に仕える信徒、というところだろうか。
    テンゼロたちが教会に到着すると大司教から依頼の説明を受けた。依頼内容は、先の戦争で傷ついた備品の整備と手入れを行なって欲しいというものだ。備品と言っても戦場で見かけても不思議ではないような”武器”や”防具”が大半である。ただ型式は古いもので最前線で使えるかと言われると、飾っておく方が無難な代物ばかりであった。整備部門の人間が主に招集をかけられていたが、整備部門には通常業務で出向が難しい職員や武器は整備できない職員も多いため、人員確保のためにそのほかに武器に精通している人間として特殊工作部門にも依頼がまわってきている、ということになっているらしい。テンゼロはこの依頼の裏事情を知っているため、こじつけの理由では?などと考えていたのだが、実際に目にすると特殊工作部門にまで依頼を回すのも頷けるほど備品の数は多く、人海戦術が最適解であるように思えた。それに型式が古いとなれば、熟練の整備士やテンゼロや狙撃班のように武器に造詣が深い必要もあり、うっかり壊してしまいました、なんてことになれば政治問題にまで発展しかねない依頼であるために、A.S.が慎重になるのは当然だった。
    表向きは政治的衝突の回避だが、偽神にとってはこの依頼は最悪、戦神が降臨する可能性がある。戦神の降臨はミカエル曰く、偽神は絶対に回避しなければならないことであり、戦神が姿を現すことより記憶や信仰心を奪って人間だと思い込んでいるヘルセムを教会に入らせる方がリスクが低いようだ。事実、戦神は記憶のなかったヘルセムを千里眼で見通すことはできず、ガレオンの不審な行動を監視していたらヘルセムを偶然発見したと戦神は話していた。偽神にヘルセムを教会に送り込ませる事に成功した戦神からの指示は的確であったと言わざるをえない。
    テンゼロは戦神の考えを整理しながら各人に指示を出し、まずは自分自身も古い武器の整備を始める。よく見ればお宝の類に分類されるようなそんなものばかりで、それを整備できるのは少し興奮するし、ドキドキする気持ちがあることは否めない。ミカもいる中で楽しいなんて感じているわけにはいかず気持ちを落ち着けるため無心で整備をしていると、司教の一人に声をかけられる。こちらに特に古い備品があってそれを見て欲しい、と言われてミカを伴って教会の一角にあった小部屋に入る。

    扉が閉じると、途端に強大な力の奔流を感じてテンゼロの背筋は自然と伸びた。司教は部屋にはいなくなっており、ミカが片膝をついてこうべを垂れた。そして渦巻く力の源の中心に戦神が姿を現した。周囲は教会にある小部屋、とはかけ離れた庭園のようなところだった。室内にいたはずだが、外に移動したのだろうか?テンゼロは首を傾げた。だが、それよりも今は目の前にいるはずのない存在のほうが余程不思議だった。

    「戦神?…降臨できないはずじゃあ…」
    「降臨しているわけではない。ここは俺の作った結界の中で一時的に人間界と隔絶している、神々の住まう世界、神界に近い空間だ。神殿内のことは偽神には探知できない。お前が今後力を使うときはこの結界内で訓練を積め。偽神は探知できなくとも、共に神殿内に立ち入っている人間がお前の行動を偽神に報告する可能性があるからな。だが、この中なら偽神や周囲の人間の認知を外れることができる。ただし時間だけは外の時間と同じように進むから依頼の終わりには、他の隊員と合流してA.S.に戻ることだ」
    「大司教とかはこのこと知ってるのか?」
    「無論だ。クレシャディム神殿で俺に仕えるものたちは皆お前のことを把握している。その上で全面的に協力をしてもらうよう取り付けている。…ジェレミア」
    「はい。偉大なる主上よ、私はここに」
    「!?」

    戦神が声をかけるとヘルセムの背後に豪華だが派手すぎない神父服を身に纏った男が立っていた。全く気配を感じなかった事にヘルセムは驚いた。ただの人間であるはずで、肉体はとても戦場慣れしている兵士のそれではない。だが、それに勝るとも劣らない身のこなし方だった。衣服や装飾からして高位の司祭だと思われるが…。

    「ジェレミアはお前を造った地、ギルム=ガルドの当代の神聖な巫覡だ。今のお前よりよほど神力と霊力の扱いに慣れている。ミカエルが常にお前の側にいるのは不自然ゆえ、教会にいる際はジェレミアのことも利用しろ」
    「は、はあ…」
    「よろしくお願いします、ヘルセム様。こうしてお会いできて光栄です」
    「どうも…」

    言葉遣いこそ丁寧だが、頭を下げるジェレミアの態度はあまりいい印象を受けない。なんと言うか威圧的な態度を感じるのだ。それに気づいていないのか戦神はジェレミアを自分の近くまで呼んで何か話すと、短く「健闘を祈る」と言い残して消え去ってしまった。空間にはヘルセムとミカエルとジェレミアだけが残される。口火を切ったのはミカエルだった。

    「ジェレミアさんに来ていただけて助かりました。あまりヘルセム様と共に行動するのも不自然に見えますし、外の様子も監視しないといけませんから…」
    「来て当然だ。主上直々の勅命を断るわけねーだろ」
    「それもそうですね。…今日はA.S.の現状と今後につい三者で話をすり合わせられると良いのですが」
    「…大雑把には聞いてる。だいぶ深刻な事になってるってのもな。でも詳しい状況はこちらとしても知っておきたい。使える奴らは全員使う」
    「心強いです」

    ジェレミアはどこからともなく椅子を取り出して背もたれを肘置きにするようにして頬杖をついた。結界の中であれば椅子を空間から取り出すことも可能なようだ。
    しかし、それにしても…。

    「…なあ、ミカエル…」
    「はい、何でしょうか?」
    「あのジェレミアってやつ、なーんか態度悪くない?機嫌悪いのか?」

    ミカエルにだけ聞こえるよう小声でジェレミアについて探りを入れる。ヘルセムが嫌われているだけなら、構わないが身内に信用が置けないのは避けなければならない。

    「ああなるほど。…ジェレミアさんは誰に対してもあんな感じですからお気になさら…いえ、気になりますよね」
    「ま、まあ…嫌われてるってならそれは構わないけど、信用できないのは良くないだろ?」
    「ごもっともです。ジェレミアさん」
    「なーにコソコソ喋ってんだ。俺の態度が気になるならはっきり言え。言っても変えねぇけどな」
    「…だ、そうです」
    「…俺、あいつのこと信じていいわけ?」
    「はいそれはだいじょ…」

    「おーい、ミカ!いるんだろ?新人はこっち手伝ってくれ!」
    「あ、はい!すぐに行きます!…申し訳ありませんが、ヘルセム様、私は一旦部屋を出ます…!」
    「あー…うん…」

    ミカエルはビーに呼ばれて結界の外に出て行ってしまった。ジェレミアと二人きりにされてしまいまい、ヘルセムは気まずくなる。

    「…ヘルセム様さー」
    「……へっ!?」
    「……………」

    ジェレミアが目を細める。肘をついたまま冷たい視線がヘルセムに刺さる。
    そして、ジェレミアはため息をついて、仕方ない、と言いたげに椅子から立ち上がった。煙草を取り出し(やはりどこからともなく)吸い始める。

    「実際に会うのは初めてだけど、そんな小動物みたいに縮こまってて本当に戦えるわけ?勇猛果敢だって聞いてたんだけど」
    「む、昔はそうだった、かもしれないがほとんど覚えてないんだよ!」
    「覚えてないから、ビビってるわけ?」
    「は?なに?」
    「ビビってんのは、俺の態度に対してだろ。この程度でビビっててさー…本気で偽神殺すつもりあんの?」

    ジェレミアがタバコの煙を吹かしながらヘルセムを見下す。とても聖職者とは思えない態度と口調でジェレミアは威圧する。それに無性に苛立ってヘルセムは声を荒げた。

    「っ!!俺は!…確かに今は力は昔のようには扱えない。けど、あの場所で苦しんでる人たちがいるんだ!!そんなこと、絶対に許さない…しかも俺のせいで苦しまされているなんて、許せるはずがない…!!」

    自分を睨むヘルセムをジェレミアは、目を細めて見つめている。何かを探るような鋭い視線だった。

    「……なんだ、ちゃんと喋れるじゃん」
    「………は?」

    間の抜けた声を出すヘルセムを気にせず、ジェレミアはゆっくりと煙を上に向かって吐き出すと、再び咥えながらヘルセムに手を差し出した。差し出された手のひらには光り輝く長細い、弾丸のようにも見えるものが何個か転がっていた。ヘルセムがそれを覗き込むのを確認すると、ジェレミアは器用に一つだけ弾丸を指で掴む。その代わり握った手のひらからは他の弾丸のような光は消えてしまう。そして掴んだ一つが存在を主張するように淡く明滅し始める。それをヘルセムに見せながらジェレミアは説明を始めた。

    「これは神力で作った神器専用の弾丸だ。…俺が教えられるのは神力を練り、具現化させること。神器は神力でしか動かないからな。それで、神器の二丁銃で弾丸を発射するには神力で作った弾丸と、それを発射するための火薬代わりの神力の2つが必要だ。片方の神器が呼応しないってことは、神器をまともに扱う神力の使い方すら忘れてるってことも原因にあるだろうから、まずは神器に装填する弾丸の形成を思い出してもらいますよ、ヘルセム様」

    ジェレミアは相変わらず冷めた青い瞳をしていたが説明は丁寧だった。先ほどまでの横柄な態度では鳴りを潜め、巫覡としての顔をしている。

    「…ジェレミアの態度ってどっちが本物…?」
    「巫覡の前はマフィアに捕まって働かされてたから、それが原因かな」
    「ど、どんな経歴だよ……」
    「俺のことはいいから。さっさと始めてくださいヘルセム様。それとヘルセム様は”有識者として特に重要な備品の整備をこの小部屋でしてる”ってことになってるんで、話は合わせてくださいね」
    「わ、わかったよ…でも神力って」
    「この部屋に入った瞬間に主上の力を感じたでしょ…面倒だから敬語なしでいいや。あれが神力の流れ。人間でいう血の流れにも等しいものだ。ただし神力は人間や他の神たちからの”信仰心”で回復したり、増幅したりする。この部屋は主上の尽力で満ちてるからヘルセム様が神力を枯渇させるってことはない」
    「…なるほど…ってことはまずはその血の流れってのを意識しないとならないのか」
    「ま、そういうことだな。ちゃちゃっと済ませて次に行こうぜ」

    ジェレミアは再び椅子に腰掛ける。タバコを呑気に吹かしながらヘルセムを眺めている。

    (血の流れ、血の流れ…と言っても血とは別物だ。血のように全身に流れているってことだろうから、それを探ればいいいのか?)

    ヘルセムは瞳を閉じて、部屋の中に入った時のような力の奔流を自分の中に探す。遠くで聴き慣れたゴーゴーという音が聴こえる。これは血液の流れる音だ。もっと奥深くだろうか。

    「ヘルセム様の神力の源は主上の血だ。そうなればきっと血流として流れているだろうな」
    「………なるほど」

    ジェレミアの声を手がかりに血液の流れる音に耳をすませる。でも違う、部屋に入った時に感じたのは表面に流れるようなものではなく濃くて純度の高い清らかで力強い流れだった。もっと、もっと、もっと奥深く、源流のような…。

    「…あった」

    体の中心あたりに感じる力の源、力の湧き出る泉のようなそんな場所。自身の心臓のある場所だ。そこに確かに何か今までに感じたことのない”何か”を感じる。きっとこれだ、ヘルセムは漠然と、しかし確信を持って心臓のあたりに手を当てた。

    「…正解。まあ、ヘルセム様に流れる主上の血は必ずそこを…心臓を通る。つまりそこが始まりであり終わりでもあるってわけ」
    「…なんだよ、ジェレミアは知ってたのか…」
    「もちろん、教えてもらわなくても見りゃあわかる。巫覡名乗るんならそんくらいは常識」
    「さようですか…」

    なら、教えてくれてもいいじゃないか、とも思ったが言葉にはしなかった。教えてもらったところで操らなければならないのは自分自身だからだ。

    「じゃあ、神力が何かわかったところでそれを目に見える形に具現化させるための訓練だ。ヘルセム様は普段から銃をお使いで?」
    「ああ、そうだな一番得意だよ」
    「それならいい。いつも扱ってる銃の弾丸をイメージしてそれを神力で作ってみてくれ。神力は血液と違って生命活動に必要なエネルギーでもあるが、それと同時に傷を回復したり攻撃や防御にも使う。でも普段は血液と同じように身体の中を流れているものだから、攻撃にしても防御にしても身体の外に出して必要な形に変化させないとならない。血液が身体の外に出てくるときのようなイメージで、神力を取り出して形成するんだ。ようは自在に操れる想像力の豊かさが重要だぞ、ヘルセム様」

    ジェレミアに言われて、ヘルセムは試しに手のひらに弾丸の形をイメージしてみる。使い慣れたスナイパーライフルの弾丸の形を鮮明に形作っていく。神器に装填できるサイズのものなのか、本当に使い物になるのか、とか色々細かいことが浮かんできたが、かぶりを振って雑念を払う。

    (一番見慣れた銃弾でいい。まずはそれができれば…)

    ヘルセムは瞼を閉じて、先の戦場にも持ち込んだ銃弾の形状を細部まで思い出していく。それを作るようなそんな気持ちで集中していく。もっと鮮明に、もっとリアルに、もっと対s等を殺すための形に…。ヘルセムの意識は記憶の中に深く落ちていく。

    「………ヘルセム様、そこまでだな」
    「……………は!?」

    ジェレミアの落ち着いた声に驚いて我に返ったヘルセムは弾かれたように瞼を開いた。

    「よく、できていますよ」
    「…え?」

    ジェレミがいつの間にか近づいてきていて、タバコの煙を一つ吐き出してからヘルセムの手のひらの中を覗いた。手のひらの中には淡く発光する一つの銃弾が転がっていた。

    「これだけちゃんとした形ができれば十分。あとはそれを量産できなければいけない。つまり銃弾を作ることに集中しすぎて今のように周りが見えなくなってもいけないし、数が少なすぎても意味がない。そしてそれを連続で発射するための尽力のコントロールも必要だ。…全ては戦闘中に求められる技術だからなヘルセム様。こんなことで喜ぶとは思ってないが、これからが重要だから」
    「う…もちろん、これくらいじゃ褒められるようなことじゃないってことくらいわかってるよ」

    ヘルセムは手のひらに一つだけ生成できた銃弾を見て、これが偽神を斃せる唯一の武器なのか、と不安な心持ちで見つめた。一見すればただの銃弾がなぜか発光しているだけでそれ以外はいつも見る市販の銃弾とこれといって違いを感じられなかったからだ。

    「銃弾にしてもなんにしても神力でいろんなもんが簡単に作れるようになったら、大量生成や生成速度を速める訓練をしていくから。神器を実際に使うのはそれが全部できてからだ」
    「……わかったよ」

    ジェレミアは歯切れの悪いヘルセムを見て、盛大にため息をついて自身の髪をくしゃりと混ぜた。ヘルセムに目線を合わせるために少し屈んでからジェレミアは続けた。

    「今のヘルセム様にはそれはただの光る銃弾くらいにしか見えないでしょうけど実際にその通りです。それだけではなんの意味もない。それを攻撃に変えるための神力の使い方を思い出せば、それはただのモノではなく、殺傷能力を持った武器へと変化するのです。その形に不安を覚えるなら早く思い出して、それを真の姿、役目を果たせるモノへとヘルセム様が意味を与えてやってください」
    「…俺が、意味を与える…?」

    ジェレミアの言葉に反応して顔をあげたヘルセムの瞳は不安そうに揺らいでいる。ジェレミアは耳に届きこそするものの初めてヘルセム神に拝謁した身だ。主たる戦神に今回の作戦の件を聞いたときは心躍らせたものだが、眼前にいる存在は実に弱々しい。ジェレミアは顔色を一切変えずとも若干の目眩を覚えた。
    ジェレミアの耳にするヘルセムとは、至高の存在である戦神の血を唯一身に宿す半神半人で、戦神のように勇猛果敢でありながら慈悲深く、常に人間たちの隣人である。義に厚く、しかし人間を守るためであれば冷徹な決断も時には辞さない、それが聞き及んでいる姿であった。
    それが記憶を失うとこうも弱くなってしまうのか…。
    ジェレミアは逡巡したが、これは己の役目ではないと割り切って事務的に主の命に従って行動する。

    「そうです、主を始めヘルセム様方戦いを司りし神々は、”戦い”こそが本質であり”存在意義”です。”戦いに関わる全ての事象”に意味を与え、己が意義、勝利をもって道を示すことがあなたの役目なのです。その弾もあなたが撃たなければただの”物”でしかありません。あなたがその物に役目を与え、然るべき役割を全うさせてください。あなたが銃を置けばそれは、永遠にただの”物”でしかないということを…そして役割を果たせずうち棄てられ朽ちていくことがどんなに残酷なことか想像してください。それが物ならいざ知らず、”生ける命”だったなら…あなたはどうするおつもりなんでしょうね」

    ジェレミアはヘルセムに合わせていた目線を上げると、今日はもう解散だ、と言ってヘルセムに背を向けた。
    半分ほど減ったタバコを消滅させ、神力で新しく作ったタバコを咥えながらジェレミアは考えていた。大司教らしく、説教じみたことを言ったがこれでヘルセムがどう出るかはわからない。明日以降、ここへ自主的に来ないようなら主が降臨することになるだろう。そうなればコンバハット国は神々の戦いに否応なしに巻き込まれ再び戦火が灯ることになるが、ジェレミアにとっては”それがヘルセムの選択”である以上関係のない話だ。…ただ主が今回はその勝利を望んでいない、ということが一番の悩みだった。
    ジェレミアにそっぽを向かれ、どうしようもないヘルセムは小さく礼を述べるととぼとぼと肩を落として部屋を出ていく。それを少しだけ振り向いて密かに観察していたジェレミアは、部屋を後にしたのを確認してから大きく息を吐いて舌打ちをした。

    「──至高の存在たる戦神よ。私が思うにあれは神としての問題ではなく、人間としての問題です。戦う覚悟はある、現状を打破したい、その決意は固いようですが、自分の出せる力の小ささに自信を失ってしまったようです。”力なき今”と”奪われるしかなかった過去”に縛られている…私にはそう見えます。明日は来られないやもしれません」

    虚空に向かってひとりごちたジェレミアの前に戦神は姿を現す。ジェレミアの眼前で中空に滞空しながら、黒銀に光る銃身を撫でる。

    「…そうか。だが、そのきっかけは存外近くにあるものだ。ヘルセムは明日も来る、お前は引き続きヘルセムに神力の扱いを教えてやってくれ」
    「………承知致しました。…それからこれは邪推ですがヘルセム様は二丁銃のうち、黒の銃”黒蝕”が呼応しなかったと伺っております。それも関係があるのでは?」
    「いや、それはない。”黒蝕”は俺の”黒界”と似て偏屈で、すぐに機嫌が悪くなる。ヘルセムは昔から黒蝕の扱いが苦手だった故あまり関係はないだろう。それよりここで黒界を喚んだおかげで黒蝕の居場所は掴めた」
    「…それは、一体どこに?」
    「珍しいこともあるものだ。今、あれは人間の近くにある。まだ断定はできないが…一石二鳥どころか三鳥くらいにはなりそうだ」
    「は?それはどういう…」
    「今は断定できない、故に俺の内に留めておく。お前はヘルセムに神力の扱いを教えていればいい。必ずあいつは明日もここに来る。お前の不恰好な説教のおかげでな」
    「そ、それは大変お見苦しいところを…」
    「俺は黒蝕の後を追う。結果が出てから報告してくれ」
    「はい」

    黒界をマントの中にしまうと戦神はふわりと浮き上がった。そしてジェレミアを一瞥してマントを翻すと同時に姿が搔き消える。場所が特定できればあとは千里眼が主に助力するだろう。ジェレミアは最後の戦神の一瞥する瞳に一切の迷いも不信もなく、自信しかない瞳にひどく安堵した。






    テンゼロは何とか銃弾を消すと仲間たちと共にA.S.への帰路に着いていた。仲間が肩が凝っただの、酒を飲みたいだのと言って、開放感を味わっている後ろでテンゼロの表情は曇っていた。ミカがそれに気づいて歩調を合わせて寄り添う。

    「…今日はどんな様子でした?」
    「わかってるのに聞くなんて酷いな、ミカは…」
    「久しぶりのことですから仕方ありません。考えることをやめてはいけませんが考えすぎて体を強張らせていてはいけません。みなさんと一緒にお食事を取られたらいかがですか?」
    「………いや、今日はやめておくよ、行きたい場所があるし…」
    「そうですか…それでは班の皆さんにはそう伝えて参ります。私は、みなさんの信頼を得ないとなりませんから今夜はリーダーの元を離れさせていただきます」
    「……ありがとう」

    ミカはテンゼロの行きたい場所を察して、自ら身を引く。こういう気配りはさすがだと思う。まるでミストのような自然な配慮の仕方だ。落ち着ける。


    ミカの気配りもあり、テンゼロは任務の報告も特になく医務室にやってきていた。もう夜遅くなっていたから少し気は引けたが、どうしてもミストの顔を見たかったためだ。己の力不足を目の当たりにして、靄のかかったような陰鬱な気分から救われたいように思えた。
    極力音を消して部屋に入ると、窓が開いていてひんやりとした夜風が部屋を満たしていた。コンバハットは一年の半分以上が雪に囲まれた極寒の地であり、まだ本格的な冬ではないとはいえ病人のいる部屋で夜風などもってのほかだ。テンゼロは急いで窓を閉めようとして、窓に近寄ろうとしたところで足を止めた。窓を開けたのは今の部屋の住人だとわかったからだ。

    「…少年、もう起き上がって平気なのか?」
    「うん、たくさん寝たからよくなったよ」

    そう言うミストの顔色は月明かりのせいもあって青白さがやけに目立った。良く、などなっていないことは一目瞭然だった。それでもカーディガンを羽織ってミストは書類に目を通している。テンゼロは窓を閉めながらミストに懇願するように注意した。

    「寒くなり始めの夜風に当たるのは良くないし…こんな時くらい、仕事のことは忘れてくれ」
    「そういうわけにはいかない。2日も仕事を止めてしまった。ゼインたちに皺寄せが行く。そうはなってほしくない、できることは俺がしないと…」
    「少年…」

    案の定、書類にサインをして行くミストの指にはほとんど力は入っておらず、薄い筆跡でかろうじてミストの名前が読める程度にしか字は書けていなかった。痛々しい姿に怒りを覚えたテンゼロはミストから強引にペンを奪う。ミストに八つ当たりなどお門違いにも程があったが、言うことを聞こうとしないミストに苛立ちが抑えられなかった。
    ミストは書類から顔を上げ剣呑な表情でテンゼロを見上げる。交差した視線の瞳には濃い濁りが見えた。テンゼロにはその瞳に見覚えがあった。性暴力と過酷な任務を課せられていた暗部にいた頃の目だ。

    「テンゼロ。返して」
    「…ダメだ。病人は寝てろ」
    「寝てたら稼ぎがない。俺は、ここで稼ぐことが価値で存在意義なんだ。顔(商品)を売らなきゃ意味はないんだ、だから早く帰らなきゃ…それを返してくれ」
    「そんなこと…!」

    ない、と言おうとしてテンゼロは言葉に詰まった。脳内にジェレミアの言葉が反響する。

    "あなたがその物に役目を与え、然るべき役割を全うさせてください。あなたが銃を置けばそれは、永遠にただの”物”でしかないということを…そして役割を果たせずうち棄てられ朽ちていくことがどんなに残酷なことか想像してください"

    「…それが"生ける命"なら、どうなるのか……」
    「?テンゼロ?何を黙ってる?早く、それを返してくれ」

    口の中で呟いた言葉はミストには届いていないようだ。テンゼロは不満を感じながら握り締めていたペンを差し出されたミストの手のひらに乗せた。触れた手のひらは冷たい。

    「………、わかったよ。でも、お願いだから無茶だけはしないでほしい…」
    「……わかってるよ」

    承服などする気もない抑揚のない返事をしたきりミストは書類にサインをする手を事務的に動かしていく。時折うつらうつらとしていることから眠気覚ましに窓を開けていたのだと察する。
    こんなに苦しんでもミストが仕事を辞められないのは、存在意義を決めつけられているからだ。本来なら自分で意義など見つけていくべきなのに、幼少期からそう育てられたミストには、A.S.以外での存在価値も意義も意味もない、と信じ込んでいる。ミストは生来頭が非常に良い子だ。だからこそ、その思考を奪い、逆に支配することで使い勝手の良い道具になる。
    そんな拷問じみた行為がテンゼロを、ヘルセムを隷属させるためだけに行われている。ミストが顕著なだけでゼインやアリシア、班員たちも皆、差はあれど生きる自由を奪われている。

    「…こんなこと間違ってる…お前たちは本当はもっと自由なのに……」
    「…………」

    テンゼロの呟きをミストは聞こえないふりをした。仕事の邪魔をされたくないらしかった。テンゼロもそれはわかっていたから返事は求めなかった。せめて、ミストの邪魔にならないようにと部屋を出ていく。

    「……。あんたは自由になればいいよ。あんたはここの連中の中では珍しいタイプなのはよく知ってるから。あんたさえ、自由ならそれでいい」

    扉を閉めきる直前、厭世的でしかし、託すように熱を感じる言葉が聴こえてテンゼロは思わず振り返った。瞬間、扉からカチャリという音がして、鍵をかけられたのだと知る。扉を叩いて名を呼ぶが扉を開けるつもりはないようだ。

    「少年…!」
    「おやすみ、テンゼロ」

    気配を消してテンゼロの背後に立ち、テンゼロを部屋から追い出すことに成功したミストは柔らかい声色で父のように慕う人を拒絶した。ゴホゴホと咳き込みながら意識してゆっくりと呼吸を繰り返す。無理をするな、と言うテンゼロは本当に優しい。彼の本心からの心配であることはミストにも嫌というほど伝わっていた。だからこそ、自分のように生き方を変えていくことができなくなった人間などに時間を割いてほしくなかった。自分を捨て、先へ進んでほしい。

    「……ついていければ、よかったのに。あんたはずっと先を行く。今も何か企んでるんだろう、テンゼロ…」

    確証はなかったが、テンゼロがペンを奪ったときの怒りに満ちた表情が常にはなく、ミストに疑念を抱かせた。諦念ではなく、なにか思い悩むようなそんな様子だった。それならばそちらに注力するべきだ、とミストは考えた。自分は自分の意義を果たすだけでいい、テンゼロについていけないのならせめてテンゼロの邪魔にはなりたくなかった。
    ベッドまでフラフラと戻り、書類の処理を再開する。明日からは通常業務が始まる。なんとか薬で誤魔化していくしかないだろう…。算段を立てながらミストの夜は更けていく。

    「…………?誰だ?」

    月明かりの差さない部屋の隅に誰かが立っている。鍵を開けた記憶はないが…。
    ミストの敵意を無視して誰かが歩を進める。月明かりに照らされた冷徹な視線とミストの視線は交差して、ミストの脳裏には真っ先に一番大切な人の顔が浮かんだ。






    続く
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    Replies from the creator

    pemon_nek

    DOODLEXに投稿中の「神さまズちゃんねる」シリーズの前日譚(?)のようなもの。クソ長いのでごくまれーに更新します、多分。
    ヘルセムやミストたちが戦い、戦神が「箱庭」と呼ばれるこの世界を統治するまでの話。
    ほぼ恋愛要素はなし。ファンタジー重視。アダルトは後半にあるかないか程度。親子愛が中心です。
    雷は空を昇る:日常軍事国家・コンバハットに本拠地を構える民間軍事機関、アーマーシェルド略してA.S.は数年前に終結した大陸全土を巻き込んだ大戦の残り火で今日も潤っている。全隊員、職員に衣食住を担保し、給料も大陸全土を見渡しても高水準で、それでいながら大抵の志望者を雇用する。兵役から生きて帰ってこられた者の大半は食や家を失っていたから実に良い就職先なのだ。それにコンバハット国は大陸の北に位置する1年の半分以上が冬、という極寒の地であり、暖を取る家がない、ということは死と同義だった。今回の戦争で元から大きかった貧富の差は更に広がり、持たざる者たちは死ぬかなりふり構わず生きるか、どちらかを迫られていた。それゆえ戦争で恩恵を受けていたという嫌味な側面があっても、衣食住の揃ったA.S.は国民たちにとって魅惑的であった。
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