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    渉と敬人

    お題箱:偽愛「……と、そんなわけですので敬人くん、今からあなたの恋人は私です。さあ、愛を囁いてご覧なさい!見せつけてみなさい!あなたの溢れ出る才能と愛情の塊を!」
    目の前で手を広げ、仰々しくも朗々と叫ぶ渉に、敬人の表情が曇った。周りを取り囲む『ドラマティカ』の面々はまた始まったよ、とばかりに苦笑するか立ち位置を掴みきれずに助け舟を出そうとオロオロするかのどちらかだ。そのどちらも敬人は反応しない。手にした台本を丸めて、はあああ、と大きく息を吐き出した。
    「……これは、どうしてもやらなければいけないか?」
    「敬人くんの書いた脚本ですよ? 誰よりも気持ちがわかるのなら読めるはずですが」
    「いや俺はこの女子高校生役を真白にやってもらおうとして書いたんだが」
    「ですが実際の配役は私でしたからね?」
    バカにしたようなーーそのつもりも渉にはないのだろうがーーいいように敬人のため息は一層深くなる。今回の講演が女学校での依頼というからラブコメディを書けと言われて書いたはいいが、友也のあてがきとして書いたはずの役になぜ渉が入っているのだろうか。
    「日々樹、キャスティングは確かに貴様に采配権があるだろうが、どう足掻いたら俺が『学校一のモテ男☆文武両道の王子様☆』になるんだ。なんの当てつけだ」
    「そして私は『どこにでもいる平凡な女子高校生』…☆」
    「……貴様の実力は理解しているが、だからと言ってこの配役はないだろうが」
    敬人とて芸の道に生きる端くれだ、自分とキャラクターが違うからと言ってそこで諦めるような性格はしていない。『ドラマティカ』の仕事であってもそれは同じこと、とはわかってはいるが、どうにも渉の采配が振るわれることに意図を感じてしまうのだ。
    「敬人くんでは役不足と」
    「馬鹿にするな。俺だって映画で少女漫画のヒーロー役だって回ってきたことがある」
    「でしたら、この程度訳もないのでは?」
    「……誰もやらないとはいってないだろうが」
    「ええ、ええ、そうでしょうとも! それでこそ右手の人…☆」
    渉の良いように話を動かされている、とも思えてくるが、ここで踊れば彼の思うツボだ。何やらニタニタと意味深に笑みを浮かべる渉に、はああああ、と今日一番の溜息を吐き出す。
    「時間がない。さっさと演るぞ」


    「『どうして私なの? 何のとりえもない、ただの平凡な女子だよ?』」
    「……」
    「『ねえ、教えて? どうしてあなたは、私を好きっていうの? 恋人になってくれるの?』」
    「…………」
    「ねえ、教えてくださいませんか? け・い・と・く・んっ」
    「…………夜だぞ。少し静かに歩けないのか」
    時計の針がてっぺんも越えようという時間に、敬人は疲労困憊のまま帰路につく。寮へと向かう道を、渉も一緒に歩いていく。どちらから一緒に帰ろうかと誘ったわけではない、演技指導に熱の入った渉と、それに負けじと食いついていく敬人をおいて他のメンバーは既に帰っていたのだった。
    「真白は最後までいるって言ったのに悪い事をしたな」
    「さっさと帰りなさいと言ったのに聞き分けのない子でしたね。恋人同士の逢瀬を邪魔するなんて野暮ですよ」
    ねえダーリン?などとしなだれかかってくる渉をぐいぐいと引き剥がす。往来でくっつかれたのでは歩行の邪魔だ。しゃんと歩け、と一喝すると渉は一歩後ろからるんるんとついてきた。
    結局あの配役はそのまま正式決定として採用されたようで、渉との恋人役を演じることになったのは夢でも幻でもないらしい。何度か頬を抓ってみたが、どうにも痛みが止まらない。
    なんだってこんなことに。
    今日何度目になるかわからない問答を繰り返して、敬人は鞄を握りなおす。
    先ほど押しのけたのにくっついてくるのは渉だ。この男は学生時代から妙に敬人のことを敵視する。理由がわからなくもないが、はっきりとした敵対でもない、ライバルとして見られていることに妙な居心地の悪さがある。だからこそ、こうやってぴとりとくっついてくるのが余計に違和感で、鬱陶しい。
    「おい、やめろといっただろうが」
    「なんだか役が抜けなくて。ほら、二人っきりで帰るシーンとかあるでしょう?」
    「……役とプライベートを混同するな。日々樹渉ともあろう人間がそんな風に混ざり合うほど未熟ではないだろう」
    「わかりませんよ。案外、こうやってあなたと話をしたかった――というのが、私の本心だとしたら?」
    「………」
    まるで禅問答だ。答えがない。いいように核心から話を逸らされている。こうやってはぐらかして、奇想天外を繰り出す男を、敬人が御しきれるとは到底思えない。否――たとえそれができたとしても、かつての『奇人』である彼が道化を演じているだけと思うだろう。
    「敬人くん。今回の舞台はあなたと私の舞台です。英智が望んだ、と言えばあなたも少しはわかるでしょう?」
    「……英智の名前を出せば俺が貴様とのラブストーリーを承諾するとでも?」
    「私が叶えてあげたいだけですから、嫌でも付き合わせますが☆」
    「……」
    歩みを止めた敬人の一歩前に、渉が歩み出る。月明かりに照らされて妖しげな笑みをたたえる彼は、魔物のようにも、人々を嘲笑う道化にも、可憐な少女にも見える。
    「舞台の上でさえも相手を愛せないのなら、愛するそぶりも見せられないのならおやめなさい。たとえ親の仇でも、憎い恋敵でも、板の上で恋仲を演じるのであれば、心の底から愛してみせてこそ、でしょう?」
    美しい嘘をつきなさい、と渉が嗤う。この時間までかかったその意味を、敬人だって理解できないわけじゃない。だけどどうしてもできないのだ。どうあっても、この男を愛して、愛して、恋におちろという方が無理難題だ。それがにじみ出た結果、というのは嫌でもわかる。
    だけど、逃げるという選択肢も自分自身にはない。
    「貴様を愛するくらい、わけはない」
    至近距離で見つめ合った瞳が満足そうに細まる。及第点です、と嗤ったまま、渉は背を向けた。
    そうして、そこから寮まで一度も振り向くことはなかった。愛を叫んでも、恋を語っても。ただの、一度も。

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