Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    On7hoy

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 5

    On7hoy

    ☆quiet follow

    謎時空デート

    みどゆめさっきから妙にご機嫌なユメに、翠は困惑する。せっかくの休日なのに、どうしてこの子と一緒にショッピングモールを歩いているんだろう。誘ったのは俺の方だけど、と数日前の自分の行いに後悔する。いや、でも、別に後悔したところで何も変わらない。だから余計気が滅入る。はああ、と深々とついた溜息に構わず、ユメがにっこりと笑いかけてきた。
    「翠さま、疲れた、の? ユメの飲み物いる?」
    「い、いやいいよ、俺が奢るって言ったんだし、それは、ユメくんが飲んでくれたらいいから」
    「そう……?」
    「う」
    こてん、と首を傾げられて翠は言葉に詰まった。年下の後輩の男の子、とわかっていてもユメの今日の見た目はどこか女の子のようだったからだ。控えめに塗られたはずのリップがうるうるしている。ユメの手に余るくらいの大きさのカップから、ちょこんと伸びる緑色のストロー。生クリームが溶けだした飲み物は先ほどから減っていない。
    「翠さまって本当に見た目だけ王子様みたいね。ユメがあげるって言ってるんだから大人しく受け取ってくれればいいの」
    「飲み切れないならそう言えばいいのに」
    「そういうわけじゃないの。これくら、飲めると思った、の」
    「自信がないなら最初から小さいサイズにすればよかったんじゃ…?」
    そうしたら、お小遣いだって無駄にしなかった――という言葉はぐっと飲み込む。高校3年生にもなって増えることのないお小遣いを憎むのは筋が違う。
    「いいから、のんで」
    きっ、と翠の方をユメの愛らしい顔が睨む。それ以上言うなとばかりに口に突っ込まれたストローを少しだけ吸い上げると、ユメは満足げに腕を組んだ。
    横暴だ。ESに――夢ノ咲学院に入ってから、理不尽や横暴には慣れていたはずだけれど、このユメという少年は毛色の違う理不尽さだ。
    きゃあ、という声に反応して顔を上げる。眼鏡をかけて髪型をいつもと変えてはいるけれど、いちおうこれでも、翠もユメもアイドルだ。見つかって騒ぎになったか、と構えたがどうやらそういうことはなかったらしい。周りを見渡せば、カップルがお互いのことしか見えてないみたいに寄り添ってるし、女の子同士でおしゃべりに夢中になってる。一人がけの席では、サラリーマンが分厚い本を捲っていた。
    翠とユメが座ったこの席は、入り口からも遠いし、陰になっているから目立たない。そういう席を、ユメが選んで座ったのだ。翠さまをじっとみてるの、ととんでもないことを言いだして。
    ユメの視線に負けて翠はズズズとストローを吸い上げた。甘ったるい液体が口の中に広がっていく。嫌いじゃないけど、甘い。これはユメじゃなくても飽きてしまう。ひとくちだけ吸い上げて、ストローを外すと、ユメはにっこりと笑っていた。
    「おいしい?」
    「うーん……甘い……」
    美味しいかと言われると何とも言えない。溶けた生クリームがぬるく口の中に広がっていく。
    翠の微妙な表情にユメは察するものがあったようだ。おんなじね、と上機嫌に笑った。
    「そう、甘ったるくて胸焼けしちゃう、の。一口で十分」
    「甘いの苦手なのに頼んだの…?」
    「デートだから」
    「デート????」
    翠の頭にたくさんの疑問符が浮かぶ。デート。中学生の時に女の子と付き合ってそんなことをしようと誘われた…ような。結局大したエスコートもできなかったことを思い出して翠ははあ、と不機嫌を露わにする。
    眼鏡の奥の顔がこわばっていくのが自分でもわかる。嫌なことを思い出した。勝手に期待されて、勝手に失望されたデート。翠くんって王子様みたいなのに。ぼんやりと歩いて相槌を打つだけで精一杯だった"デート"は翠の苦い思い出だ。
    甘くて飲めない飲み物をもう一口飲み込む。やっぱり飲めるわけはない。翠が持つ透明なプラスチックのカップが指の形に沿って、形を変える。無意識に力を込めすぎたようだ。めこ、と音がするのに気づいて指を外す。
    すると、びく、と体をこわばらせたユメはごめんなさい、と震えながら俯いていた。先程まであんなにご機嫌で、あんなに理不尽だったのに、この変わり身は何事だろう。あたりを見渡すけれど、ユメの目の前には翠しかいない。
    「ごめんって、別に怒ってるわけじゃないよ」
    「……ほんとう?」
    それ、とユメが指さしたのは翠の手元のカップだ。中身はもう僅かなまま、柔らかなプラスチックが凹んでいる。慌てて、翠は指を外す。
    「翠さま、さっきから、不機嫌だったから、ユメ、何かしたのかなって思って」
    「うん、まあ…顔に出てたのはごめん。デートって言われたからびっくりしただけだよ」
    「ユメと一緒にいるのいや?」
    めんどくさいな、と心底思った。今流行りのやみかわとか言うやつなんだろうか。翠には正直あのジャンルは理解できない。ゆるくて可愛いと思ったキャラクターが突然病み出すのはともかく、方向性がすごくめんどくさい。嫌というかめんどくさい、と正直に言ったらまた泣かれてしまうんだろう。とは言っても翠はここで嘘をつけるほど後輩を上手く慰められない。助けて鉄虎くん、と思い出したユニットの仲間は脳内で言った。『翠くんの顔があればなんでも許されるっスよ』………悪意が含まれているのは、見過ごしておこう。
    いよいよ本格的に泣き出したユメの前で翠は立ち上がる。大量に巡った買い物のショッピングバッグを持って、大きな体をのそりと伸ばす。ふぇ、と俯いていたユメが余計に体をこわばらせた。
    「っ、いや、やめて、…」
    怯えている。当然か、プロデューサーくらい身長の低い子にこんなことしたら怖がられる。だから、人影から隠れて、翠はユメに傅いた。下から、俯くユメを覗き込むようにしゃがむと、ごめんね、と優しく囁く。
    「ユメくん、俺は別に怒ってないよ。びっくりしたけど、ユメくんと一緒ならその……いろんなお店、入りやすいし」
    「……」
    「デートっぽいことを期待してもらってできないのは申し訳ないけど、俺、君のことよくわからないから、…気が利かなくて……えっと、こっちこそごめん」
    「……翠さま、怒ってない、の?」
    「うん、どっちかっていうと困惑してる。俺といるの怖いのかな、とか」
    少しだけ黙ってユメが首を横に振った。怖くはない、らしい。
    「…….そろそろ時間だし、出ない…? ほら、遅れた場合はキャンセルになるって書いてあったし」
    ユメが握りしめているスマホを指さして、翠は必死に笑顔を作った。言いたかないが、こういう困った子供の相手はあの人が得意だった。馬鹿みたいに笑顔を浮かべてヘラヘラするあいつ。思い出すと微妙にイライラしたけど、今はそれどころではない。
    「ユメくんが誘ってくれて楽しみにしてたのは本当だから……まあ、キャラクター目当てって言われたらそうだけど、抽選にも付き合ってくれて、一緒にきてくれたのは心強かったし…」
    ……だんだん言い訳がましくなってきたような気がするが、なりふりは構っていられなかった。何せ今日のこの時間は、ユメが持っているキャラクターショップの当選チケットのためのもの。打算を顕にするのは悪手だと思ったが今更もうどうでもいい。少しだけユメが顔を上げたのを見逃さず、翠は小さな手をきゅ、と握った。
    「ユメくんの好きなお店も付き合うから……だから、そろそろいこう? 今日はこのために来たんだし、俺らは…」
    「……翠さま」
    そうして、ダメ押し、とばかりに翠はふんわりと笑って見せた。こんな子供を騙しているようで心が痛む。いやでも、子供扱いしたらまたそれはそれで怒られるし、ゆるキャラのためならこれくらい、と必死に翠は笑顔を浮かべた。
    「…….わかったの。わかったから手を離して」
    「あ、うん、ごめん……?」
    翠の必死さが伝わったのか、ユメは一人で立ち上がってふるふると顔を振った。機嫌は少し直ったらしい。ぷい、と翠に荷物を全て渡すと、スタスタと歩き出した。
    きまぐれというか変わり身が早いというか。けれど翠の方が足は長い。すぐに追いつくとユメくん、と小さく声をかけた。
    「……許してあげる、の」
    「へ?」
    「機嫌を取られてあげる、の。その代わり、あのサングラス買って」
    「ええ…時間ないけど」
    「いいから、早くっ」
    人使いが荒いというか、理不尽というか。こういう人とまともに付き合ったことは多くないから、翠は困惑しながら服屋に入る。ユメが指定したサングラスをレジに持って行くと横からタグを切るように会計中に指示があった。今つけるのか。小さな顔の半分くらいが隠れるそれをつけるとユメはまたぱたぱたと歩き出した。
    「ユメくん、」
    「……まだ、なの。限定ショップ行ったあとは、雑貨屋さんに行って、その後、アニメショップ、ね。それくらいの対価をユメはもらっていいの」
    「うーん、まあ、そうだけど…」
    よくわからないし、突然キレられても困るから、翠はユメのいうことに従う。大きなサングラスの奥の瞳は見えないし、表情もわからない。ユメくん、と顔を覗き込もうとするとそっぽをむかれる。先ほどはあれだけ見ていたいとか、王子様みたいとか言っていたのにどういうことだろうか。
    よくわからない子だ。半日以上いても、その感想は変わらない。
    けれどスタスタと歩くユメは目の前も見えていないようだった。前からくる子供にぶつかりそうになっているのに気づけない。ユメくん、と翠は咄嗟に手を伸ばしてユメの体を抱き寄せた。
    「きゃっ…」
    「あ、あぶなかったぁ… ぶつかってない?」
    小さな体が翠の体にすぽんとおさまる。駆けてきた子供は障害物がなくなったとばかりにそのまま駆けていく。後ろからきた母親らしき人に軽く会釈をされて、微笑ましい目を向けられて、翠はあ、と察する。
    「……翠さま、くるしいの」
    「あ、えっと…その、ごめん…?」
    翠の腕の中で小さくなっていたユメはいよいよ目を合わせてくれなくなる。嫌われたかな、どうしよう。ゆるキャラショップ、行けるかな。二の句を探す翠に、ユメは小さくありがとう、なの、とつぶやく。
    「……サングラス、気をつけてね…?」
    こくん、とちいさく頷いたのをみて、ユメから腕の力を緩める。その瞬間にちょっとだけ耳が赤くなったのが見えた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💚💜😭😭😭😭👏👏👏☺☺☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works