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    No.5

    No.5(ふぁいぶ)と申します。
    小説がメインで、イラストや漫画もたまに描きます。
    腐が多いので、ご注意を……!
    よろしくお願いします!

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    No.5

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    ユニーク魔法により、24時間ジェイドのことを弟だと思うようになってしまったトレイ。
    今まで関わり合いがそれほど多くなかった2人だったが、超ブラコンなトレイと過ごす中でジェイドの気持ちに少しずつ変化が現れ――……

    ※トレイが黒いので、地雷の方はお気を付けください。ストーリーの開始時点では、ジェイドはトレイのことを好きではありません。(メリバ寄りのハッピーエンドです。)

    #ツイ腐テ
    #トレジェイ
    Trey Clover/Jade Leech

    僕はお兄ちゃん大好きドジっ子キャラに設定されたそうです【トレジェイ】 今日は何か面白いことが起こる気がする。
     朝、隣に並んで歩くフロイドとアズールを見て、ジェイドの頭の中にはふとそんなことがよぎった。特に理由は無かったが、野生の勘というものだ。
     フロイドの勘はかなり当たるけれど、僕の勘もそこそこ当たる……
     そんなことを考えていた矢先、それを現実に変えるかのような、焦った声が聞こえてきた。

    「ジェイド!ちょっと良いかい!」

     その呼びかけに振り向くと、そこには声と同じく表情も焦っているリドルがいた。ぜぇぜぇ、と息を切らせながら立っている。
     笑ってはいけない場面だと分かりつつも、普段あまり見ないリドルの姿にクスッと短い笑いが漏れてしまう。そして、それを隠すように、「おや、リドルさんがそんなに慌てているとは珍しいですね」と発した。
     リドルはそんなジェイドの話を聞いているのかいないのか、ぶつけるように言葉を発する。

    「少し一緒に来てほしいんだけれどっ……」

     そんなリドルの慌てぶりに、ジェイドとフロイドとアズールは3人で顔を見合わせた。

    「……何か緊急事態でも起きたのですか?」

     アズールがそう問いかける。
     そこでリドルがハッとアズールを見た。そして、その隣でニヤニヤしているフロイドに視線を移す。
     ああ……この顔は、今この2人がいることに気が付いたのか……そこまで焦っているとは本当に珍しい、とジェイドが考えながら、「何かお困りのことでしたら協力しますが」と発した。
     リドルは2人から目をそらすと、ジェイドを見上げて口を開く。

    「……ジェイドだけ来てくれるかい?」
    「やだー!オレも行く!」

     フロイドがガバッとジェイドに抱きついた。
     予想は出来ていたが、結構なスピードで来たフロイドを受け止めきれず、ジェイドはよろけながらフロイドを支える。

    「ちょっと、フロイド……」
    「あはっ、ごめぇん!」
    「じゃれている場合じゃない!」

     リドルが2人に向かってそう言うが、自分の声が大きかったことに気が付いたのだろう、両手で自分の口を覆った。そんなリドルに向かってアズールが言葉を発する。

    「リドルさん、ジェイドのことであれば、寮長として僕も同行します。」

     アズールはそう言い、「あのウツボも離れないと思いますよ」と付け加えてフロイドを指さした。

    「っ……」

     リドルはどうしようか考えているのか、口を一文字に結んでいたが、「分かった」と小さな声を漏らす。そして、ゆっくりと口を開いた。

    「実は……トレイが……ユニーク魔法をあびてしまって。」
    「ユニーク魔法、ですか。」

     先程自分が考えていた、面白いことが起こりそうという勘がバッチリ当たっている、と内心楽しみになるジェイド。
     何故自分が呼ばれたのかは全く分からないが、いつもと違うことが起こっていることは明らかだった。

    「どんなユニーク魔法なの~?」

     未だにジェイドに抱き着いていたフロイドは、アズールにベリッとはがされながら、リドルに向かってそう問いかける。リドルからは、何故お前に話さないといけないんだ、という空気が溢れ出ていたが、指摘する方が面倒臭くなると思ったのだろう、素直に話し出した。

    「……詳細は後で話すけれど……ジェイドのことを弟だと思い込んでいて……」
    「弟……?」

     よく意味が分からないが、そういうユニーク魔法があるのだろう、と頷く。そんなジェイドを見て、リドルが言葉を続けた。

    「それで……とにかくトレイの言うことを否定しないように聞いて、対応してほしいんだ。」

     否定しないように、とは……その言葉の通り、同意しておけば良いということだろうか?
     ジェイドが眉をひそめていると、不審に思われていると思ったのか、リドルが「ジェイドが弟ではないという現実が分かってしまうと、オーバーブロットを起こすかもしれない」と呟くように発した。そして、キッと3人を睨み上げる。

    「とにかく!早く来てくれないかい!」

     そう言い、リドルが足早に歩き出した。
     フフ……リドルさんも、幼馴染のピンチとなったら、ここまで焦るのか……
     ジェイドは、そんなことを考えながらアズールとフロイドと再度顔を見合わす。全員が思い思いの表情を浮かべ、リドルを追いかけて歩き出したのだった。





    ・・・・・





     辿りついた先には、恐らく怒られたのであろう、項垂れているハーツラビュル寮の1年生達がいた。そして、その隣にはトレイとケイトが立っている。
     その図で、1年生達が何かをやらかした時に発されたユニーク魔法をトレイがかぶってしまった、ということが目に見えるようにして分かった。
     ハーツラビュルではよくある構図だな、とジェイドが思っていると、リドルがトレイに向かって声をかけた。

    「……トレイ、連れてきたよ。」
    「ジェイド!」

     トレイはニコニコしながら歩いてくると、満面の笑みで手を伸ばし、ジェイドの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら「今日もちゃんと起きられて偉いぞ~!」と発した。

    「っ!」

     突然のことにジェイドが硬直するが、兄として弟を褒めている状態なのだろう、とジェイドが笑みをつくる。
     ……完全に無理矢理つくった笑みにはなっていたし、後ろでアズールとフロイドがブハッと吹き出したことには腹が立ったが。

    「あ、ありがとうございます……」
    「ほ、ほら!トレイくん!もうジェイドくんに挨拶終わったでしょ?早く教室行かないと!」

     焦った様子でケイトが声をかけて、トレイの腕を引っ張った。それに、トレイがジェイドの頭を撫でるのを止めると、「ああ、そうだな……」と悲しそうに呟く。
     はぁ、とため息をつくトレイを見て、トレイさんは弟が好きなのか、と思うジェイド。そういえば、実際にも兄弟が多いと言っていた、とトレイのことを思い出していた。

    「じゃあジェイド、また昼休みにな。」

     突然そんなことを言われ、ジェイドの口から「え?」という疑問符が飛び出る。それに、トレイが首を傾げると、口を開いた。

    「え、って……昼メシ一緒に食うだろ?」

     さも毎日一緒に食べています、というように言われてしまい、ジェイドがうぐっと詰まる。
     こ、これは……どうすれば……?もちろん一緒になんて食べたことはない。でも、先程リドルさんから否定しない方が良い、と聞いたし……
     そんなことを思い出し、一応「はい」と同意することにした。それを見たトレイは満足そうな表情を浮かべて手を振ると、ケイトと一緒に校舎へ向かって歩いていく。
     そんな2人の後ろ姿を見ながら、リドルがはぁ、と大きなため息をついた。途端にフロイドが笑い出す。

    「ぶははははっ……ウミガメくん、マジでジェイドのこと弟だと思ってんじゃん!おもしれー!」
    「フロイド!笑いごとじゃない!」

     リドルはそう発するが、その声には怒りよりも疲れの色の方が濃く出ており、ジェイドが苦笑した。
     完全にいつものトレイさんではないし、ユニーク魔法が発揮されているな……というか、ケイトさんが大変そうだ、とジェイドが考えていると、近くに突っ立っていた1年生達……エースとデュースが口を開いた。

    「寮長、すみません、オレ達のせいで……」
    「すみません、寮長……」

     リドルは、そんな2人を見ると、再度ため息をついて「本当に問題ばかり持ち込んで……」と発する。それに比してフロイドは滅茶苦茶楽しそうに「カニちゃんとサバちゃん、なかなかやるじゃ~ん!」と2人を小突いていた。
     そんなフロイドの後ろで、ジェイドが、2人の首にリドルのユニーク魔法の首輪がハマっていることにフフッと笑っていると、何故かアズールが仕切るように口を開いた。

    「……それで、詳しく聞かせていただけますか?」

     アズールが眼鏡をクイッと上げる。
     ああ、これは契約を狙っているな、と思いながらも、ジェイドがリドルの方を向いた。それが分かっているのか、リドルは渋々といった感じで話し始める。

    「……実は、この2人がある生徒と喧嘩して、その生徒がユニーク魔法を使って……」

     リドルがそう言ってから、「ああ、その生徒はクルーウェル先生に引き取られていったから心配ないよ」という注釈を入れた。
     そして、ジェイドを見て言葉を続ける。

    「そのユニーク魔法というのが、魔法を受けてから最初に名前を聞いた人を24時間兄弟だと思い込むというものらしい。」

     そんなユニーク魔法何に使えるんだ、と思うが、こればかりは文句を言っても仕方がない。ジェイドがリドルの話に頷いた。

    「その生徒曰く、兄になるか弟になるか……女性だと姉になるか妹になるかはその時の関係性次第ということらしくて……」
    「僕が年下なので、弟ということになったのですね。」

     ジェイドがそう言い、「それにしても、僕の名前を最初に聞いたのですね」と発する。それにリドルが苦い表情を浮かべた。

    「それはその……こんな事態になっているとは知らなくて、僕が今日の魔法薬学の授業の話でトレイに聞きたいことがあって、ジェイドの名前を出してしまったんだ。」

     リドルはそう言い、ため息をついた。
     ああ、たしかに今日の魔法薬学はリドルさんとペアを組むことになっていたな、とジェイドが思い出す。

    「ジェイドが弟ではない、と無理矢理現実に引き戻してしまうと、一緒に魔力も放出されてしまうらしく、オーバーブロットの危険性があるからと止められていて……」
    「ああ、そういうことですね。それで、トレイさんの言うことを否定しないようにした方が良いと……」
    「そういうことだ。あと、元に戻った後も今日の記憶は普通にあるようだから、心理的な面も踏まえてあまり込み入ったことは話さないように、ということだった。」
    「……そうですか。」

     内容はある程度分かった。
     とりあえず、トレイさんは僕のことを弟だと思っていて、それは24時間継続する。無理矢理、現実を突きつけてはならず、この24時間の記憶も普通に継続される……ということ。
     ジェイドが今の情報を整理していく。
     そんなジェイドからアズールに視線を移すと、リドルが口を開いた。

    「……ということでアズール。今の状態で変な契約はしないでほしい。」
    「僕は何も言っていませんが。」

     そんな言葉に対し、リドルが「顔が言っている」と短く発した。
     リドルさんひどいです……と目頭を押さえるアズールを見てはぁ、とため息をつくと、リドルが言葉を続ける。

    「先生方にはもう伝わっていて、なるべく接しないようにという指令が出ている。接するのはケイトがメインになる。変なことは止めてほしい。」
    「言われなくても分かっていますよ。」

     アズールはそう言い、「記憶が残るんじゃ何も出来ませんしね」と小さく付け足した言葉に、リドルがアズールを睨んだ。

    「キミは本当に……」
    「冗談ですよ。リドルさんは真面目ですね。」

     呆れながら言われたことにリドルはムッとした様子だったが、「ねーねー話終わったぁ?」と言うフロイドの言葉に、全員の注意がフロイドへと向いた。
     フロイドはニコニコと機嫌が良さそうに言葉を続ける。

    「カニちゃんとサバちゃんにいろいろ聞いたよ~!ジェイドのオニーチャンしてるウミガメくんに付いてってもいーい?超おもしれーし!」
    「だからっ……今日はトレイには近付かないように!」

     リドルが顔を真っ赤にして爆発しそうになりながら、そう発する。
     フロイドにまで首輪をつけそうなリドルを「まあまあ」となだめながら、「僕の兄弟はフロイドで十分ですが」と発するジェイド。そして、リドルに向かって口を開いた

    「では僕は……お昼はトレイさんと一緒に食べた方が良いですよね?それ以外は会わない方が良いということですね?」
    「ああ、そうしてもらえると助かる。」

     リドルはそう言うと、「あ、あと……」と思い出したように口を開いた。

    「つくられた兄弟の関係性によっては、普段とは少し違う関係性が生まれてしまうかもしれないということで……」
    「はぁ~?どういうことぉ?」

     リドルの言うことがよく分からなかったのだろう、フロイドが首を傾げながらそう発する。

    「だから……2人が仲の悪い兄弟という設定であれば普段は仲が良くても、この1日だけはトレイが冷たくなるとかそういったことが起こるそうだ。ちなみに、どんな設定になるかはランダムだと聞いている。」
    「先程見た感じ、仲の良い兄弟という印象を受けましたね。」

     そんなアズールの言葉にリドルが頷いた。

    「そうだね。そうなると、普段よりも一緒にいる機会が多いかもしれないし、話の内容も変わってくるかもしれない。」
    「たしかにそうですね。」

     そう言い、ジェイドがトレイとの会話を思い出していく。
     トレイさんとはそこまで親しくしていたわけでもないし……話といっても、普段は若干の世間話程度で、話題という程の話題も無い……
     そんなことを思いながらもジェイドが考える。

    「……」

     でも、たしかに……トレイさんにとって弟の僕はお兄ちゃんっ子という設定になってしまっているのであれば、昼食を一緒に取る約束をしているということも頷ける……
     そう思い、ジェイドが「ひとまず、どのような関係性の兄弟なのかを見極めて接するようにしますね」と続けた。

    「そうしてくれると助かる。」

     リドルはそう言うと、「あと他言無用でお願いしたい……」と小さく付け加えた。

    「え~!どうしよっかなぁ~?」

     ここぞとばかりに、面白そうに言うフロイドをリドルがキッと睨んだ。それにアズールが割って入る。

    「そうですね、他言無用は守りましょう。」

     そう言うと、「その代わり、そこの2人に1週間、うちで働いてもらうのはいかがでしょうか?あと、トレイさんが元に戻ってから、ラウンジ用のデザート1品を考えていただき、レシピを分けていただくというのも併せて」とアズールが流暢に発した。
     これは……もう何を対価にするか決めていたのだろう……この1週間は、新商品も出る繁忙期で、スタッフの配置についても悩んでいたし、とジェイドが苦笑する。
     リドルはそれに、何度も頷いた。

    「ああ、是非そうしてもらいたい。もちろん賃金は不要だ。」

     エースとデュースは明らかに嫌そうな顔をしているが、自分達に何か言う権利が無いのは分かっているのだろう、口をつぐんでいたのであった。





    ・・・・・





     昼休み――……

    「ジェイド!」

     クラスまで嬉しそうに迎えにきたトレイを隠すように、ジェイドが教室を飛び出た。
     トレイさんがあんな笑顔で僕のところにくることなんて無い……絶対、変に思われる……!
     そう考えたジェイドは、咄嗟に教室からトレイを見えない位置に隠すと、ニッコリ笑った。

    「む、迎えに来てくださり、ありがとうございます!」

     なんとなく視線を感じ、満面の笑みのトレイの後ろを見ると、ケイトが「ごめんね~」という口パクと共に手を合わせていた。
     ケイトさんもなかなか大変だ……
     ジェイドはそんなことを思いながら、ケイトに軽く会釈をする。そしてトレイに視線を戻すと、「どこで食べますか?」と問いかけた。

    「ん?いつも中庭に行っているだろう?」
    「そ、そうでしたね!」

     ジェイドが慌てて頷く。
     いつもと言われても……設定が分からない……とりあえずどこでも食べられるように、昼食を買っておいたのは良かったけれど……
     そう思いながら、ジェイドはパンが入った鞄を抱えてトレイについて歩いて……否、普通に並んで歩いているだけなら良かったが――……
     困っていることは無いか、とか、授業はどうか、とか、寮の生活はどうか、とか、質問攻めにあい、中庭に着いた頃には、ジェイドは既に疲れ果てていた。

    「……」

     トレイさん、過保護すぎる……
     抱いた印象はこれのみ。仲は良さそうだったし、こうなることもなんとなく予想は出来たけれど、とジェイドはトレイの隣にゆっくりと腰をおろした。

    「そういえば、フロイドと喧嘩したと言っていたのは大丈夫だったのか?」

     サンドイッチの箱を開けているトレイにそう問いかけられ、ジェイドが首を傾げる。
     ……喧嘩?
     トレイの言っていることがよく分からず……そんな心の中と同じような疑問が口から漏れる。

    「……喧嘩、ですか?」
    「一昨日ぐらいだったかな……キノコのことで喧嘩したと言っていなかったか?」
    「あ……ああ、そうでしたね!」

     トレイの話に合わせるように頷いたジェイドだったが、本当にフロイドと部屋に置いてあるキノコのことでもめたことを思い出していた。
     そうそう……フロイドが、あの珍しいから飾ってあったキノコのことで突っかかってきて……
     そんなことを思うと同時に、僕も自分の兄に悩みを相談するぐらいお兄ちゃんっ子の設定なのか、ということも分かり、げんなりするジェイド。
     これは……ひとまず、懐いている感じを出さなければならないかもしれない……

    「すぐに仲直り出来たので大丈夫でした。」
    「そうか、良かったな。」

     そう言い、トレイが嬉しそうに頷く。そんなトレイの笑みに、なんとなくジェイドの心の中がほっこりと温かくなってきた。
     ……トレイさん、いつも人の良さそうな笑みを浮かべている印象はあったけれど、こんなに楽しそう……というか、嬉しそうに笑うのか……
     そう思うジェイドだったが、ああ自分の可愛い弟が相手だからか、と気付いて、自己完結する。

    「……」
    「……」

     2人とも何も話さない時間が流れ、ジェイドが視線だけをトレイに向けた。トレイは、特に何も言うこと無く、サンドイッチを頬張っている。
     これは……どうすれば良い?僕もトレイさんに悩みを相談するぐらいの仲という設定なんだから、ずっと受け身だと怪しまれそうだ……
     そんな分析をしたジェイドは、自分から口を開くことにした。

    「トレイさんは、ケイトさんとかと喧嘩されるんですか?」
    「え?」

     ジェイドの言葉に、トレイが眉をひそめて手を止めた。
     ……ぼ、僕は何か変なことを言っただろうか……?
     トレイの反応に、ジェイドの背中に冷や汗が流れる。そんなジェイドに向かって、トレイが訝し気な表情を浮かべながら口を開いた。

    「……何で、名前で呼ぶんだ?」
    「え……あ。」

     そうか……!自分の兄のことを名前で呼ぶことはあまり無い……かもしれない。
     万が一呼んでいたとしても、さん付けは無い、とジェイドが顔を背ける。

    「……あー……ええーっと……」
    「ずっとお兄ちゃんって呼んでくれていたのに……ジェイドも、ついに兄離れの時が……」

     明らかに暗くなるトレイに対し、ジェイドは内心慌てる……が、では僕はトレイさんのことをお兄ちゃんと呼ばなければならないのか、という考えも同時に浮かんでくる。
     お兄ちゃん……おにいちゃん……オニーチャン……

    「っ……」

     呼べる気がしない、とジェイドは頭を抱えた。しかし、自分の隣で、自分以上に頭を抱えながら「ジェイドは、このまま変わってしまうのだろうか……いや、もう変わってしまっている……?今日のジェイドは少し変な気もするし……」と呟くトレイを見て、ジェイドがマズい、と視線をそらす。
     っ……もうどうにでもなれ!
     そう思い、ジェイドが口を開いた。

    「お……お、おおお兄ちゃんっ……」
    「!」
    「えっと!す、すみません……!ちょっと、クラスメイトの真似をしてみたくて!」

     よく分からない理由になったが、とにかく何か言わないと怪しまれる、と必死に絞り出して言葉を発するジェイド。しかし、恥ずかしさから火照ってくる体をどうにも出来ず、足元に視線を落とした。
     ううう……何だ、これは……何故僕がこんなことを……
     ジェイドの発言を聞き、トレイは満足したのか、「そうだったのか~」と言いながら、サンドイッチを掴んだ。

    「っ……」

     今日1日は、トレイさんを呼ぶ時はお兄ちゃんと呼ばないといけないのか……?
     ジェイドの目の前が暗くなっていく。
     たしかに落ち着いて考えればそうだけど……恥ずかしすぎるし、トレイさんが元に戻った時、心理的ダメージを受けるのは、トレイさんだけではなく自分もだ……
     そんなことを思い、心の中で大きなため息をつくジェイドだったが、「今日の夜のことだけど」という言葉にハッと現実に引き戻された。

    「よ、夜……ですか?」

     また出てきた新しい情報に、ジェイドが顔をひきつらせる。そんなジェイドの変化が分かったのか、トレイが首を傾げた。

    「いつも金曜日の夜は、俺の部屋でこの1週間にあったことの報告会をしていただろう?」
    「そ、そそそそうでしたね!」

     ジェイドがブンブンと頷く。
     報告会……!兄弟でそんなことするのだろうか……?僕はフロイドとはしたことは無いけれど……人間にとっては特別なことではない……?それとも、トレイさんが変わっているだけ……?
     そんなことを思うが、もちろん口に出すことは出来ずに、ジェイドはハハハ、とわざとらしい笑みを浮かべる。

    「実はな、今日はミーティングがあって20時をちょっとだけ過ぎそうで……」

     トレイがそう言うと、「前に渡していた鍵を使って先に入っていてくれないか?」と発した。
     か、鍵……?いや、それはさすがにもらっていないのでは……?
     ジェイドがサーッと青ざめていく。

    「……?ジェイド?」
    「あ、その……」
    「何だ、また鍵を無くしたのかー……」

     トレイがはぁ、と呆れたようにため息をつく。そして、「この前、自分の部屋の1番上の引き出しに入れたって言っていたぞ」と続けた。
     ひ、引き出し……?よく分からないけれど、この状態だと過去にもらっていたはずの物もちゃんと引き継がれて存在するのだろうか……?
     過去に干渉するユニーク魔法であればすごいな、と別のところで感心しながらもジェイドが「あ……そ、そうでしたね……」とトレイに同意する。

    「鍵は大事な物なんだから、ちゃんと管理しとけよ~。」

     そう言うと、「ま、そういう抜けてるところも可愛いんだけど」と言って、ジェイドの頭をポンポンと叩いた。

    「っ!」

     人生2回目の頭ポンポンに、ボッと顔が熱くなってくる。
     1回目はあまりにも突然でよく分かっていなかったけれど、こうして落ち着いた状態でされると……なんというか、恥ずかしさが増すというか……
     ジェイドが視線を泳がせていると、トレイに「どうした?」と問いかけられた。

    「あ……、いえ!何でもありません!」
    「そうか、それなら良いけど。」

     トレイはそう言うと、「何かあれば、いつでも兄ちゃんに言えよ~」と付け足す。

    「あ、ありがとうございます……」

     そう言うジェイドを満足そうに見て、トレイはまた別の話を始めた。
     ジェイドも相槌をうったり答えたりしながら買ってきていたパンを食べていた……が、何も味がしないことに気付き、自分は余程気が張っているのだな、と客観的に思っていたのであった。





    ・・・・・





    「ブハッ……ジェイド、顔死んでんじゃん、大丈夫~?」

     放課後、フロイドがジェイドの教室に来て、突っ伏しているジェイドの頬をつつく。
     授業が終わってから、ジェイドは机の上で突っ伏しながら教室から生徒が出ていくのを音だけで確認している……という状態であった。

    「……フロイド……止めてください。」
    「ジェイドにしちゃ珍しく疲れてるし!」

     そう言い、「そんなにウミガメくんおもしれぇの~?」と発する。それに、ジェイドが少しだけ顔を上げた。そして、むすっとした顔でフロイドを見ると口を開いた。

    「……面白くはありません。」
    「え~ぜってぇおもしれーじゃん。」

     そう言い、「どんなだった?」とフロイドがジェイドを覗き込む。
     そんなフロイドに、どこまで話すか……と、ジェイドが思うが、疲れが先行してしまい……気付けば、口が勝手に動いていた。

    「……僕のことは、お兄ちゃん大好きドジっ子キャラに設定されているようです。」
    「ぶはははっ!」

     それにフロイドが腹を抱えて笑い出した。笑いすぎてヒーヒー息を切らせている。
     笑われると思った……というか、僕がこんなキャラになっているなんて、自分でもおかしいと思う……
     そんなことを考えながらジェイドが言葉を発した。

    「僕がそんなキャラでないことは、自分で1番分かっていますよ……」

     そう言い、ため息をつくと「こんなことなら、仲の悪い兄弟設定がどれほど良かったことか……」と付け足す。
     仲が悪かったら……もちろん一緒に何かをするわけでもないし、僕の悪口を言ったところでケイトさんがフォローしてくれるはずだから、僕からすると今と変わらないし……
     フロイドは、そんなジェイドを見ながらハッと気付いたように口を開いた。

    「仲良いなら、結構ベタベタしてるってこと~?それは、ちょっとヤなんだけど!」
    「ベタベタ……は別にしていませんが。」

     ジェイドはそう言うと、「フロイドと喧嘩していたこと等、自分が悩んでいることをトレイさんに相談していたようです……」と発する。
     少し考えてその件に思い当たったのか、またフロイドが笑い出した。

    「あのキノコの喧嘩のやつ?ジェイドがオニーチャンに相談してるー!」
    「う、うるさいですよ、フロイド!ちなみに、僕が実際にトレイさんに相談していたわけでは、断じてありませんので!あんな幼稚な喧嘩のことなんて、誰にも言いません!」
    「そっかそっかぁ、ジェイド辛かったんだねぇ?オレにも相談していーんだよぉ?」
    「しません!」

     からかってくるフロイドを睨みつけると、ジェイドがふんっとそっぽを向く。
     僕は基本的に1人で決めることが出来るし、第一フロイドとの喧嘩なんてよくあることだから、相談なんてしないし……いや、まあ、さっき幼稚と言ったけれど……
     この前のキノコで揉めたのは殴り合いにまで発展する結構大きい喧嘩だった、とジェイドがそんなことを思っていると、フロイドがボソッと呟いた。

    「2人が喋ってんの滅茶苦茶見てぇ……」
    「絶対、見ないでください!」

     ジェイドはそう言うと、「とにかく、今日は僕に近付かないでください!アズールにも伝えてくださいね!」と言い、また机に突っ伏した。
     フロイドは「はいはーい」と面白そうに返事をすると教室を出ていく。

    「……はぁ。」

     扉が閉まる音と同時にジェイドの口からため息が漏れた。

    「……何故、こんなことに……」

     別にトレイさんが悪いわけじゃないことは分かっているが、自分が悪いわけでもないし……
     それに(これはアズールから聞いたことだが)今回きちんと対応していることで先生たちの評価も上がっているようだ。それなら、これを貫き通すのが良いだろう……

    「……とにかく……」

     今日はお兄ちゃん大好きドジっ子キャラで通さなければならない……万が一、トレイさんが何かに気付いてオーバーブロットでもしてしまったら、僕のせいになってしまう……
     そうなると、先生からの評価も下がるし、運が悪ければ弱みを握られることになって……とジェイドが思い、目をつむる。

    「……」

     あとは呼び方に気を付ける……か。
     とりあえずは呼ばないようにしよう、とジェイドが心の中で固く誓ったのだった。





    ・・・・・





     夜――……

     ジェイドはハーツラビュル寮の廊下を歩いていた。

    「……鍵。」

     自分の手の中にある鍵を見て、そんな言葉を呟く。
     まさか、とは思ったが、自分の机の1番上の引き出しには鍵があった。
     そういえば、ユニーク魔法を使った1年生をアズールが調べていたな、と思い出すジェイド。その内容を聞いたが、魔法の成績はかなり良いらしい。1年生でユニーク魔法が分かっているという時点でそこそこ魔法は使えるのだろうけれど、と思いながら、こんなところに魔法がよく出来る力を使わなくても、と苦笑する。

    「……開いた。」

     手の中にあった鍵でトレイの部屋のドアを開けて中に入った。
     キョロキョロと周りを見回すが、特に気になる物もなく……ひとまずソファーに座ってスマホを見る。

    「……完全に面白がっていますね。」

     フロイドから来ていた「ちゃんと何があったか教えてよ~!今日聞いたこと、アズールには全部言ったからぁ」というメッセージに返信する気も起こらず、スマホの画面を切った。
     他人事だと思って……とジェイドがため息をつく。
     しかし、まあたしかに、僕がフロイド側の立場だったら同じようなことをするかもしれないけれど、とこの件については考えることを止めにした。

    「……」

     そして、チラッと時計に目をやる。
     20時を過ぎそう、という話をしていたから、きっと待ち合わせは20時なのだろう、と予想し、ジェイドは部屋を訪ねていた。
     時計の長針は10を指している。

    「よし……」

     トレイさんは、今週何があったのかの報告会と言っていた。
     何を話すか大体決めておこう、とジェイドが考え始める。
     ええっと、今週は……フロイドとは喧嘩したけれど仲直りしたし、あと印象的だったこととしては、ラウンジの新メニューの反響が大きかったことや、飛行術のテストがあったこと……
     そんなことを考えてると、突然大きな音を立てて扉が開き、トレイが駆け込んできた。その音とトレイの勢いにジェイドの肩が跳ねた。

    「悪い!ジェイド!」
    「え?あ、いえ……」
    「これでも頑張って早く終わらせてきたんだけど……」

     そう言って、はぁ、と大きく息を吐く。
     これは……僕のために大慌てで帰ってきてくれたということ、だろうな……
     そんな結論に至り、ジェイドはニッコリと笑顔を浮かべると「僕は全然待っていませんので大丈夫ですよ」と発する。

    「そうか……良かった。」

     そう言うと、トレイは着替えるから待っててくれ、と言い、ガバッと上の服を脱いだ。それに、ジェイドが目を見開く。

    「あ、の……!」
    「……?何だ?」

     上半身裸のトレイがジェイドの方を向く。バチッと目が合い、居心地が悪くなったジェイドが視線をそらした。
     突然のトレイの行動に驚いたジェイドだったが、別に同性の兄弟だったら、目の前で着替えていても気になんてしないか……と気が付く。
     フロイドが素っ裸でいても別に気にしないな、と思いながら、ジェイドが「な、何でもありません……」と小さく呟いた。そして、なるべくトレイを見ないように床と睨めっこをする。
     ……いや、同性の着替えなんだし、別に見ても何も無いけれど……
     そう思うが、なんとなく居たたまれなくなったジェイドは「そういえば……その、早く帰ってきてくださったようですが……ミーティングは大丈夫だったのですか」と問いかけた。

    「ああ、大丈夫だよ。」

     そう言い、トレイが「ジェイドは優しいな~」と続ける。

    「あ、いえ、そんなことは……」
    「ジェイドは人のことばかり優先して考えるから、兄ちゃん心配だよ……」

     トレイはそう言ってため息をつき、「ちゃんと自分のことを第一に考えろよ」と発する。

    「……僕はいつもそうしていますよ?」
    「いや、そんなことないだろ。寮の仕事でも、いつもアズールやフロイドのことを優先しているし……」
    「アズールは寮長ですから。それにフロイドは……」

     自分の兄弟ですし、という言葉を寸でのところで飲み込むジェイド。そして、「……仲が良いですから」という言葉に変えて発することに成功した。
     ……危ない、またおかしいと思われることを言うところだった……
     そんなことを思っていると、トレイが「そういうところだよ」と発する。

    「……え?」
    「いくら寮長でも仲が良くても、自分を犠牲にする理由にはならない。」
    「……僕は自分を犠牲になんて……」
    「あー、もう……!」

     トレイはもどかしい様子で、ガシガシと頭を掻くと、ジェイドの隣に座った。そして、ジェイドを見て口を開く。

    「お前がそういう性格だっていうのは分かってる。何を言っても仕方ないのも分かっているんだけど……だから、ちょっとでも辛いと思ったら俺を頼ってほしいんだよ。」
    「……」
    「兄ちゃんがどうにか出来ることがあるかもしれないだろ?」

     そう言ってから、「まあ話を聞くことぐらいしか出来ないけど」と苦笑する。
     頼る……ということはあまりやってこなかった、と思う。1人で出来ることが多かったし、そういう考えに至ることが無かったし……
     何より頼ってほしい、なんて言われたことが無い……
     ジェイドはそんなことを思い、ぎゅっと服の胸元を掴む。何故か速くなっていく心臓の動きを感じないようにしながら、「そ、そういえば!その!今週のことですけど!」と切り出した。

    「……今週のこと?」

     そう返しながら、トレイが首を傾げる。
     トレイの方を向いたジェイドは、トレイがパーカーを着てジャージを履いていることに気が付き、こんなラフな格好をしているのを見るのは初めてだな、と思う。
     ……って今はそんなこと考えてる場合じゃなくて!早く本題に入って、さっさと寮に帰らないと……!

     トレイさんは昼休み、毎週の報告会をしていると言っていた。いつもどうやって報告していたのだろう……とジェイドが考えていると、トレイが不思議そうにジェイドを見て口を開いた。

    「ええっと……今、今週って言ったか?何の話だ?」
    「え?……その、今週の報告を……」
    「……?何か相談したいことでもあるのか?」

     ……あれ?全然話が噛み合わない。僕の聞き間違いだっただろうか……?
     ジェイドがそう思って眉をひそめていると、トレイがハハ、と面白そうに笑った。

    「ああ、そうか。今日も緊張しているんだな。」
    「え?」
    「そんな緊張しなくても大丈夫だっていつも言っているだろう。」

     そう言うと、トレイはジェイドの手を引いて立ち上がった。そして、ベッドに座らせる。よく分からないジェイドは、トレイに素直に付いて行き、ぽすん、とベッドに腰かける状態となっていた。
     ……いつも言っている?ということは、毎週何かをしている、ということ……?僕は何かした方が良いのだろうか?
     ジェイドはそんなことを思っていたが、聞こえてきた言葉に体を強張らせた。

    「はい、服脱いで。」
    「え……?」

     一瞬、何を言われているのか分からず、ジェイドがきょとんとした顔でトレイを見上げる。そしてすぐにトレイの言葉を理解し、顔ごと視線をそらした。
     服を……脱いで、と言われた。何故……?

    「……あ、たしか全部脱ぐの嫌だって言ってたな。下だけでも良いぞ。」
    「下だけ?!」
    「……?何をそんなに驚いているんだ?」

     トレイはそう言うと、「恥ずかしいのは分かるけど……」と付け加える。
     いやいやいやいや……上だけならまだ分かる……いや、分からないけれど!でも下だけよりは納得出来るというか……
     混乱した頭では何も答えが得られず、ジェイドはトレイを見上げることしか出来なかった。

    「え……ええと……?」

     ……全く展開が分からない。何のために服を脱ぐのだろう……?
     そんなことを思っていると、トレイにドン、と押し倒された。予想外のトレイの行動に、ジェイドは簡単にベッドに寝転ばされてしまう。
     まさかのトレイの行動に、ジェイドは何も出来ず……口からも意味のある言葉が出てこない。

    「え、と……あの……?」
    「……恥ずかしいなら、兄ちゃんが脱がせてやろう。」
    「っ!」

     突然ズボンに手をかけられて、ジェイドが目を見開いた。一瞬遅れたが、ジェイドはトレイの手をガシッと掴み、脱がせようとする動きを必死に止める。
     い、一体、何が起こっているんだ……?何故、僕はこんなことを……

    「……どうした?そんなに緊張しなくても大丈夫だって。いつも気持ちよくなって終わりだろう?」
    「は……?」

     息のような声のような……よく分からないものが漏れる。
     気持ち良くなって……終わり?
     トレイの言葉を頭の中で繰り返し、ジェイドがサーッと青ざめていった。
     ま、まさか……

    「緊張すると、勃つものも勃たないぞ。」
    「ッ……」

     そう言うと、トレイはジェイドが固まった隙にズボンをおろし、股間に手を這わせる。それにジェイドの体がビクッと跳ねた。

    「っ!」
    「ほら、力入れない。」
    「や、やめっ……」
    「そんなだから1人で出来ないって泣くことになるんだよ……」

     トレイはそう言い、「俺がここにいる間は兄ちゃんの手でイけるならそれで良いけど」と付け足す。
     完全に状況が分かったジェイドは再度グッとトレイの手を掴んだ。
     これは……これは、滅茶苦茶マズい……

    「あ、あの!その!そのことなんですけれど!」
    「ん?」
    「その!もう1人でも出来るようになったので!」

     何故こんなことを言わないといけないんだ、と思うが、この行為を止めるにはこうするしかない、とジェイドが無我夢中で発する。
     しかし、そんなジェイドをジーッと見たトレイが呆れたように、はぁ、とため息をついた。

    「嘘つく時の癖、出ているぞ。」
    「っ……」
    「何も恥ずかしくないだろ。兄弟だぞ。」
    「いやいやっ……」

     兄弟でも恥ずかしいものは恥ずかしいだろう……!僕もフロイドとやれと言われたら恥ずかしいし、まず見せるという行為自体が嫌だ……というかまず!トレイさんとは他人だ!
     そう心の中でそう叫ぶジェイド。しかし、トレイにとっては恒例行事なのか、涼しい顔で進めていく。

    「はいはい、大丈夫大丈夫。力抜いて。」
    「ちょっ……ッ!」

     トレイの手の動きに、ジェイドの体が熱くなっていく。人から与えられる初めての刺激に、声が漏れそうになり、ジェイドがグッと奥歯を噛んだ。
     こ、このままだと、声が……!
     そんなジェイドの様子に気付いたのか、トレイが言葉を発する。

    「いつも言ってるけど、防音魔法かけてるから声出しても大丈夫だぞ。」
    「っ……」
    「あーほら、唇噛むなって言っているだろう。」

     そう言い、トレイがジェイドの唇を触る。先程とは違う刺激に、ジェイドの体が揺れた。

    「ちょッ……」
    「大丈夫だって。」

     唇を触っていたトレイの手が、今度はジェイドの頭に移動する。そして、その手はジェイドの頭をフワフワと優しく撫でた。

    「んっ……」

     3度目の頭に与えられる刺激に、ジェイドが目をつむる。
     頭を撫でられる感覚と、髪の毛をすかれる感覚に、さらにジェイドが力抜けていく。

    「……な?大丈夫だから。自分の感覚に正直にな?」
    「っ……」

     トレイの手が動き出したことに、ジェイドの体がまた強張った。
     しかし、唇は緩んでいるのか、出したことのような甘い声が勝手に漏れてしまう。そんな自分を見て、トレイが満足そうに微笑んでいるのが分かる。
     どうすれば……良かったのだろう……?分からない……
     ジェイドは固く目をつむり、両手でベッドのシーツを掴んだ。





    ・・・・・





    「……そんなに怒らなくても良いじゃないか。」

     トレイは布団にくるまるジェイドを見てそう言い、「なんか今日やっぱりジェイド変だぞ」と続けた。

    「そっ……そんなこと、ないですけどっ……」

     布団にくるまりながらもジェイドが否定する。
     結局最後までやってしまった……いや、最後までと言っても、僕が果てて終わりだったけれど……というか、こんなことされてまで、僕はこの演技を続けなければならないのだろうか……
     恥ずかしさと怒りと情けなさと悔しさがぐちゃぐちゃと混ざり合い、トレイを見ることが出来ない。

    「……何かあったのか?」

     トレイが布団の上からジェイドの頭の部分を撫でる。
     思いっきりあった!たった今あった!こんな形でこういうことをしてしまうとは……
     ジェイドはそう思うが、それを言うことも出来ずに、「……別に……」と呟く。
     そりゃトレイさんは、毎週こういうことをしていて、トレイさんの兄弟である僕も、こういうことをされているのかもしれないけれど……僕自身はそんなこと知らない。
     そんなことを思って布団にくるまり続けるジェイドに対し、トレイがはぁ、とため息をついた。

    「……ジェイド。我慢することも大切だけど、相談することも大事なんだぞ?」

     トレイはそう言うと、「ほら、この前もジェイドがラウンジで失敗した話、俺に話してスッキリしただろう?」と続ける。
     ……失敗した話?
     よく分からず、ジェイドが小さく顔を出した。

    「……ラウンジで……?」
    「ほら、アズールが仕事で使っているガラスの櫛を割ってしまって、魔法で修復したけれど完全には直らなくて……」

     トレイの言葉にジェイドの背中に冷や汗が流れる。今までくるまっていた毛布をガバッとはぎ取り、トレイに詰め寄った。

    「ぼ、僕!その話……しましたっけ?!」

     ジェイドの勢いに少し引いた様子のトレイだったが、「ええっと……2週間ぐらい前にしていたじゃないか。今はなんとかバレないようには出来ているけれど、少しずつ魔力を込めて直していって元通りにしているって……」と呟いた。

    「っ……」

     そう……あれは、絶対にバレてはいけないことだった。トレイの言うガラスの櫛というのは、アズールが何かがあった時のために魔力を溜めこんでいる物で……それを誤って割ってしまった。それは、溜め込んでいた魔力が逃げたことと同義となる。
     すぐに魔法で疑似的なものを作り上げたことにより、今はアズールにバレてはいない……はずで(最近忙しい日々が続いていて櫛を確認していないし)、少しずつ魔力を注入して元に戻していた。

     何かをコツコツと成し遂げることが好きなアズールは、その櫛がどんな状態に変化しているのかをいつも楽しみにしている。それが壊れていたことが分かったら……
     ジェイドが寒気を覚える。
     あの様子だと怒るだけじゃすまされないだろう。普段なら、別に何とも思わないが、今オクタヴィネル内の事情で、寮長と副寮長が割れるのだけは避けたかった。
     何故、この世界の僕はそんなことをトレイさんに言ってしまったのだろう、とジェイドが俯く。

    「……」

     リドルが言っていた、この1日のことも記憶に残る、というセリフを思い出す。
     それならトレイさんは、明日もこのことは覚えているということで……もし、アズールに言われてしまったら……?

    「……ジェイド?」
    「あ、あの!そのこと、誰かに言いましたか!」
    「言うわけないだろう。何で俺が弟の秘密をばらさないといけないんだ。」

     さも当たり前のようにそう言うトレイの言葉に、ジェイドがそうか、と思う。
     とりあえず、今の関係だと僕はトレイさんの弟……だから言わないでくれているのか……だとしたら……?
     明日以降のことを考え、ジェイドの手に力が入る。

    「……ジェイド?どうした?」
    「……何でも、ありません。」

     トレイはジェイドをジーッと見ていたが、ポン、と頭に手を置いた。そして、「とりあえず、寝ようか」と提案するように発する。
     ……トレイさんにバレてしまったことは仕方がない……こうなったら、また朝に相談する……しかない。
     そんなことを考えるジェイドは、今日も泊まっていくだろう、という当然のように発されたトレイの言葉に、コクリと頷いた。





    ・・・・・





    「……?」

     ジェイドが目を開けると、そこにはいつもより明るい天井が広がっていた。
     ここは……?
     そう思いハッと昨日のことを思い出すジェイド。自分の隣を見ると、そこにはスヤスヤ眠っているトレイの姿があった。

    「……昨日……」

     そう、昨日はたくさんのことがありすぎて……
     すぐに情報が整理出来ず、ジェイドが目をつむる。
    そう、トレイさんがユニーク魔法を浴びて、僕のことを弟だと思っていて……それも、すごく仲の良い兄弟という設定で……それで、アズールの櫛のことを……
     そんなことを考えていると、トレイがゆっくりと目を開けた。

    「……え?ジェイド……?」

     寝ぼけまなこでジェイドをボーッと見つめるトレイ。
     そして、少し何かを考えていたが、勢いよく飛び起きた。それと同時に顔面蒼白になっていくのが分かる。
     トレイはチラッとジェイドを見ると視線をそらし、「わ、悪かった……」と消えそうな声で呟いた。

    「……え?」
    「その……、昨日、その、無理矢理……」
    「……ッ!」

     そうだった……!アズールの櫛のことで頭がいっぱいだったが、その問題があった……!
     何故僕は忘れていたのだろう、と思い出したジェイドもカァッと顔が熱くなっていく。しかし、自分の前で「えーっと、その……」と焦るトレイを見て、逆にジェイドは頭が鮮明になってきていた。
     ……そうだ、あの件は、僕は悪くないし、被害者で……
     そう思うジェイドは、恥ずかしさをなんとか払い退けながら口を開いた。

    「トレイさんは、弟さんにあんなことをされるのですか?」
    「いや……その……」

     トレイが口ごもるようにモゴモゴすると、「もちろん実際の弟にはしたことは無いよ……」と小さく呟く。それに畳みかけるようにジェイドが言葉を発した。

    「そうなのですか。でも僕が弟だと、する、と。」
    「いやっ、そのっ……えっと……」

     トレイが俯きながらそう言うと、「マジで悪かった、忘れてくれ……」と発する。
     ユニーク魔法がランダムに与える『兄弟の設定』というものがあるのを考えると、トレイさんが悪いのではなく、その設定が悪かったのだろうということはジェイドにも分かっていた。おそらくあれに関しては、トレイさんの意思は働いていないはずだ。
     しかし、トレイが自分が悪いと思っている今、ジェイドには持ち掛けたい取引があった。

    「……トレイさんは、僕が弟だった時に僕から相談されていたことって覚えておられますか?」
    「……どういうことだ?」

     首を傾げるトレイに対し、「僕がトレイさんに相談していた内容まで記憶に残っていますか?」と追加の説明をする。それに少し考える様子を見せたトレイだったが、ああ、と思い出したように頷いた。

    「フロイドと喧嘩したことや、アズールの櫛を割ったことか?」
    「そうです、そのことです。」

     やはり、覚えていたか、そう思いジェイドが小さく息を吐いた。そして、「それ、こちらとしては忘れてほしいことなのですが」と続けた。それに、トレイがよく分からない、というように眉をひそめ、口を開く。

    「そうなのか?」
    「……交換条件でいかがでしょう?」

     ジェイドはそう言うと、「僕は昨日のことを忘れるので、トレイさんも僕から聞いたことを忘れるという条件です」と詳しく話す。
     トレイは取り引きを持ち掛けられていたことが分かったのだろう、納得したように「ああ……もちろん大丈夫だ」と頷いた。





    ・・・・・





     ジェイドは鏡舎を抜け、オクタヴィネル寮へ入り――……
     何かおもしれーことあったぁ?だの、トレイさんから何か有益な情報をもらえましたか?等とわめく、兄弟と友人に会釈だけを返して自分の部屋にこもった。

    「……はぁ……」

     扉を閉めたジェイドの口からは大きなため息が漏れる。
     ひとまずは……これで良かった。おそらくトレイさんであれば、約束は守ってくれるだろう。
     そう思い、自分の窮地を脱することが出来たことにジェイドが胸を撫でおろした。それと同時に、何故少し巻き込まれただけなのに、自分がこんなにダメージを負わないといけないんだ、という怒りもわいてくる。

    「……でも。」

     そう、でも、今回1つ分かったことがあった。
     ジェイドは自分の頭に手を乗せる。

    「……全然違う。」

     トレイに撫でられるのと自分で頭を撫でるのは全く違った。(自分で撫でることなんてそうそう無いけれど。)トレイに褒めてもらい、気にかけてもらえて、自分だけを見ていてもらえる温かさというものを知った気がする。
     それに……

    「っ……」

     夜に起こった出来事。
     あの時の自分はパニック状態でうまく把握も出来ていなかったが……人に触ってもらうのと自分で触るのは全く別物だった。

    「べ……別に気持ち良かったなんてっ……」

     気持ち良かったなんて、思っていない……!
     自分の気持ちをそう否定してみる……が、やはり忘れることが出来ず、ジェイドがきゅっと目をつむる。

    「……忘れる……」

     忘れるなんて出来そうにない、と思い、ジェイドがベッドに突っ伏した。
     自分で交換条件を提示しておきながら何を言っているんだ、と思うが、脳に焼き付いたそれは簡単に離れそうには無かった。
     トレイが自分に恋愛的な感情が無いのは分かっているし、ジェイドもトレイのことが好きではない。それなのに……と、ジェイドが布団に顔を押し付ける

    「……あ~もう!」

     ジェイドは、どうしようもない、行き場のない怒りを枕にぶつけた。





    ・・・・・





     ガシャン、とラウンジに食器の割れた高い音が響き渡る。一斉にその場の視線がその音の下へ向いた。

    「っ!も、申し訳ございません……」
    「あー別に良いよ~服にはかかってねぇし。」

     そこでは、グラスを割った張本人、ジェイドが近くの客に謝りながら、慌てて床に散らばった破片を集めていた。
     ……また、やってしまった……
     最近、ミスをすることが多い。ラウンジでもそうだが、日常生活においても、時間を間違えたり、宿題をやったはずが全然別の問題をやっていたり……それは多岐にわたっていた。
     破片を拾い終えると、ジェイドはゴミ箱の方へ向かいながら大きく息を吐き出す。

    「……ジェイド。」
    「っ!」

     突然横から話しかけられてジェイドの肩が跳ねる。そこには、腕組みをしたアズールがいた。
     そのアズールの表情から、先程の話だということが分かったため、「すみませんでした」と謝罪をしておく。
     そんなジェイドに向かって、アズールは少し考える様子をみせたが、小さな声で問いかけた。

    「……何か悩み事でも?」
    「え?」

     突然のアズールからの質問にジェイドが首を傾げる。そしてよくよく考え……
     ああ、最近よくミスをしていることから、何かに困っているのだと思われているのだろう。
     ラウンジでは特にミスが目立っているし、とそんな結論に辿り着いてジェイドが口を開いた。

    「悩みなんて、何もありませんよ?」
    「嘘ですね。」

     ジェイドの言葉を一刀両断すると、「いつも上の空ですし、ラウンジでも食器を割ったり簡単な収支計算をミスしたり……」と続ける。
     ああ、やはりそうか、と思いながらも、肯定することが出来ないジェイドは視線を落とす。
     ……トレイさんのこと、相談するわけにもいかないし……

    「それは……申し訳ございません。」
    「あの時からですね。」

     そのアズールの言葉に、ジェイドの肩が跳ねる。しかし、それを悟られないように「あの時とは?」と出来る限りいつものように発した。
     それにアズールが呆れた目を向ける。

    「あのトレイさんのユニーク魔法の一件ですよ。2週間ほど前でしょうか?」
    「ああ……そんなこともありましたね。」
    「……トレイさんと何かあったのですか?」

     たしかに僕を近くで見ていると明らかに2週間前からおかしくなったということが分かるだろう……
     そう思いながらも、それにジェイドが小さく首を振る。

    「何もありません。」

     それを聞き、アズールははぁ、とため息をつくと、「無理には聞き出しませんが……今日はここにいられても迷惑です。自分の部屋へ帰ってください」と発する。

    「でも、まだ……」
    「仕事の方は僕が代わりに入るので大丈夫です。」

     アズールはそう言うと、「クマが出来ていますよ、ちゃんと寝てください」と続けた。
     言い方はぶっきらぼうだが、心配してくれていることが伝わってきて、ジェイドの胸の中に罪悪感が生まれる。

    「……分かりました。」

     そう言って軽く頭を下げると、更衣室へ向かって歩き出した。

    「……」

     ジェイドは、更衣室に入り、はぁ、と大きく息を吐き出す。誰もいない更衣室はやけに広く感じるな、と思いながら、ぽすんと椅子に座った。
     アズールだけではなくフロイドや、授業のことではおそらくリドルさんたちにも迷惑をかけていることは分かっている。

    「クマ……」

     ジェイドは、そこから鏡を見て、そっと自分の目の下を触った。
     自分で寝不足なことも分かっている。寝ようとしても、ベッドに寝転んで目を閉じると、あの日のことが蘇ってくるのだ。

    「っ……僕は……」

     僕はこんなに、快楽に弱かったのだろうか?あの一件まで、自分はそこまで興味の無い方だったとは思う……
     そんなことを思い、ジェイドが俯く。

    「それに……」

     それに、普通突然あんなことをされると気持ち悪いと思うだろうし、拒絶するはずだ。そのはずなのに、僕は……
     何故そうなっていないんだ、と自分自身の感情に怒りを覚える。

    「トレイさんが……」

     そう、トレイさんが悪い。僕のことを心配して僕のことを甘やかして……
     弟だからああいう風に接していたことは分かっていたが、そういう体験自体をほとんどしてこなかったジェイドは、他人から注がれた初めての直接的な大きな愛情にどうすれば良いか分からなくなっていた。

    「……」

     ……違う、僕が……僕が悪いんだ。
     僕がこの気持ちをちゃんと処理出来れば、みんなにも迷惑をかけずに、元に戻れるはず……
     そこまで考えて、ジェイドがハッと気付く。

    「元に……戻る?」

     自分は元に戻りたいのだろうか?たしかに今のようにミスを連発するような状態からは元の状態に戻りたいと思う。そうすれば、誰にも迷惑をかけずに、また自分1人でちゃんと全てをこなして……
     そこまで考えてふとよぎる、トレイから発された言葉。

    『ちょっとでも辛いと思ったら俺を頼ってほしいんだよ。』

     誰かに頼る……そんなこと、海ではほとんど考えられない。自分で自分の身を守る、それがモットーだ。ただ……ここは海ではなくて……
     自分を心配するトレイの顔が思い出され、ジェイドが目をつむった。
     ……僕が弟だったから……それは分かっている。

    「……」

     更衣室の冷たい空気が、ジェイドの頬を掠めた。





    ・・・・・





     2週間後――……
     ジェイドはアズールの後ろに立ち、VIPルームのソファーに座って話をしているトレイとアズールをボヤッと見ていた。2人はあの時の約束通り、ラウンジで提供するケーキの相談をしている。
     どんどん進んでいく話を聞きながら、ジェイドは視線を足元に移した。
     まだ……寝られない日は続いている。ジェイドはそっとVIPルームの鏡に視線を向けた。

    「……」

     あの件から1ヶ月程たったが、トレイから話しかけられたり、何かあるわけでもなく……、会った時の対応もいつも通りだし、向こうがこちらのことを何も気にしていないことが分かる。
     そのことにも、ジェイドは複雑な思いでいた。
     ……こんなに気にしているのは僕だけ……
     僕だって気にしなければ良い。トレイさんにとっても、どうでも良いことなんだから……
     そんなことは分かっているが、どうしてもそう思うことが出来ない。

    「……はぁ。」

     2人に気付かれないように小さく息を吐き出した。
     フロイドだってアズールだって……それに自分の両親だって、ちゃんと僕を見てくれて僕を大切にしてくれているのは分かっている。
     ただ、この前のトレイの場合は、それとは違うことが分かっていた。
     僕のことを心配してくれている、だけじゃなくて……なんというか……安心出来る、というか……
     そこまで考えたジェイドは、安心出来る場所、みたいな……?という、1つの答えに辿り着く。

    「……イド?ジェイド!聞いていますか?」
    「あ……、はい!」

     気付くと、トレイとアズールの視線が自分に向いていた。
     アズールの声に現実に引き戻され、ジェイドが返事をする……が、もちろん話の内容は頭に入ってきておらず「何でしたっけ……」と小さな声で問い返す。
     それを聞き、アズールがこれ見よがしにため息をつくと1つの書類を指さして「これをメモしてください」と発し、言葉を続けた。

    「ジェイド、ここ数日おかしいですよ。大丈夫ですか?」
    「……すみません。少し寝不足でして……」

     そう言い、「ちゃんと書き写しますので、少しお待ちください」と発する。トレイからは無言の視線を感じて、ジェイドが顔を背けた。
     アズールは少しそのままジェイドを見ていたが、トレイに視線を移してニコッと笑う。

    「トレイさん、ありがとうございます。万が一何かありましたら連絡しますね。」

     アズールがそう言った瞬間、「アズールちょっと来てぇ~」というフロイドの声がキッチンの方から聞こえてきた。それにアズールが面倒臭そうに腰を上げる。

    「すみません、お先に失礼しますね。」

     トレイに向かってそう言うと、アズールがキッチンの方へ向かって歩いていった。アズールが行ってしまうとトレイさんと2人になってしまう、と思うが、それを言うことはもちろん出来ず……去っていくアズールの背中を見送ることしか出来ない。
     トレイからの無言の視線は継続しており……
     ……僕も早くこれを書き写して、この場を離れないと……
     そう思い焦るジェイドに向かって、トレイが口を開いた。

    「ジェイド、調子が悪いのか?」
    「……いえ、そんなことは……」
    「滅茶苦茶疲れた顔してるけど。」

     トレイはそう言って何かを少し考えた後、「あの日のことが原因か?」と囁くように問いかけた。反射的にジェイドの体が揺れる。
     絶対に言えない。自分であの日のことは忘れますと言った手前、うじうじ考えていることもバレたくないし、ましてや、あのことが忘れられないなんて……
     やはり、絶対に気付かれてはいけない、とジェイドが口を開いた。

    「いえ!そういう訳ではなくっ……」
    「心配しなくても大丈夫だよ、絶対にアズールやフロイドには言わないから。」
    「……え?」
    「ん?」

     アズールやフロイドには言わない……?
     そう考え、トレイの考えていることに気付き、自分の考えとの違いに体が熱くなってきた。
     トレイさんは、僕が口止めしている例の件(アズールの櫛を割った件とか)について、アズールやフロイドに告げ口されるかもしれないと僕が心配していると思っている……?
     たしかにその件もあるけれど……それについては全く心配していなかったというか……
    そう思うジェイドは、紅潮する顔を隠すように俯きながら言葉を発した。

    「わ……分かっています!」
    「そ、そうか……?」

     ジェイドから突然大きな声が発されたことに驚いた様子を見せたトレイだったが、少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。

    「あの日言ってたことだけどさ……あの時は俺、ジェイドのことを弟だと思っていたけど、言ったこと自体には嘘は無いからな。」
    「え……?」

     トレイから発された言葉をすぐに処理出来ず、ジェイドが小首を傾げてトレイを見た。そんなジェイドに説明するかのように、トレイが言葉を続ける。

    「ちゃんと自分のことを第一に考えて欲しいし、何かあったらいつでも相談してくれて良いよってこと。」

     そう言い、トレイがポン、とジェイドの頭を叩いた。それに、ジェイドの顔が急速に熱くなっていく。
     兄弟という疑似的な関係が無くなってからの、初めての接触だった。

    「っ……」

     そ、れは……トレイさんが僕を弟だと思っているから言ったことであって……!あ、いや、でもそれは、さっきトレイさんが違うって言っていて……?で、ではトレイさんは、弟じゃなくても、僕のことを考えてくれている、ということ……?
     混乱するジェイドは、眉間に皺を寄せながら、ぎゅっと自分の拳を握る。
     ダメだ……ちゃんと、考えられない……
     そんなことを思っていると、「……ジェイド?」というトレイが呼びかける声が聞こえてきた。

    「っ……は、はい!」
    「大丈夫か?」

     そう言うトレイに対し、ジェイドが何度も頷く。
     それを見たトレイは何か言おうと思ったのか、少し口を開けたが、すぐに唇を結ぶ。それから少しして、「じゃあ俺帰るから、アズールによろしく伝えておいてくれ」と発すると、すくっと立ち上がって歩いていった。
     そんなトレイの後ろ姿を見ながら、ジェイドはまだ頭の中を整理することが出来ず……、大きく息を吐き出したのだった。





    ・・・・・





     一方、フロイドに呼ばれたアズールはため息をつきながらキッチンへ入っていた。入ってきたアズールを見て、フロイドが「あ~」という間延びした声を漏らして言葉を続ける。

    「ねーねーアズール!どうだったぁ?」
    「……フロイド、トレイさんもジェイドもいるのに、あんな大っぴらに呼ばないでくださいよ……変に思われたらどうするのですか……」

     アズールは呆れたようにそう言うが、フロイドはアズールの言葉を聞いているのかいないのか、食材を置いている台に腰かけ、「それでそれで、どうだったの?」と先を促した。
     何を言っても無駄だと思ったのだろう、アズールははぁ、とため息をつくと、「ちゃんと聞いてきましたよ」と小さく発する。
     その言葉にフロイドがその台からぴょん、と降りた。

    「で!金魚ちゃん何て言ってた?」
    「トレイさんの方は何も変わらないし、こちらの気にしすぎなんじゃないか、とのことでした。」

     そう言い、アズールがキッチンの壁にもたれる。
     アズールの言葉に、フロイドが不服そうに唇を突き出した。

    「ええー……ジェイドが変になったの、ぜってーあのユニーク魔法の時からなのに!」
    「それは僕も分かっています。」

     そう言い、アズールが顎に手を当てる。

    「……」
    「ジェイドに聞いてみたけどさぁ、何もないって教えてくれねぇしぃ……」

     そう言い、フロイドがむぅ、と膨れた。それに同意するように、アズールも頷く。

    「……そうですね。僕も何度か聞きましたが……」
    「ジェイドがあんな頑なにオレらに隠し事するなんて初めてじゃね?」

     口調は軽いが、少しヘコんでいるように見えるフロイド。そんなフロイドをジーッと見てからアズールが口を開いた。

    「……その辺りも含め、もしかすると別の何かがあるのかもしれません。」
    「何かって?」
    「トレイさんが何も変わらないのだとすると……ユニーク魔法を受けた本人ではなく、その対象者にだけ何かが起こるということですので……」

     そう言って言葉を切ると、アズールはまたゆっくりと口を開いた。

    「明日、あのユニーク魔法を使った生徒のところへ行ってみましょう。」





    ・・・・・





    「どうにかしないと……」

     翌日の昼休み、ジェイドは中庭のベンチに座って持参した紅茶を飲みながらそんなことを呟いていた。
     昨日、部屋に帰ってからもいろいろ考えたが、今までどうにかしようと焦っていたことに気付き、とりあえず落ち着いてゆっくり考える時間が必要だ、という結論に至った。
     気持ちを落ち着かせるために、朝からいつもの紅茶を水筒に入れてきて……、周りの風景を見ながらそれを飲んでいく。

    「……とにかく、この気持ちの処理の方法、ですね。」

     こうなっている原因は、完全に気持ちの整理が出来ていないからだ。どう処理をすれば良いか……それが分からず、ジェイドは戸惑っていた。
     まさかトレイさんに言うわけにもいかないし、自分でどうにかするしかないけれど……
     ジェイドがまた紅茶を口に含む。

    「……」

     時が解決してくれる、というのはこういうものを言うのだろうか……
     最近読んだ小説の一節を思い出すジェイド。

    「あれ、ジェイド。」
    「ッ!」

     あやうく、口の中の紅茶を吹き出しそうになった。それを無理矢理胃の中へ流し込み、ゆっくりと後ろを振り向く。

    「ト……トレイさん……」
    「こんなところにいるなんて珍しいな。」

     そう言い、何故か隣に座ってきたことに、ジェイドが顔を引きつらせる。
     今1番会いたくなかった人物……こんな状態だと、考えられるものも考えられないっ……
     そう思うが、そんなことを言葉にすることも態度に出すことも出来ず、ジェイドが無理矢理笑顔を作った。

    「そ、そうですね……でも、僕はもう教室に……」
    「あ、そうだ。」

     僕はもう教室へ戻ります、というジェイドの言葉は、トレイの言葉によって遮られた。
     すぐにでもここから逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、トレイの言葉を無視することも出来ず……ジェイドは、「……な、何でしょう?」と引きつった顔で問いかける。

    「昨日リドルに聞いたんだけど……」

     トレイはそう言うと、少し考える素振りを見せ、「まあ言っても大丈夫か」と小さく呟いてから言葉を続けた。

    「お前が調子悪いの、やっぱり俺との一件からなんだよな。」
    「え?いや、そういうわけじゃ……」
    「昨日、リドルのところに、アズールが話を聞きにきていたみたいで……」

     そう言うと、「リドルがなんか文句を言われたから追い返したみたいなことを言っていたんだが……」と苦笑した。
     それにジェイドが視線を落とした。
     アズール……と、多分フロイドにもかなり心配をかけている。分かってはいたけれど、実際に聞くと……

    「ああ、悪い!お前を責めているわけじゃないぞ。」

     ジェイドの思考を中断するようにトレイの言葉が飛んでくる。
     顔を上げたジェイドとトレイの視線が合った。
     トレイはそんなジェイドに向かって「もし良ければ、もう1回2人で話が出来ないかなと思って」と続ける。
     ……2人で?
     ジェイドの眉間の皺が深くなっていくことに気付いたのか、トレイは、「ジェイドが絶対嫌って言うなら強制はしないけど」と付け足した。

    「……」
    「いずれ俺にも話が回ってきそうだから、何かあった時のためにもジェイドともう1回話しておいた方が良いかと思って。」

     そう付け加えたトレイの言葉に、ジェイドがそれはありそうだ、と考える。
     僕のことが原因で、アズールが今いろいろ調べているとすれば……誰が悪いわけでもないため、僕の悩みの原因は分からないだろうということを考えると、トレイさんに直接聞きに行く可能性も大いにある。

    「……そうですね。」
    「じゃあ……どこで話そうか?」

     早い方が良いよな、とトレイが続ける。
     早い方が良いけれど……でも、自分の気持ちがまとまっていない状態で話しても大丈夫だろうか……
     そんなことを思うジェイドは、なかなか言葉を発することが出来ない。何も答えが返ってこないことに痺れを切らしたのか、「俺は今日の放課後大丈夫だけど」とトレイが発した。

    「あ、えっと……僕、今日の放課後は何もありませんが……」
    「それなら、授業が終わったらすぐに集まるか?」

     トレイは頷きながらそう言い、言いにくそうに「放課後は空き教室が出来るかも分からないし……どちらかの部屋が良いかなとは思うんだけど……」と発した。

    「……そうですね。」
    「俺はどっちでも良いぞ。」
    「……」

     自分の部屋でも良い、けれど……万が一、アズールやフロイドに見られると……
     そう思っていると、そんな心の中を読んだかのような言葉が聞こえてきた。

    「あの2人に見つかるのが不安なら、俺の部屋にするか?」
    「……」

     トレイさんの部屋……
     それだけでジェイドの頭の中にはいろいろなことがフラッシュバックする。
     っ……ダメだ……最初からこんな状態じゃ、絶対にちゃんと話が出来ないっ……
     そう思うジェイドは、周りに流されずに自分でどうするかちゃんと決めないといけない、と覚悟を決めながら頷いたのだった。





    ・・・・・





    「……す、すみません……」
    「いえ、僕は謝ってほしいわけじゃなくてですね……」

     そう言い、アズールがため息をつくと、「フロイドもそんなに威嚇しないでください」と呆れたように発した。
     しかし、自分の隣でなかなか威嚇体勢を崩さないフロイド。アズールは、そんなフロイドの肩を叩いて「フロイド!聞いていますか!」と続けた。

    「……あ?でもコイツが悪いんだろ?」
    「そう決めつけているわけではなく……それを判断するために話を聞きたいんです。」

     アズールはそう言うと、その生徒に向き合った。

    「……で、あなたのユニーク魔法について再度聞かせていただいても良いでしょうか?」
    「……」

     その生徒は小さく頷くと、口を開いた。

    「僕のユニーク魔法は、かかった本人が最初に聞いた名前の相手を自分の兄弟だと思い込む、というものです……どんな関係性の兄弟になるかはランダムなので、今すごく仲が良くても、このユニーク魔法にかかっている1日だけは滅茶苦茶仲が悪くなるようなこともあり得ます。」
    「……ええ、それはリドルさんから聞きました。他に何か特徴はありますか?」
    「ええ、っと……そうですね……」

     そう言って、その生徒は少し悩むと、また口を開いた。

    「仲が悪かった場合は大丈夫なのですが……仲が良かった場合、普段そこまで仲が良くなくて知りえない事実を話しているという設定になってしまうことがあり、相手に自分の秘密がバレているというようなことがあります……かね……」
    「ふむ……」

     そう言い、アズールが考える。そんなアズールに向かってフロイドが「そういやジェイドが言ってた~」と言って言葉を続ける。

    「オレと喧嘩したこと、相談してたらしいって。」
    「……貴方達の喧嘩なんてよくあることですけどね。」
    「すっげぇ喧嘩したことがあってさぁ!」
    「そんなことありました?」

     そう言って首を傾げるアズールに向かって、フロイドが「あーあの時アズールいなかったからねぇ……ジェイドの部屋でキノコ問題について言い合いになってさぁ」と続ける。
     それにアズールは「キノコ問題の詳細については絶対に言わないでくださいね」と食い気味で念を押してから、言葉を続けた。

    「それで……それについて相談してた、と。」
    「ジェイドがオニーチャンに相談してたんだってさ~面白過ぎるんだけど!」

     そう言い、フロイドが思い出したように笑う。黙っていた生徒がそんなフロイドの言葉に同調するように頷いた。

    「そ、そんな感じで……ユニーク魔法から派生する揉め事としては、いつもの関係に戻った後、相手がそれを知っている状態になってしまうため、知られたくないことであればそれで揉めることは多いようです。」
    「……そうですか。」
    「ああ、あと、これは仲が悪くなった時ですが……周りがそのユニーク魔法のことを知らなかった場合は、2人が滅茶苦茶衝突して、それに周りが巻き込まれて戦闘が起こることとかはありますね。」

     そこまで聞き、アズールが眉をひそめた。

    「あの、1つ良いですか?先程から少し気になっていたのですが……」





    ・・・・・





    「好きなところに座って良いぞ。」

     トレイはジェイドを招き入れながらそう言い、制服のジャケットをハンガーにかけた。それを横目で見ながら、ジェイドがソファーまで歩いていく。

    「……失礼します。」

     小さくそう呟くと、ジェイドはソファーに座り、自分の膝を見つめた。
     結局、授業そっちのけでいろいろ考えていたが、自分がどうしたいのか、ということ以前に自分の気持ちすら明確に分からず……
     何をどのように話せば良いか、自分の中で何もまとまっていないジェイドは、顔を上げることが出来ない。

    「それで……」

     そう言い、トレイが隣に座った。怒られているわけではないと分かっているが、なんとなく縮こまってしまう。そんなジェイドの口からは「……はい」という消えそうな声が発された。

    「ジェイドが調子悪いのは、俺とのことが原因ということで良いか?」
    「そ、れは……」

     違う、と否定しようと思うが、もうここまできている以上、この件に関しては否定しても意味が無さそうだ、という考えになり、ジェイドが小さく頷いた。
     しかし、勘違いされてはいけない、と口を開く。

    「でも!その……トレイさんが悪いわけではなく……僕自身の問題でして……」
    「俺がアズールやフロイドに告げ口するんじゃないかって、心配していたわけではないんだな?」

     トレイがそう言うと、「じゃあ、もう1つの方か?」と発する。

    「……」

     無言の肯定とはこういうことだろう、と後から考えると分かるが、今のジェイドにとっては、どうすれば良いか分からず、とれる行動がこれしかなかった。
     そんなジェイドをチラッと見ると、トレイがボソボソと発する。

    「その……気持ち悪くて、とかそういうことか?……本当に悪かったと思っている。誰かに頼んで忘却魔法でも……」
    「ち、違います!」

     トレイの言葉を食い気味で否定するが、トレイは真逆に捉えたらしく、「別に遠慮なく言ってもらって良いんだぞ、当然の権利だ」と苦笑しながら返してきた。
     ジェイドは首をフルフルと横に振って口を開く。

    「僕が……その、自分の気持ちを整理出来なくて……!あの時のこと、全然忘れられなくて……でも、でも僕は忘れられないのに、トレイさんはそうではなくて……」

     心の中が駄々洩れになっていまい、どうすることも出来ないジェイド。
     こんなことまで言うつもりは無かった、のに……
     トレイはと言うと、ジェイドに言われたことに眉をひそめていた。

    「……それは、俺がジェイドに無理矢理してしまったことについての話で合っているか?」
    「……はい。」

     ジェイドが消えそうな返事をする。トレイは、「え……、俺、忘れたとか言ったか?」と素っ頓狂な声を出す。

    「……え?だって……」
    「何言ってるんだ。俺だって忘れられるわけないだろう。」
    「……へ?」

     今度はジェイドの口からそんな腑抜けた声が漏れた。そんなジェイドを見て、トレイが「まさか……」と呟き、言葉を続けた。

    「……お前、俺が気にしていないっていうことで悩んでいたのか?」
    「……」

     今度は無言の肯定になっていると、自分でも分かった。
     トレイも同じように感じたのだろう、はぁ、と大きく息を吐き出して「そんな訳ないだろう……」と呆れたように呟いた。

    「で、でも……!態度も何も変わらないですしっ……」
    「じゃあ、俺が明らかに気にしています、っていうのを態度に出したらどうなる?」
    「そ、れは……」

     たしかに……何かあったって今以上に疑われるのは確実だろう。
     そんなことを思いながら、ジェイドがトレイを見て、口を開いた。

    「……すみません。僕が勝手に勘違いを……」
    「別に謝らなくても良いから。」

     トレイはそう言うと、「俺だっていつもの振舞いをすることに必死で、ジェイドのことを気に出来ていなかったのも悪かったし」と付け加える。
     それにジェイドが首を振った。

    「僕も自分のことばかりで……」
    「まあ、でもそんなもんだよな。」

     トレイはそう言い、「俺だって男だし。好きな相手のああいうの見たら寝られなくもなる」と呟いた。

    「……は?」
    「ん?」
    「い、今……好きって……」

     好きって聞こえた、気が……?え、この好きの意味は、あの好きで合っている……?
     あまりにも普通に言われた言葉にジェイドが混乱しながらトレイを見る。トレイは少し照れたように笑うと、「さすがに好きじゃなきゃ、やった方も気持ち悪いって思うだろう」と発した。

    「……え、っと……?」
    「……好きだよ、ジェイド。」
    「っ……」

     真正面から告白され、ジェイドが視線を泳がせる。
     しかし――……ジェイドにとって、これが1番の難関ポイントだった。
     自分はトレイさんのことが好きなのか?嫌いではないことは分かっているが、恋愛的に好きかと聞かれたら、分からない、としか言いようがない。

     ど、どうしよう……僕も、気持ち悪いなんて思わなかったし……ずっとあの日のことが気になっていたし、忘れられなかったけれど……それは、好きということになるのだろうか……?
     好き、という感覚が分からず、ジェイドが口をモゴモゴと動かすだけとなってしまう。
     何も返事をしないジェイドを見て、トレイがあー、と声を漏らし、視線をそらした。

    「悪い……てっきり、ジェイドも気持ち悪くなかったって言うから、両想いなのかと……」

     そう言って、ばつの悪そうな表情を浮かべると「違うんだったら、忘れてくれ」と発した。

    「あ……、えっと、その……」
    「ああ、気にしなくても大丈夫だよ。いつも通りに接するようにす……」

     そう言うトレイの腕を、ジェイドは反射的に掴んでいた。
     あ……手が勝手に……!
     掴んだは良いものの、その理由が自分でも分かっておらず……ジェイドは慌ててトレイの腕から手を離した。
     トレイは驚いた顔でジェイドを見ている。

    「……どうした?」
    「そ、の……!」

     何を言えば良いか分からない。でもこのままじゃ、絶対ダメだっ……それは分かる。こうなったら、もう心の中をそのまま言うしか……!
     先程のように余計なことを言ってしまう可能性もあったが、ジェイドは今自分に出来ることを考え……とりあえず自分の気持ちを伝えないと、と口を開いた。

    「ぼ、僕は、その……自分の気持ちが分からなくてっ……」
    「……分からない?」

     トレイがジェイドの言葉を疑問形にして繰り返す。

    「僕……あの日、トレイさんと1日過ごして……ああやって心配してもらえたりすることが初めてで……こう、心が温かくなって……安心出来て……」
    「……ああ。」
    「そ、それに……あの……その後のこと、も……忘れられなくて……」

     ジェイドがそう言うと、「自分の快楽への弱さに驚いていて、自分が惨めで……」と小さく続けた。
     それを聞き、トレイがうーん、と考えてから、口を開いた。

    「ええっと……快楽に弱い云々は置いておいて……」

     そう言い、「触られても嫌じゃなくて、一緒にいて安心出来ても、それが好きとイコールかと言われると確信は持てない、ということで良いか?」と問いかけた。そんなトレイの言葉が、ジェイドの心にストン、と落ちる。
     ……トレイさんの言う通りだ。自分の気持ちを自分で整理出来ないなんて……
     そんなことを思い、珍しく自己嫌悪に陥りながらもジェイドが小さく頷く。そんなジェイドに対して、トレイが「じゃあさ」と言うと、言葉を続けた。

    「1つ提案があるんだけど。」
    「……何でしょうか?」

     ジェイドがそう問いかけると、トレイは何かを言おうとして、口をつぐんだ。そして、「そうだな……」と声を漏らすと、言葉を続ける。

    「ええと、先に聞きたいことがあって。」
    「聞きたいこと、ですか?」
    「ああ。えっとな……俺に対しての気持ちは分からなくても良いから、ジェイドが俺と一緒にいたいかどうかっていうのを聞きた……」

     そんなトレイの言葉の途中、「一緒にいたいです」というジェイドの言葉が挟まった。
     自分でも何故こんなに早い段階でこの答えが出たのかが分からなかったが、気付いたら口がそう動いていた。

    「……え?」
    「ですので……一緒にいたい、です。」

     呆気にとられた顔でこちらを見るトレイに対し、再度そう伝える。
     ……聞こえていなかったのだろうか?僕が早く答えすぎたから?トレイさんに対する気持ちの名前はよく分からないけれど、これに関しては自分の中でもハッキリ分かっていて……
     トレイは「えーっと……」と言葉を詰まらせて、顔を背けた。

    「……トレイさん?」
    「あ……その、悪い……えっと……」

     トレイは顔を背けたまま、「こんなに早く返事がくるとは、思わなくて……」と続ける。トレイの顔が真っ赤なことに気が付き、ジェイドも一気に顔が火照ってきた。
     た、たしかに……!よく考えれば、すごく恥ずかしいことを言ってしまったのでは……?
     今まで頭の回っていなかったジェイドは、ハッとそれに気付いて顔を俯けた。
     ああ……完全に脳が働いていなかった……いろいろな感情が入り混じり過ぎて、よく分からないことに……
     内心慌てふためくジェイドをチラッと見て、トレイが口を開く。

    「……その……提案というのは、1度お試しで付き合ってみないか、ということだった、んだけど……」

     トレイはそう言うと、ジェイドの腕を引っ張った。ジェイドは何も抵抗出来ないまま、トレイの腕に包み込まれる。
     え……?
     突然のことに驚き体は硬直していたが、嫌な気持ちは全く無く……
     ジェイドがトレイの服をきゅっと掴んだ。それに、トレイがピクッと体を揺らす。

    「っ……ああ、もう早く気付いてくれっ……」

     そんな切羽詰まった声と共に、トレイの抱きしめる力が増していく。

    「……」

     ……トレイさんの体温が心地良い。こういうことをしていると恥ずかしいけれど、トレイさんと一緒にいるとそれ以上に安心する。こんなこと初めてで……まず、誰かと一緒にいたいと思うことも初めてで……
     ああ、これが好きということなのか、とジェイドが自分の中で納得する。

    「あの……トレイさん。」
    「……何だ?」
    「僕も、多分トレイさんのことが好きです。」

     その言葉にトレイが手の力を緩めジェイドを見ると、「多分……?」と怪訝な顔で問い返す。

    「あ……ええと、その……」

     つい、多分、と口から出てしまったけれど……もう自分の中で答えは出ていた。多分、ではなくて……
     ジェイドは目を伏せて「ちゃんと好き、です……」と続けた。それに、トレイが大きく息を吐き出す。
     トレイから、明らかに安心したような、ホッとした空気が感じられ、場違いだとは思うが、ジェイドの目にはトレイのことが可愛くうつっていた。
     ……トレイさんもこういうところ、あるんだな……
     そんなことを思いながら、少しからかいを交えた言葉を発する。

    「すみません、多分って言ったらトレイさんがどんな反応するか気になってしまって……」

     もちろん本当にそう思っていたわけではないが、気を抜いたトレイの反応が気になり、そう言ってみる。
     しかし……聞こえてきたのは、予想に反した低い声だった。

    「……悪いな。今お前の冗談に乗っている余裕が全く無い。」
    「っ!」

     その瞬間、ジェイドがソファーに押し倒された。ジェイドは目を見開いてトレイを見上げる。
     ……トレイさん……?いつもと、全然、違う……
     いつもの優し気な雰囲気はどこにもなく……鋭い視線に絡み取られ、トレイから目が離せない。
     身動きが取れないでいると、トレイの顔が近付いてきて唇が重なった。

    「んッ……っふ……」

     ジェイドの口から声が漏れるが、それさえも飲み込んでしまいそうなキスに、ジェイドは頭の中が真っ白になる。
     な、何っ……これは、どうすれば……
     パニックになっている間にトレイの唇が離れていき、2人の視線が交わる。トレイの手がジェイドの頬を撫でた。

    「ッ……」
    「……ジェイド。」

     名前を呼ばれ、息も絶え絶えに「な、何ですか……」と発する。

    「恋人として……この前の続き、して良いか?」

     告白された時のような、真正面からの問いかけに、ジェイドが小さく頷く。
     自然と顔が熱くなってくるが、押し倒されている状態ではそれを隠そうにも、顔を少し横に向けるぐらいしか出来ない。
     そんなジェイドを見て、ニッと笑うと、トレイの唇がジェイドの耳元へ寄っていく。

    「……ちなみに俺は、快楽に弱い方が好きだよ?」
    「っ!」

     トレイの言葉が頭の中に響き……、それは毒のように全身を侵していった。





    ・・・・・





     先程から気になっていたのですが、というアズールの言葉に、その生徒は「何ですか?」と返答する。

    「ユニーク魔法にかかった方はもちろんですが……貴方は先程から、その相手も兄弟だと思い込んでいるというような言い方をされていて……」
    「そうですけど?」

     その生徒の答えに、2人の動きがピシッと止まる。突然変わった空気感に、その生徒は顔をひきつらせた。

    「え……?ええと……?ぼ、僕のユニーク魔法は、最初に聞いた名前の相手を自分の兄弟だと思い込む、というものですが、その相手も兄弟だと思い込むので、お互いに兄弟と思い込んでいて……」
    「嘘ではありませんね!」

     突然詰め寄ってきたアズールにビクッとするも、その生徒は何度も頷く。それにフロイドが眉をひそめた。

    「……どういうこと?」
    「ジェイドからは、そのような話は何も聞いていませんね?」

     アズールの言葉にフロイドが頷く。

    「……フロイド、リドルさんのところへ行きますよ。」

     走り出したアズールの後ろを「ちょっと待って!訳分かんねーんだけど!」とフロイドがついてくる。
     先に走り出したはずのアズールがいつの間にか追い抜かされてフロイドの後ろに回ってはいたが、2人はそこそこのペースで走っていた。

     ――そして辿り着いたハーツラビュル寮。
     リドルを見つけて、2人が談話室に乗り込む。ゼェゼェと息を切らせるアズールの隣では、フロイドが「金魚ちゃ~ん!あの時のことで教えてほしーことあんだけど~!」と発していた。
     誰も予想していなかった者たちの乱入にあれよあれよと談話室の中から人が減ってく。そして、部屋の中はすぐにリドルと、その隣にいたケイトだけになっていた。

    「……?あの時のことを教えてほしい?」

     リドルは駆け込んできたアズールとフロイドに怪訝な顔をしながらも、2人の言葉を繰り返した。そんなリドルを補足するように、ケイトが「トレイくんがユニーク魔法にかかった時のこと?」と聞き返す。

    「ええ、そうです……」

     アズールが息を整えるため、大きく息を吐き出してからそう言って頷くと、2人に鋭い視線を向けて「一言一句全て教えてください」と続けた。それにケイトが口端を引きつらせる。

    「ええ、と……一言一句は難しいかもしれないけどー……」

     ケイトが思い出しながら言葉を発する。

    「最初、エーデュースとそのユニーク魔法を使った子が喧嘩をしていて……怒ったその子がユニーク魔法の詠唱を始めて、慌てて止めに入ったトレイくんがタイミングよく魔法をかぶってしまって……そのタイミングでリドルくんがトレイくんに『今日の魔法薬学の実習のことについて聞きたいんだけど、ペアがジェイドで……』みたいなこと言いながら走ってきたんだよね?」

     そう問いかけたケイトの言葉に、リドルが不貞腐れたように呟く。

    「……そうだよ。そんなことになっているなんて知らなかったから……」
    「そこは良いんです!そのリドルさんが入る前のところを教えてください!」

     その勢いに、リドルとケイトが顔を見合わせる。
     アズールも自分が焦って強い口調になっていることは分かっていたが、そんなことを気にしている余裕は無かった。
     訝し気な表情を浮かべる2人を見て、「ユニーク魔法が発動してからのことで良いんです。出来れば詳しく、誰が何を言ったとか……」と続ける。
     ケイトは、そんなアズールを見て、とりあえず話す方が良いと判断したのだろう、考えながらも言葉を発した。

    「そうだな……ユニーク魔法をトレイくんがかぶって……『大丈夫ですか』って周りのみんなが駆け寄ってきて、その中の1人が『先生を呼んでくる』って言って走っていって……」

     そう言うと、「そういえば、エーデュースのペアはトレイくんが魔法にかかった瞬間から『トレイ先輩~!大丈夫ですか~!!』ってめっちゃ叫んでたな」と思い出したように続けた。
     その言葉に、アズールが頷く。

    「……分かりました、ありがとうございます。」
    「え、アズールもういいの?」

     フロイドが眉根を寄せながらそう言う。アズールはそんなフロイドの腕を引っ張って歩き出した。
     談話室で話していたため、何事かと廊下にギャラリーが出来ていたが、そのギャラリーも2人が出てきた瞬間散っていき、2人はそのままハーツラビュル寮を出ていく。
     自分の隣で、無言で歩くアズールを見ながら、フロイドが口を開いた。

    「……何か分かった?」
    「フロイドは分からなかったのですか?」

     アズールはそう言い、「兄弟になっていたのは、おそらくジェイドではなく、トレイさん自分自身です」と発する。

    「……は?」
    「どういう風にトレイさんが感じていたのかは分かりませんが、最初に聞いた名前はおそらく自分の名前だったのでしょう。」
    「……」

     そんなアズールの言葉にフロイドが黙り込む。

    「……ウミガメくん、何でそんなことしたわけ?」
    「分かりません。」

     アズールが頭を抱え、「こちらの弱みを握りたかったのか……何かジェイドにさせたいことがあったのか……」そう言って少し考え、アズールがゆっくりと口を開いた。

    「とにかく、トレイさんがユニーク魔法のせいにしてジェイドに何かしていた可能性がかなり高くなりました。」
    「……」
    「おそらくジェイドが最近悩んでいたのは、このことだったのでしょう。ジェイドがどこまで知っていたのかは分かりませんが……」

     とりあえず理由が分かったのは良かったですが、これからどうするか……とアズールが頭を悩ませる。そんなアズールを見ながら、フロイドが、んー、と眉をひそめて口を開いた。

    「でもさぁ……それ、おかしいと思うんだけど。」
    「……何がですか?」
    「だって、それならさ……何でオレとジェイドが喧嘩したこと、ウミガメくんが知ってんの?」

     オレもジェイドも誰にも言ってねーんだけど、というフロイドの言葉に、アズールの背筋に冷たいものが走った。
    End.
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    No.5

    DONEユニーク魔法により、24時間ジェイドのことを弟だと思うようになってしまったトレイ。
    今まで関わり合いがそれほど多くなかった2人だったが、超ブラコンなトレイと過ごす中でジェイドの気持ちに少しずつ変化が現れ――……

    ※トレイが黒いので、地雷の方はお気を付けください。ストーリーの開始時点では、ジェイドはトレイのことを好きではありません。(メリバ寄りのハッピーエンドです。)
    僕はお兄ちゃん大好きドジっ子キャラに設定されたそうです【トレジェイ】 今日は何か面白いことが起こる気がする。
     朝、隣に並んで歩くフロイドとアズールを見て、ジェイドの頭の中にはふとそんなことがよぎった。特に理由は無かったが、野生の勘というものだ。
     フロイドの勘はかなり当たるけれど、僕の勘もそこそこ当たる……
     そんなことを考えていた矢先、それを現実に変えるかのような、焦った声が聞こえてきた。

    「ジェイド!ちょっと良いかい!」

     その呼びかけに振り向くと、そこには声と同じく表情も焦っているリドルがいた。ぜぇぜぇ、と息を切らせながら立っている。
     笑ってはいけない場面だと分かりつつも、普段あまり見ないリドルの姿にクスッと短い笑いが漏れてしまう。そして、それを隠すように、「おや、リドルさんがそんなに慌てているとは珍しいですね」と発した。
    37114

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    Beniko_oimo

    CAN’T MAKE昨夜微睡みながら書いてた初小説です。トレジェイです。やおいで拙いですが供養させてくださいませ…「寒いな…」
    隣で横になっている愛する人の口から零れたその言葉は、微睡んでいた自分の耳に届いた。
    「寒い、ですか。僕的にはこれくらいが適温なもので、うとうとしていました」
    「そうだよなぁ。人間的には、流石にこの季節、この時間に暖房もない部屋で起きていると肌寒いもんなんだよ。」
    ふむ、とジェイドは思考を巡らせる。人間にはこの気温は寒いので、ベッドで寝る際には基本は布団をかけて寝るのだと陸に上がってからは学んだ。しかしどうしたものか、この恋人はそれでは足りないらしい。何か他に、この人を温められるもの…
    「幼い頃は湯たんぽを布団の中に入れて、兄弟と寝たりしたなぁ。ここに来てから3年近く経つからその温もりも忘れかけていたけど、思い出したら恋しくなってきた」
    そう優しそうな顔で喋ったかと思うと、おやすみ、と呟いて布団を被り直して反対側を向いてしまった。ゆたんぽ、とは一体なんだろう。知りたい、という好奇心を抑える理由もなく、早速スマートフォンに手を伸ばして検索をかけてみる。すると、きちんと蓋が閉まる容器にお湯を入れて、暖を取るために使う道具なのだと出てきた。つまり、トレイさんはご兄弟と暮らしてた頃 1160

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