季節はずれのクリスマスプレゼント 全てが偶然だった。
その日、堂本はクリスマスからかけ離れたアルバイトを選んだはずだった。
それなのに、「こんな日ぐらい早くあがらないとね」と上司が気を利かせた結果アルバイトが早く終わってしまい、帰りがけに「お疲れさま」と飴までもらってしまった。
帰り道へと一歩踏み出せば、いやでも色とりどりに瞬いているトナカイやプレゼントなどのイルミネーションが目に入る。目を逸らした先にはサンタ姿で呼び込みしている人。その反対側を向けばケーキが入っているであろう箱をそうっと持っている人がいる。
歩けば歩くほど真っ直ぐ帰る気力が失せていき、堂本は少しでも日常らしさが残っている場所を探すことに意識を向けた。
(…やはり大人しく部屋に戻ったほうがよかったかね)
海ならばサンタクロースもプレゼントも関係ないだろうと来てみれば、クリスマスカラーの装飾があちらこちらに飾られ、いやというほど今日が何の日か思い知らされる。
偶々空いていたベンチ前にはテンポ悪く消え入りそうに瞬いている飾りだけがあった。
毎年毎年避けようにも避けられないこの雰囲気に怒る気などとうの昔になくしている。この日に紐付いている記憶が浮上してくるのをやめさせようと心を無にしている頃、視界の片隅にスタオケのコンミスの姿が入った。
(今日じゃなければ無視してよかったんだがな)
先に声をかけたのは果たしてコンミスだったかそれとも堂本だったのか。
***
「じゃあな。なかなか悪くない思い出になったぜ。…メリークリスマス」
いつもよりやや饒舌になってしまった自覚はある。それでもいつもの堂本大我と全く違うとまではコンミスは思っていないだろう。堂本がその日にふさわしい言葉で締めくくれば、コンミスは「メリークリスマス!またね!」と元気よく走り出していたから。
彼女がぬるま湯のような温かい寮へ帰って飴を舐め終わったらそれでおしまい。
もしかしたら寮へ着いた途端、誰かとのおしゃべりに夢中になって渡した飴のことなど忘れてしまうかもしれない。記憶から消えた頃に出てきた飴に首を傾げる可能性もあるだろう。
(俺がクリスマスの日にコンミスに飴を渡した、という記憶で上書きできただけで重畳)
その顔に微笑みが浮かんでいたかどうかは、堂本自身わからない。ただ、コンミスに会う前と比べてイルミネーションを見ても心はそれほどざわつかなかった。
年も変わり、チョコレート売り場がやたら目につくようになった頃。
オーケストラ協会本部でエレベーターを待っていた堂本は、ちょうど用事が終わったコンミスと鉢合わせした。
「これはこれは。スタオケのコンミス殿」
「やっと会えた! 渡したいものがあって、え~と」
ちょっと待って、待っててねなどと言いながらあたふたと鞄の中を一生懸命探している。
「別に待ち合わせの時間は決まってないんでね、ゆっくり探すといい」
と堂本が言い終わらないうちにコンミスは「あった!」と声をあげ、
「遅くなったけど、はい、クリスマスプレゼント」
と赤いリボンがしてある緑色の包み紙を堂本へ差し出してきた。
「…確かクリスマスはとっくに終わっていると思うんだが」
「うん、でも飴もらってそのままだったでしょう? クリスマスといえばプレゼント交換。だから、はい、私からのプレゼント」
ゆっくりとプレゼントを受け取り、堂本はいつもより低めの声でコンミスに問い掛ける。
「俺は確か飴が溶けて消えたら忘れろ、と言ったはずだが。それとも何か、スターライトオーケストラに負けたグランツへのお情けか」
「違うよ」
悩むことなく答えたコンミスはからりとした笑顔を浮かべながら続けた。
「クリスマスの日は堂本くんと会えたらいいな、と思っていたら会えた上に飴までもらっちゃったから。そのお返しも兼ねてのプレゼントだよ。もらった飴と交換したんだと思ってほしい」
「…」
「もちろんあの飴は舐めたよ! もったいないなとはちょっと思ったけど…。甘くて美味しかったよ。包みに載っていたサンタさんが可愛かったから洗って置いてあるんだ」
てへへ、と笑いながら言うコンミスに先程堂本が感じた苛つきはもうどこかへいってしまった。相変わらず予想しない行動をしてこちらの毒気を抜いてしまう。
「たかが包み紙にそこまでするかね」
「だって可愛かったしそれに…」
顔を赤らめ決してこちらを見ようとしない。
クリスマスに会いたいなと思い、もらった飴を食べるのがもったいなかった、どれも堂本と絡んでいることがわからないわけがない。
コンミスが言いよどんだ内容を察して、口角をあげる。
「まぁ俺からもらったからとはまた可愛らしい理由なら仕方ないか」
「なんでわかったの?!」
逆になんでわからないと思ったのか。隠せていると思うほうが驚きだった。
「貰えるものは有り難くいただいておくさ。今開けてもいいかい、お嬢さん」
「うん」
開くと中には色んな種類の飴玉。
先程まで茹で蛸みたいだったコンミスはパッと嬉しそうな顔になると堂本の横からプレゼントを覗き込みながら
「こまめに中身入れ替えていたから賞味期限は安心して!」
と言うと一つ一つ味の説明をしていく。
「あんたのおすすめは?」
「うーん…これ!」
堂本はコンミスが指差した飴を袋から取り出し口に入れた。
「まぁ悪くはないな」
「そこまで甘くないところがいいでしょ」
「コンミス殿はどれが一番お好みで?」
「これかな」
「なるほど」
堂本は再び袋から飴を取り出すとコンミスの口元へもっていった。
「わぁ、くれるの? ありがとう」
堂本に差し出されているにも関わらず、躊躇いもなく飴を口に入れるコンミスを見つめながら、あえて堂本はほんの少し間をあけてから指を抜くとそのまま自分の口へ持っていき舐めとった。
「…!?!!?」
「ん、確かにこっちのほうが甘いな」
固まったまま動かないコンミスにはあえて触れてやらない。
「そういえば俺とこんなところで立ち話している時間あったのかい? お忙しいスターライトオーケストラのコンミス殿はこの後も何か用事があるのでは?」
「そうだった! 路上ライブに合流しないと!」
駆け出すコンミスを見送ると、堂本はボタンを押してエレベーターに乗りこんだ。
(そこまで甘くないとは言っていたが俺にはやはり甘すぎる)
何が、とは言わずに一人の顔を思い浮かべる。行き先の階についたことを知らせる音がなると同時に口の中に残っていた飴を噛み砕いて飲み込んだ。
(…やはり俺には甘すぎてあわないな)
堂本は手に持っていた包みをあえて乱暴に上着のポケットへ突っ込んだ。