Paederia Paradox堂本大我×朝日奈唯
それはそれは甘やかなヴァイオリンの音色。
あのお嬢さんの奏でる音は、どこまでも甘ったるくて、まるで絵空事のようで、その音色に酷く虫唾が走る。
「そんなに彼女の音が気に入りませんか?」
「ああ、気に入らないね」
中庭の紅葉が散り終わるのを眺めながら微笑む浮葉に、堂本大我はそう吐き捨てた。
気に入らない、あれは深淵など知らない、地獄など見たことのない、甘っちょろい夢物語を音楽に重ねているヤツの音だ、と堂本は脳にこびりつく朝日奈唯の音を評した。
堂本はそう言う人種が一番嫌いだ。
「随分と、良く見ているのですね、彼女を」
「……喧嘩売ってんのか、浮葉様ぁ~」
「いいえ、ただ私は、あなたが誰かに関心を向けるなんて久しぶりだと思っただけですよ」
「チッ……」
その笑顔に毒気を抜かれて、堂本は出された茶を飲み干す前に御門の家を後にした。
堂本大我が朝日奈唯に会ったのは、そのやり取りから間もなくの事だった。
「へえ、男子校に忍び込むたあ、良い趣味してるじゃないかお嬢さん」
「し、忍び込んでなんかいません!」
「じゃあ、どうしてお嬢さんはこんな人気のない旧校舎裏に居るんだい?」
「それは……浮葉さんを探していたら迷ってしまって……」
しょんぼりと項垂れるその表情からは、あの絶対王者の月城慧に啖呵を切った面影など微塵もなかった。
「ハハッ、迷子の迷子のお嬢さんって訳か……まあ、浮葉様に用があるなら連れて行ってやっても良いぜ?」
「本当ですか?!」
その言葉に、朝日奈はパアッと表情を明るくして堂本を見上げた。
「クッ…ククク……ハッハッハ」
「な、何がおかしいんですか?」
「お嬢さんは、もっと人を疑うって事を覚えた方が良いな」
そう言って、堂本は唯の手首を掴んで校舎の壁に押し付けた。
「ッ痛い……」
「なあ、忘れたのか……俺はグランツに所属してる、あんたの敵なんだぜ?」
ギリギリと細い手首を締め上げると朝日奈の口から小さな悲鳴が漏れた。
「へえ、そんな目も出来るのか」
キッと自分を睨みつける唯の瞳を見て、堂本はニヤリと笑ってみせた。
「なあ……怖くないのかお嬢さん、俺がもう少しこの手首を捻り上げれば
あんた、大事なヴァイオリンを弾けなくなっちまうかもしれないんだぜ?」
「…あ、あなたはッ、そう言う卑怯な事は……しないと思いますッ」
「ククッ……足、震えてるぜお嬢さん?」
カタカタと震えながらも、真っ直ぐに堂本を見る目は決して逸らさない。
その態度も、言葉も、音楽も、何もかも堂本の心を掻き乱していく
「んッ……」
強引に噛みつくように、堂本は朝日奈の唇に自分の唇を重ねた。
「浮葉様はそこを曲がった本館の三階の一番北側の教室だ、それでこれは情報の対価だ」
堂本が手を離すと、真っ赤になった朝日奈は腰が抜けたようでずるずると壁を伝って尻もちをつく。
「ま、待って……」
「あんまり他人を軽々しく信用するもんじゃない、俺みたいなやつは特にな」
そう吐き捨てて、堂本は踵を返すと朝日奈を置いて本館の方へと立ち去って行った。
─了─