装うオキラス少々急ぎの用がある情報局員がヴェスパー第三隊長兼特殊情報局長官執務室へ入室のサインもそぞろに「失礼します」と入ると、そこには用件を伝えるべき本人、執務机の前に置かれた一対のソファセットに座るオキーフ長官…と、もう一人。
オキーフの腿横に片膝をつき半ば跨るようにして、おおよそ通常ではない近さで向かい合う第四隊長ラスティが居た。そのおおよそ通常ではない光景を目の当たりにした局員が一瞬息を詰めるも「長官、報告が。よろしいでしょうか」と告げれば「ああ」と通常通りの表情の低く冷静なオキーフの声が返ってきて、局員はわずかに安心を覚える。
と同時に第四隊長は大した音もたてず、す、と身を引きオキーフから一歩下がると「どうぞ」と言わんばかりに手の平で示す。その整った笑顔とスマートな所作もまた通常通りで、今の今までとっていた、彼のパブリックイメージを覆すような姿は幻覚かと思わされる。
昨日の作戦で得られた映像情報の中で解析したものを数点、メッセージを送るより先に急ぎ報告したいものだけ持ってきたという旨をオキーフ伝え、渡し、局員は持ち場に戻ろうと踵を返して、ふと思い出す。
「そういば、第四隊長は、本日は作戦に出ていたのでは」
「ああ、少し早めに終わった。まさに今戻ってきたところだ」
率直な質問にラスティも曇りなく答えた。ログを改めれば解ることにわざわざ嘘を吐く理由も無いので本当のことなのだろうと局員は判じる。
「早く長官殿と『話』がしたくてね」
ラスティはちらと目線をオキーフにやった後
「それはそうとすまない、少々はしたない姿を見せてしまった」
以後注意するから、内密にしておいてくれと続けわずかに苦笑してみせた。
オキーフは、ラスティのそういう時の顔と声音はいやに板についているなと感心する。
「ラスティ」
局員の去った後、再び二人だけになった執務室で半ば呆れたように名を呼ばれラスティは両手を軽く上げる。
「悪かった。悪かったとは思っているが、そう悪くもないだろう?」
「……」
「私と貴方が『仲が良い』ことが暗黙の了解となれば、それに塗り潰されて他の違和感は存外有耶無耶になる」
「俺に余計なイメージが付くわけだが」
「私が一方的に懐いているのだと吹聴しよう」
「そんなのでいいのかお前は」
「懐いているのは事実だ」
オキーフはまた一つ軽く溜息を吐くのであった。
オキーフの執務室に、本来その時間に居るはずのないラスティが居たのは、それこそアーキバス社の職務以外の『話』をしていたからで、部下が訪ねてくるのは予想してしいなかったわけではない。とはいえ、急ではあったために、余計なことを勘繰られない為に取れる手段としてお互いが「おおよそ通常ではない関係」を装ってしまったオキラスの妄想。
ラスティの薄く細めた狼の目も印象的であったが、ラスティの腰を掴みかけていたオキーフの手がやけに脳裏に焼き付いて離れず、特に何が悪いというわけでもないけれど、永らく薄ぼんやりと悩まされる情報局員。かわいそう。
でもきっとなんだかんだでその装いは半分ぐらい装いではなくなるオキラス。