Stay lucky 撃墜された身でよく生きてくれていたと、そう思った。
道端で拾い上げ、自分と同じ道を歩むようにと育てた愛弟子が空から落ちたあの日。地上で指揮を取りながら聞いた愛弟子を乞う男の叫び声ではじめてオルトゥスが撃墜されたことに私は気がついた。
何度も繰り返される男の声へ応えるように絞り出されたラスティの囁きは戦場の中だと言うのに脳内に響く。墜落ポイントがダイレクトに送信されてきたのはその数秒後。そうして、それが地へ墜ちる2人から送られた最後の通信だった。
少しだけガタつく車の中からのどかな村や畑の様子が見て取れる。ルビコンの中でも温暖な気候だと言えるこの土地にようやく立てるようになったばかりのラスティを追いやった。自由を手にしたルビコニアンが次に石を投げるのが誰かだなんて火を見るより明らかだったからだ。
車を降りて畑のそばに寄ると監視員から送られてきた姿より随分と健やかになったラスティが土にまみれてせっせと収穫に勤しんでいる。
「オキーフ?」
足音に気がついて顔を上げたラスティは私の姿を見て顔を歪める。
「なんだフラットウェルか」
無愛想に名前を呼んで、手に持っていた野菜をカゴに収めて近づいてくる。嫌そうなその仕草が一種の甘えであることに、私は最近ようやく気がつけたところだった。
…この子のそばにあの男を送り出してから数週間が経った。ラスティが言った通り元ヴェスパーⅢオキーフは従順にも解放戦線の役に立って見せた。それが真にラスティに会いたいが故なのか、苦い気持ちで解放した途端迷うことなく愛弟子の住処にたどり着き今日に至るワケだから、その献身を認めない訳にもいくまい。
嫌々ながらも通された小屋の中は古さが目立ちところどころ床材の色だって違うが、仲睦まじく棚に並ぶカップや2人分の洗い掛けの食器がこれが幸せなのだと訴えてくる。
机の上に出しっぱなしだった皿を片付けながら席に促してくるラスティはこの上なく充実している姿を晒す。
喜んで飛びつくだろうと思ったレイヴン探しのミッションを先延ばしにしてまでお前が何を望んでいるのか、親がするほどには優しさを向けてやれなかった子供の行く末を確認しに来た訳だが…早々に望みは叶ってしまったようだ。
「そうか、良かったなラスティ」
「急になんだ」
貴方にそんなこと言われると酷く不気味だ、と棚に並んでいたカップとは違うマグにフィーカを入れてラスティは席に着いた。
「私に宣言するくらいだ、あの男は余程お前を愛しているんだろう」
「……は?」
誰が誰を、なんだって?
凄む顔に何も言えなくなるが根掘り葉掘り厳しい眼差しで責め立てる男にフラットウェルは即座に白旗を上げた。昔からそうだ、気に入らないことや納得できないことがあると絶対に引かないのがラスティのいい所であり、悪いところでもあった。
「あの人は……私にまだ何も言ってくれてないのに?!貴方には言ったのか?!」
昔のままのキィンと響く怒りの声に懐かしさを感じる。これ以上は何も言うまいと口をフィーカで塞いでいると引き摺る様な足音と立て付けの悪い扉がギィと鳴く。
「ラスティどうした、外まで声が」
どうにも、間の悪い男だった。
「オキーフ話が…頼んでいた物?ありがとうそれも大事だが、私たちは話さねばならない事があるようだ。それも、今すぐに」
フラットウェルはゆっくりしていってくれ。早口でそれだけ言うとラスティは足の不自由な男を最大限に気遣った早足で寝室だろう奥の部屋へと引っ張りこんだ。
困惑したようにフラットウェルに視線を寄越したオキーフを無視して解放戦線を率いる重鎮はフィーカに集中する。この先に踏み込むほど野暮ではないし、何よりラスティと恋仲だろう男を直視するにはあまりにも身の置き場がない。
2人の姿が扉の中に消えた後、しばらく声が響いていたかと思えば急に静寂が訪れる。気まずさの中で、心に浮かぶのは存外穏やかな感情だ。
よく生きてくれていたと、そう思う。親代わりのようなことは何もしてやれなかったが今生きて幸せになろうとしている愛しい子供を見て、フラットウェルはその幸福がいつまでも続くようにと心から願った。