一月一日の魔法「ところで降谷くん、タメシトテとは何だ」
僕の家のこたつにぬくぬくと足を突っ込んだ赤井はおもむろに言った。
同じオフィスで働くようになってからというもの、赤井は休みのたびに飲みだ遊びだとやたらに僕を誘うようになり、そのうち僕の家に入り浸るようになった。正月休みといえど例外ではなく、仕事納めとともにボストンバッグと良い酒をかついでやって来て、二人で年越しをし、そのまま三が日のくつろいだ時間を一緒に過ごしている。
こたつの向かい側に、みかんを剥きながら駅伝を見る赤井秀一がいる正月。そんな時が来るなんて、少し前まではまったく想像もできなかったなあ。
「はい? 何です?」
「Tameshitote、とは何だろうか」
「えー……どこで聞いたんです?」
「年が明けてから、テレビが時々歌っている」
「歌って?……あっ、分かった」
とーしーのはーじめーのーたーめーしーとてー。
歌ってやると、
「それだ!」
赤井はぱっと顔を輝かせた。
「ああ、なるほど。日本の古語なので、馴染みがなかったですかね」
こたつの天板に放り出してあったタブレットを手に取り、[一月一日 歌詞] を検索して結果のページを見せてやる。
「この歌の歌詞です。例、と書いて、ためし、と読むんですよ。恒例の例です。つまり、としのはじめのためし、で、年始の恒例行事、みたいな意味ですね」
「なるほどな。ありがとう」
「いえいえ。にしても」
「どうした?」
「いえ、お前が言うと、なんだか怪しい魔法の呪文みたいだなあって思って」
ついくすくす笑ってしまうと、赤井はタブレットを置くとまじめくさった顔を作り、長い両手を高々と天井にかざして
「ターメシトーテー」
とへんてこな抑揚をつけて唱えた。
「ははははは! 怪しい怪しい!」
赤井は、僕と二人だけのときにはたまにこんな悪ふざけというか、ひょうきんなところを見せることがある。よく一緒の時間を過ごすようになってから初めて知った意外な一面を、僕は結構気に入ってるんだ。だって、普段はハードボイルド小説の主人公みたいなくせになんだか可愛いじゃないか。
「アブダカダブラー」
「おお、まだ続く」
「Supercalifragilisticexpialidocious」
「わあ本場の発音ームカつくー」
はは、と笑った赤井は手を下ろし頬杖をついた。
「こういう時、日本語では何というんだ?」
「そうですねえ……ちちんぷいぷい、とかかなあ」
「チチンプイプイ?」
「ぶっは!」
あの赤井秀一の顔と声から放たれるちちんぷいぷい。ものすごい破壊力。笑いが止まらない僕に、赤井はまたまじめくさった顔を作り直して、
「ちちんぷいぷい」
左の人差し指をぴんと立ててくるくるくるっと回すと、ぴたりと僕の眉間を指さした。
「あははははやめろって。なんの魔法かけてるんですか」
「そうだな……」
指先がそのまま伸びてきて、ちょん、と僕の眉間を柔らかくつつく。
「君が、俺のことを好きになってくれる魔法、かな」
「へっ」
思わず赤井の顔を見返す。赤井は、相変わらずまじめくさった顔のままだ。
……でも。よく見ると、耳が、真っ赤になっていた。目尻も、よく見ると微妙に力んでいる。……緊張、してる?
「……」
「……」
こちらもじわじわと頬が赤くなるのが分かる。こたつのあっちとこっち側、赤面するアラサー男二人。テレビからは駅伝の声。
「……えーっと」
「……ああ」
「ちょっと遠くてうまくかからないみたいだから、もっと近くなら、もしかしたらかかったりする、んじゃ、ないです、かね……」
「!!!!」
赤井はがばっと立ち上がると、慌ててあっち側から僕の隣へと動いてきてすとんと座った。
「これくらいかな」
「……もうすこし、ですかね」
「なら、これくらい」
腕が肩に回り、ぎゅっと強く抱き寄せられる。
「……もうすこし」
頬がぴたりと寄せられる。
「どうだろうか」
「も、もうひとおし、かな」
緑色の瞳が僕をのぞき込み、指がそっと頬をなぞり。
そして唇がゼロ距離で、僕に永遠に解けない魔法をかけたんだ。
まあ、本当はずっとずっと前からかかってたんだけど、ね。