ここは、教会の執務室である。部屋の主であるシャスティルは、恒例のお茶会で小休憩をとったあとも、急遽入った書類仕事に勤しんでいた。
チャポン!
先ほどから度々鳴る、液体の入った瓶の音のほうにめをやる。
「ここは教会なんだが!」
そこには、ザガンの案で、件の噂を払拭するため、影から出て護衛しているバルバロスが、酒瓶を片手にソファにだらしなく寝転びながら魔術書を読んでいた。
「まあ、そう、固いこと言うなよ♪執務時間はとっくの昔に終わってんだろうが。俺は、教会の人間でもねえんだし♪」
「本来、教会は、お酒は持ち込み禁止なんだが!」
「いや、お前、そこなの?」
起き上がり、こちらに向き直りながらバルバロスが問う。
教会で魔術師が酒を飲みながら魔術の研究をしてる。
問われてみて、確かにもうどこからツッコむべきなのか頭を抱えたくなった。
「大体、お酒を飲んで、理解できるものなのか?」
机からソファに移動し、先ほどからバルバロスが読んでいた魔術書を覗き込む。
シャスティルとて、没落しているとはいえ貴族の娘として教養と知識は人並み以上に身につけている。さらに、聖剣に選ばれる前は、学問で身を立てるため勉学に勤しんでいた身だ。選ばれてからは、教会で必要な知識の他に、敵を倒すのには、まず敵を知ることからと、使えはしないが魔術の知識の心得ぐらいはあるのだ。
だが、のぞき込んだ魔術書は、文章なのか、数式なのか、はたまた何かの記号なのかも判断できないものであった。
「???」
なんとか、拾える文字、はないのかと目を凝らしてみる。
市中に出回る本の中に魔術書が混じっていないか、取締るのも教会の役目だ。なのに、聖騎士長たる自分が、魔術書なのかの判断もつかないというのはゆゆしき事態である。
「安心しろ、これ、俺でも難しいから。」
解読に苦慮しているシャスティルを察してか、バルバロスが酔っているからか楽しそうに答える。酒瓶は転がっていないが、なかなかすでに酔がまわっているようだ。
「なら、なおさら、お酒なんて飲んで理解できるのか!」
お酒というのは、人の、正常な判断を鈍らせるものだ。酒の、せいで失態を犯した部下を処罰した記憶はまだ新しい、早く忘れてしまいたいところだが。
「酔ってるから、いいんろうが、こういう難しいのは、知識とか、偏見とか全部なしで、頭空っぽにして、ただ書かれてることを頭に流し込むんだよ。そうすると、ある時、点と点がつながって、新しい魔術ができたりすんの。それに酔ってるほうが、案外、頭が回ったり、思ったより効率よく動けたりするもんだぜ。お前も一杯どうよ♪」
と、バルバロスは、飲みかけの酒瓶をつきだす。
酔っぱらいの常套句、お前も飲めよである。
え!その瓶、バルバロスか口をつけてそのまま飲んでた!私が、それで飲んだら間接キスじゃないか!私は、間接キスを求められているのか
深夜もとなると人間は、正しい判断ができなくなるものである。深夜というのは変にテーションが、あがるものである。。
「いや、私はまだ執務中だ。」
そこじゃない!、もしここに、レイチェルがいたら鼻血を流しながら、壁と同化しつつ心の中でそう叫んだことだろう。
断る時は、相手の目を見て、はっきりと断らねばと、バルバロスの目をみたとたん、シャスティルは心臓が止まった。
酔ってるせいで、本来の悪人顔の特徴の目が、トロンとしている。血行が、良くなったせいか顔色も良く、上気している。
よし、目はダメだ。相手の目を見て、しゃべるのが苦手な人は、首元を見るといいと言うし、首元をみよう。
……
なんで!?バルバロスは、こんなに首周りがあいてる服着てるのだ!?
殿方の鎖骨ってドキッとしません?いつかしらの友人の会話が思い出される。その時は、よく分からず適当な相槌を打たものだった。今なら激しく同意し、会話も弾むことだろう。ただ、同じ貴族の娘たる彼女が、貴族のきっちりとした服装を重んじる社会で、どのタイミングで殿方の鎖骨を目の当たりにしたのか詳しく問いただしたいところではある。そういえば、成人を迎える誕生月に結婚式を挙げたとハガキが届いてたっけ、久々に連絡をとってみよう。今後、参考になる話が聞けるかもしれない。
大体、なんで、紐を首元をそんなにグルグルに巻いく必要がある?!護符の為だってことは分かるが一本でたるだろ、落としたくないっていうのも分かるが、そこまでグルグルに巻かなくてもいいんじゃないか。
いけない感じがするじゃないか、なんかこう言葉にできないものが湧き起こてしまう。
よし、首元もダメだ、なら少し視線が横にそれてしまうが、肩にしよう肩。バルバロスは今酔っている、それぐらいの違和感は気づかれないだろう。
肩!!肩もダメだ。なんだその、見えそうで、見えなさそうで、見えそうじゃないか!
チラリズムっていいよな、リルクヴィスト卿のスカートってけっこう短くて、聖剣に選ばれて間もないころ、食堂で耳にした会話だ。その騎士は、隣の騎士に盛大に頭を叩かれていたが……。その時は、なめられてはいけない、もっと強くなって、もっと信頼されるようにならなくてはと思ったものだ。今なら、会話には入れずとも、とある司令官のように机に肘をつき手をくんた形で、心の中で激しく同意していたことだろう
大体、落ちそうで落ちないローブもいけない、もうこの際、落としてしまおうと、バルバロスに両手を伸ばす。
「あなたはもう少し警戒心を持て、どうなっても知らないぞ。」
両手を伸ばして落ちそうなローブをかけてやる。
そう、執務中、シャスティルは執務バージョンだった。
「いや、それ、お前がいうの?」
コテンと首を傾げて、さも純粋に不思議そうな顔で聞いてくる。
そんな不思議なことだろうか????
ん?これ私がそういう目でみたってこと
「ち、ちが、ちがうんだバルバロス、それは教会でお酒なんて飲んでるのが見つかったら大変だと言うことで。」
バルバロスを邪な目でみてしまったことを誤魔化すため必死にこぎつけた。
「お!おう、そうだよな。よし、飲んで処分しよう、ほれお前もさ飲め!」
バルバロスも、男である自分が、そんな目でみられているような発言をしてしまったことに、焦った。んなわけねぇよな、自意識過剰かよ。
さっきの自分の発言をうやむやにするため、バルバロスは、酒瓶をシャスティルにわたした。
「そうだな、いただくよ。」
シャスティルも、邪な気持ちで見ていたのを誤魔化す為に必死で、先程の間接キスを気にする余裕もなく、執務モードもふっとんだ。
「ちょ待て、」
バルバロスの、制止も虚しく、シャスティルは酒瓶を勢いよくあおた。
そして、そのまま倒れが、そこは、何とかバルバロスが支えたのだった。
バルバロスは、シャスティルを仮眠室へ運びながら、なんで、瓶で飲むの。間接キスになんだろうがと一人悶えるのであった。
コップに入った食前酒をスプーンでなめて飲むシャスティルがまさか、瓶で飲むとは思わなかったバルバロスだった。