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    オメガバースサマイチの書きかけです。続きはまだ曖昧ですがさわりは書けたので一応

    「一郎、キャラメルみたいな匂いがしてるよ」

     乱数のなんでもないようでいて明らかに忠告であろう一言に、一郎は表情ひとつ変えなかった。ただ、彼の目の前にある生クリームとベリーソースがたっぷりとかかったクランペットを指差して「それのせいだろ」と呟く。そもそも、ここはシブヤ。乱数の最近のお気に入りであり、彼を取り巻く若き女性たちが御用達としているようなカフェだ。キャラメルの匂いくらいどこから漂ってきたっておかしくはないのだ。
    「一応確認しなよ。一郎、前回のヒートの日にちなんて覚えてないでしょ?」
     クランペットに生クリームをたっぷり塗り付けながら乱数は尤もなことを言う。一郎は溜息をつきながらも、念のためにスマートフォンを開いてスケジュールを確認する。何度更新しても反吐が出そうなそれによると、前回のヒートからふたつきが経過しているらしい。
    「や、まだはえーよ。こないだ二郎が終わったばっかだし、もっと先だろ」
     呟いて、飲み干したコーラはもう美味しくなくて、一郎は思わず舌打ちした。

     武力による戦争が根絶され、言の葉党が独裁政権を持つようになって久しい。徹底した女尊男卑の強いる現政権が、それまでの旧時代の教育から謂れのない性差別を受けがちであったオメガ性もまた保護の対象としたのは、思えば尤もなことだった。これを機に、アルファやベータから受ける心無い暴力に疲れたオメガ性を持つ人間たちのほとんどが壁の向こうへと移住していった。
     身の回りにいた仲間とも言える同志たちが、次々と壁の向こうへと消えてしまった。それを責めるつもりはないし、そもそも一郎にそんな権利もない。それは分かっていた。
    「ヒートなんて不安定なもんだからさ、周期は過信しないほうがいいよ」
    「分かってるよ」
    「いいや、分かってないよね一郎」
     何の因果であろう。国家が義務付けているバース検査の結果、山田三兄弟は全員がオメガであった。全体のほとんどを占めるとされるベータや正確な数値は分からないが凡そ10%強だろうと言われているアルファに比べ、オメガは全体の3%に満たぬとされている。俗説ではあるが女性に多いとされているオメガ性の中でも、兄弟三人が全員男性のオメガというのは極めて稀なパターンだった。
     これを知った中王区の連中は一郎たちに第二性を公表しろと再三促してくる。イケブクロ代表であるBuster Bros のメンバーが全員オメガであるということは、旧時代から根強く残っている性差別に苦しむ全てのオメガの救いになり光となるだろう、とのことだった。しかし、そんな政府に一郎は今のところ頷くつもりはない。第二性なんてデリケートな問題だ。公表するのは個人の自由だと思うが、誰かの思想の玩具にされるつもりはない。オメガなのだからと免除されそうになった男性に課せられた重税も、ほとんど意地で払い続けている。
    「僕がなに言ったって無駄なんだろうけどさ。自分の身は自分で守りなよ。こっち側にいるオメガにまで手厚くないじゃん、あいつら」
    「分かってるよ」
    「その返事はさっきも聞いた」
     乱数はちょっと不機嫌なのは寂雷の診察の直後であるせいだ。神奈備衢の覚醒により和解はしたものの、二人の間にはまだ一種の緊張感が漂っていた。乱数が一方的に食って掛かっているところはあるのだけれど。
     一郎はバックパックの中からピルケースを取り出すと、中の錠剤を取り出して口に放り込んだ。
    「てか一郎、まだそれ食べてるの?」
     乱数の明らかに咎める声に応える代り、一郎は氷と一緒にそれを噛み砕く。正直、不機嫌な乱数は目敏い上にちょっと面倒くさい。
    「オメガはみんな保険が利くからかなり安いでしょ薬なんて」
    「……あー」
     確かにそのとおりである。女性とオメガの保護を推進している言の葉党が開発に努めているだけあって、ここ数年の間で抑制剤は劇的に改良化された。現在は世界中の製薬会社たちの権利の奪い合いの末に多種多様と化している。しかし、やはり効果と副作用の少なさを併せ持つ薬は高価だ。そういう薬は一郎よりも症状の重い二郎に優先的に渡している。まだヒート自体を経験していない三郎にもお守り代わりで持たせている。
     一郎が普段から飲んでいるR社の安価な抑制剤は人工的な香料と甘味料の味がする。抑制剤としての効果は気休め程度であり副作用としてめまいや頭痛がついてくる。ほとんど甘ったるいキャンディのような代物だ。味覚になんぞ凝るくらいならもっとしっかり効果のある薬を安価で作れよ、と思わないでもない。旧時代に広く流通したこの薬のせいで、未だに一部のアルファどもに「オメガちゃんは苺味」などと揶揄されるのも吐き気がする。
    「お説教はうんざりだろうけどさ、一郎はもう少し自分のことも大事にしなよ。弟くんたちばっかじゃなくてさ」
     言葉に棘はあっても、乱数は自分を心配して言ってくれているのだ。それは良く分かっている。もとより政府が作ったクローンであった彼はオリジナルがアルファだったために身体はアルファだが、生殖機能を持たないしラットにもならない。それゆえに性別を選ばず幅広く繋がることが出来るが、同時に番うこともできない。自らを「アルファの不良品」と言い「おねーさんたちのお気に入りの玩具」などと笑う。誰のものにもならないから誰にでも優しい。そんな彼が、一郎に厳しいのはひとえに友情ゆえだろう。
    「ほら、強くなってきてるよ、匂い」
     乱数は鼻をくん、と動かした。一郎は自分で自分の匂いは分からない。そもそも鈍い方らしく、オメガはおろかアルファの匂いも微かに感じる程度だ。漂ってきても誘われる前に、雨の匂い、木々の匂い、食べ物の匂いで掻き消されてしまう。だけど、乱数がこういうんだからきっと確かなんだろう。
    「いくら弟クン改造のネックガードだからって、ヒートまでは止められないでしょ」
     一郎のネックガードは三郎がタイリクから取り寄せて、その上で改造を施したものだ。一郎の皮膚にとても馴染むベルトは、一見したところ何もしていないようにも見える。三郎は自分の分と「一兄のついでだからな」なんて言いながらも二郎の分もちゃんと肌に馴染むものを拵えてくれた。
     この上にヘッドホンを付ければ、誰も一郎をオメガだとは思わない。
     この匂いさえしなければ。
    「そうだな、そろそろ帰るわ」
    「タクシー呼んだげる」
    「や、いいって」
    「たまには甘えなよ。どうせ僕もこのあと約束あるしね」
     乱数は目の前の甘いものをすべて片付けると、同じくらいに甘いだろうミルクティーを美味しそうに飲む。たまには御相伴預かろうかな。一郎は座り直す。
    「あ、そうそう。いちろ、知ってる?」
    「ん?」
    「なんかさ、中王区のおねーさんたちがまた胡散臭いことはじめようとしてるっぽい」
     中王区の女たちが胡散臭いのは今に始まったばかりではない。一郎は苦笑いで乱数の次の言葉を待つ。
    「バース検査が国際法で義務付けられたのって戦前からじゃん? 結構な歴史がある訳だけれどさ」
    「おう」
    「その時に採取されたここ数十年分の国民全員の血液ってさ、全部サンプル化されてらしいんだよね。今は世界中から優秀な研究者とやらを雇ってうざいおねーさんたちが管理してるみたいだけど。なんかまたマッドサイエンティストみたいなやつが現れたらしくて」
     誰とは言わないけど、と乱数は言葉を濁す。すぐに壮絶に胡散臭いあの男の顔がちらついて、一郎は思わず黙る。
    「そいつが開発したシステムを使うと、第二性における相性が数値化できるらしいよ。ざっくり言えばアルファとオメガの」
    「……へーそうなのか」
     想像したよりも平和そうな話で、一郎はとりあえず相槌を打った。
    「あのね、星占いとかそんなレベルの話だったら流石の僕でもしないって。何か知んないけど相性がいいアルファとオメガが番うと妊娠率も出産率も格段に上がるみたいでさ、一部のおねーさんたちが超少子化の今利用しない手は無いって息巻いてるみたい」
    「……要するに、この国の未来のために効率よく子供を生めって話だな」
     自分には希望の星だの聞こえのいいことばかり言いやがるくせに、結局オメガはいつの時代も多産の胎しか取り柄がないってか。反吐が出る。一郎はグラスに残った氷をがりがりと噛む。
    「だから気を付けなって言ってんの」
    「なにがだよ」
    「一郎にも相性のいいアルファが無理やり送り込まれるかもしれないってことでしょ。ヒート狙われたらいくら一郎でもヤバいと思うよ」
    「はは、そんなやつ、マイクでぼこぼこにするだけだろ」
     そう笑って返す一郎に、乱数は珍しく大きな溜め息を付いた。
    「一郎は、強いよ。だから、心配なんだよ」
     一郎は黙る。似たようなセリフを、少し前に二郎にも言われた。ヒート前の不安定な時期で、二郎は少し泣いていた。
     兄ちゃんは強いよ、誰よりも、だから、いつも無茶ばかりで、俺たちを頼らない。
    「だから、とりあえず運転手を呼んでみたよ~」
    「は?」
     思わず思案に暮れる一郎の耳に、突然いつもの乱数の明るい声が弾けた。
     顔を上げた途端、一郎はある香りを嗅いだ。
     一度だけ、強烈な香りに包まれた事がある。オメガとしては随分と鈍いらしい一郎の、まだそう長くはない人生の中で、たった一度だけのことだ。何と形容したらいいのか分からない。雨上がりの森のような、オレンジの枝を折った時のような、一斉に花ひらいたカミツレのような、どこか懐かしくも美しい匂い。途端に、膝の力が抜け、その場にへたり込んでしまったのを覚えている。
     その匂いが、今、近くにある。
    「や、おれ、帰るわ」
    「もう遅いよ」
     乱数の笑顔と共に、カフェのドアが勢い良く開かれた。
     まるで大きな風船でも割ったように、ぶわり、と一気に広がった匂いに、一郎は思わず眩暈を覚える。
     膝が震える、
     目がちかちかする、
     思い出したくないことばかり思い出す。
     あの男の犬歯が、ネックガードを今にも食い破ろうとする感触を、今でも夢に見るんだ。
    「……よう」
     振り返るまでも無く、そこにはあの男がいる。どこかばつの悪そうな顔をして、碧棺左馬刻が立っている。
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    MAIKING何れはまた左馬一になるだろうバチバチ期の一郎が深夜に己の初恋地獄篇を思い出してあああああてなってる(めっちゃさわり)
    はつ恋 ふと目を覚ますと俺はリビングのソファーの上にいて、目の前のテレビ画面には見覚えのない古い映画が流れていた。覚醒したての視界には眩しすぎるような風景が流れていて、一瞬だけ、ここがどこだかわからない。見覚えのない風景と見覚えのない人たち、聞き慣れない言語で聞いたこともない台詞が突然脳内に押し入ってくる「愛のない人生なんて、最低だ」。

     隣では俺にもたれ掛かりながら三郎が少し前の俺のように寝落ちていた。俺はとりあえず座り直して、ずり落ちそうになっていたケツを戻す。深夜アニメリアタイしようとしてそのまま寝落ちしたんだな。変な姿勢を取っていたせいか、首が少し痛い。そうそう、二郎は友達んちに泊まりに行ってて、今日は三郎が付き合ってくれてたんだ。本当はそう興味なかっただろうのに、三郎はキラキラした瞳で「是非是非お供させてください!」と笑っていた。結局、俺まで寝落ちてなんだか申し訳ない。俺は三郎の身体をそっと横抱きすると、起こさないように部屋へと運んだ。随分と重くなったな~なんて思いながら三郎の寝顔に小さな声でおやすみを言って、リビングへと戻る。煌々としていた電気を消して、おそらく三郎がかけてくれたのだろう毛布を被り直すと、なんとなく画面を見つめる。やべえ太陽が眩しい。森が綺麗だな。南欧だろうか? ピレネー山脈って何処の国だっけ? 既に映画は終わりかけで、若い頃はきっととんでもないイケメンだったんだろうおじいさんが、その人生に幕を引こうとしている。映像も綺麗だし、登場人物も老いも若きもみんなそれぞれに美しくて目に優しい。ちゃんと観たら泣けるんだろうな。なんとなくスマホで情報を取ってみると、三十年くらい前のフランスの映画だった。ストーリーはざっくりいうと死んでしまう前に初恋の人に逢いに行く、というものだった。
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    MAIKINGオメガバースサマイチの書きかけです。続きはまだ曖昧ですがさわりは書けたので一応「一郎、キャラメルみたいな匂いがしてるよ」

     乱数のなんでもないようでいて明らかに忠告であろう一言に、一郎は表情ひとつ変えなかった。ただ、彼の目の前にある生クリームとベリーソースがたっぷりとかかったクランペットを指差して「それのせいだろ」と呟く。そもそも、ここはシブヤ。乱数の最近のお気に入りであり、彼を取り巻く若き女性たちが御用達としているようなカフェだ。キャラメルの匂いくらいどこから漂ってきたっておかしくはないのだ。
    「一応確認しなよ。一郎、前回のヒートの日にちなんて覚えてないでしょ?」
     クランペットに生クリームをたっぷり塗り付けながら乱数は尤もなことを言う。一郎は溜息をつきながらも、念のためにスマートフォンを開いてスケジュールを確認する。何度更新しても反吐が出そうなそれによると、前回のヒートからふたつきが経過しているらしい。
    「や、まだはえーよ。こないだ二郎が終わったばっかだし、もっと先だろ」
     呟いて、飲み干したコーラはもう美味しくなくて、一郎は思わず舌打ちした。

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     隣では俺にもたれ掛かりながら三郎が少し前の俺のように寝落ちていた。俺はとりあえず座り直して、ずり落ちそうになっていたケツを戻す。深夜アニメリアタイしようとしてそのまま寝落ちしたんだな。変な姿勢を取っていたせいか、首が少し痛い。そうそう、二郎は友達んちに泊まりに行ってて、今日は三郎が付き合ってくれてたんだ。本当はそう興味なかっただろうのに、三郎はキラキラした瞳で「是非是非お供させてください!」と笑っていた。結局、俺まで寝落ちてなんだか申し訳ない。俺は三郎の身体をそっと横抱きすると、起こさないように部屋へと運んだ。随分と重くなったな~なんて思いながら三郎の寝顔に小さな声でおやすみを言って、リビングへと戻る。煌々としていた電気を消して、おそらく三郎がかけてくれたのだろう毛布を被り直すと、なんとなく画面を見つめる。やべえ太陽が眩しい。森が綺麗だな。南欧だろうか? ピレネー山脈って何処の国だっけ? 既に映画は終わりかけで、若い頃はきっととんでもないイケメンだったんだろうおじいさんが、その人生に幕を引こうとしている。映像も綺麗だし、登場人物も老いも若きもみんなそれぞれに美しくて目に優しい。ちゃんと観たら泣けるんだろうな。なんとなくスマホで情報を取ってみると、三十年くらい前のフランスの映画だった。ストーリーはざっくりいうと死んでしまう前に初恋の人に逢いに行く、というものだった。
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