ナツコサン よっ、おめぇも晩飯か? 鬼娘。いつもならさっさと俺の顔みるなりヨソに行っちまうのに、どういう風の吹き回しだよ?
……アァ? 黒い髪の女ァ? そんなのそこら辺にいるじゃねえか、そりゃこの研究所は女っけが少ねぇけどよ、全くねえわけでも……、
あんだよ、マジな顔しやがって……ユーレイだぁ? ったく確かに夏だからって怪談で盛り上がるなんざ、おめぇそんなに暇なのかよ。……そんなに色んな奴が見てんのか?
……長い黒髪、緑のワンピース、……あー、そいつは知ってるぜ。地元でも噂になってたくらいだ、都市伝説とかって言うんだろ?
あのヒト、『ナツコサン』って呼ばれてるんだ。別に大したユーレイじゃねえよ、自分の産んだガキを探してうろつき回っては「赤ちゃんを知りませんか」って聞いて回ってんだとさ。ナツコサンに会った奴ら、みんなそうだったんだろ? 知らないって言っときゃいいぜ、地元でも何人か会った奴——つっても本当かどうかは知らねえけど——はみんなそうやって切り抜けて、それからまた会ったって話も聞かねえしな。
それにしたってこんなヘンピな場所まで探しに来るとはな……ま、気が済んだらまたどっか探しに行くだろ。
へへ、顔色悪いじゃねえか鬼娘。鬼のドクロは笑って撫でてる癖に、ユーレイはダメってかぁ?
ま、そんなに怖いなら適任がいるだろ。ほら、うちにはボウズが修行するどころか暇して寝てらぁな! おめぇが頼めば経のひとつや百ぐれぇ喜んでホニャホニャ唱えてくれんだろうよ。
……なんだよ、行っちまうのか? 用が済んだら終わりってか、全く愛想ねーな。せいぜい夜道には気を付けるこったな!
もっとも、ナツコサンより鬼の方がよっぽどコエーけど。
——で? 鬼娘の次はテメェか隼人。ひょっとしてテメェもユーレイが怖いってワケじゃねえだろうな。手洗いなら一人で行きやがれ、俺は面倒見てやんねーぞ。
……。
フーン。頭が良いのは伊達じゃねぇみてえだな。別にテメェが知りたがるようなことじゃねえよ、どこにでもある話だ。
それでも聞きてえならそのミカン寄こしな。
……やけに素直じゃねえか。知識欲ってやつか? だから本当に大した話じゃねえし、飯食いながら聞くような気分のいいものでもねえ。聞き終わって文句言うなよ。
ま、ナツコサンは多分俺を追ってきたんだろうな。どうやって見つけたかは知らねえが……あ、言っとくけど俺をここに連れてきたのは早乙女のジジイだし、別に俺がナツコサンを招いたわけでもねえ。勘違いすんなよ。
元々ナツコサンはな、フツーの人だったんだよ。俺やテメェよかよっぽどいい暮らししてたぜ、だけどナツコサンの親父が騙されて借金抱えて、その親父も死んじまって一人になっちまった。その金もマトモじゃねえとこに借りてたもんで、俺たちと同じドブの中に落ちてきた。ナツコってのも源氏名だから本名は知らねえ。
ま、それでもすげえ人だったんだぜ。自分だってヤクザの借金のカタにされて酷い暮らししてんのによ、いつもニコニコしてて……よく行きつけのラーメン屋で会ってさ、俺の親父が死んだときもすげぇ優しくしてくれて、「自分も同じことしたから」って色んな手続きとか助けてくれてさ……ニンゲンが違うってこういうことなんだなって俺は思ったくらいだ。
そんなもんだから、他の奴らもナツコサンのことは好きで、色々助けてやったりしてたらしいんだけどな……。
気がつきゃ、でけえ腹抱えて……父親は分からねえつってた。店の客かもしれねえし、ナツコサンの元締めのヤクザかもしれねえし、わかんねえけど……ナツコサン、産むって言って頑張ってた。俺らも手伝ってさ、なんせそんな腹じゃ客もとれねえってヤクザがちょっかいかけてくるからぶちのめしたりよ……。
商売女がガキをこさえるなんてよくある話だが、それでも目の前でガキが出来てんなら見殺しになんかできねえよ。だからよ、電車がうるせえオンボロアパートでも、産まれたって報告きたときは俺らもラーメン屋で手え叩いて喜んで……。
だけど……それから多分数日くらいだったか、数週間だったか、覚えちゃいねえけど……ナツコサンが駆け込んできて、「赤ちゃんを知りませんか」って必死に……。
ああ。テメェの考えてる通りだよ。そんな赤んぼが一人で出歩くはずねえ。分かんだろ。あいつら……。
……ナツコサンいなくなっちまった。それからだ、ユーレイの話を聞くようになったの……。
ま、そんなとこだ。あ? まだ何か聞きてえのかよ?
……俺を追ってきた理由だあ?
ったくよ……せっかくボカしてやったんだろうが! テメェは知らねえことにはイノシシになるのかよ!?
ナツコサンが駆け込んで来てからさ、みんなで探したんだよ。赤んぼ。
ま、そこら辺探すよりも直接聞いた方が早いだろってことで、一人でナツコサンのヤクザの事務所に行って……行って。
俺がその赤んぼを見つけたんだよ。町から離れた川っぺりの茂みに——。
……言えねえよ。言えるわけねえだろ。でも戻ってきた俺の顔見たらさ、ナツコサン座り込んじゃって、何にも言わないまま俯いて……。
そうこうしてるうちに、誰かが発見してケーサツ沙汰だ。世間で騒ぎにもなった。
ナツコサンたぶん分かってるんだよ。分かってるけど探してるんだ。
そうしてる間は赤んぼが生きてるかもしれないって思えるから。
でもって赤んぼがどこにいるのか知ってる俺をずっと探してんだよ。
……って話だ。退屈凌ぎにはなったろ。ま、信じるか信じないかはテメェに任せる。
ミカン貰ってくぜ。あ? へっ、そういやナツコサンの好物はミカンだったなって思い出してよ。夏でも季節外れにミカン食って、緑のワンピースに汁こぼして必死に拭いてたっけって……ま、テメェには関係ない思い出話だな。
弁慶が経を唱えるにしろ、お供え物でもありゃカッコつくだろ。
そんじゃな。ビビッて寝付けなくてクマでもこさえてきたら指さして笑ってやんよ。
だけどな、どうしてだろうな。
俺には見えねえんだよな、ナツコサン。