イヤリング「イ、イヤリングか……」
犬飼は、御子柴の名前が金文字で刻まれている、肌触りのいい上質な紙で作られた白い化粧箱を手にしながら、困ったように呟いた。その中には、光に当たるたびにキラキラと煌めく青い宝石の周りに、控えめだけれど精緻な装飾が施されたイヤリングが入っている。
音楽更生プログラムが始まってから、囚人3人には多くの差し入れが届くようになった。差し入れには規定があり、その中身を検品し、受け渡し可能かどうかを判断するのも看守である犬飼の日常業務の一つだ。しかし、とにかく数が多い上に、受け渡しが難しいプレゼントも多く、これが非常に大変だった。
——きっと、御子柴くんのことをたくさん考えて、買ってくれたんだろうけれど……。
イヤリングは規定外。なんとなく申し訳なさを覚えながら、犬飼はそのイヤリングを写真に収めて、「保管」と書かれた箱に詰めた。
***
「御子柴くんには、こちらですね」
夕食後。囚人3人の部屋で、犬飼は彼らに受け渡し可能な差し入れが入った箱を手渡していく。御子柴はあまり興味なさそうな表情を浮かべて、どこか別の場所を見つめながら、義務的な手つきでそれを受け取った。
「あ、御子柴くんには、一つお渡しできない物が届いていて……」
「あ?」
犬飼はそそくさとスマホを取り出してから、画面上に先ほど撮影したイヤリングの写真を表示して御子柴に見せた。御子柴はその仕草に呼応するように、犬飼をちらりと横目で見る。
「このイヤリングなんですが、装飾品はお渡しできないので、こちらで保管しておきますね」
「え、イヤリング? 見たい」
そう勢いよく食いついたのは甲斐田だった。御子柴が見るよりも先に画面を覗き込んでは、「うわ」と感嘆の声を漏らす。
「オシャレだねぇ。すごい高そうだけど」
「おい、邪魔! なんで紫音が先に見んだよ!」
明け透けな感想を口にする甲斐田の肩をグイグイと押しながら、御子柴はそう吠えた。そして甲斐田を退かせて画面を覗いてから、目を少し見開いて「うっわ」と小さく声を漏らした。
「綺麗ですよね。お渡しできないのが申し訳ないんですが……」
「いや、こんな重いもん送ってくるのに、規定調べないとかバカすぎだろ」
「そ、そんなこと言わないであげてください……」
内心、少しだけ同意してしまいながらも、犬飼はそう嗜めた。しかし、その言葉もどこ吹く風と聞き流して、御子柴はまた興味を失ったようにスマホをいじり始める。
「ねぇこれ、サファイアじゃない? シバケン、愛されてんね〜」
「サファイア?」
そう楽しそうに言う甲斐田の言葉に、犬飼は首を傾げて聞き返した。
「一途な愛の象徴の石とかなんとか、前にくれた女の子が言ってたよ。シバケンのことがそんだけ好きってことじゃない?」
「……くだらねぇ」
御子柴はわざとらしくため息をつきながら、呆れたように目をぐるりと回した。
「勝手に操立てられても気色わりーだけだろ」
「まぁ、重いよね」
そんな2人の会話を聞いて、犬飼は困ったように苦笑いを漏らした。ファンからの気持ちは真摯に受け止めて欲しい気持ちもありながら、他人から向けられる強い好意がもたらす苦しさに共感もしてしまって、素直に嗜めることができない。
犬飼は言葉を失って、誤魔化すようにイヤリングの写真に目を落とした。
改めて見て、ようやく、サファイアの周りに施されていたのが、チェーン状の装飾だと気が付いた。そして、脳裏に御子柴のファントメタルが過って、あ、と声を漏らす。
彼が好みそうなものを探したのか、はたまたオーダーメイドなのか、それは分からない。けれど、石に込められた意味も含めて、贈り主の気持ちの大きさや強さがギュッと込められた一品なのは分かって、犬飼は胸がいっぱいになった。
「御子柴くん、かっこいいですもんね……」
「……は?」
気付けば、そう言葉に漏らしていた。御子柴の怪訝そうな雰囲気に、ハッとして、犬飼は冷や汗をかく。
「あ、いや、その……音楽にやっている時の御子柴くんは、目が離せなくなるぐらいかっこいいので……」
そう正直に説明を始めれば、御子柴の眉間の皺がだんだんと深くなっていき、それに比例するように、言葉が尻すぼみになっていった。このまま続ければ、御子柴がどう反応するのか、その未来はありありと想像できる。しかし、一度口に出してしまった言葉は、留まるところを知らなかった。
「このファンの方の気持ちが……その気持ちを、形にしたかった感覚が、分かるなぁって、おもっ——」
「いきなりキモいこと言ってくんな!」
「す、す、すみません……!」
「マジでキッショい! クソみてーに鳥肌立ったじゃねぇか! 二度と口開くな、さもなくば死ね!」
御子柴は我慢の限界とでもいうように、犬飼の足を踏んづけてから、噛み付くように叫んだ。そうして踏みつけられた足の痛みと、この未来を食い止められなかった後悔に、犬飼の顔が歪む。
「うるせぇな」
彼らを静かに見守っていた土佐が、御子柴の甲高い声に反応するように、不快さを丸出しにした声色でそう言った。その傍らで、甲斐田は楽しそうにケラケラと笑う。
「必死だねぇ、照れてんの?」
「ちげぇよ! 普通にキショいだろ!」
「ウケる、褒めてくれてんのに」
ひとしきり笑ってから、甲斐田は「はーあ」と息をついて、甘えるような、揶揄うような、そんなニュアンスを潜めた瞳で犬飼をじっと見つめた。
「ねぇ、犬飼、俺は?」
「甲斐田くんも、土佐くんも、もちろんかっこいいですよ……!」
「ふふ、ありがと」
甲斐田は満足げに微笑む。それから、また御子柴に視線を送って、にやりと茶化すような笑みを浮かべた。
「犬飼がもっと俺たちに惚れちゃうような曲、作んなきゃだねぇ、シバケン」
「っ、キショいこと言うなって言ってんだろ!」
そう言って、御子柴は甲斐田の腕を目掛けて肘を打とうと腕を振りかざした。それをひょいっと軽々しく避けて、甲斐田はまた楽しそうに笑う。
——普段の御子柴くんを見たら、あの贈り主も、可愛いな、なんて思うのかもしれないな。
彼らのやりとりを見て、犬飼は思わず口元を緩ませながら、そう思った。