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    fuu_krsm

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    fuu_krsm

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    ED2のあと何も思い出さなかったしぃちゃん
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21543650
    ↑の続き(蛇足)

    #霧雨が降る森
    forestWithDrizzlingRain
    #須賀シオ
    sukasio.

     「本当にもうここで……」

     「そう?」

     頑なに断り続ける彼女の言葉に応じると、露骨にホッとした顔をされた。最寄り駅からずるずると家の近くまで一緒に歩いてきていた。
     
     「……あっごめん、最後にトイレだけ借りていいかな」

     「え」

     「もう限界でさ、借りたらすぐ帰るからお願い!」

     彼女は取引先の担当者の部下だ。こちらをあまり無下にも扱えないのは分かっている。切羽詰まった顔を作って手を顔の前で合わせると、困った顔になったものの作り笑顔で頷いた。



     本当に角を曲がってすぐのところに彼女の家はあった。撒くための嘘じゃなかったんだな。今日の飲み会で一人暮らしあるあるを言い合って盛り上がっていたから、てっきりマンション住まいだと思っていたが、案内されたのは二階建ての一軒家だった。
     玄関の鍵を開けて中に入ると真っ暗だった。確かに人の気配がない。こんなでかい家に本当に一人で住んでいるらしい。

     「右手が洗面所で、入ってすぐ横がトイレです」

     彼女が勧めてくれたスリッパを履き、言われたのとは逆方向のドアを開けた。

     「へえー、こっちは?」

     「え、あの、そっちはリビングで……」

     慌てて彼女が追いかけてくる。勝手に壁際のスイッチを押して明かりをつける。広々としたリビングはどこかガランとしていた。

     「綺麗にしてるんだねー」

     白いカバーがかかった革のソファーに腰を下ろす。家具の趣味や四人掛けのダイニングテーブルを見るに、家族と住んでいると言う方がしっくりくる家だ。
     
     「あの、困ります」

     はっきりした言い方にカチンと来て目を上げる。酔っていたことを感じさせないほど毅然とした表情で彼女が立っていた。

     「ああ、ごめんごめん」

     立ち上がるとまた露骨にホッとした顔をする。力の緩んだ手首を掴んだ。

     「君も座って?もうちょっと話そうよ」

     後ろに引けばバランスが崩れてつんのめった。そのままソファーの方へ引っ張り、ぼすんと落ちるように座らせた彼女の隣に座り込む。握った手首から親指を伸ばして手のひらの内側をなぞる。

     「一人で、寂しいでしょ」

     間近で覗き込むと、呆気に取られていた表情が一瞬泣きそうに歪んだ。ああ、ここを攻めればいけるな。にっこりと微笑んでやると、彼女は恥ずかしいのか顔を伏せた。

     「……トイレは、大丈夫なんですか」

     「ああ、そうだった!……ちょっと借りてくるね、待ってて」

     ぱっと手首を離して立ち上がる。ここで一歩引くのも大事だ。このまま押し倒したら無理矢理されたと言われかねない。どうせ何をするか分からない俺だけ残してこの家を出るわけにいかないだろうし、まだ何もされていないのに通報したりもできないだろう。この後ゆっくり慰めて、なし崩しに持ち込めばいい。
     さっき教えてもらったトイレで用を済ませて、洗面所で手を洗っていたときだった。
     ボーン、と離れた部屋で古い時計が鳴るような音がした。こんな時間に?鏡越しに目を上げた。開け放していた洗面所のドアの向こう、明かりのついていない玄関ホールには二階に続く階段があった。そこから誰かが降りてくるのが見えた。背が高い。男だ。立ち止まって、こちらを見た。ゾワッと全身の産毛が逆立つ。
     やばい。一人暮らしと言ってたくせにやっぱり男と住んでたのか。修羅場はごめんだ。面倒くさい。

     「あ、すみません、トイレお借りして……」

     振り向いて弁明しようとした。でももうそこには誰もいなかった。リビングへ行ったのか?とにかく早く離れなければ。
     
     「神崎さん!?トイレありがとう!お邪魔しましたー!」

     リビングに向かって声をかけて、急いで革靴を履く。玄関の鍵をガチャガチャやっていると彼女がリビングから出てきた。

     「あの、」

     何か言いかける彼女におざなりに頭を下げて外へ出た。ああ、危なかった。さっきこちらを見た男を思い出して身震いする。暗くて目も見えなかったのに、俺を見ていることが鏡越しにもわかるほどのじっとりとした強い視線だった。鉢合わせなくて本当によかった。ため息をついて駅へ急いだ。





     しばらく訳が分からなくて立ちすくんでいたけれど、はっとして鍵をかけた。チェーンもしっかりかける。煙草でも吸ったんだろうか、何だか辺りが焦げくさい気がする。
     今になって心臓がバクバクし始めた。何やってるの私。いくら取引先の人だからって、トイレなんて断ればよかった。どうして急に帰ったのかは分からないけれど、一歩間違っていたら────。
     さっき触られた手首と手のひらが気持ち悪くて、脱衣所に駆け込んだ。バサバサ服を脱いでシャワーを捻る。ボディソープをつけてゴシゴシ擦った。

     「う、ぅ」

     涙が溢れる。情けない。馬鹿みたい。全部隙を見せた自分のせいなのに。
     握られた手首はびくともしなかった。そのまま手のひらをなぞられたときのあの嫌悪感。
     頭からシャワーをかぶった。メイクも落としていない顔をお湯が伝い落ちていった。





     ノロノロと洗顔と着替えを済ませ、髪を乾かした。その間もずっと後ろが怖くて、何度も何度も振り返った。もう一度戸締まりを確認した後、私は逃げるように自分の部屋に駆け上がった。
     ベッドに入って向かいの壁に目線を上げる。時計の振り子は今日も静かに行き来している。いつもはそれを見ていると心が落ち着いて眠りに落ちていくことができるのに、今日は無理だった。
     自分の二の腕を両手でぎゅっと押さえても、怖さがずっと背中にこびりついて離れない。今すぐ誰かに抱きしめてほしい。そう考えた瞬間、さっき手首を握られた感触を思い出してしまって首を振る。違う、誰でもいいわけじゃない。
     恋人はもうずっといない。何度かアプローチされたことはあったけれど、同じ気持ちになれそうもなくてお断りした。友達の中には数年お付き合いして結婚した人もいるのに、私はずっと独りのままだ。どんなに格好良くて優しい人でも、自分を預けられるほど信頼できるようになるだろうかと思うと、違うと思ってしまう。
     ────抱きしめてもらって安心することなんて、もう二度とないのかもしれない。
     いつの間にかとろとろ瞼が下りてきていた。





     真っ暗だ。怖い。ここはどこ?
     目を凝らしていると、急に手首を掴まれてどきりとした。でもさっきとは違ってそっと包み込むような、遠慮がちな手つきだった。引き寄せられるまま、服に鼻先が埋まる。
     ……ああ、この香りだ。ずっとずっと、こうしたかった。鼻を擦り寄せて息を吸い込む。優しくて懐かしい香りに肩の力が抜けていく。脇のあたりの布地を握りしめて身を寄せると、大きな手のひらがそうっと背中に添えられた。
     
     「ふ、……っ」

     涙が溢れる。手を精一杯伸ばして、その人の背中を抱きしめた。私の顔がすっぽり胸に収まってしまうくらい背が高い。細身だけれど胸や肩は無駄のない筋肉で覆われている。

     「もっと強く……ぎゅって、して……」

     私が乞うと、一瞬迷うように背中から手を離してから肩と腰に腕を回して抱きしめてくれた。
     さっきは触られると体が冷たくなるくらいの恐怖と嫌悪感でいっぱいになった。今だって暗闇の中で誰か分からないまま触れられているのに、少しも怖くない。むしろ胸が苦しくなるくらい嬉しくて、涙が流れて止まらない。
     肩を包んでいた手がおずおずと伸びて、目尻から溢れていく涙を指先でそっと拭ってくれた。そんなことをされたらもっと泣いてしまう。

     「どこにも、いかないで……っ」

     頷く気配がした。割れものを扱うように慎重な手つきで髪を撫でられる。頭頂から項までを大きな手のひらがゆっくりと行き来する。
     
     「……ん、」

     鼻にかかった声が漏れた。気持ちいい。心臓が高鳴る。背中に回していた手を引き寄せて、胸から首元へ滑らせた。そこも布地に覆われていて、襟の高い服を着ているのが分かる。頬に触れると濡れていた。この人も、泣いている。

     「あなたは、だれ?」

     尋ねた途端、頭を撫でていた手が止まり、背中を抱き寄せていた腕が解かれた。ふっと体が離される。

     「え……どこ?」

     暗闇で腕を彷徨わせてみても、かき消えたようにその人はもういなかった。

     「や、だ……行かないで、もう聞かないから、行かないで……っ」



     

     はっと目を開けた。カチコチと秒針の音。真夜中の部屋は暗く、壁の時計は3時を指していた。さっきまで誰かに抱きしめられていた感覚がまだ背中や後ろ頭に残っている。
     
     「っ……」

     その感覚がなくならないうちに、自分で自分の腕を抱きしめる。胸にぽっかりと大きな穴が空いたみたい。虚しくて、また涙がこめかみを伝い落ちていく。
     それでも、寝るまで背中にこびりついていた恐怖はもうどこにもなくなっていた。



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