帰省 何年ぶりかに降り立った空港は、乾いた空気と目に痛い太陽光と、カップケーキの甘い香りで満ちていた。君島はそれを五感で受け止めるたびに、なんとも言えない懐かしさと少しばかりの寂しさを覚える。それはこの地を離れて久しい自分が大人になってしまったことに対してか、それとも別の何かなのかはわからない。
"I’ve missed seeing you around"
"It’s been so long"
出迎えてくれた運転手は、君島が物心ついた頃から送迎を担当していた。君島家がこの地を離れてからも、帰るたびに車の手配をしてくれる。日本よりもずっと広い道路を、左ハンドルの車は猛スピードで走っていく。サングラス越しに見る景色は、あの頃の記憶とそう相違はない。
「……ふう」
運転手にお礼を言って別れた後、がらんとしたリビングの真ん中で君島はため息をついた。超高級住宅地と称されるこの街でもひときわ目立つ、白い洋館。今では別荘として一家の休息に使われている。勿論定期的にメンテナンスを外注しているため綺麗に保たれているが生活感はなく、確かに日常を過ごしていた場所は、今ではテレビドラマのセットのようだった。
ふと、暖炉が目に入る。幼かったあの日、いくつものクリスマスカードをレンガの上に並べたことを思い出した。
(そういえば、去年のクリスマスは炬燵で過ごしましたね)
『はじめて』をいくつも彼に教わった。あの男は、この家に初めて訪れたらどんな反応をするだろう。蜜柑の甘酸っぱい匂いと黒髪のさらりとした感触が蘇り、君島は小さく笑った。
End.