【簓盧】料理 男の心を掴むなら胃袋を掴め。先人たちの言葉である。
ならばこの白膠木簓。愛しい男の胃袋を、この手でがっちりガッツリ掴んでやろうではないか。
カン、カン、カン、と足取り重く階段を昇る音がする。時計を見ると針は21時を少し過ぎたところを指していた。階段を上っていた足音が部屋の前で止まったタイミングで玄関扉を勢いよく開ける。
「おかえり~」
「うぉっ!? って簓、お前また来とったんか」
「合鍵、頂いておりますので♡」
「あげた覚えはただの一度もございませんが?」
「んふふ」
「笑って誤魔化すな。……ったく、まぁええわ。ただいま」
もはや様式美と化したやり取りを交わす。それこそ初めは複製した合鍵を毎度取り上げられそうになっていたが、存外ガサツで大雑把な性格の盧笙は、毎度のらりくらりとかわし続ける俺を相手にしているのが少々面倒くさくなったらしい。どこぞに落として無くすなよ、と釘を刺してからは本気で取り上げようとはしなくなった。
そのことに一抹の寂しさを感じないわけではないが、連絡も無しに勝手に自宅に上がり込んでいても怒られたり嫌がられたりしない関係を築けているのだと思えば、そんなものは些末なことだった。
「今日はえらい遅かったやん。どないしたん?」
「あぁ。この間他校の生徒と問題起こした子がおってな、そのことで職員会議が長引いてん」
「ひぇ~、そら大変やったなぁ」
「幸いにも何とか丸く収まりそうやからええけど、他所様と厄介事起こすのはホンマ勘弁して欲しいわ……」
「はは、先生は大変やな。お疲れさん」
「ん、ありがとう」
盧笙はふわりと微笑むが、その表情には隠し切れない疲労が滲んでいた。
「……なぁ、せっかくうちに来てもろたのに悪いんやけど、今日、外で飯食わん?」
「別に俺は構へんけど、飯作んのもしんどいんやったらコンビニでなんか買って来よか? 食べに行くよりそっちのが楽やろ」
簓ちゃんがピューッとひとっ走りおつかいしてきたんで~、とダッシュのポーズを取れば、盧笙は「うぅん」と歯切れ悪く唸る。ハッキリとした物言いをする盧笙にしては幾分、珍しい反応だった。
「何? どないしたん?」
「いや、しんどいと言うか今日は誰かの作った料理が食べたい気分やねん」
「は?」
「ファミレスでも牛丼屋でも全然構へんねん。こう……誰かが炊いてくれたご飯と誰かが揚げたり焼いたり煮たりしてくれた出来立てのおかずを食べたい、的な。そんな気分なんや」