友情未満 珍しくぼんやりしてるな、と思った。なんとなく。
信号が青に変わって、周りの人たちが歩き出す。きっとマユミくんなら誰より先に、とは言わなくても、軽く左右を見てからさっさと歩きだしそうなものなのに。まるで青信号に気づかなかったとばかりに、同じタイミングで待っていた人たちが渡り終えたあたりでハッと顔を上げて、ギリギリ点滅に差し掛かってなかった信号を見上げながら小走りで横断歩道を渡っていた。
表情が確認できるかできないかの距離。外はまだ明るい。もう少し暗かったら、窓ガラスにお店の照明が反射して、マユミくんを見つけることはなかったかもしれない。カラン、溶けた氷が音を立てる。……うん、これも何かの縁かもしれない。スマホを取り出して、短い文章をひとつ。
『信号無視にならなくてよかったね』
最初に連絡先を交換した時の「よろしくね」のスタンプと、「こちらこそ、これからよろしく頼む」からだいぶ日付を飛ばしてぽこんと浮かんだメッセージは、ちょっとした賭けでもあった。マユミくんが今気づかなければ、……いや、今気づいたとしても。ちょっとストーカーじみた文面だったかもしれない。やっぱり文章は送る前に三回読んでからだなあ、と思いながら送信を取り消そうとする前に、どうやら通知音で気づいたらしいマユミくんがスマホを鞄から取り出すのが見えて、数瞬後に既読がついてしまった。残念。
『見ていたのか。近くにいるのか』
『そうだね、偶然。どこにいるでしょう?』
通行人の邪魔にならないようにと、歩道の端に寄ったマユミくんがきょろきょろと周りを見回す。その仕草もなんだか珍しい。彼が探し物をしているところを見たことがなかったから、と言ってしまえばそこまでだ。
ふふ、と小さく笑いが漏れて、ちょうどそれを見咎めるみたいなタイミングで、顔を上げたマユミくんとぱちっと目があった。……いや怖い。お店の外から中って見えにくくなってるもんじゃないの? なんで普通にこの距離で僕がここにいるってわかるんだろ。まあ、マユミくんは視力もきっといいんだろうな。他人の視力なんて聞いたことないし、聞いたところで多分忘れちゃうだろうけど。
そんなことを考えている間にマユミくんは真っ直ぐに近づいてきて、スマホの画面と窓ガラス越しの僕の顔を数回見比べて、結局スマホに視線を落とした。
『確か今日はプロデューサーと打ち合わせがあったと記憶しているが』
『うん、もう終わったよー。ぴぃちゃんは先に帰っちゃった』
『そうか』
うーん、相手の姿を視界の端っこに入れながらLINKするのってなんだか不思議な気分。ちょっとおもしろいかもしれない。でも、あんまり時間とらせるのも悪いかな。そう胸中で言い訳して会話を終わらせようとしたところで、ぽこん、と浮かんだメッセージ。
『相席してもいいか』
「えっ」
さすがに予想外の返事だった。思わず画面から顔を上げた先、マユミくんはじっと僕を見つめていた。返事を促すように。まっすぐすぎる、いつもどおりの瞳で。
ダンスレッスンはいいの、とか。用事があるんじゃないの、とか。マユミくんこういうお店に入ったことあるの、……いや、これはさすがに偏見が過ぎる。そんないろんな疑問が浮かんで、だけどどれも小さな画面に納めてしまうのは少し違う気がした。
『いいよー』
一緒に送ったOKのスタンプにもきっちり既読が付く。スマホをしまったマユミくんがお店の入り口の方に回るのを見送って、壁際に押しやっていたメニューをもう一度開いた。