桜の下で、君と 帰りにどこかに寄りたい、と海琴が言い出したのは、俺が高等学校を卒業する一週間前だった。
海琴に拾われてから、何年経っただろう。俺よりも背が伸びて、けれど顔立ちは小さい頃の海琴のままで、かわいい。恋人として付き合い始めてから日が浅い俺たちだったが、それ以上に家族としての付き合いの方が長い。海琴に拾ってもらった恩もあるし、普段二人きりで放課後を過ごさないことも手伝って、俺は二つ返事で了承した。
「史斗、今日は用事ないの?」
「ん、大丈夫。ほら、どこに行く? 春になったし、あそこの公園の桜も咲いてるかもな」
何気なく俺が言うと、海琴はぱあっと表情を明るくさせる。やっぱり、花が好きらしい。
「桜並木……行きたいな。歩いて二十分もかからないよ、行こうよ史斗」
「いいけど、日焼け止めとか塗ってないんじゃないのか?」
「僕も日焼けしたい」
「海琴は駄目だろ。すぐ赤くなるんだから、せめて顔には塗っとけ」
俺の言葉に、海琴はおかしそうに笑っている。「史斗、お母さんみたい」と言いながらちゃんと日焼け止めを塗るその頭を小突いてから、俺は海琴の手を引いて歩き出した。
***
たどり着いた公園は、桜並木が有名だ。午後ということもあってか、人が多い。どこもかしこも花見をしている人ばかりだ。
その中に、ひとつだけ人のいない桜の木があった。海琴が駆け出し、桜の木の下まで行くと俺を手招きする。
「史斗、早く!」
「はいはい、桜は逃げないって」
海琴の弾けるような笑顔が、俺を待っている。仕方なしにやや駆け足でそちらへ向かうと、海琴がスマートフォンを取り出した。
「えへへ、写真撮ろうかな。……あ、史斗も来て」
「え、いいよ俺は」
「い、一緒に撮りたい……!」
「……分かったよ、分かったから、そんな顔するな」
眉を下げて、心なしか瞳を潤ませて海琴が俺を見つめてくる。この目に、俺は弱い。可愛いと思ってしまう。
海琴が構えるカメラに寄ろうとして、気づく。海琴の淡い髪色が、桜の影に溶け合っている。何とはなしにきれいだなと思っていると、海琴と目が合った。
「史斗の頭、桜の影ができてるね」
「海琴もだよ」
嬉しそうに笑う海琴が、タイマーをかける。三秒後にぱちりと撮れたその写真は、しばらくの間海琴の待ち受け画面になっていた。