花を手折る ルシアが原因不明の悪夢にうなされるようになったのは、私がルシアに戦利品の一部を差し出した頃からだった。
肌見離さず持っているという、真っ白な宝石の耳飾り。貝の中で育つという真珠なのだけれど、どうやら前の持ち主が念の強い方だったようだ。占い師に見せると、「これは呪われているね」と眉を顰めた。
私が何度手放してくれと言っても、ルシアは言うことを聞かなかった。これは大切なものですからと、常に身につけていた。
「ルシア、どうして手放さないのですか。呪いの耳飾りだと言われているのだから、それは手放してしまわないといけないのに」
「……声が、聞こえるんです。ご婦人の、泣き声が。あともう少しなんです。もう少しで、ご婦人の言葉に耳を傾けられる」
「ルシアがその役目を負う必要はないではありませんか。……私は、ルシアのからだが心配なんです。どうか、私のためだと思って、それを手放してください。ルシアに何かあったら、私は——……」
考えるのも恐ろしいことを口に出してしまい、声が震える。ルシアの手を取り、自分の頬に当てさせる。ひんやりとした彼女の手が、さらに白くなってしまっている。これ以上無理をさせたら、ルシアがいなくなってしまうかもしれない。それを思うと、こわかった。
私がうつむくと、ルシアは花のように微笑んで手を握ってくれる。思わず強く握り返してしまい、彼女に笑われてしまう。
「だいじょうぶです、マルミルさま。こう見えて、わたしは強いんですよ。呪いなんて、跳ね返せるんですから」
「……ですが」
「ご婦人の話を聞いたら、この耳飾りも呪いが解かれると思うんです。彼女、すごく悲しんでて、放っておけないんです」
背筋を伸ばし、ルシアが意志の強い瞳で私を見つめる。そこまで言うなら、納得はできないけれどルシアの意志を尊重したい。私はルシアの隣で眠るという条件を出して、彼女のたたかいを見守ることにした。
翌朝、ルシアを起こそうとその身体に触れると、冷たくなっていた。
「——ルシア!」
慌てて肩を揺らすが、ルシアは目を覚まさない。どうしよう、どうしよう、どうしよう。ルシアが、大切な人が、私のせいで……!
じわりと滲む視界も構わず、ルシアを叩き起こそうとする。ルシアに与えられた部屋には、大きな鍵が鏡台に立てかけられており、それがルシアの友人だ。彼(鍵に性別はないが)に声をかけると、彼はゆっくりと目を開ける。そこで眠り続けているルシアに気づいたのか、目をぱちぱちとさせていた。
『あれっ、マルミル嬢、どうしたんですか?』
「キィちゃん……! ルシアが、ルシアが目を覚まさないんです。どうしよう、私が真珠の耳飾りなんてプレゼントしたから……!」
『ちょいちょい、マルミル嬢落ち着いてくださいよぉ。ルシアお嬢は寝ているだけですって』
「……え?」
ルシアの友人の鍵は、まったりとした口調で私の肩に乗る。そのひんやりとした金属でいくらか冷静さを取り戻した私は、ルシアの口元に耳を傾ける。
彼女は、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
『マルミル嬢、ルシアのお嬢はそこらへんの女の人よりよっぽど頑丈ですよ。僕も呪いの類は見てきたからわかりますが、今回のは強いもんじゃないです』
「……よかった、本当に、よかった」
ぎゅうっとルシアの身体に抱きつき、鼻をすする。泣くことなんてあまりなかったのに、どうしてかルシアのこととなると感情が乱されてしまう。
しばらくルシアの胸元で泣いていると、「……マルミルさま?」と優しい声が聞こえてきた。咄嗟に顔を上げると、寝ぼけ眼の彼女が私の頬を撫でる。
「ルシア……!」
「ふふ、マルミルさま、心配してくださったんですね。だいじょうぶです、もう、ご婦人も天に帰られましたから」
にこりと微笑むルシアは、晴れやかな顔をしていた。私は安堵の溜め息を漏らしてしまい、彼女に笑われる。
「マルミルさまは心配性ですね。かわいらしい」
「……からかうのはやめて下さい。本当に心配したのですからね」
「ごめんなさい。……ありがとうございます、マルミルさま」
可憐に咲くマルミルの笑顔が、何よりも愛おしい。私はルシアの鎖骨に触れ、唇に触れ、そっと目を閉じる。
私の花を手折ることは、許さない。それが例え呪いであろうとも、ルシアが跳ね返せるものだろうとも、彼女に指一本触れることすら許さない。
いっそう胸に宿った独占欲は、ずっと消えることはないだろう。