ライク・クレイジー(無償DLサンプル) アスティカシア高等専門学園には、クラブがある。使わなくなったモビルスーツの格納庫をアーシアンが改装し、親しい仲間だけで始めたもので、学園内で見下されていた。しかし、アーシアンの文化を楽しめることを一種のステイタスとするようなスペーシアンの一部が入っていった。最初は、後者が前者を敬い優先していたが、面白さに気づいて両方の人数が増えてくると、後者は徐々に傲慢になった。前者の場所を奪おうと対立するようになった。血生臭い抗争が始まりそうだったが、何とか理性を保ち、話し合いを続け、お互いクラブの収益化を目指すことで決着した。資金調達など経営部分を主にスペーシアンが担い、クラブの運営を主にアーシアンが担った。運営の方が立場が強い。今でもDJはアーシアンしかなれない。
激しく点滅し回転する照明、皮膚を駆けるビート、心音と同調する重低音。そこでは自分が何者かなんていうプライドを溶かしてくれる。アーシアンとスペーシアンの区別は忘れて楽しめばいい。学園のユートピアだ。
ただ、問題はある。
「珍しい顔がいると思ったら」
話しかけてきた方を見ると、腰までの長い金髪を後ろで緩く一つに結び、褐色の肌をした奴がいた。黒いスーツを着て、襟元を大きく開け、太いチェーンネックレスをしていた。青のラウンドのサングラスを下にずらし、薄く笑う。ダンスフロアの隅のテーブルに座って、ただ踊る人をフード越しに眺めていたグエルの横に腰掛けた。
「シャディク」
「ホルダーに返り咲いた奴がこんなとこにいていいのか。今日は寮で打ち上げだろう」
爆音にかき消されないよう、シャディクはグエルの耳の近くに唇を寄せて囁く。
「よく知ってるな」
「俺は学園内のことは全て知ってるよ」
シャディクが顔を覗き込んできたため、グエルはうっとうしくなった。立ち上がり、その場を去ろうとすると、腕を掴まれた。
「そんなに急ぐなよ。ホルダー様がクラブに来てたって皆にバラそうか」
シャディクは片方の口元を上げ、一方的な取引を持ち掛けてきた。グエルは腕を振り払い、少し声を荒げる。
「バラしたきゃバラせよ。問題はない」
「本当に? 違うだろ」
このクラブは学園に籍を置く者なら誰でも入れ、学園の規約に則り運営されている。シャディクが承認し、経営に加わっている。
しかし、地球寮の敷地の外れにあり、ここに来る者は、皆訳ありだった。勉強について行けず落ちこぼれた者、退学寸前の者、同じ寮の人間とうまくやれず孤立している者、離れた家族とうまく行っていない者。そういった人間が集まり、一時的に音楽に溺れ、他人と一体化した。光の中で自分を見失い、痛みも悲しみも麻痺させた。
「ここにホルダーが来てたことがバレると、勘繰られて噂になるぞ。知られたくないことがあるんじゃないのか」
サングラスの奥から見透かそうとしてきたので、顔を逸らし目を見られないようにした。
他人に蔑まれることは怖くない。けれど、寮のメンバーや家族にはもう心配をかけたくなかった。
「ラウダはこういうとこ、嫌いだろう。兄貴が来てると知れば黙ってない。お前も誰でもない自分でいられる場所を失いたくない。そうだよな?」
「俺にどうしろと?」
「ここに来る人間の目的の半分。分かるだろ」
シャディクはサングラスをもう一度下にずらした。妖しい魔法をかけるエメラルドの瞳を見せ、ウィンクした。