Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    para_dach

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 2

    para_dach

    ☆quiet follow

    付き合ってる太中。太がナカハラにプロポーズをしようか、その時には指輪があった方がいいのか、贈るならどんな指輪がいいのか、ずっと考えてうじうじしている感じの話。
    脱稿したらサンプルで上がる部分です。脱稿出来たら。進捗は絶望的。

    6月JBのプロポーズ短編に入れる予定の書きおろし 太宰は悩んでいた。千頁を超えるフルカラーの雑誌をテーブルに広げて、睨めっこをする。社員寮の自室は沈黙に満ちていた。この状況になって、かれこれ一時間が経過した。簡素に済ませた夕飯の蟹缶とパックの白米の空箱が、追いやられるようにテーブルの隅に置かれている。窓の外に浮かぶ月が、今夜の空気がいっそう透き通っていることを報せていた。しかし、太宰の視線は外ではなく下に向けられている。
     眉根を寄せて真剣な表情を浮かべる横顔は、滅多にお目に掛かれないものだ。超人的だと云われる頭脳、精神年齢二千歳の仙人。人間の領域から大きく離れた太宰を表現する言葉はいくつもある。
     そんな太宰を悩ませられるものがこの世に存在するのか? ――存在するのだ。

    「あー……駄目だ。全っ然判んない」

     お手上げですと云わんばかりに、細長い胴体を畳に投げ遣る。思考の糸が絡まり、無意識のうちに丸まっていた背中が物理的に伸びた。凝り固まった肩甲骨が、躰の内側でぱきぽきと小さく骨の音を鳴らした。詰まった血液が滞りなく循環するような感覚。肺を膨らますように空気を吸い込むと同時に、背中ごと引っ張り上げるように真上に腕を伸ばす。ゆっくりと吐き出しながら力を抜いて、思考のリセットボタンを押した。
     そのまま横に転がろうとして、テーブルの脚に下半身をぶつける。いて、と小さな声が無言の部屋に落ちる。悩みごとがあると、床を転がるのは昔からの癖だった。マフィアに在籍していた頃、執務室に敷かれた赤色の絨毯の上を端から端まで転がっていたら、報告のために訪れた部下に怪奇現象を見るような目を向けられたことがある。
     タイミングよく扉を開けた相棒にも見つかって「オイ、奇行で部下を困らせンのはやめろ‼」と云われたこともあったっけ。懐かしいことを思い出す。

     しかし、マフィアの幹部をしていた頃に与えられていた執務室と違い、無邪気に転がれるほど寮の部屋は広くない。考えなくても判ることではあるのだが、癖というのは考える前に出てしまうものなのだ。仕方がない。太宰は脛の痛みをさすって慰める。
     嗚呼、疲れた。太宰は天井に貼りつく電灯をぼんやりと眺める。こうしていたら、上から答えが降ってこないだろうか――そんな莫迦なことを考えてしまうくらいには、万策尽きた状態であった。
     悩みの種が育つこと、およそ二週間。仕事中も考え込むことが多くなり、国木田に注意散漫だと叱られた。依頼の対応で街に繰り出した時は、ショーウィンドウの前で足を止めてしまい、敦に「太宰さん? どうかしたんですか?」と不思議そうな顔をされた。硝子の壁の向こう側、店内に飾られていた装飾品に気を取られたのだ。

    「いや、何でもない。すまなかったね、行こうか」

     何でもないふりをして笑顔を貼りつける。敦は違和感を嗅ぎ取るような眼差しで太宰を見た。肌でそれを感じた太宰は、見られてはいけないものを隠すように目を逸らす。

    「太宰さん、お疲れですか? 最近、ぼーっとすることが増えているような気がしますけど」

     後輩に指摘されるほどか。取り繕うための布が草臥れたような気分であった。
     誤魔化すための嘘は幾らでも思い付く。

    「ちょっと寝不足でね」「店内にいた美しい女性に、目を奪われていたのだよ」

     そう云えば、屹度――否。それでも屹度、普段と様子が違うことを嗅ぎ取られてしまうのだろう。虎の異能か、彼自身の人を見る目か。どちらにしても、無理に隠そうとすると却って気を遣わせる結末になる。嘘は見抜かれた時点で真価を失うのだ。ならば、開示しておく方がお互い楽だろう。そう判断した太宰は、表情と肩の力を抜いた。

    「…………いやぁ、実は少し悩み事があってね」
    「太宰さんに悩み事、ですか? ……世界征服を企んでいる、とか……?」
    「敦くん、私のことを何だと思っているの?」
    「あ、いえ。すみません! ちょっとした冗談です。ただ、あの太宰さんがそんなに悩むことがあるんだなぁ……と。僕でお力になれることがあったら、何でも云ってくださいね!」

     後輩の純粋な想いと無垢な笑顔が、アスファルトに反射する太陽の光よりも眩しかった。ちょっとした冗談を云えるようになってくれたことは素直に喜ばしい。敦くん、君は諸悪に染まることなくそのままでいてくれ給え。ささやかな願いがまなじりに宿り、太宰は目を細める。

     太宰さんに悩み事、ですか? 敦の疑問は一般的なものであった。太宰の秀でた頭脳は凡人とはまるで質が違う。烏は黒色、林檎は赤色、空は青色。多くの人がそう認識するように、太宰の頭脳の次元が普通と異なることもまた、そう認識される類のことであった。国木田がそれを聞いた日には「熱でもあるのか?」と云いかねない。太宰が人のことを悩ませる事象は百以上あっても、その逆を観測することは極めて困難で珍しいことなのである。

     マフィアの首領、超人的な推理力を持つ仲間、或いは魔人と呼ばれる敵――そういうごく例外的な存在を除いて、太宰の頭脳に並ぶ人間は存在しない。人のことは理解できるが、人から理解されることはないだろう。尤も、太宰が可能なのは理解であって共感ではない。メカニズムとして理解することと、備わっている機能で感じ取ることは、全くの別物だった。それが太宰のアンバランスさを際立たせる。それこそ、共感を得意としているのは敦の方であった。
     理解はできる。然し共感はし難い。故に、共にあるのは孤独だった。では、太宰の頭を悩ませるのは孤独か。否、退屈な世界に飽いていた時期は慥かに存在するのだが――今は違う。
     畳みに放りだした躰を起こして、テーブルの上に顎を乗せる。長い胴体がゆるやかなカーブを描いた。

    「指輪ねえ、指輪…………」

     婚約指輪、結婚指輪。それが今更、私たちに必要な物なのか。太宰の悩みはそれだった。顎に下敷きにされているフルカラーの雑誌――結婚雑誌としてはあまりにも有名なそれに目を向ける。

     指輪を贈る相手は、恋人の関係にある中也だった。最悪な出会いをした十五歳。無言の離別をした十八歳。運命の悪戯に導かれて再会した二十二歳。互いに向け合う嫌悪は、ナイフの先端のように喉元に突きつけられる。嫌いあっていたはずだった。嫌いだから無関心になれなかった。雁字搦めになった運命が、より複雑な形となって惹き合う。
     どうしてこうなってしまったのか――。その疑問に百点の回答を出すことは難しい。
     強いて云うならば、離れがたかったのだ。マフィアに忠誠心を捧げる中也のことを、それごと受け入れた上で全てを自分のものにしたかった。四年の時を経ても何一つ変わらない眩しさに目を細めるくらいなら、いっそ一番近くでそれを見ていたい。もし、あの輝きを誰かに奪われることがあったのなら――それは地獄の業火に身を焼かれるより耐え難いことなのだろう。憎悪の炎で、世界を焼き尽くしても可笑しくなかった。

     太宰の中にある綺麗とは呼べない感情を、中也は「無様だなァ、太宰」と云って受け止める。太宰治という男が自分のことで必死になっていることがどうにも可笑しくて――そして、陳腐な言葉で表現をするのなら、それがどうしようもなく愛しかったのだ。

    「……君が、そうやって何でも受け入れるのが悪いんだからね」

     太宰は責任の全てを中也に押し付ける。まったく、理不尽な云われだった。
     手前が自分の意思でそうしたんだろ。太宰の主張を迷惑に思いながら、それでも――中也だって、二度と手放してやる気などなかったのだ。

     歪だった運命の形が丸みを持って付き合うようになり、それなりの時間を一緒に過ごした。太宰がマフィアにいた頃を含めたら、互いに知らぬところなど無いと云い切れるほどだ。歩いて来た道は真っ直ぐなものではない。「中也なんてもう知らない」「手前みたいな男、こっちから願い下げだ」そんな台詞は何度も飛び交った。二度と顔を見たくないと思いながら眠る夜もあった。それこそ、十五歳の時から数えたら両手では足りない回数思ってきたことだ。恋人になっても、それが変わらないだけ。
     でも結局、互いの隣に戻って来る。他の人で満たされようとして夜の街を歩いても、虚しさは募るばかりだった。他人といても一人の時間を過ごしていても、隙間を埋められるのはただ一人なのだと思い知る。まるで心臓を握られているような心地だった。叫ぶような鼓動に背中を押されて、何度目かのただいまを告げる。
     仲直りとも呼べない口論の果てに、大人しく腕の中におさまる中也を強く抱き締めて、太宰は思うのだ――これが運命じゃないなら、何を運命だと云うのか。
     他の全てがガラクタに思えるほど、その思いは強いものだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏❤💖👏💖💖💖💖💖💖💖💖☺☺❤💖👏😍💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works