慣れたように/箱の中を見ることなく包み紙にくるまれたソレをドレークは取り出した。
思考も視界も別の方角へ。迷いなくチョコの包装を剝ぎ取り、ひょい、と口にいつも通り放り込んだ、その時だった。
「――」
ぱっと口元を抑える。残った片手がテーブルのコップを求め彷徨う間にも口内では未知にして既知となりつつある粘ついた風味が味覚を侵略しつつあった。
ようやく見つけたコップの水で泥じみたソレを押し流すように、喉を鳴らす勢いで容器を空にした。
ふう、と一息つきすぐさまこの悪戯をしかけた馬鹿を探す、までもなく扉が開いた。廊下にて、にまぁと男=ホーキンスが嗤っている。手入れの行き届いた艶のあるブロンドヘアにドレークですら見ただけでわかる質の良い衣服を着こなすせいで、ただ立っているだけで様になるのが腹正しい。実態は同居人に対し珍妙なものを巻き添えで喰わせることが常習化したチェシャ猫じみた仕掛け人である。
「真剣に吐き出すか悩んぞ。なんだこの、チョコを模倣して失敗したような苦いものは」
「ハイカカオチョコレート、カカオ95%だが?」
「ようやく80%に慣れた人間になんてもの食わせてるんだ」
「昨夜見た映画の……中身が中年だったモンスターのあの情けない顔と同じだな。鏡を貸してやろう」
外見に反して世俗にどっぷりつかった男が手元の手鏡を弄っている。随分と備えがいい。
「2週間前は約70%。今週は約80%と徐々に変えていただろう。そこで次の95%はどんな顔をするのか早く見てみたくなった」
ここ最近、人の顔をよく見ていた理由がついに判明した。悪趣味なやつだ。
「勝手に混ぜるな」箱を揺する。道理で妙に嵩が増え、よくよく見れば包み紙の色が異なるのに今更気付いた。「人に食わせる前にお前も試してみたらどうだ?」
「断る。あの焦げ汁を呑むお前が悶絶したブツだぞ」
以前であれば食え食わないと揉めたが、今のドレークはあっさりと切り替えることを選んだ。時は金なりである。
「残ったのはどうするんだ。考えてあるんだろうな?」
「決まっている」
白い蝋燭のような指がキッチンを指差した。
「カレーに入れる」
その夜。
非番故にドレークは95%カカオに染まったカレーを食わずに済んだ。