屋敷の2階奥にある部屋の襖。その障子に映る、ゆらゆらと揺れる巨体の影に斎藤はその部屋のヌシが留守では無いことに少し口角を上げる。
「こんばんは〜、以蔵ちゃん。来てあげたよ?」
ゆっくりと襖を開けると、部屋には女が窓辺で外を見ながら酒を呑んでいた。
小さな蝋燭と月光に照らされた家主の顔は前髪で半分は隠されいたが、垂れ気味の右眼は大粒の黄水晶のように美しく、口に引かれた赤い紅とよく映えた。
高価な羽織袴は着崩し、胸元ははだけ、その隙間からは豊かな乳房が覗いていた。
以蔵と呼ばれたその女は襖に佇んでいる煙管を持った着流しの男に眉を顰めた。
「また、おまんか壬生浪。」
美しく引かれた紅がへの字曲がり、斎藤を睨みつけ、以蔵の足元ではカサカサと音が鳴っていた。
色香を振りまくその女の下半身は巨大なムカデの身体で出来ており、カサカサと不気味に蠢き、曳航肢と呼ばれる尾の先端には羽根のような飾りが付いており、それがパタパタと忙しなく揺れていた。
「なぁに、それ?威嚇のつもり?可愛いだけだよ、以蔵ちゃん。」
斎藤はヘラヘラと笑いながら後ろ手で襖を閉め、ゆっくりと以蔵の方へ向かった。
「わしは来いとは呼んじょらん。やき、しゃんしゃん帰れ。」
以蔵は不機嫌そうに頭に生えている触覚の片方の先を指先で摘みながら、吐き捨てるかのように言い放った。
「そう悲しいこと言わないでよ、折角来たのにさァ。」
きゅうっと双眸を細め、更に以蔵に近づこうとする斎藤に以蔵は更に不機嫌そうに曳航肢の先を動かす。パタパタと揺れる飾り羽根にやっぱり可愛いよソレと斎藤は楽しそうに呟く。
「ほら、今夜も楽しいことしようよ、以蔵ちゃん」
良い夜にするからさと、どろりと甘く低い声がすぐ近くで聴こえてきた。気が付くと以蔵の目の前には斎藤が座っており、彼女に迫っていた。無骨な手がするりとムカデの体を撫で、そこを撫でられた部分の脚がピクリと動く。
スっと以蔵の目が冷たく細くなり、巨大なムカデの身体が斎藤を囲うように動いた。
「おまんが来ざったら、えい夜やったのに」
以蔵は斎藤に睨みつけながら、べろりと己の触覚を身繕いし始めた。真っ赤な舌が触覚を舐めるその様に斎藤の下半身がズクリと重くなる。
「そがなおまんが、わしを楽しませることができるがか?」
以蔵は曳航肢の先でするりと斎藤の顎下を撫でる。斎藤はその擽ったさと、なんて刺激的なお誘いと勝手に解釈をし、ゾクリと背中を震わせる。
斎藤は煙管を1口吸い、以蔵の顔に向けて紫煙を吐き出した。
「それが僕の応えってことで。」
紫煙を吹きかけられ噎せることも無く、ただ自身を睨みつける以蔵に齋藤は「ね、いいでしょ、以蔵ちゃん」と耳元で囁いた。
生暖かい吐息が掛かったと以蔵は思った時には既に自分の口は斎藤の口によって塞がれ、ぬるりと舌が入り込んできた。
自分の紅と呑んでいた酒、そして斎藤の煙管苦味が口内で混じり合い、その味が以蔵の頭を痺れさせた。