Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    2828okome

    @2828okome

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 2

    2828okome

    ☆quiet follow

    3/17発行予定「レンタル彼氏すぐるくん」の冒頭です。記憶あり社長悟×記憶なしレンタル彼氏傑の話。

    新刊出せるように頑張ります!

    レンタル彼氏すぐるくん「――さすが夏油くん。今月の予約も上位じゃないか。卒業したら、本格的にうちで働かないかい?」

     デスクで札を数えるのに夢中だとばかり思っていたこの店のオーナーは、天気の話と同じくらいの軽いテンションで誘いをかけてくる。

    「冥冥さん、またその話ですか。さすがにこれを本職にする気はありませんよ」
    「おや、大きな夢でもあるのかな?」
    「……堅実なサラリーマン、ですかね」
    「フフフ。実に似合わないね。私は君を以前から買っているのに」
    「安定した収入は大事ですよ」
    「さらに大きな金にかえられるならそれに越したことはないだろう?」

     長く編まれた三つ編みの向こうで、ゆったりと目が細める。とにかく金が好きな彼女は、傑に大きな可能性を見出しているようだ。この誘いはすでに何度も受けており、その度に曖昧に笑って流している。
     人間を貸し出す、という形態の職種。巷ではレンタル彼氏、なんて呼ばれる職業が、傑の主な収入源だった。依頼人の希望通りの言動をすると、それが大金に変貌する。割りのいいバイトを見つけたと軽い気持ちで始めたものの、今ではサイトのトップページに載るくらいの人気キャストになっていた。どうやら、才能があったらしい。
     レンタル彼氏と言っても、悩み相談だったり、傑の声を聞きたがる人に適当な説法をしてみたり、教祖じみた内容の時もある。そのような客たちを内心では猿などと呼んでいたりするが、とにかくお金が欲しいという要望にはうってつけの仕事だ。

    「そろそろ予約の時間なんで、失礼します」
    「釣れないね。そこがいいのかもしれないけれど。そろそろ、クールな君を熱くするような出会いがあるんじゃないかと私は思うけどね」
    「客は客です。それ以上でもそれ以下でもありませんよ。では、行ってきます」

     よく言えば、趣のある事務所だ。古びた扉を押せば、「気をつけなさい」なんて珍しい言葉が背後から聞こえる。軽く手を振って答えて、着ているジャケットの襟を正した。
     夏油傑、二十一歳。大学生兼、レンタル彼氏。いわゆる孤児というやつで、現在は絶賛苦学生である。どうやら生まれたその日には捨てられたらしいが、その事実を知ったとて出自に傷つくこともなかった。あまりに他人事な傑に、施設の職員も戸惑っていたのを覚えている。
     幼い頃から、何か大切なものをどこかに忘れてしまったような、そんな不思議な感覚が傑にはあった。その失ったものの一つが、繊細さと呼ばれるものだったのかもしれない。
     施設を出ることを決めたのは、義務教育が終わる頃だった。単純に、施設の人員を考えてのことだ。そこまで大きくもない建物に、次々と身寄りのない子供たちが連れられてくる。幼くて無邪気な子供は里親も見つかりやすいが、ほとんどが何かしらのトラウマを持っていたりするため、なかなか外部に引き取られることは簡単ではない。ある程度の年齢になったら、引き際を見極めることが重要になる。
     傑は見知らぬ他人の元に引き取られるくらいなら自力で生きていこうと決めていた。なぜか物心ついた頃から、他人に踏み込まれるのが好きではなかった。里親なんてもってのほかだ。だけも、潔癖症もどきのようなわがままでいつまでも施設の食い扶持を潰すつもりは毛頭ない。誰かの荷物として生きていく人生は耐え難い。
     もちろん、自分より幼い子供たちの面倒を見たりしていたが、それよりも直接的な支援をしたかった。ならば、どうやって生きていくか。ひとまずは学力と金が必要だと思った。
     孤児だ、施設育ちだと無意識に向けられ続ける値踏みの視線。区別と棲み分けができていない差別。取るに足らないいじめや同情――全てが鬱陶しかったというのもある。
     いざ中学卒業と共に飛び出したものの、身よりも金もない。当然のことながら十五歳の少年を雇おうとする真っ当な企業が存在するわけもなく、路頭に迷ったのは自明の理だった。
     適当に年上のフリをしてその辺の女の家を宿代わりにしていた時、かけられた声。補導かと思ったそれがきっと転機だった。
     ――君、いくら?
     頭上から降ってきたゴミよりも汚い言葉。だけどその一瞬でおそらく傑の人生は決まったのだ。幸運なことに、容姿は人より優れていたのが功を奏した。
     おかげさまでその後食べていくのに困ることはなかったし、古くて狭くはあるが自分だけの城を手に入れることもできた。傑の出自は同情という名を被ったお布施を引き出すのにちょうど良かった。
     しばらくは個人で客を見つけて交渉するような、いわゆる立ちんぼのような真似をしていた。そんな中似たようなことをビジネスとして行っている冥冥の会社を見つけ、企業が噛んだ方がリスクが少ないだろうと判断し門戸を叩いたのだった。
     それでもバイトという雇用形態に留めているのは、傑が大学生というのもあるが、若さを失った後の買い手不足に危機感を覚えている、という理由も大きい。今のところ衣食住には困っておらず、奨学金を利用しながらも大学に通えている。施設にも少なくはない額の仕送りもできているが、やはり今後を考えるとある程度の安定感は欲しい。


    「オマエがスグル?」
     
     冥冥に伝えられた通り駅から少し離れたガードレールに腰掛けていると、頭上から名前を呼ばれる。今回は新規の客だったはずだ。名前を知っているということは、今回の依頼人ということだろう。これまでの人生、基本相手が誰であろうと仕事を選んだことはない。猿め、と内心悪態をついたとて、それと客を選ぶはイコールじゃない。仕事として相手に気に入ってもらえるかどうかが問題だ。
     
    「初めまして。スグルです」
     
     顔を上げた先、思わず息を呑む。
     恐ろしいくらいに美しい男が、そこにいた。神様が丹精込めて人間というものを作ったならば、彼のような容姿になるのだろう。光に透ける白髪も、宝石のような青い瞳も、全部この世のものとは思えなかった。
     こちらを見下ろす視線はいつも向けられるものとは違っていて、ほんの少し戸惑う。
     
    「……へぇ」
     
     どこか挑発的な、上から下まで値踏みするような視線。不快でないと言えば嘘になるが、客としては正当な権利だろう。臆することなく受け止めて判定を待つと、その口角が上がる。
     
    「なんとも思わないんだ?」
    「存分に見て構わないよ」
    「へぇ……」
     
     楽しげに笑った男は、よく見ればブランドものだと丸わかりなスーツと革靴。手首の時計は、大層有名なものだ。容姿と相まって、こんな道端にいるのが不自然にすら思えた。
     ――なんでこんな奴がわざわざ金を使ってレンタルするんだ?
     男でも女でもより取り見取りだろうに。それでも予約を入れてきたということは傑の時間をかおうとしているのだ。
    「見覚えない?」
    「は?」
    「俺のこと」
    「……少なくとも今世ではないですね」
    「ははっ。今世では、ね。そりゃあそうだ」

     耐えられないとでも言うかのように笑う姿にどう答えるのが正解だったのか考えていると、うん、と男が頷く。

    「決めた。オマエと契約する」
    「ありがとうございます。契約にあたりまして――」
    「じゃ、さっさと行こ」

     傑の返事を遮って、腕を掴んで歩き始める。慌ててその腕を引いて、制止の声をかける。

    「すみません」
    「……なに」
    「後から揉めないように、金額の話をしてもいいですか?」

     このように切り出すと大抵の相手が不快そうにするものの、目の前の男は面白そうに目を細めただけだった。

    「いいよ。いくら?」
    「一応ある程度の決まっている額はあるけど、まずは要望を聞かせてもらっても?」

     これは譲歩しているように見せて、相手の出せる額を探っているだけだ。冥冥は規定の金額が手に入れば、他のことはある程度目を瞑ってくれる。だからこそ、ホームページの傑の金額は応相談、と記載されていた。それはつまり、稼いだ幾分かはポケットマネーにしても良いという無言の了解だ。そのため、金額交渉は腕の見せ所なのである。

    「言い値でいいよ」
    「え?」
    「とりあえず、今からとりあえず三時間くらい。三時間分言い値で買うよ。いくらがいい?」
    「いくらって……」
    「あ、もう時間スタートしてる? じゃ、もったいないし歩きながら考えてもらうってことで。俺も暇じゃないからさ〜」
    「は……!?」

     あまりの言い草に面食らっていると、ほら行くよと再び歩き出してしまう。
     ――なんだこの男……!
     もしな稀にいる危険な職業の人間だろうか。例えば、ヤがつくような。それとも、レンタル彼氏なんていう職業の傑を揶揄っているだけか。どうせ大したことない金額だろうし、とたかを括っているだけという可能性もある。
     こんな仕事にプライドもクソもない。客を喜ばせることが大金へと繋がるこの職に、余計な感情は邪魔になるばかりだ。実際、傑もこれまで色んな苦々しいものを飲み込んできた。だから、別に馬鹿にされたくらいで腹を立てることもないし、契約をしてくれるならそれだけでいいのだ。
     ただ、一瞬だけ好奇心が疼いてしまった。こんな何もかも恵まれた男が、傑の言葉にどんな反応を見せるのか。その表情をふと崩してみたくなったのだ。今までの誰にも、こんなことを思ったことなどないのに。
     だが、人生で思ったことをそのまま口に出して碌なことにならないわけで。大人になるということは、発する言葉を選ぶ分別が身につくことだと知っていたにも関わらず――

    「一時間、百万円。三時間だから三百万円だよ。もちろん、先払いだ」

     口をついて出た提案に、前を歩いていた男が振り返る。ポカンとした表情に、少しだけ胸がスッとした。続けて冗談だよ、と否定するつもりだった。その十分の一、十万円でどうだろう?
     決して安くはないが、そんな再提案をする心づもりだったのだ。けれどそれよりも先に相手の口から出てきたのは、予想外の返答。

    「なーんだ、安いじゃん」
    「はい?」
    「でも流石に現金で持ち歩いてないな……そこの銀行寄ってもいい?」
    「えっ」

     さらりと言いのけてそばにある銀行に入っていく後ろ姿を黙って見送るしかできなかった。悪いのは自分だとわかっているが、これは仕方ないだろう。



    「中身、ここで確認する?」

     軽い調子で差し出されたのは、あまりにも重すぎる銀行の封筒。明らかに束になった札の厚みだ。中身は確認するまでもないだろう。

    「ま、こんなところで確認もあれか。ホテルで好きなだけしてよ」
    「は? あ、ちょっと……!」

     再び腕を引かれるも、報酬を先払いでもらった手前逃げ出すこともできない。流石にそんな行動ができるほど責任感を無くしてはいなかった。どうしたら良いのか、最善を考えているうちに到着したのは、そういう用途で使用される場所ではなく、むしろ気後れするくらい品のある高級ホテルだった。誰しもが名前を知っているような、傑が女性だったら憧れていたかもしれないような、それ。

    「うわぁ……」

     当たり前だが、こんな場所に入ったことなどない。傑の自身の生活は倹約という言葉にふさわしいものであるし、客の中にはそれなりに富裕層もいるが、それでもここまでの場所を用意されたことはなかった。しかも、今回が初回だ。何もかも規格外すぎる。

    「ちょっとフロント行ってくる。そこで金でも数えてて」
    「……はぁ」
    「さすがにこんな場所で盗むような奴いないだろうし、安心していいよ」

     別にそんな不安を覚えていたわけではないのだが、とりあえず座らされたソファで手元の封筒に視線を落とした。
     ――もうなるようになれ、って感じだな。
     意味がわからないほどふかふかなソファに、思考も沈んでいく。パラパラと札束を軽く確認してみたが、当たり前のようにピン札の諭吉が揃っていた。

    「お待たせ、確認できた?」
    「……はい」
    「じゃあ、行くよ」
    「行くって……」
    「今更コンビニ行こうとかなるわけないでしょ」

     呆れたように言われるも、コンビニって単語が似合わないなという感想しか出てこなかった。軽い現実逃避だ。

    「部屋、とってあるから」

     告げられた言葉に、心臓が跳ねる。
     そんなことはわかりきっている。これまでの経験からしても当然の流れのはずなのに、なぜわざわざ尋ねてしまったのか。思っている以上に、どうやら自分はキャパオーバーしているらしい。
     この後することは決まっている。だけど、なぜだかこれまでに感じたことのない緊張感を覚えた。
     天井のシャンデリアが行く末まで照らしてくれたらいいのに。そんな願いはもちろん叶えられることもなく、途方に暮れる傑の運命を握った男に導かれるまま、到着したのはエレベーターへと吸い込まれていった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤❤❤❤❤❤💕🙏❤❤❤👏🙏💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works