シンゾウ観覧車に乗ってから、ヒナタの声が聴こえなくなった。
ずっと僕の味方で、そばにいてくれた大切な存在。
ヒナタがいなくなってから僕は、上手な話し方も笑い方も忘れちゃった。ヒナタがいなきゃ、僕はなにも分からない。
それに……ヒナタがいなくなった代わりに、悪意のある目が僕を見ているような気がする。
じっと、いつまでも、どこまでも。
背中から感じる視線に耐えきれなくて、僕は後ろを見た。
そこには……ダイヤがいた。
「な、なんだよ……」
「……!!」
ダイヤは、笑顔で僕を見てる。
元気ないね、どうしたの?
……そう伝えてきたダイヤに、構う余裕なんて僕にはなかった。
「……今、君と話す時間なんてない」
「……!」
「君は他の子と話せばいいだろ……!」
「……」
ダイヤは困ったように笑って、すぐにどこかに行ってしまった。
交わした会話なんて、それっぽっちだ。
ダイヤは、誰とでも仲良くなりたいんだ。
ダイヤは僕とは違う。ダイヤは僕と違って、誰とでも仲良くなれるんだ。ダイヤにはともだちがたくさんいる。ヒナタ以外、話せない僕とは違う。
僕に話しかけてくるのは、ダイヤが優しいから。
だって、それ以外に理由なんてない。
そうだよね? だって、ダイヤは……ダイヤのそばには色んな子がいるから。誰からも信じてもらえない僕とは違う。
……数時間もたたずに、知らせがやってきた。
シンゾウ観覧車で、ダイヤが脱落した。そんな知らせ。
「ダイヤくんが、シンゾウ観覧車のゴンドラから落っこちちゃったの」
涙がにじんだ目。本当に悲しくて仕方ないみたいに、そいつは話している。
自分はなんとか無事だったけど、ダイヤは振り落とされちゃった。そんな、白々しい言葉。
「……こんなことになるなら、もっとダイヤくんに声をかければよかった。ダイヤくん、ずっと何か悩んでたみたいだったから……ねえ、カナタくんは何か心当たりない?」
じっと、あの悪意が僕を見てる。
それが怖くて、なにも見たくなくて、僕は休憩所から出るトビラへと向かった。
「あー、やっぱり知ってるんだ。ダイヤくんが脱落したのは、カナタくんのせいなんだね」
あいつの横を通ったとき。ぼそりと、声が聴こえた。
知らない。僕はなにも知らない。
知らないけど……悩んでた?ダイヤが?どうして?
もしかして、僕がダイヤを突き放したから?
……それが本当なら、ダイヤを脱落したのは……そのキッカケは、僕なの?
「……ねえ、ヒナタ。応えてよ、君が話さなきゃ僕は……」
ヒナタは、ずっと静か。
怖いよ。守ってくれるヒナタはいない。
僕は、一人で、ずっと一人でここにいなきゃならないの?
考えて、逃げたくて……
……気がつけば、僕はシンゾウ観覧車の前にいた。
「人数ガ足リナイデミ」
いつも通りの無機質な顔で、カエルタマゴは告げてきた。
「ヒナタも含めて二人!それでいいだろ……!」
「ヨクナイデミ。ソレハヌイグルミデミ」
「ヒナタはぬいぐるみなんかじゃない! ヒナタは……」
「タダノ、クタクタノヌイグルミデミ」
「……っ!!」
「いい。僕だってこんなアトラクションもう参加しない」
(カナタくんのせいなんだね)
うるさい、うるさいうるさい!!
頭に聴こえる声にフタをしたくて、僕は耳をふさぐ。
でも……突然聞こえてきたアナウンスを防ぐことはできなかった。
「……!」
大音量で響く放送。
ミラクルジャッジパレード。即脱出出来るアトラクション。
脱出が出来るのなら……僕は、早くカエルタマゴたちを撃たないといけない。ずっしりと、重たい水鉄砲を持って、僕は走った。
脱出したら……きっと、ヒナタだってまた話してくれる。
そして、いつも通りになる、はずなんだ。
でも、ヒナタが教えてくれなきゃ、僕は思うように動けない。
ながされるぷーる。そう書かれた看板。
準備中と書いてあるそこに、僕は足を踏み入れた。
準備中の場所なら、きっとカエルタマゴも少ないと思った。……それは間違いじゃなかったみたいで、カエルタマゴの数は外よりも少ない。
下へと続く道を歩いて、僕は考える。
ダイヤのこと、ヒナタのこと、脱出のこと。
頭の中で、ぐちゃぐちゃと際限なく言葉があふれて、手に力が入らなくなって……気がついたときには、ヒナタは僕の手から離れていた。
そして、近くにいたカエルタマゴが、ヒナタを連れて奥へ奥へと進んでいく。
今出たら、カエルタマゴに撃たれてやられる。
わかってる。わかってるよ。
でも……気がついたら僕は、ヒナタに手を伸ばしていた。
「デミ?」
ヒナタを持っていたカエルタマゴは、すぐに僕へと水鉄砲を向けた。そして、僕は銃口から出てくる黒い液体に濡れた。
わかったのはそれだけ。そのあとに、僕の目の前は闇に覆われた。
……ヒナタ、取り返せなかったな。
どうしてヒナタは喋らなくなっちゃったのかな。ヒナタがいないなんて……そんなのウソだ。ヒナタはいる。いるはずなのに……僕の近くには何もない。
でも……一瞬、青色が僕の目の前に現れた気がした。
ダイヤ。なんで君はシンゾウ観覧車に乗ったの?
なんで脱落しちゃったの。
あいつの言うように、僕のせいなのかな。
……さみしいよ。僕の周りは、もう誰もいないんだ。
もし、僕が君の話を聞いていれば。
僕らは、ともだちになれたのかな。
ちゃんと、君の話を聞いていれば良かった。
考えても仕方ない。
僕も君も、もう以前には戻れないから。
目をつぶって諦めると、僕の意識も黒色に塗りつぶされた。