pixivにアップしたモブ→フロ+ジェイフロのつづき植物園に向かう道から外れた林の中に
大きな樫の木が生えている場所がある。その樫の木のまわりは木が生えておらず、林のなかでちょっとした広場のようにになっているのだ。人気のないそこで、三人のサバナクロー生が、丸々と太ったイグニハイド生を取り囲んでいた。
「モブソン、テメー親から仕送りが来たら金持ってこいつったろ。あ?今月の支払いはいつになんだよ?」
「…。」
「なに黙ってんだよ。返事しろや。」
リーダー格の猿の獣人に胸を押されて、ブクブクと太った体が追い詰められて樫の木の幹にぶつかる。
「オイオイオーイ、こんな簡単な質問にも答えらんねぇのか?」
興奮した腰巾着の猫の獣人が、脛を蹴り飛ばした。本気ではないが容赦はないそれは、相当痛いらしく、モブソンはニキビだらけの顔をくしゃくしゃに歪めた。
「なーに黙ってんだ?アァ?」
今日もまたボールのように蹴飛ばされ踏みにじられるのか。モブソンが諦めと共に防御姿勢を取ろうとしたときだった。
「ねぇー、うるせーんだけどぉ。」
場にそぐわない間延びした甘い声がふって来た。
「あ?誰だ!」
ガサッと葉が擦れる音がしたかと思うと、トッと軽い足音で着地したのは、細身の長身だった。
「こいつ、オクタヴィネルのヤバい双子だ。」
猫の獣人の耳が後ろに反り返る。
「はーい。フロイド・リーチでぇす。オレぁはお前らなんて知らねぇけど。」
甘いのに、どこか冷たい毒をふくんだ声が煽る。
「舐めやがって。お前ら、最近メガネの一年と組んで、オクタヴィネルでちょっと目立ってるそうじゃねぇか。」
「オクタヴィネルのガリ勉の雑魚の中でいい気になってんじゃねぇよ。」
「双子のもう片方はどうしたよ。一人だけで俺たちとやる気か?」
威嚇してくる獣人たちに、フロイドは笑顔を崩さない。
「お前らみたいな雑魚とやるのに、ジェイド呼ぶ必要なんかねーし。」
雑魚のクセに思い上がんなよ。などと煽られて、サバナクロー生たちが殺気だった。
「言ったな?後悔させてやるよ。」
言うやいなや、猿の獣人がフック気味のパンチを繰り出す。モブソンからみれば不可避の攻撃だったが、フロイドは難なく腕でカードした。
「あはっ、いたーい。一発もらっちゃったから、ここからはぁ、正当防衛。」
フロイド・リーチは本気でこのまま喧嘩をおっぱじめるつもりらしい。いじめの現場に颯爽と現れて、一対三のけんかに勝利する。そんな漫画みたいな展開、あり得るのだろうか。フロイドが負けたらその後にボコられる運命のモブソンは、固唾を飲んで成り行きを見つめた。
フロイドが牽制でミドルキックを放つと、抜群に長いリーチに三人が後退する。そして距離を保ったまま、ジリジリと睨みあう。
「ねぇー、三人もいるのにビビってかかってこれねぇの?」
「舐めやがって!」
フロイドの煽りに猛烈な勢いで突進する猪の獣人。その突進を受けて、テンポをずらして距離を詰めようとする猫と猿の獣人。
フロイドは三人の動きを全て視界にいれながら、ぐっと体を低くした。
猪の獣人の間合いにはいる前に、フロイドはジャンプして樫の木の枝に腕を絡ませて体をもちあげ、猪の獣人の突進を飛び越える形でかわす。
飛び越えざまに長い足で猪の獣人の背を軽く蹴飛ばすと、猪の獣人はつんのめり、止まれずに突っ立っていたモブソンに激突した。
「ギャッ」
「グェッ」
二人の悲鳴を背中で聞きながら、フロイドは猫の獣人の前に着地する。
「一年のクセによぉ!」
猫の獣人が繰り出してきたローキックを、フロイドは逆に前に出て受けることで、間合いを潰して威力を殺す。
「くっ」
攻撃をいなされて1テンポ遅れたすきを逃さず横っ面を殴り付け、よろけたところに膝をいれる。
「ガッ、ゲェッ」
膝がモロに入った猫の獣人は地面にくずおれ、のたうちながら嘔吐する。
「テメェッ」
激昂した猿の獣人が、腕を振り回しながら襲ってくる。腕だけなら、フロイドと同じくらいのリーチだ。
「ねー、それ飽きたわ。」
フロイドはしばらく避けながら後退していたが、繰り出されたパンチを半身でかわして、廻し掌底でこめかみを打った。
「がっ」
相手がたたらを踏んだすきにまたもみぞおちに膝をぶちこんだ。
あっさりと二人を沈めたフロイドは、モブソンと激突して離脱していた猪の獣人に向き合った。
「ねぇ、マジで手応え無さすぎなんだけど。陸の獣ってこの程度な訳?」
煽りではなく、ただ事実をのべただけ。フロイドの退屈そうな顔が雄弁にそれを物語っていた。
「ッ、クソッ!」
一人になった猪の獣人が、ヤケクソでマジカルペンを抜いた。
「魔法を私闘に使ったら罰則じゃねーの?」
「るせぇ!ここまでやられてひきさがれっかよ!」
ペンが光り、男の周囲に炎の球が出現する。
「ふーん。そ。」
言うや否や、フロイド・リーチは魔法の方に突っ込んでいった。勝ち目がないとみてとち狂ったのか。
「テメッ、正気かよ!」
もしかしたら脅しだけで本当は魔法を撃つ気はなかったのかもしれない。しかし、こうなれば撃つしかない。
「どうなっても知らねーぞォオラ!」
しかし、放たれた火炎魔法は全てフロイドをわずかに逸れていた。急に接近されて焦ったのか。いや、不自然に軌道が逸れたようにも見えた。
「なにっ」
全弾かわされると想っていなかった猪の獣人が慌てた構えを取ろうとする。
「おせーよ、ざぁこ。」
ムチのようにしなる長い脚が、脇腹に入った。
「はぁ、つまんなぁい。」
ほとんど無傷で三人をのしたフロイドは、勝利に酔うでもなく冷めていた。
「あ、ありがとう…」
モブソンがおどおどと礼を言うと、フロイドはまるで始めてその存在に気づいたかのような反応をした。
「は?なにお前。」
「い、い、いや‥。助けてくれて、そ、その。」
「別にそういう訳じゃねーし。うるさくてウザかったからぁ。」
もう興味はありません とばかりに、フロイドは振り返りもせずその場を去っていった。
それからしばらく経った日のことだった。
「あー、なにそれぇ。」
「お"っ、わ…」
モブソンは、ぬぅっとノートに落ちた影に、思わずおかしな声を出した。
ノートを覗き込んでいたのは、すらりとした長身に、片耳にはピアスを下げた生徒だった。
「キ、キミは、ふ、ふ、フ、フロイド、くん」
「はぁい。フロイドでぇす。お"っ、だって~。ウケる。ねぇそれなに描いてんの?」
ああ‥。とモブソンは絶望した。見るからにリア充系の容姿をしたフロイドだ。ノートに描いた萌えアニメのキャラを見られたら、バカにされるに決まっている。
「こ、これは、その。ま、マジカルナイツのクラウド…です。」
モブソンのノートには大きな剣を担いだ少年のアニメキャラクターが描かれていた。
「ふーん?なにそれ?」
だが、予想に反して、返事には単純な疑問の響きしかなかった。
「マ、マジカルナイツ、は、輝石の国の、こ国民的アニメ…かな。」
「ふーん。オレ、アニメって見たことねーや。どんなのなの?」
「ど、んなと…言われましても…。」
返答に窮したモブソンは、動画サイトでマジカルガールズナイトの動画を見せてやることにした。
アップテンポな曲をBGMに、カラフルな男女が魔法と剣で激しく命を削りあうシーンを抜き出した、素晴らしいPVだ。
「へー。」
しげしげと動画に見入っていたフロイドは、金髪のキャラが背中に背負った大剣を抜き去り閃光と共に振り下ろすシーンになると、パッとモブソンの方を向いた。
「これ、フグくんの描いてたヤツじゃん。」
「フグ…?ボ、ボクのこと?」
「そ。丸いから、フグ。」
モブソンは、あまりにも失礼では?と一瞬憮然とした。
「スゲーね。そっくりじゃん。」
しかし、ノートのイラストを指差してニパっと笑われると、そんなことは吹き飛んでしまった。
「あ、あの、さ…。こんなのもあるんだけど…」
モブソンがさらにおすすめの動画を紹介しようとしたところで、またもぬっと影が射した。
「フロイド。そろそろ次の授業が始まりますよ。」
今度はそっくりな長身の生徒が覗き込んでいた。
「シェイド。なんでここにいんの?」
「僕もはこれから此処で魔法史の講義を受けますから。フロイドの次の講義は飛行術でしょう。早く行かないと遅刻しますよ。」
「あ、そっかぁ。あー、運動着忘れた!ロブスターせんせぇうるさいんだよな…。」
「フフ、そう思ってフロイドの運動着を持ってきています。」
「さすがシェイドぉ。ありがと。」
「どういたしまして。ああ、そうだ。フロイド、あなた、モブソンさんに用があったのでは?」
「あーそうそう、そうだった。」
フロイドはくるりとモブソンに向き直ると、にこぉっと笑いかけた。
「はいこれー。オレたち、オクタヴィネルの寮でラウンジやるんだぁ。割引券あげるから、来てねぇ。」
「あ、その、あ、ぁ…」
フロイドの甘えるような声音に、モブソンはすっかりやられてしまった。
「じゃー、またねぇ。」
モブソンが呆けている間に教室から退出しようとしていたフロイドは、ドアのところで振り返り、にこーと笑って手をふる。モブソンは驚きのあまりフリーズして、手を振り返すことが出来なかった。
「ええ、またお昼に食堂で。」
当然フロイドはモブソンではなくジェイドに手を振ったのだが、舞い上がったモブソンにはフロイドに応えるジェイドの声には気づかなかった。
フロイドからもらった割引券の匂いを嗅ぐモブソンを見る、ジェイドの冷たい視線にも。
その日の夜。寮の自室に戻ったモブソンはお気に入りの漫画を眺めてため息をついた。今日自分の身に起きたことは、まるで、この漫画、『キモオタだけど、ギャルに好かれて困っています』の同姓バージョンだ。
モブソンは漫画を本棚にしまうと、ベッドに転がった。昼に見たフロイドの笑顔。あれは絶対に自分に気がある。
「もしかして、さ、最初からボクのことを知ってて、偶然を装って助けてくれたのかな。」
先週、サバナクロー生をのしてくれたときのことを思い出す。あいつらがうるさかったから、なんて言っていたが、照れ隠しだったのか。
「つ、ツンデレじゃないか。ま、参ったなぁ」
実のところ全然参ってなかったのだが、作法としてそう呟いておく。
「フ、フロイドくん‥。」
端正な顔、甘い声、スタイルの良い長身、抜群の運動神経。
この日からモブソンが陰茎を擦る際に思い浮かべる顔が、マジカルナイツのクラウドからフロイドに替わるのだった。
続