おやすみ、また明日。くぁ、と今日1番の大欠伸が出た。
酸素を取り込むと同時に、生理的に滲む涙を拭うように目を擦ると、頭上からクスクスと控えめな笑い声が聞こえた。
「これはまた随分と豪快な欠伸ですね」
そろそろ寝ますか?と優しく声をかけながら頭を撫でるジェイドに緩く首を横に振る。
「いい。まだ寝ない。」
寝たくない、と言うのが正しかったかもしれない。
旅行誌やら地図やらが広がったベッドに寝転んでいるオレの脳内から、長く悩んでいた反動からか眠気が顔を出していた。それを裏付けるようにもう一度、今度は先程よりも小さめの欠伸が込み上げてきた。
その姿にジェイドはまた小さく笑うと、頭にやっていた手を頬へと移動させた。
「おやおや、口ではそう言っても身体の方はもう寝たがっていますよ。」
オレの顔の輪郭を確かめるようにスリスリと指を擦りつけながら、まるで変態親父のような発言をするジェイドに「なにそれ」と含み笑いをした。
「ほら、明日も早いですし寝ましょう。」
諭されるように言われ、優しく見つめてくるジェイドの双眼を見つめながらコクリと頷く。
いい子ですね、と声に出さずに指先に想いを込めて顔を一撫ですると、オレの枕元にあった雑誌が閉じられて近くのデスクに無造作に置かれた。
「ねージェイド、今日は一緒に寝よーぜ。」
「ふふ、ええもちろん。僕もそう思ってました。」
「まじで?ジェイド甘えんぼ稚魚ちゃんじゃん。」
「こちらのセリフですよ。」
大型の獣人でも広々と寝られるようなサイズのベッドでも、さすがに190の男2人が入ると狭苦しく感じる。
束縛や圧迫したものが嫌いなオレだが、ジェイドとピッタリくっ付いて寝るこの狭さは好きだ。
故郷である珊瑚の海で、岩礁の隙間で寄り添っていた頃を彷彿とさせる。
「ジェイド、手ぇ繋ご。」
「今日は随分と甘えたさんですね。」
「そーゆー気分なの。」
「気分なら仕方ない。」
ぎゅっと握られた手にさらに安心して吐息だけの笑い声が出る。それにつられるようにジェイドもゆるりと口角を上げた。
海という明日が保証されない世界で育ってきたオレたちにとって、この安全な陸の明日がこんなに特別なものに映るなんて知らなかった。
海でも充分特別だったが、明日には大好きなジェイドがいなくなるかもしれない、ジェイドを置いてオレ自身がいなくなるかもしれないと考えると、どうにもやり切れない気持ちで眠ることが多かった。
そんな明日がこんなにも幸せと楽しみで満ちているなんて、あの頃のオレたちに言ったらどんな顔をしたのだろう。
「フロイド、明日は楽しみましょうね。」
「うん。あ、アズールにもお土産買わなきゃ。」
「ふふふ、写真も沢山撮って見せてあげましょうか。」
「あは、いいねぇそれ。」
明日はどんな所に行こう。
どんな事をしよう。何が待っているのだろう。
何が来ても、ジェイドが隣にいるなら絶対楽しい。
睡魔に優しく包まれ、飲み込まれる間際にオレとジェイドは同時に言い放った。
『おやすみ、また明日。』