とあるゲームの日の話「降参です…写真家、投降、します…」
納棺師は振り絞ったような声で告げた。武器を構えていた写真家は、納棺師を見据えサーベルを捨てた。
「投降か。」
今回の試合は実にひどい物だった。
納棺師と、他サバイバーが三人、という具合のメンバーであった。
ハンターは写真家だった。
普通の試合であると、思い込んでいた。
試合が始まってすぐに、サバイバーが二人、まとまって行動し始めた。解読をせず逃げ回り、度々放置していた。やがてカラスをまとった二人は、あっけなく写真家にダウンさせられた。
そのうちの一人は納棺師により蘇ったが、気が狂ったか自ら写真家の方に赴いた。
流石に目の前に現れたサバイバーをダウンさせない訳にはいかない。そのサバイバーは写真家の手により、空高くへと飛んだ。
残ったサバイバーも、試合が始まった瞬間納棺師についてきた。納棺師は一度そのサバイバーから離れたが、しつこく追いかけ回してきた。納棺師は仕方なくそのままにすることにした。
(はぁ…厄介だ。)
納棺師は厄介なサバイバーを追い返すことを諦め、集中出来ない中解読を続けた。
暗号機を一台上げ、二台目に取り掛かったその瞬間、そこに、瞬間移動を使い写真家が来た。
突然のことだったのでサバイバーは反応出来ず一発くらってしまった。
その際、サバイバーと納棺師の距離が空いた。
納棺師は内心ほっとした。写真家はとっさに反対に逃げたサバイバーを追っていたので、納棺師はハッチの出現も視野に再び暗号機を解読しようとした。
しかし、何故かチェイスを引き受けたサバイバーがまたこちらへと来た。納棺師は必死にチャットで自分の位置を伝えたが、それも無視だ。
それどころか、〈手を貸して、早く!〉という定型チャットを何度も打ちながらこちらへ近付いて来るではないか。
(確信犯か…)
そして納棺師の目前で、サバイバーは倒れた。そのサバイバーは、〈解読中止、助けに行く!〉という定型チャットを打っていた。
写真家が三人目のサバイバーを吊った後、納棺師は解読を終えハッチの位置を確認していた。
そのサバイバーは相変わらず、〈解読中止、助けに行く!〉という定型チャットを打ち続けていた。
ハッチの位置を確認し、納棺師は一応サバイバーを助けに行った。一撃貰ったが、救助は無事成功した。
救助されたサバイバーはまたチェイスを引くことになった。納棺師は暗号機へと走る。
…サバイバーが、納棺師の後についてくる。
納棺師は方向を変えた。が、それでもそのサバイバーはついてくる。恐らく、またついてくるつもりなのだろう。
〈私から離れて!〉
そう打つも、しつこく追ってくる。そして、暗号機にたどり着けないままサバイバーは写真家に捕まり飛ばされた。敗北確定だ。
しかしハッチがある。それでなんとか逃げられないものか、と考えた。
納棺師はハッチに向かった。
そして、あと一歩でハッチに入ることができる、といったところで納棺師は後ろから思い切り写真家に切られた。
背中から血が吹き出る。目が回り、くらりと納棺師は倒れこんだ。
「う…」
納棺師は後ろを見やった。写真家はじっ、とこちらを見ていた。そして、風船を取り付けようと歩いてきた。
納棺師はなんだか、とても惨めな気持ちになった。
(何だ…この試合…)
そして納棺師は血にまみれた両手をかすかにあげた。
「降参です…写真家、投降、します…」
全身が熱くて痛い中、納棺師は声を振り絞り告げた。もう限界だった。
すると写真家は、カランとサーベルを捨てた。
「投降か。」
写真家は少し悔しそうな顔をしていた。当然だ。彼は人に忘れられないために、私達サバイバーを吊るすのだから。
試合は終了した。
荘園へのゲートが自動で開く音がする。
「…ごめんなさい、ジョゼフさん。」
イソップは私に謝ってきた。無論、四人とも吊れなかったことは悔しい。しかし―
「お前なら…お前なら別に、許してやらないこともない」
私はイソップの方に屈み込み、そっと頬を撫でた。
―二人は好き合っていた。
(イソップが、「愛し合うと、付き合わないといけないだろうか?」と言った事からまだ正式に恋人になったというわけでは無いが、確かにお互いを愛していた。)
「お前はいつか、言ったな。私を忘れることは無いと。置いていける訳が無いと。」
私は手を、イソップの頬から手に移す。
「あり得ない話だ。だが、あのお前があの様に真剣な顔で言うと…あり得んでも無いと一瞬でも信じてしまう。…実に、困ったものだな。」
そして私は、致命傷にならない程度に回復された(投降時自動的に。)イソップを横抱きにした。
「ちょっ、ジョゼフさ…」
「まだ歩けないだろう?それにどちらにしろ手当てが必要だ。荘園から出るぞ。」
「歩けます…」
「嘘を言え。なら何故私との長話の最中に一度も立ち上がらなかった。」
「う…」
イソップは、怪我が少し治ったと言えど、恐らくまだ体温は高いし痛みも残っているのだろう。
ふと、イソップが小さな声で呟いた。
「荘園に戻った後…大丈夫でしょうか…」
私はなるほど、と小さく頷いた。
愛する人、イソップが怠け者共に責められるかもしれない…ということだ。
私はイソップの頭をそっと撫でる。
「安心しろ。私がいる。」
イソップはこちらをちらりと見て、ぽんと私の胸に頭を預けた。
「今回のハンターが…ジョゼフさんで良かったなんて、言っちゃ駄目ですよね。」
私はイソップを抱く力を少し強めた。
彼の、長い睫毛が落とす影を、銀の髪を上から見つめる。
(お前は、こうも私の庇護欲を掻き立てるのか。)
「少しばかり寝ると良い。面倒なことは私に任せておけ。」
イソップは私の言う通りにした。目を閉じ、少し経つとすぐに小さな寝息が聞こえてきた。余程疲れていたのだろう。
私とイソップはその場を後にした。
「あっ!!」
女の声がする。先程イソップについて回っていた女だった。
こちらへ駆けてくる。ほぼ反射で、私はイソップを抱く力を更に強め、一歩引いた。
「すまないが今イソップは寝ている。あまり大きな声を出すな。」
微塵もすまない、とは思っていないが。
むしろこの女が謝れ。
「関係ないよそんなの!」
女は地団駄を踏む。嫌な予感がした。
「こいつが私の棺を作らなかったから負けたんだ!!こいつのせいだ!!」
うるさい女の後ろを見る。
試合開始からすぐに飛んだサバイバー二人が言い争っていた。
「…醜い」
私は全身の毛が逆立っているのを感じた。このような奴等が存在し、イソップを苦しめたのかと思うと、怒りは溢れんばかりに湧いてくる。
ふと、コートを引っ張られた。
「ジョゼフさん…大丈夫ですよ…」
見ると、イソップが額に汗を浮かべこちらを見ていた。
「イソップ…」
「お前!!!さっきの試合はよくも…」
女が言う。イソップは大丈夫、と言ったものの咄嗟に両目をギュッと瞑り、私の上着を持つ力を強めた。
「これ以上はイソップが限界だ。いい加減にしろ。」
私はそう言い、いつの間にかこちらを見ていた二人のサバイバーを合わせた三人を睨み付け、その場を去った。
(イソップを医務室に連れて行かなければ。)
イソップは私の腕の中で、また眠っていた。
ここは…
さっきまで、ジョゼフさんと居た筈…
動けない…
僕は下を見た。
「っ!?」
足に、無数の黄色い薔薇が絡み付いている。
黄色い薔薇は果てしなく続いていて、
耳をすますと、何かが喋っている。
それに気付いた瞬間、僕は耳をふさいだ。
本能が告げている。この声を聞いてはだめだ、と。
「やめろ…喋るな…」
足元から、むせかえるような薔薇の匂いがする。
やめろ、やめろ、やめろやめろやめろ!!
『 オ ロ カ モ ノ 』
「うっ…」
イソップの様子が変だ。
あれから、医務室へ行きイソップを治療してもらった。今は医務室のベッドだ。しばらくすれば目覚める、とのことだったので私はイソップのそばに居た。
先程からイソップがうなされている。
悪夢でも見ているのだろうか…
「起こした方が良いか…?」
苦しそうだ。汗は拭いてやっているが、どうにも苦しそうだ。
私はイソップを起こすことにした。
起こそうと、肩に手をかけた瞬間。
「っ!!」
イソップが目を見開き、私の手を思い切り掴んだ。
「っはぁ、ぁ…ジョゼフさん…?」
イソップは目の縁に涙を乗せていた。
「イソップ…随分とうなされていたようだが…」
「…あ、マスクは…」
「苦しそうだったから外させて貰ったよ。ここにあるから、心配しなくていい。」
私はそう言いベッドの近くの小さなテーブルを指差す。それを見たイソップは、ほっとした様子で息を吐いた。
「イソップ、何か悪い夢でも見ていたのか。」
私はイソップの髪を撫でる。イソップは気持ち良さそうに目を細め、答えた。
「…起きたら忘れてしまいました。ただ、悪夢だったことに違いはないでしょう。」
イソップは目を伏せ呟いた。
「忘れてしまったけど、僕は何度もこの夢を見たことがあるのかもしれない…」
「先程のサバイバー共が原因では無いのだな?」
私は念の為聞いておいた。あやつらのせいでイソップが悪夢を見るなど耐えられない。
「ええ、そうでは無いです。」
イソップはぎゅっと手を握る。
「僕が原因です。だからどうか、そんな顔しないでください、ジョゼフさん。」
「…」
私はイソップの額に口付けを落とした。
「何かあれば私に言え。」
私はもう一度、イソップの頭を撫でる。
「お前が傷つけられることが、私にとって一番耐えられないことだ。」
イソップがじっと私を見つめている。
なんだ、という風に頬を撫でると、その手を取られた。
「僕もあなたが傷つけられることが一番耐えられないことです。」
それからイソップは微笑んだ。
「あなたのためにも、あなたを頼りましょう。」
9割は僕が好きで頼るんですが、と付け加えた後、イソップは告げた。
「この後僕と、お茶しませんか。」
黄色い薔薇の香りは、いつの日か写真家の彼の匂いに塗りつぶされるだろう。
毎日午後3時頃、荘園の庭で二人が幸せそうにお茶を楽しむ光景が見られるのは、また別のお話。