痛いの、痛いのまどろみから、束の間覚めた。
頭が痛かった、朝から。
カチコチ、チクタクとしかものを言うことを許されない、この時計の頭にも痛覚があるのが憎い、とダンテは思っていた。
「ダンテ」
誰かが呼んだ。
ああ、もう彼らは死んでしまったのか、と思い、ダンテは自身の針を掴み、反時計回りに巻き戻す。
自らが引いたはずの一線なんて、とうに地の底へと下がってしまった。
自らの中の正義もエゴも、とっくに今の状況を受け入れた。
痛みが走った。
十二人の囚人達が死ぬほどに受けた痛みを、十二の死を、一身に。
〈あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ゙ 〉
叫びは全て針の音に変わり、なんの悲痛さも生み出せない。
カチコチ、チクタク
十二人の囚人は背を見せ戦っていた。
もう、あんなに真っ赤になって。
針を乱暴に掴み、ぐるぐると巻き戻す。
痛くて呼吸なんてできやしないのに、知らないなんて、自分のこと…
感じるはずのない涙が、そこにあった。
「ダンテ!」
目を覚ます。
ファウストだ。
さっきのは夢だったのか。
「ダンテ、うなされていましたよ。どのような夢を見ていたのかは知りませんが、ファウストはここにいます。」
えっという風に、ダンテが自分の手元を見ると、ファウストの手をがっちり掴んでいた。そこで漸くダンテは、目が覚めてから一度も上げてない顔を上げた。
〈ファウスト、泣いているの?〉
ダンテはファウストの目尻を撫でる。ファウストはそれを拒絶することなく受け入れた。
「苦しそうな貴女を見ていたら。」
それだけ言うとファウストは、自身の目尻を撫でているダンテの手を優しく掴む。
「ダンテ、いつからなのでしょう。ファウストは貴女の苦しむ様子が辛くて、貴女を殺さないようにしてきました。」
殺さないように、というのはつまり、ファウストが死なないように、ということだ。
「ダンテ、貴女に苦しんでほしくありません。」
ファウストが言う。そしてダンテの頭をそっと撫でた。
「痛いの、痛いの。」
飛んでけ。そう言う頃には、ダンテの頭痛は嘘のように消えていた。
代わりに胸に、つかえを残して。
ダンテに目があったのなら、彼女は間違いなく、その瞳を潤ませているだろう。
ダンテに声があったのなら、彼女は間違いなく、掠れた声でファウストの名を呼んでいるだろう。
まあ、なくても気付くというのがファウストである。
「今日はずっと一緒にいましょうか、ダンテ。」