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    Caltea

    (多分三代目)

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    POIPOI 9

    Caltea

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    写納/花吐き病パロ(独自解釈?有)
    負傷シチュ、嘔吐表現などが含まれます
    前半少し納愛されのようになっています。すみません🙇

    書く期間を空けすぎて話がおかしくなっています。修正箇所見つけ次第訂正します!
    キャラの口調やストーリーを無視してしまっているかもしれません。申し訳ないです

    #写納
    JosCarl
    #花吐き病
    flowerSpittingDisease

    造花が枯れた荘園の主が珍しい花を仕入れたらしい。

    そんな話を耳にした。


    イソップは花に興味がある質ではない。
    ただ、ほんの少しの好奇心が彼の足を庭園へと動かした。

    珍しい、そんな言葉を、いつまでも変わらないこの荘園で耳にしたからだろうか。





    それは何とも不思議な花だった。
    とても鮮やかで、しかし清楚でもあった。
    まるで、恋する乙女のような―

    イソップは、はっと顔を上げる。赤面し、こほん、と咳払いをする。

    (僕は何を考えてるんだ…下手な詩人みたいだ。)

    しかし、視線は目前の花に集中していた。手袋を外す。薬品でただれた、細く長く白い指が現れる。そっと屈んで、花弁に触れてみる。

    花弁はしっとりしており、イソップ自身の指先にまでその水分を移すようで心地よかった。



    ***



    違和感に気付いたのは、その日のゲームが終わり治療を済ませた後、

    自室で休んでいた時。


    喉に詰まるものを感じた。

    「…?」

    そっと、自身の首に手を添える。

    「ぇほっ、」

    出るのは空咳ばかりで、喉の詰かえは取れなかった。


    「イソップ君、夕飯の時間だって。」

    同胞の占い師、イライの声が聞こえる。

    「ぁ、今行きます。」

    イソップはそう言い、違和感を置いて部屋を出た。

    先程まで座っていたデスクには、黄色い花びらが1つ落ちていた。




    ***



    「ん…」

    朝を迎える。伸びをし、ベッドから這い出るとイソップはシャワーを浴びに行った。
    この日々もいつか終わるのだろうか、とぼんやり考えながら身支度を整える。

    準備を済ませ部屋を出たタイミングで丁度傭兵、ナワーブと鉢合わせた。

    「よう、イソップ。」

    ナワーブはひょいと片手をあげ挨拶する。

    「…おはようございます、ナワーブ。」

    イソップは軽く会釈をし、ナワーブから距離を置いて食堂に向かう。


    イソップが社交恐怖というのは荘園内では常識だ。だから彼が他のサバイバーと距離をとっても咎められない。

    でも、イソップが皆のことを嫌ってなどいないことは皆知っている。
    過去のトラウマからしみついた社交恐怖はそう簡単に治せない。だからこそ、荒療治はせず少しずつ歩み寄ってくれているのだ。この荘園の仲間たちは。

    ナワーブと歩いているこの時間さえも、荘園に来たばかりの頃は耐えられず幾度となく迷惑をかけた。
    しかしゲームを通して皆のことを知るにつれ、少しずつ、ではあるがイソップも皆に歩み寄れているのだ。


    しばらく心地よい沈黙の中歩くうちに食堂に着いた。イソップとナワーブの後からも人が続き、少し経った頃には各々が食事を始めていた。

    イソップは今日は軽めに、とトーストと牛乳だけを持って空いている席を探す。


    「おはよう、イソップ。」

    声の方を見ると、イライが座っていた。隣の席をぽんぽんと叩いている。食堂を見回すと、すでに空いている席はイライの周り以外無さそうだったので彼の隣にお邪魔することにした。何より、彼は他のサバイバーと比べ比較的関わりやすい人の一人だ。

    「今日もお互い頑張ろうね。」

    気さくに笑いかけるイライにイソップは会釈で応えた。
    イソップは、自分と違い随分と大量に朝食を摂っているイライをそっと見つめる。
    すぐにナワーブも近くの席に座った。
    ナワーブの取り皿にも大量の朝食が乗っている。恐らく、彼は追加でまだ食べるだろう。

    「今日は私もナワーブも、イソップも朝からゲームだからね。ちゃんと食べておかないと。」

    ふと、イライが言う。

    (本当にこの人は。僕の心の声が聞こえているのではないだろうか。)

    そう思いながら、イソップは先程から飲んでいた牛乳を飲み干す。

    「イソップ、お前それじゃ少ないんじゃねえの。」

    ナワーブはイソップの皿を指差し言う。

    確かにイソップ以外の人から見たらそれは少なかった。

    「…朝は食べられないんです。これでも頑張ってますよ。」

    そう答える。二人は少し不満そうだったがのんでくれたようだ。

    「まあ、腹減ったらちゃんと食っとけよ。」

    「ありがとう…」

    彼らの気遣いが嬉しくて、柄にも無くイソップはひどく抜けた顔で微笑んでいた。
    荘園の皆が人当たり良く根気強く、イソップに親切にしているから、イソップも心からそれに応えられているのだろう。

    そんな事を考えながらトーストに手を伸ばす。その手がかくっと固まった。

    「どうかしたかい?」

    「イソップ?」

    二人の声が聞こえる。しかしイソップは返事が出来なかった。

    「がはっ、げほ、げほっ」

    一瞬の息の詰まり、それから吐き気。
    イソップは激しく咳き込んでいた。

    「おい、大丈夫か?」

    ナワーブが背中を撫でてくれている。だが咳は一向に止まる気配がない。
    周りのサバイバーもイソップを見ていることが、彼には分かった。

    (気持ち悪い…)

    イライは吐きそうなイソップの顔を見てか、袋を用意していた。
    袋は黒く、中が見えない仕様になっていた。いつもなら、イライの心遣いに感謝の言葉を述べるだろう。しかし今のイソップにそんな余裕は無かった。
    イライが持ってきた袋を少し乱暴に掴み、二人に背を向けてイソップはえずいた。

    「っ、お、えっ……ぁ……」

    袋の中に吐瀉物が落ちる。ナワーブは変わらず背中を撫でてくれていた。

    ひとしきり吐いて、イソップは袋の口を縛った。荒い呼吸をしながら、ふらっと立ち上がる。ナワーブが体を支えてくれた。

    「すみません…ご迷惑をおかけして。あとは自室で処理しますので…」

    「…無理はするな。後でエミリーの所に行っとけよ。」

    「イソップ、本当に大丈夫かい?」

    二人が心配してくれている。それが申し訳なくて、イソップは大丈夫です、ありがとうございましたと言いながら足早に食堂を出た。



    ***



    「何だこれ…」



    自室に戻り、袋ごと吐瀉物を捨てようとした。だが結び目の隙間から何故かふんわり花の香りのようなものがした。
    自分の吐き出したものを嗅ぐ趣味も、じっくりと観察する趣味もイソップにはない。
    しかし痺れた脳は僅かな好奇心を拾いあげ行動へと移した。

    そっと結び目をほどく。

    「えっ…」

    そこには大量の黄薔薇があった。

    そして、今に至る。



    「…何だ…これ……」

    繰り返す。

    イソップは混乱した頭で考えた。


    僕はさっき嘔吐した。

    それを確かに袋に入れた。

    今中身を見た。

    そこには黄薔薇が大量にあった。




    いくら考えてもややこしくなるばかりで、イソップは何だかもう疲れてしまって。
    エミリーの元を訪れずに、シャワーを浴びてゲームの準備を始めた。



    ***




    「よろしくね、イソップ。」

    「…よろしくお願いします」

    待機室の扉を押すと、イライの声が聞こえる。イソップはイライを一瞥すると、返事をした。
    今朝の試合はイライ、ナワーブ、ノートン、そしてイソップだ。

    「イソップ、あれから大丈夫だったのか?」

    ナワーブが問うてくる。
    あれから吐き気はなかったので、イソップは大丈夫です、とだけ答えた。

    「それならいい。無理はするなよ。」

    ナワーブに続き、イライも大丈夫そうで安心した、と言った。

    「そういえば、朝のトーストは一応冷蔵庫に入れておいたよ。」

    「あっ、すみません。失念してました。」

    「別にいいけどさ、試合終わったら食っとけよ。」

    「ええ…ありがとう、ナワーブ」



    「や、」

    少ししてノートンが来た。
    各々挨拶を交わす。イソップも挨拶をし、サバイバーの準備が整った。

    「そういえば、イソップ朝何かあったの?」

    「え?」

    思わず返してしまった短い返答に慌てるがノートンは気にしていないようで、うーんと唸っていた。

    「廊下ですれ違ってさ。声かけたんだけどイソップ顔色悪かったし走ってっちゃったから何かあったのかと思って。」

    「…ノートンに気付きませんでした」

    イソップは正直に伝えた。部屋に早く戻りたくて必死だったから、周りを見る余裕がなかったのだろう。
    イソップがノートンに謝ったタイミングで、ゲームが始まった。



    ***



    ハンターは写真家ジョゼフであった。

    「ジョゼフさん…」

    カメラを見てすぐチャットを送り、物陰に隠れる。同時にシャッターの音がした。


    この荘園では、ゲームの時以外ハンターとサバイバーは親密な関係にあった。
    どうせこのゲームが終わるまで荘園からは出られない。そしていつ終わるのかも全く分からない。
    ならばとお互いの居館を行き来し、中庭では茶会が催され穏やかな声が毎日のように聞こえている。
    ジョゼフは紳士的であり誰にでも親切だった。時折写真撮影とその現像を頼まれているらしく、よくサバイバー館へ足を運んでくれた。
    ジョゼフはイソップにも気を遣ってくれていた。交流を得意としないイソップに対し、ほどよい距離を保って接してくれていた。イソップはそれが心地よかった。だからジョゼフに悪い印象はなかった。むしろ、良い印象しか持っていなかった。

    そしていつしか、二人は友人になっていた。イソップはよくハンター館に招かれ、ジョゼフの部屋で茶菓子をご馳走になってる。
    その関係は健在だ。

    しかし。
    朝、イソップは花を吐いた。
    今朝はジョゼフと少し用があったのだが、イソップはどうしても体がだるく、行けないことを人伝にジョゼフへと伝えたのだった。


    (急に断ってしまったから…ジョゼフさん、怒っているかな…)

    考えながら、イソップは棺桶を置きに行くために立ち上がった。その時。

    どくり

    急に心音が高鳴った。振り返るとそこにはジョゼフがいた。

    「…未納棺なのに…」

    イソップは少し涙目になりながらチェイスを始める。「ハンターが近くにいる!」とチャットを送った。幸いにも"強ポジ"と呼ばれる場所はすぐそこだ。

    暗号機2台分ほどの時間を稼ぎ、イソップはダウンした。ジョゼフに椅子に縛られる。

    ジョゼフの顔を久しぶりに見た気がする。
    イソップはつい、ジョゼフを見つめる。
    ジョゼフはその視線に気付いたのか、

    「イソップ、今朝の…あれから大丈夫なのか?」

    と話しかけてくれた。

    「あっ、すみません、僕から話すべきでした。断ってしまってごめんなさい。もう、大丈夫です。」

    「ああ、気にしなくていい。じゃあ試合に戻ろうか。」

    気が回らなかったことへの恥ずかしさと、ジョゼフと話せる嬉しさで頬が紅潮した。


    「解読中止!助けに行く!」
    チャットが打たれたのが見えた。ジョゼフも耳鳴りがしたのか、助けに来ようとしてくれているナワーブの方を見た。

    ふと、吐き気がした。
    今朝と同じ感覚だ。

    「っ…」

    感じた吐き気は目眩がするほどに変わっていた。

    拘束具が解かれる音がした。
    しかしイソップには何も見えなかった。
    暗転した視界の中、前を行く足音を頼りに走る。

    程なくして、イソップは呆気なくバランスを崩し、ダウンもしていないのに草むらに倒れこんでしまった。

    「っ…はあっ、はあっ」

    倒れこんだ衝撃で息がつまり、次いで荒く呼吸する。

    (まずい…今は試合中なのに…!)

    そう思うも、体が言うことを聞かない。強い吐き気と目眩がして、あのまま飛んでいた方がマシだったかもしれないと思った。

    「イソップ!?」

    ナワーブの声がする。彼の声が耳に響く。ああ、頭が痛い。

    「あ"っ…ぇほっ、っは、」

    何かが喉につまっている。息ができない。苦しい。

    「イソップ!大丈夫か!?」

    ジョゼフの声も聞こえた。

    (息が……たすけて…)

    イソップの目から涙が溢れ始めた。
    死んでしまう。そう思った時。

    「イソップ、落ち着いて。喉に何かつまって息ができていない。叩くから吐いて。」

    マスクが外される。ジョゼフの大きな手がイソップの波打つ背を叩いた。優しく、しかしイソップがちゃんと吐けるようにジョゼフは叩いてくれている。

    「ぉえっ……」

    何かが吐き出される。ジョゼフは見ないように、背中を叩いてくれてた。

    「傭兵は試合の中止を他のサバイバーに伝えに行ってくれているからね。」

    ジョゼフはそう言いながら、吐き終わったのを確認し今度は背を撫でてくれた。






    荒い呼吸を何度も繰り返し、ようやく落ち着いてきた所に再びジョゼフの声が聞こえた。

    「処理をどうするかだな…誰か袋を持っていればいいが…」

    (まずい!)

    誰かに見られてしまう。明らかに異常なこの状態を。

    イソップはそう思い、力の入らない手でポケットをまさぐる。
    あったはず。ビニール袋が。

    カサカサ、という音がしてジョゼフが振り返る。イソップが吐瀉物を隠すようにうずくまっているのが見える。右手には黒いビニール袋が握られていた。

    「…ぁ、あの、大丈夫です…袋、あるので…お願いします、誰にも見せないで…ください、」

    イソップが必死に言葉をつむぐ。ジョゼフはふむ、と頷き、再び鳴り始めた耳鳴りを感知すると立ち上がった。
    傭兵が、占い師と探鉱者を連れて走ってきていた。
    ジョゼフはそっと、吐瀉物をまとめた袋を背に回し申し訳なさそうに俯くイソップに耳打ちする。

    「私は投降する。今回だけだ。心配だから、必ず医務室に行きなさい。分かったね?」

    そして軽く、イソップの背を撫でる。
    ジョゼフはサバイバー達に事情を告げ、イソップの吐瀉物が見られないように(もっとも、あれらのメンバーがイソップの嫌がることをしないとは思うが)投降した。



    ***




    「大丈夫なの?イソップ」

    この声はノートンだ。イソップはゆっくり振り向く。
    つい先程、ジョゼフの慈悲によりゲームは終了した。イソップはゲーム終了後、誰にも目もくれずに早足で自室に戻っていた。…あいにく、部屋に入る前にノートンに捕まったが。
    吐瀉物を入れた袋はごみ捨て場に捨てておいた。しかし、イソップはまだ何か不安で、肩を掴まれた途端ぎゅっと両目をつむったのだった。
    ノートンはそれを見て手をゆっくり離す。

    「医務室行ったの?…その様子じゃ行ってないみたいだけど」

    「…」

    「この間もさ、ナワーブが君にエミリー先生のとこ、訪ねるように言ったよね。多分行ってないんだろうけど。」

    「…すみません」

    「怒ってないってことだけは分かってほしいんだけどさ、自分を大切にしなよ。」

    ノートンはそう言うと、どこから取り出したのかドーナツをイソップに持たせてどこかへ行ってしまった。

    「…ありがとう」

    人の気配の消えた廊下にイソップの声が小さく響いた。



    ***



    あれからイソップは食堂でトーストとドーナツを食べた後、図書館へ向かった。

    (この奇怪な病気のことが分かればいいんだけど…)

    花を吐いてしまうということはどう考えても異常だ。もしかしたら、異常だらけの荘園では当たり前なのだろうか。そう考えながら進む。

    ふとイソップは思い出した。今朝ジョゼフと会う約束をしていたのは、イソップが試合のフィールドでジョゼフの物らしき写真を拾ったからであった。それはジョゼフの部屋にある美しい真紅の薔薇たちを映した物だったのでイソップにはすぐ分かった。
    ジョゼフには返すものがある、としか言っていないので早く返さなければならない。
    試合中に渡すのはどうかと思っていたので、先程の試合の後に渡そうと思っていたのだがつい渡しそびれてしまったので、イソップはまずハンター館に向かうことにした。



    ***



    コン コン コン


    3つ、ノックの音が響きジョゼフはカメラのレンズを手入れしていた手を止め顔を上げる。
    こんなに律儀にノックをする子を、ジョゼフは一人しか知らない。

    「どうぞ、イソップ。」

    「失礼します」

    挨拶をしてから部屋に入るところも流石、とジョゼフは思いながら、イソップへと歩く。

    「さっきの試合の後、大丈夫だった?」

    ジョゼフはイソップの髪を優しくまさぐりながら聞く。
    イソップはその手が心地よくて、思わずすり寄りながら答えた。 

    「はい、あれからは…大丈夫です。」

    医務室には行っていないが、ということは黙っておいた。
    …なんとなく、花を吐くと言ったら気持ち悪がられそうだし、そもそも専門外だろう。

    「あの、ジョゼフさん、朝の用のことなんですが…」

    イソップは自分の胸ポケットから、ハンカチにくるんだ写真を取り出した。

    「これ、試合のフィールドで見つけたんです。ジョゼフさんのだと思って。きっと、あなたの大切な物でしょう。」

    ジョゼフはあっ、と声をあげ、バツの悪そうな顔でそれを受け取った。

    「まさか、イソップが拾ってたなんてね。礼を言うよ。ありがとう。」

    そう言い、ジョゼフはその写真を机上の封筒にしまった。

    「折角だ。紅茶を用意しよう。」



    「この紅茶、おいしいです。」

    イソップはジョゼフの部屋で紅茶をご馳走になっていた。ジョゼフはうんうん、と頷く。

    「良かった。荘園主に言って、イソップの好きそうな紅茶を仕入れてもらったんだよ。」

    「ぼ、僕のためにわざわざ…ありがとうございます、ジョゼフさん。」

    イソップはもともと綺麗だった姿勢をさらに綺麗に伸ばし、紅茶を口に運ぶ。その様子が微笑ましくて、ジョゼフはさも嬉しそうに笑った。

    ―その光景は傍から見れば、まるで恋人同士のようであった―




    「ジョゼフさん、紅茶ありがとうございました。」

    「こちらこそどうも。喜んでくれて嬉しいよ。」

    ジョゼフはイソップの頬を優しく撫でた。

    「君の喜びは、私の喜びだ。また来るといい。」

    イソップは満面の笑みを浮かべて応えた。



    ***



    イソップはあらためて、図書館に向かっていた。
    この荘園の図書館はとても広く大きい。
    本の種類も様々なので、イソップはここでなら花を吐く病気の正体を知ることができるかもしれないと訪れた。

    図書館の分厚いドアを開ける。木の香りがした。イソップは自室から出ることはそう無いが、図書館の雰囲気は好きだった。

    (医療スペースは…)

    イソップは医療に関する本達がずらりと並べられているスペースに来た。
    本の背表紙を流すように見ていく。

    「あ…」

    思わず呟いた。少し背伸びをし、本を取る。 

    「奇病図鑑…」

    イソップは表紙を軽く撫でると、近くの椅子に座った。

    ページを捲る。目次を見つめ、花、という単語を探してみる。

    「あった…第8章」

    イソップは8章のページを開く。そこからじっくり1ページずつ、該当する病気が無いか見ていった。



    ***



    「ああ、イソップが帰ってしまった」

    大仰にそう言い、ため息を吐くのはジョゼフ。
    先程イソップから渡された写真を見て、2度目のため息を吐いた。

    「まさかイソップが拾ってしまうとはな。」

    落とした自分も悪いが、と呟く。

    あの写真は、ジョゼフがイソップに贈ろうと思い撮った写真だった。
    イソップはジョゼフの部屋に飾られている赤い薔薇たちが好きだ。なのでジョゼフはささやかながら、その写真を撮り、イソップに贈ろうとしていたのだった。

    「ジョゼフさんの写真は、まるで生きているようだ…本当に、綺麗」

    いつだったか、イソップがそう呟いたことがあった。ジョゼフはそれが嬉しかったのだ。
    そこからかもしれない。
    イソップを、特別好ましいと思うようになったのは。

    そして、自惚れではないが恐らくイソップも…

    「今更これを封筒に入れてイソップに渡すのもどうかと思うが…」

    ジョゼフはうーんと唸っていたが、あっと突然声をあげた。 

    「良い案を思い付いた!」


    ***



    図書館。その隅で図鑑を捲っていたイソップの手は止まっていた。

    「花、吐き病…」

    正式名称は漢字で何やら長ったらしい。嘔吐中枢性…、いや、今のイソップにはそれを気にする余裕は無かった。

    「片想いをこじらせ発症……」

    イソップは分からなかったのだ。自分が誰に恋をしているのかが。

    「完治させる方法は両想いになること…?」

    イソップはとうとう頭を抱えてしまった。相手の分からないこの恋を、どうやって実らせることができようか。

    イソップは本を戻し、図書館を出る。
    一人悶々と考え込みながら歩いていると、既に自室の前に立っていた。
    扉の鍵を開け中に入り、また鍵を閉める。一つため息を吐いた後、郵便物が来ていることに気が付いた。

    「誰から…?」

    白いレース調の封筒に、真っ赤な薔薇を模したスタンプ。

    「まるで愛人に贈るラブレターだ」

    自分に贈られているとは思ってもいないイソップはそう呟き、きっとエミールかエダどちらかの名前が宛名に書いてあるのだろうと封筒を裏返す。

    「…え」

    そこには美しい筆記体で、

    Dear Aesop

    そう綴られていた。

    途端、心臓が大きく跳ねた。どくり、どくりと鳴る心臓に比例し、思考は真っ白になっていく。
    そっと、ナイフで封筒を開けた。中身を震える手で出してみる。

    「これって…」

    そこには、先刻ジョゼフに届けた、美しい薔薇が映った写真と手紙、そして鼻腔を蕩かす香りを纏った、綺麗な押し花が
    あった。

    「ぁ…」

    口から、ほろりと黄薔薇の花弁が落ちる。苦しくは無かった。むしろ爽快ですらあった。ただ、イソップの心は何かが足りなかった。
    押し花をそっとデスクに置き、手紙を読む。


    ―堅苦しい挨拶は省かせてもらう。
    君が届けてくれた写真は、君の言う通り私の大切な物だった。どうもありがとう。そして、君が拾ってしまうとは。本当に予想外だった。ああ、でも決して君が自分を責める必要はない。私から謝罪させてほしい。すまない。

    実はこの写真は、以前私の技術と薔薇を褒めてくれたイソップに贈ろうと思っていた物だ。恥ずかしながら、サプライズには失敗してしまったが。

    お詫びと言っては何だが、拙くはあるが自作の押し花を同封させてもらう。
    気に入ってくれると嬉しい。

    追記 君に宛てて手紙を書くとき、私はよりいっそう緊張してしまうよ。おかしい文章になっていなければ良いのだが。

    Joseph―


    手紙を持つ手が震えた。足りない心を示すように、涙が一雫落ちる。
    ふと、窓の外を見た。心地よい微風が吹き、空は晴れている。
    いた。
    薔薇を多く植えた庭に、ジョゼフが。
    イソップは手紙を持ったまま窓に寄る。 
    彼は薔薇の手入れをしていた。

    ふと、彼がこちらを向く。目が合った。
    そして、彼はひどく優しく微笑んだ。

    イソップの口から、我慢できず真紅の薔薇の花弁がはらりと落ちた。と同時に、耐えきれぬ吐き気がイソップを襲った。

    「っ、く…」

    胸が痛くなって、呼吸が苦しくなった。
    ジョゼフはイソップの異変に気付き、立ち上がって建物に寄ってきた。
    イソップの部屋は二階だ。ジョゼフがイソップを見上げる形になった。

    (ジョゼフさんが…何か言っている…)

    イソップの目の前はチカチカとし始めていた。
    大きくえずく。
    必死に空気を求めもがき、勢いに任せ窓へと身を乗り出す。
    窓に鍵は掛かっておらず、イソップはついに倒れ込むように、荘園の大きな窓から落ちてしまった。
    まるで、一枚の薔薇の花弁のように。

    「イソップ!!!!」

    刹那、ジョゼフの必死な顔が見えた。

    (ジョゼフさん、そんな顔も…)

    途切れ途切れになる思考の中、イソップは思った。

    (ああ…僕は…)



    ジョゼフさんを、愛している






    …誰かに、受け止められた気がした。






    ***



    意識が覚醒する。
    イソップは目を開けた。次いで、右手に誰かの感触を感じた。嫌ではない。"誰か"の方を向いた。
    目が合った。澄んだ水色。

    「ジョゼフ、さん」

    ジョゼフは驚いたような顔をしていたが、すぐに目元を綻ばせた。

    「イソップ。良かった…」

    ジョゼフは握っていたイソップの手に、より力を込める。

    「あの、僕はなぜ、医務室に…?」

    寝起きの、まだ回らない頭で聞く。

    「イソップ、窓から落ちたんだよ。私が君を受け止めたが、君は既に気を失っていた。すまないが、サバイバー館の医務室に運ばせてもらったよ。」

    「そう、だった…ジョゼフさん、ご迷惑をかけました。ありがとう、ございます。」

    ジョゼフは未だ覚醒しきっていないイソップの額に手を当てる。

    「熱はないみたいだよ。」

    そう言い、ジョゼフはテーブルから何かを取りイソップに見せた。

    「イソップを受け止めたときに、君はこれを持っていた。もしかして、私の手紙を読んでくれたのかい?」

    そう、ジョゼフが優しく聞く。途端イソップは目を見開き、勢いよく上半身を起こした。幸い、もう目眩も息苦しさも無かった。
    しかしジョゼフは急に動いたイソップに対し、大丈夫かと尋ねた。イソップはそれに頷き、口を開いた。

    「ジョゼフさん、あの…まさか、あの写真が僕へ宛てた物だったなんて、知らなくて…本当に、嬉しくて、お礼を言おうと思って…本当にありがとうございます。」

    ジョゼフはそれを聞き、明らかに上機嫌になった。そうかい、とつぶやきながら、イソップの髪をまさぐり、撫でる。イソップはやはり、無意識にジョゼフの手にすり寄りながら続けた。

    「薔薇の押し花もとても素敵で…良い香りがしたんです。とても気に入りました。だけど、ああ、デスクの上に、置きっぱなしになってしまった…」

    ジョゼフは気にしなくて良いと、イソップに微笑みかける。

    「あの時、薔薇園にいて良かった。イソップの様子に気付けて良かった。最も、君が危ない目にあったことは悔やまれるべきことだが。」

    ジョゼフが言う。イソップはそれを聞き、ついに赤面した。嬉しかった。ジョゼフがそばにいてくれて。自分の危機に、駆けつけてくれて。
    ジョゼフはその様子に気付いていたけど、イソップがどうしようもなく可愛くて、あえて気付かないふりをし、イソップを撫でる。

    イソップは、恐る恐る口を開く。

    「ジョゼフさんからの贈り物、とても嬉しかったんです。でも……なぜか、涙が出て…」

    呟きのような、小さな声で続ける。

    「なぜなのか、分からなかった。幸せなのに…寂しかった。」

    イソップはジョゼフの目を見つめる。

    「ジョゼフさん…僕は、」

    そこまで言い、イソップは咄嗟に口を手で押さえた。ジョゼフは目を見開き、即座にイソップの背を撫でる。

    「っ、う…」

    「イソップ、我慢しなくていい。」

    ジョゼフは片手にゴミ箱を持っていた。だが間に合わず、イソップの手の隙間から薔薇の花弁がはらりと落ちた。

    「イソップ?」

    ジョゼフが異変に気付き、ゴミ箱を床に置く。空いた片手で口を押さえるイソップの手を撫でる。
    口から手が外れた。
    イソップの口から、紅い薔薇の花弁が舞った。





    ***





    花弁の勢いが止んだ。
    ジョゼフはイソップの背を、何も言わずさすっていた。

    「イソップ…」
    「ジョゼフさん」

    同時だった。ジョゼフが詰まり、イソップが顔をあげた。頬に、涙が伝っていた。

    「ジョゼフさん、僕は寂しさの理由が分かったんです。あの時、落ちる時、あなたの顔が見えた。その時確信したんです。」

    「僕はあなたを愛している。」


    イソップは病気のことをジョゼフに言うつもりはなかった。優しい彼のことだから、イソップに気を遣い好きでもないのに自分と両想いという形にしてしまうだろうと思った。それが何より嫌だった。

    しかしジョゼフが、目の前で薔薇を吐いた自分のことを気味悪がり、関係を断ってしまうのではないかと思う気持ちがイソップにはあった。


    「イソップ…」

    イソップは、自分が吐いた薔薇の花弁を見つめていた。

    急に、イソップの右手が握られた。

    イソップは顔をあげる。随分と近い場所に、ジョゼフの顔があった。

    「イソップにそんなことを言ってもらえるなんて、本当に光栄だよ。」

    ジョゼフは続ける。

    「私はもう随分と前から、イソップのことが好きだと、愛していると自覚していた。そしてどうやら君は私の気持ちに気付いていないようだった。」

    「自惚れでは無かったんだね。私は、君も私のことが好きなのではないかと、恥ずかしながら、実はそう思っていた。」

    イソップは目を白黒させていた。信じられないと言う風に、俯き顔を染める。

    ジョゼフはそんなイソップの顔を両手で包み込み、自分の方へと向かせる。

    「イソップ、勘違いではないと確かめさせてくれないか。…もう一度、言ってくれないかい?」

    「イソップ、私は君のことを愛している。」

    イソップは甘い涙を一粒落とし、言った。

    「ジョゼフさんのことを、世界で一番愛しています。」

    イソップの口から、白銀の百合が零れ落ちた。





    ❅ ❅ ❅ ❅ ❅


    イソップがジョゼフに花吐き病のことを打ち明けたのは、もう少し後の話。

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