ダンスホール エナメルのつま先が半円を描いてホールのウォールナットを滑る。手馴れた、優美なその動きはどこか儀式めいていて、今から特別なイベントが起こるのではないか、という期待を観客に持たせるのに充分な働きをした。
袂をなびかせ、白く染め抜いた桔梗を咲かせた和装が軽い足取りで目の前を通り過ぎていく。腰もとで翻るリボンのコサージュがメリーゴーランドのような鮮やかな色彩を振りまく。彼女たちは、まだ踊り慣れない学生じみた青年を操るようにステップを踏み、小洒落た伊達男に陶酔している素振りで、緩やかにも見えるスピードで回転する。
店内で演奏される、壮年の懐古主義の中で登場するような楽曲は、明らかに古式ゆかしいダンスホールとは年代が違った。だがそんな野暮は誰も口にせず、かつて東京を風靡していた熱狂の一端を、当時とは違って最先端ではなくなった流行を追う、ノスタルジーという一つのイベントとして消費する。もちろん、檸檬も蜜柑もあまり趣味でないのだ。
ホールの端にいる二人にも、女給たちの気遣いの視線が投げかけられるのに気づいたのは、否応なしに磨かれてきた、肉体の機微を読み取る視野だ。
「教えてやろうか」
先手を打った蜜柑が檸檬の手を取る。
「踵から下ろせ」「左足からか」「そうだ。四拍子だぞ」
愛想もなく人に教授する蜜柑の態度は、側から見れば、さぞ厭な男に映ることだろう。停滞した空気に満ちたこの場において、刹那的な香りのする二人は摩擦して、発火しそうな危うさを孕んでいる。それでも、ダンスに交わり、場の静かな熱狂に身を投じてみせる振る舞いは、生じかけていた軋轢を幾分か和らげた。
四拍子を二十回。あと二十回で照明が落ちる。早くも前後に行き来するステップに慣れた二人の脚は、紫色のネクタイと、紫色の刺繍で身を飾った男女に近付いていく。