ハロウィン第一話 秋の夜の冷え切った空気は足先からじわじわと体温を奪っていく。
耐えきれずに目を開けた。枯れ草の増えた河原は寝心地が悪かった。枯れ果てているくせに、チクチクと尖った葉先が薄いシャツや、靴下とスラックスの隙間を狙っているかのように刺さってくる。よく見れば、小さな人影が皮膚を狙って、枯れ草を槍のように構えて突き刺してきているのだ。軽く手で払うと、笑いながら草むらに消える。
風が強く吹くと、どこに隠れていたのか、大量の虫が飛び出てきた。キリギリスの長い触覚が風に吹かれ、そしてキリギリスの背の上にも人影が見えた。こんなに小さなものが人間である訳がないのだから、人影というのも的外れなのだろうが、他の呼称が分からない。小さな生き物は触覚を手綱のように引き、器用に昆虫たちを操る。
身を起こす。昆虫たちは、小さな生き物たちに操られて群れを作って一直線にどこかに向かっていく。群れはキリギリスだけでなく、スズムシであったり、コオロギであったり、月の明かりに大写しになったノミが高く跳ねていったりもした。やはりそのどれにも小さな人影が乗っていた。
どこへ向かうのか気になって虫に混じってともに進む。すぐに目的地が見えた。広大な湖だ。虫たちは躊躇なく水の中へ飛び込んでいく。水面に死んだ虫が浮いているのではないか、と覗き込むが、水面は綺麗なもので、ガラスのような水面の向こうに、明るい花の舞う春や、瑞々しい夏や、今となってはもう秋が追いやっていった季節が見える。
また新たにキリギリスが脇を通り抜けて飛んでくる。キリギリスはみぎわで立ち止まると、こちらを振り返り、来ないの、と尋ねてくる。
少し考えた。秋に取って代わられた今となっては水中にしか生きられない、過ぎ去った季節を思う。楽しいだろうか。興味がないわけでもなかった。けれど、もう飽きたからいい、と断った。
それなら少しだけ楽しんでいけばいいさ、と捨て台詞のような言葉と共に、小さな生き物は水面を小さな手で弾いて水を掛けてきた。水は過たず目を直撃し、反射的に目を閉じる。
開いた目を射たのは弱々しい朝の光だ。包まっていたビニールシートを押し広げて身を起こす。隣で寝ていた檸檬が、蜜柑の動きを察知したのか、眠そうに頭を掻きながら起き上がった。
「寒いな。何か温かいものでも食いてえな」
そう言って、体を伸ばす。蜜柑は昨晩見た夢について思い出そうとした。夢で疲れてしまって、目覚めが悪かったのだ。
「そうだな。なんだか変な夢も見たから、気分が悪い」
「なんだ、蜜柑もか」
蜜柑は起こしたはずの体を再び横たえて、不安定な地面に頬杖をつく。
「俺も見た。夜通し歩き回った気分だ。足だけじゃなくて、目もなんだか疲れた気がするんだよな」
言われて蜜柑も右目が少しだけ重たいのに気づいた。暗いところから、突然明かりを当てられたような、鋭い違和感があった。ものもらいでもできたのか、と恐る恐る触るが、腫れているわけでも、傷ついているわけでもない。檸檬はしきりに左目を擦っていた。
「あんまり触らない方がいいんじゃないのか」
一晩中屋外にいたというのに、無頓着な檸檬の行動にゾッとする。檸檬は、そうか?と納得しているわけではないようだが、手を下ろした。
蜜柑は目の違和感を消すために、ぼうっと遠くを眺めてみた。不自然に、まるで誰かが駆けていったかのように、草むらが揺れた。