春風こちらを振り向いた女は、口の端を引き攣らせるように笑う。
「天気がいいものね」
などと言うが、厚い雲は陽光を通さず、ニ、三滴ほど、つむじの辺りに雨粒が落ちてきた。
風が強い。空気が生温かい。
春になり始めたばかりの、涼しさと温かさがない交ぜになった、不愉快とも快適とも言い難い湿度の朝である。
女は散りかけた桜の木の枝に腰掛けている。
そのせいで、女の顔より白い脚ばかりが目に留まる。
桜の黒っぽい幹を散る花が彩るように、女の脚が木を染める。
薄曇りの中にある、彩度の低い色の対比ばかりが気になって、長い爪先ばかりを見つめてしまう。
「顔も見ないで、そんなところばかり見て。厭らしい子だこと」
気を悪くした風でもなく、笑い声を滲ませた声で嗜められ、気恥ずかしさにぷいとそっぽを向いた。
だから、頭上から
「一緒においでな」
と声が落ちてきたのには驚いた。
見上げると、黒々とした瞳がこちらを覗き込んでいる。瞳がばかに大きくて、陰になっているはずなのに、虹彩にさまざまな色がくるくると光っているのが分かった。
女の顔の向こうの、空のどこかで、雲雀が鳴くのが聞こえた。えらく早い雲雀だと、声のする方へ顔をやったがどこにも見当たらない。ついでに、女の顔も見当たらなくなった。
「危なかっしい子どもだな。おまえ」
檸檬が顔を顰める。
「人攫いじゃねえのか、それは」
「ありうるな」
「お菓子あげるからおいで、って言われたらホイホイ騙されるタイプか?」
「さすがに馬鹿にしすぎだ」