チョコをあげる話 この時期になると、恋人たちがハートとチョコレートと花をもって、楽しそうにしているのは、流石に何度かこの季節を過ごしたから知っている。お手伝いで少し関わったり、見守ることもあった。でも、それだけ。
14日が過ぎると、売れ残りのチョコレートが安く売られていたりするから、選ばれなかったチョコレート達を買ってきたりするんだ。なんでチョコなんだろうね。クッキーとかも美味しいのに。
お菓子には意味を込めるとかなんとか。あげたい相手が好きなものじゃダメなのかな。好きなお菓子が悪い意味だったら少し悲しい気がする。
熱いコーヒーをお供に、机の上に広げられたチョコレートを食べながら、そんなことを話して聞かせた。元々読書をしていた彼が、少し戸惑ったような顔でチョコレート達を見つめている。
「そんなに沢山買って、しかもオレの部屋で食うなら、オレにも買ってきてくれたら良かったのに」
「別に食べてもいいよ。沢山あるから」
「それはなんか、違うっていうか」
「そう、言われても」
少し考えて、それから食べ終わった比較的綺麗な空き箱を取り出す。美味しかったから、食べてみて欲しいと思ったものを幾つか見繕って箱に入れて、彼に差し出した。
流石、ヴァレンティオン用に作られたチョコレートなだけあって、売れ残りで、食べるために乱雑に開けたものたちの寄せ集めでも、もう一度箱に詰められればそれっぽい。
差し出したまま、受け取ってくれるまでの間が照れくさくなって、机の上にあった彼の手に押し付けるように箱を渡した。
「あげる」
「……ありがとう」
少し困った顔で私を見ていたグ・ラハだったけれど、手渡された箱を眺めて、控えめだが嬉しそうに口角が上がるのを見て、こちらもなんだか嬉しくなった。これで喜ぶなら、次はちゃんとあげるつもりで選んでみてもいいかもしれないな、とか。
すると突然、グ・ラハが立ち上がって、部屋の奥に行って戻ってくる。そのまま私の隣に座った。
「あ、あのさ」
「なに?」
「……その。こんなに買ってくるなら、別のものが良かったかなと思って、悩んでた、んだけど、これ」
差し出された袋を受け取る。中身は、ちょっと歪な形のチョコレート。視線をあげると、真っ赤な顔をして、だけど真っ直ぐこちらを見つめる男の子がいた。
「……手作りだ」
「正直、この綺麗なチョコレートたちの隣には並べて欲しくない」
「でも可愛いよ、ハートだ」
「み……、見た目はともかく、きちんとレシピ通りだから、味は、それなり……多分」
いつ食べよう、手作りだから早めに食べた方がいいのだろうけれど。すぐ食べるのは少し勿体ない気がするし、今は口の中が甘過ぎる。より美味しく食べられるときに食べたい。
「もしかして、当日には用意してた?」
「それは昨日作り直した分だから、大丈夫だ」
「消費期限を聞いたんじゃないんだけど。他に誰かにあげた?」
「手伝ってくれたクルルとは味見をしたけど、それだけ。わざわざ作って贈る相手なんか、あんたくらいだ」
彼は嫌だと言ったけれど、手に持っていたら溶けてしまいそうで、机の上にそっと置く。確かに、プロが作った見た目の美しさにはまるで敵わない。だけど、紛れもない、私の為のチョコレート。
「こういうのって、なんか照れくさいな」
「顔、真っ赤だ」
「……自覚はある。あんたも、それなりに喜んでくれたみたいだから良かった」
「それなりって!」
「違うのか?」
「今すぐキスしたいくらい嬉しい」
彼は、ぱちぱちと瞬きをして、それから、力が抜けたように笑った。
「頬に?」
「うーん、額かな」
「それなら、まずその口を拭いてくれ。髪にチョコレートが付きそうだ」
「え、そんな付いてる?」
「ああ」
ぺろりと唇を舐めれば確かにチョコレートの味。
本当だ、と身を乗り出してきたらしいグ・ラハに言おうとして、その言葉ごとぱくりと食べられた。